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みじかいの




「ごめんな。行けなくて」
「んーん。全然」
「いや、ほんっとにごめん……」
「いいですってばあ」
手を合わせて頭を下げているのに、横峯の反応は至って普段通りだった。ぷらぷらと手を振られて、しょおがないでしょ、とのんびり言う。
いつもいろんなとこのヘルプしてたり、手が足りないと言われれば特に悩むことなく知らない人のバンドに参加して、用が済んだら未練も心残りもなくあっさりと「それじゃあ」と場を離れていた横峯、が。はじめて「誘われたから」とあるバンドの正式なメンバーになって、まともに練習に参加して、昨日が初ライブだったのだ。普通に嬉しかった。いやだって、便利に使う奴の方が多かったし、俺だって手伝ってもらったことあるし、横峯も「別にそれでいいや」って感じだったから、なんか申し訳なかったり心配だったりして。しかもこいつ普通にめちゃくちゃ上手いから。一人でやってくつもりなのかなー、とか思ってたとこにその知らせだったもので、俺の方が喜んでしまった。横峯には、お、おう…?って引かれた。ごめん。
で。俺は、絶対行くから!とチケットを用意したし、横峯は「でもめちゃ前座ですよ…?」ときょとんとしていた。俺との温度差がすごい。そして当日、俺は所用で遠出をしていて、でも夜には間に合うだろうからと思いながら車を走らせて、見事に玉突き事故の渋滞に巻き込まれた。こんなにハンドル握りながらそわそわいらいらはらはらしたことない。結局着いたのはもうライブ自体が終盤で、長いことうちで勤めてくれてるバイトくんの晴れ姿を俺は見ることができなかったのだ。同じく見ていた知り合いから、「あーあ ″″伝説″″の始まりに立ち会えなかったね 残念」と人をバカにしたスタンプと共に送られてきたので、ムカつくより先に悲しくて運転席で落ち込んだ。
そして今日、いつも通りにシフトに入っていた本人に頭を下げているのだが、まったくもって気にしていない様子なのだ。それはそれで逆に傷つく。
「……どうだった?」
「……なんもトラブったりはしてないです、けど?」
「違う!感想!」
「ああー……うーん……」
んー?としばらく宙を見ながら考えていた横峯が、ぽんと手を打った。そんな悩むようなことだろうか。楽しかった!とかじゃなくて?思ったよりも大変だったとか?やっぱりやめようかな、とか。何が出るだろうか、と身構えていたものの、こぼれた言葉は思ったよりも普通だった。
「嬉しかったです」
「……あ、そう?」
「うん。俺らのこと見に来てる人なんか片手の指の数ぐらいしかいないだろうけど。あ、それに、ほとんどだーれもこっち見てないのなんて分かってたけど。でもなんか、うーん……あー。次の話があったんですよね。あ、練習の」
「うん」
「それは今までなかったから……んん、それが嬉しかったわけじゃないんですけど。なんて言ったらいいかな……」
「おじさんは泣きそうなんだけど。ちょっと待って」
「えー?なんで?」
「待ってて」
可笑しそうに笑われたが、一旦その場を離れて息を吐く。いや、本当に泣くわけじゃないが。普通にぐっと来てしまった。良かったなあ、ぐらいだった感情が、ほんっとに良かったなあ!に上方修正された感じだ。当日見れなくて良かったかもしれん。淵田の肩に縋ってマジで泣いてたかも。もういい加減若い子の努力に弱いのだ。
「ただいま」
「おかえんなさい」
「誰か来たか?」
「来てない。誰も」
「だ……まあ?普段はもう少し繁盛してるし……」
「俺この時間シフト入るといつも誰も来ませんよ」
「や、やめろよ……ただでさえギリギリなんだから……」
「そいえば、関さん最近ライブしないすね」
「うーん。メンバーの一人に子どもが生まれた」
「おー。おめでとうございます」
「それが忙しそうでなあ。練習なんかできたもんじゃないんだよ」
「そういうもんですか」
「そういうもんだよ。やれることはやれるうちにやったほうがいいぞ」
「なーるほど」
「聞いてる?」

「お。横峯はいないぞ」
「……はあ。別に用事ないです」
「そうか?」
日が落ちてから。秋が顔を出して、受付で必要事項を記入している。が、部屋がまだ掃除中なのだ。その旨を伝えて、申し訳ないが少し待ってくれないかと聞けば、元々来るはずだった時間より少し早いから問題ない、と頷かれた。あと10分くらいだと思うから、ちょっと待ってもらおう。てっきり少し早く来たのは横峯に用があるからなのかと思った。
「あ。おつかれさん」
「……?」
「初ライブだったんだろ?」
「ああ……ああ。そうですね」
普通に「は?」って顔された。いや、もう少し感慨あれよ。こいつはこいつで他人と連んでいるところをほとんど全く見ない、といっても女の子を連れていたりはたまた殴られていたりするところは見るし聞くのだが、なので、そういう仲間ができたことは良かったなあと思っていた。しかし本人にはそんな意識はないらしい。しれっとしている。
「そうだ。曲も書いたんだろ?」
「……誰に聞いたんですか?」
「横峯」
「………………」
「あっ、あ、いや、俺が勝手に聞いただけだから!別に誰かに言ったわけでもないし」
「……伏せてないです。特に」
「そうか……?」
一瞬でめちゃくちゃ嫌そうな顔をされたから、てっきり名前を伏せていたいタイプなのかと。しかし作詞曲まで手掛けるとは思っていなかったので、すごいなあ、能ある鷹は爪を隠すっていうのは本当なんだな、と素直に言えば、多少満更でもなさそうな顔はしていた。少なくともめんどくさそうだったり嫌そうではない。褒められるのは人並みに嬉しいらしい。
「どうだった?」
「どう。とは」
「感想。横峯は嬉しかったって」
「はあ……あー、好き勝手やらしたから……」
「ん?」
「……悠が。いっつも合わせるから、本番ぐらい好き勝手やっていいって言ったんです。まあ周りに合わせるのは正解なんですけど……別にこっちも、頭掴んで押さえつけたいわけじゃないんで……」
「……好き勝手」
「はい」
「……横峯相当上手いよな?」
「はあ。そうでしょうね」
「……浮かない?」
「ボーカルが張ってるんで。そんなに」
歌で胸ぐら掴んでギターで殴る感じです、と適当に手を振られて、へええ……と感嘆に似た声が出た。ぼそぼそと、特に話すつもりもなかったように言ったのを最後にぷつりと黙ってしまったので、とりあえずこれだけは言っとこうかな、と。
「次は見に行くから。なっ」
「いいです。遠慮します」
「嫌だ。見たい。本当は昨日も行くつもりだったんだから」
「……………」
「ん?」
「……は、あの。恥ずかしいじゃないですか。ちょっと。……関さんに見られるのは」
「えっ」
「……失敗できなくなる……」
無表情か仏頂面くらいしか見たことがなかったのに、「恥ずかしい」と本当に恥ずかしそうにこぼした秋が、眉を下げながら目を逸らして、耳を赤くしたから。ぼそぼそと言われた言葉に対して、変に上擦った声で、「あ、じゃあ、やめといた方がいっかもな、迷惑かもだし」と早口に返した。でかい男のくせに、急に弱みを見せられると、かわいいとこあるなと思ってしまうじゃないか。顔を背けてしまったので、表情は窺い知れないが。掃除終わりましたー、とスタッフが帰ってくる直前、ぼそりと呟かれた。
「……もっと上手くなったら、こっちから、呼びますから」

「あーいやあ、いやいや。それ女の子にやるやつ。関さんりっちゃんのこと可愛がってくれてるから騙せると思ってカマかけられてんすよ」
「えっ!?」
「それはそう。絶対そう。すぐ全裸になる人間に恥ずかしいとかあるわけないでしょ」
「そ、いやでも、それとこれとは別なんじゃないか……?」
「いや絶対めんどくさいから追っ払ったんだと思います。馴れ合い嫌いなんで、りっちゃん」
んふふ、と笑われて、おろおろと上げた手を下ろした。そんな。かわいいやつだなと思ったのに。自慢げに横峯に話してしまった。これこれこういうわけだから呼ばれるまでは行かないってのもありかもな、ふふん!って。めちゃめちゃ恥ずかしっ。
「俺は来て欲しいです」
「そか……行く……」
「やったあ」
なんて話をしたこの時はまさか、あんなに爆発的な人気になるとは思ってもいなかった、わけだから。それ以前をよく知っていると言う意味では、周りに自慢してもいいのかもしれない。今更そう思う。
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