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みじかいの



横峯くん。横峯悠くん。人懐こくて、かわいい子だなと思った。惚れっぽい自覚はあるので、すぐ好きになった。関さんには、またお前…と言われたけれど、もうこればかりは自分の性だからしがないことだ。
「でもやっぱフラれると傷つく、ううううう」
「だからやめろって言ったのに……」
「だあって!好きになっちゃったんだからしょうがないじゃないですか!好きなものを好きって言って何がいけないんですかあ!?」
「分かった分かった。かわいそうだな」
「関さん慰めてえ」
「はは。断る」
軽く笑いながら、手の甲で頭を小突かれた。ぐじゅぐじゅしていても、関さんはあたしのことをバカにしたりしない。あたしがあたしのことをあたしって言ってても、最初は面食らってたけど変な目で見たりしなかった。男の子が好きで女の子が羨ましいくせ、人の目が怖くて勇気が出ないあたしの、数少ない味方なのだ。ギターだって、これやってると見た目が多少変でも「変わってるけどアーティスト気質なんだな」と見逃してもらえるからやってるだけ。それだけなのに関さんは、ちゃんと仲間に入れてくれるし、話も聞いてくれる。だから関さんには絶対に甘える。100%全力で甘える。腹を曝け出して許される相手なんてこの世に存在しないと思っていたのだ。でも多分関さんは相手にそう思わせる不思議な魔力があると思うので、いろんな人から「俺のことを分かってくれるのは関さんだけ」と思われているに違いない。罪な男。
第一印象は、ふわふわ、だった。ぼおっとカウンターの向こうで宙を見ていて、声をかけるのを一瞬躊躇ったあたしに気付いて、のんびりした声で「いらっしゃいませえ」と言った。まさかそれだけで好きにはならなかったが。それからいろいろあって、つい先日勢い任せで告白してみたのだけれど、結果はお断りだった。けどハナから「いや気持ち悪。男同士じゃん」とかではなくて、うーん、待って、としばらく首を傾げた挙句に、「よく分かんないからやめといてもいいですか?」だった。あたしは一も二もなくがくがく頷いたし、それを見てようやくほっとした顔をしてくれた。怖がらせてしまったかな、やっぱり言わなきゃ良かったかな、次から絶対避けられるんだろうなあ、と後悔に身を焼かれて内臓の色んなところが痛んだ。けれど言ってしまったものは仕方がないし、我慢している方が身体に悪い。だからこれは仕方がなかったことなのだ、となんとか自分を納得させながら数日後、いや、数週間後だったか。昔馴染みのスタジオに向かうと、受付のカウンター向こうに、横峯くんがいた。そりゃあたしだって気まずくなった。時間変えよっかな、とすら思った。しかし彼はあたしを見て、いつも通りに「あ。フチタさんだ」と相好を崩したのだ。大好き、と思った。マジで。もうちょっと粘ってみようと思った。しかしながらフラれたもんはフラれたので、関さんに愚痴ってぐずって管を巻いているのである。
「まだ好き……」
「横峯はなあ。やめといてやれよ。人として」
「分かってるゔぅ……」
「まだギリ未成年だからな」
「分かってる!最高」
「頼むから」
「うん……」
ぐずり、と自分が鼻を啜った音が頭に響いた。

「ねっ、今度連れてってあげる」
「ほんとですか」
「好きなもの買ってあげるからねっ」
「えー。いいです、それは」
「あた、おれが買いたいの。プレゼントしたいの。いい?」
「んん……」
「困る?」
「ちょっと」
ちょっと。と指先でなにかを少し摘んだような形を作った横峯くんが、正直に言った。ふむ。困るならやめようかな。困らせたいわけじゃないし。
関さんにはああ言ったけれど、好きなものは好きだし可愛がりたいので、お休みの日にお出かけしようと誘っているのだ。横峯くんがあたしが持ってたギターを見て、かっこいー、と漏らしたので、いつも行ってるとこ連れてったげよっか?と言い出したのがきっかけだった。奢られちゃうのは申し訳ないじゃないですか、とカウンターにぺったりくっついたまま言う横峯くんに、そうだろうか?と思う。だってこっちのがいくつも年上なわけだし。別に良くない?
「んー……」
「横峯。まだいたのか。上がっていいぞ」
「んお。誰もいなくなっちゃうけど」
「ん?由井ちゃんは?」
「いません」
「……あいつ……も、いいよ。俺はいるから」
「そうですかあ?」
「じゃあ駅まで一緒に行こ」
「荷物とってきます」
「うんうん。待ってるね」
「……………」
「……な、なに?」
「……淵田」
「なにさ。何にもしてないよ。一緒にお出かけしよって、誘ってるだけじゃんか……」
「……………」
「ほんとだよ……」
「……いいけど。泣くのはお前だぞ」
「ゔ」
呆れ声に、反論できなかった。何にも入ってなさそうな鞄を持って出てきた横峯くんが、あたしと関さんを見比べて、「?」ってなってる。喧嘩してるわけじゃないからね。
「ん。横峯くんいい匂いする。香水?」
「え?別につけてな、……」
「あー、彼女ー?」
「いませんよお」
あ、よかった。言ったのは自分のくせに死にそうな程心臓がだくだく鳴ってたから。ふにゃりと笑った横峯くんが、バイト来る前に友達といたからそれかも、と自分の服の匂いを嗅いだ。

「あ、上がり?夜ご飯食べに行かない?」
「行……や、今日はちょっと……」
「用事ある感じ?ごめんね」
「んー……そういうわけでは……」
夕方。結局休みの日にお出かけに行くのは叶わなかったので、バイト帰りに夜ご飯を奢るくらいならいいかなと思って、声をかけたのだけれど。歯切れの悪い返事に、断ってもいいよお、と手を振ったのだけれど、悩んでいるようだった。
「無理しなくていいよ。おれも、一人でご飯かーって思って声かけただけだし」
「や。行きます」
「よし。奢っちゃる」
「ファミレスとかがいいです」
「ねえやっぱ急いでない?」
「ちょっとだけ」
「ふうん?」
スタジオの入り口を潜って、外に出る。ガラス越しに入ってくる夕焼けが目に痛かった。ちょっとした階段を登って道に出ようとした時、ふっと影がさして、そっちに目を向けた。
「フチタさんどこのファミレスが好きです?」
「えぁ、どことかある……?」
「ん、あれ?りっちゃん?」
「……何?」
「なにて。夜来るって言ってなかったっけ。先どっか行ったのかと思ってた」
「課題終わった。……どうも」
「あ、どうも……」
「ご飯食べに行こっかなってゆってるとこ」
「……………」
了承なのか、不満なのか、片眉を上げた男が階段上から退いたので、道に出る。同じ地面に立つと、相手の大きさがありありと分かって、若干引いた。横峯くんも背高いけど、そんなに圧ないから。無言のままじっと見てくる相手に、同じく無言できょとりとした顔を向けた横峯くんが、それじゃ、と片手を上げた。いやいや。いやいやいや。怖すぎる。ここから横峯くんと二人で去るほど怖いことない。あたしめちゃくちゃ見下ろされてんだけど。やめてよ。すげえ目力だな。怒ってんのかな……。
「あとでね」
「は?」
「えー、だって」
「あ、いいよ、別におれ……また今度でも」
「でも、おうっ」
「行くぞ」
「不機嫌!あっ、フチタさんさよーなら!ごめんなさい!」
「ううん……」
ちょっと、ほっとしたのも、事実だから。ぐいっと服を引っ張られてこの場から引き剥がされた横峯くんが、しばらく先の道でようやく解放されて、なにやら噛み付いているっぽいのが遠くに見える。明らかにこっちを敵視する眼差しを思い出して、身震いした。俺の友達を取るんじゃない、ってことだろうか。夜に会う予定だったのに早く用事が終わったからってバイト先まで迎えにきたら知らんお兄さんが友達とニコニコ話してたから不快だった、と?すんげえ独占欲だな。不機嫌!と吐いた横峯くんの言葉通り、ただ純粋に虫の居所が悪かったのかもしれないが。
「……若い子こっわ……」

「え!フチタさん好きな人できたの」
「う、うん。恥ずかしい」
「本当に惚れっぽい……」
「うるさいっ、好きになっちゃったんだからしょうがないだろ!」
飲み会。関さんに、最近気になってる子のことをぽつぽつ話してたら、横峯くんが寄ってきて話を聞いてくれた。しかしまあほんとに偏見ないな。ありがたいことに。一応告白してフラれてる身ではあるので、横峯くんのこともちゃんと好きだよお、と顔を覆いながら弁明すれば、ありがとお、と笑い混じりに言われた。
「女の子?男の子か」
「うん……あたしねえ、好きっていうか、この子を可愛がりたいとかお世話したいとかいう気持ちがすごく強くなっちゃうと告っちゃうんだと思う……もう時間の問題……」
「横峯。あっち行ってていいぞ」
「そお?」
「なんで追い払うんですかっ」
「二十歳そこそこに聞かせる話じゃないから」
にっこりと関さんに笑いかけられて、ぐう、と言葉に詰まった。そおかなあ?と首を傾げた横峯くんが、暑かったのか後ろの髪を上げてぱたぱたフードを揺らしながら行ってしまった。かわいい。もっとお喋りしたかったのに。ていうか。
「……見ました?」
「なにが」
「横峯くんのうなじ、えっぐい噛み跡ついてたんですけど」
「犬でも飼ってるんじゃないか?」
「人でしょ!え?熱烈な彼女?」
「自分で聞いてこい」
「嫌!心臓止まっちゃう」
「もー……」


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