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みじかいの



新城さんと中原さんの家でお酒を飲んでいる時のこと。中原さんは寝た。いつも通りである。
「新城さんってなんで俺のこと家に呼んだんですか?」
「……友達だから?」
「今じゃなくて。最初」
「好きだから」
「あっやめてください!やめて!押し倒さないで!中原さん浮気してますよ!中原さあん!」
「朝まで起きないよ。ガチ寝だから」
「助けて誰か!男の人呼んで!」
ふざけるのは大概にして。
俺も充分鍛えてると思うんだけど、新城さんは人の隙をついたり油断を狙ったりするのが抜群に上手いので、すぐ押し倒される。どうにかしたい。中原さんが堪えたり抵抗したりするのが下手だからすぐ手を出されるのだと、俺もずっと思っていたが、そうではないのだ。それもそうなんだけど、それだけじゃない。最近わかった。新城さんは人間に対しての観察眼が異様に特化しているので、相手が気を抜いた瞬間やふと緊張が途切れた時が弱いということを知っていて、そこをわざと狙っている。なんて傍迷惑な人だろう。楽しそうだからいいけど。体を起こしてもう一度仕切り直す。
「本当に気になってるんですよ」
「なにが?」
「だからあ。なんで俺のこと家に呼ぶほど仲良くしようと思ったのかなって。俺以外にそんな人いないでしょ」
「いないよ」
「でしょお?なんでなんですか?」
「町田くんの顔が可愛かったから」
「それはそう。中原さんより断然俺の方が可愛い」
「あはは。調子乗んなクソガキ」
「ゔー!」
ほっぺを引き伸ばされた。普通に痛い。
だって新城さんは、友達がいないじゃないか。付き合いが悪いとは本人も言うし、みんな知ってる。中原さんが家にいるからなんだけど、何も知らない人からは「余程家が大好きなんだなあ」と思われているんじゃないかと思う。それを踏まえて、俺が一番最初にこの家に呼ばれた時のことが、今更不思議になったのだ。俺以外にも新城さんと仲良くしたい人はいる。俺からしたら、選ばれて良かったー、だけど、新城さん側からもそれなりの理由があるんじゃないかと、ふと気づいたわけで。だってありそうじゃん。そしたら気になる。そうぽつぽつ言えば、ふむふむと聞いてくれていた新城さんが、首をかしげた。
「それ聞いて楽しい?」
「え?」
「だって打算だよ?町田くんのことをご利用している理由は?って話でしょ?顔が可愛くて愛嬌があるからで良くない?」
「……本当に俺が可愛かったからってだけですか?」
「うん。バカそうだったしいくらでも弱み握れそうだったし手のひらの上で転がせそうだったから」
それは可愛かったとは違うのでは。喉まで出かかったが、悪辣な笑顔を向けられて、曖昧に笑い返すしかなかった。そんなことだろうと思っていたけれど、実際100%打算だったとなると、本当この人の人間関係終わってんな。
「いやね。あの時期、中原くんがほんとにやばくて。仕事やめたのは知ってるんだよね?」
「なんかいろいろあったんすよね」
「そお。いろいろあって、結構メンタルぶっ壊れてて。まあいつも壊れ気味ではあるけどさ、あん時はなんていうか、あーこのままほっといたら再起不能になるだろうな、って感じだったんだよね」
「ふうん?」
「ぐにゃぐにゃ中原くんを持ち直すのは得意だと自分でも思ってるけど。そういうレベルじゃなかったんだよね、環境一気に変わったし……あれ以外の解決法はなかったから仕方ないんだけどね」
なにより、中原さん自身が変わった環境を大人しく受け入れ、「こうするしかなかった」と飲み込んでいるのが、一番どうにもならなかったらしい。そりゃそうなんだけど、そのせいでどんどん元気なくなって、小さいことにもびくびくするようになって、今日なにしてた?って聞くと「寝てた」としか答えない、ような生活。笑わなくなったな、と気づいた時に、このまま過ごしてたら中原さんの中のいろんなものが終わる、と新城さんは思ったらしい。それでまあいろいろ考えて、本人を動かせないなら、外から何かしらの方法で揺するしかない、と。
「そんで君ですよ。タイミングばっちり」
「俺ですか」
「あの時町田くん、あのドラマ逃したらもう次の機会待てなかったでしょ?日曜朝の主演から何年か経ってたもんねえ。それにキャスト的にも今までにない大舞台だった。それで俺から芝居を盗もうとした、から手っ取り早く仲良くなりたかった。っていうのが透けて見えてた。そういう人間は、最初からこっちが優位に立ってるから、利用しやすいしね。まあでも余計なこと仕出かす程頭悪そうにも思えなかったし、人付き合いが上手いってことは踏み込んでいい距離も分かるってことだから、町田くん試してダメだったら黙らせて次行こう、ぐらいにしか考えてなかったんだけど。ドンピシャで助かったよね」
「……………」
「ん?」
「……性格が……悪くありません……?」
「別に俺のためじゃないもん。中原くんのためだもん」
自分のことだったらそんなに考えないよー、とあっけらかんと言われて、ははは、と乾いた笑いを零した。怖え。何が怖いって、あの時あのドラマでオーディション通ったのは本当に奇跡みたいな状態だったのだ。新人で主演を張らせてもらってからかなりの月日が経ってて、今現在の自分に注目している人がいないことは分かってたし、周りが錚々たるメンバーだったし、新城さんのことは色んな作品見て知ってたから「こんな演技ができたらな」と思ってこっちも多少の打算込みで近づいたのも確かだし、なんていうか、全部理解された上で「試してダメだったら黙らせて次」扱いだったことが怖い。俺えらかったな。ヘマしなくてほんとにえらかった。すごい。持って生まれたコミュニケーション能力に感謝したい。小さく震えている俺のことは無視した新城さんが、まあね、と言葉を区切った。
「うそうそ。町田くんに惚れちゃったから」
「絶対嘘じゃない……」
「でも、中原くんが元に戻ったのは町田くんのおかげだからね。それはほんと。ありがとね」
「……侑哉に言ってます?環生?」
「どっちも」
「……どおいたしまして」
「うんうん。納得してないのに話を終わらせられる、飲み込みが良いところがかわいいね」
「もしかして新城さんのかわいいって都合が良いって意味ですか?」
「眠くなっちゃった」
「ねえ!」
話の終わらせ方がいくらなんでも雑すぎると思う。いいけど。


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