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危機管理能力



「あれ?」
「?」
「……ナナセは?」
「知らん」
ピンポンされたので玄関を開けたらヒノキがいた。ナナセの方がいつも大体早く着くのに、珍しい。というかそもそも、集合が決まっている時間にナナセが遅刻するのが珍しい。日付とか時間とか間違えちゃったんだろうか。それかなんかあったとか。日が経ってから腐乱死体になったナナセを発見したくはないので、もうヒノキ来たけどどこにいんの、と連絡しておいた。これで何かしらかの返信はあるだろう。なかったら死んでるってことで。
「これこないだもらった詳細」
「ヒノキお茶飲む?」
「いらない」
「飲みなよ。淹れてやるから」
「……は?本当にいらない。お前がお茶なんか淹れられるわけないだろ」
「俺のことなんだと思ってんの?お茶ぐらいちょちょっとできるわ」
「いらない」
「え?なに?わーい嬉しいありがとう?」
「補聴器買うか?」
すごく不満げな顔をされたけれど、お茶は飲んでもらわないと困る。なんか知り合いにもらった外国のよう分からんティーパックがマジで薬みたいな味がするので、どうにか処理したいのだ。最悪捨てるけど、ヒノキなら真顔のまま飲むんじゃないかと思って。味覚とか肥えてないだろ。平気平気。
そう思ってせっかく淹れてやったのに「何を盛ったんだ?毒か?」って不審がられて全く口をつけてくれなかった。ちくしょう。ナナセが先に来たらナナセに淹れてもらうつもりだったのに。そしたら怪しまれないし、一気に二つ消費できた。俺は飲まないから二つ。
とかやってたらピンポンが鳴った。どうせナナセだろう。遅いじゃないか遅刻だぞ良い度胸だな地面に頭を擦り付けて詫びる準備はいいか、と言おうとしてやめた。
「お、……」
「……あ、せんぱあい……」
「……………」
「おじゃまします……」
顔色悪っ。ドブかよ。また酒でも飲んできたのかと思って周りをくんくんしながら回ったけれど、そういうわけではなさそうだった。ヒノキには人間の顔色とかそういう機微はわからないので、ようやく来たか、くらいの反応だった。ロボットだからしょうがない。
ナナセはなんかあった時になんかあったって絶対自分からは言わないので、「なんかあったの?」といちいち聞いてやらなきゃいけないのがめんどくさい。じゃあ聞かなければいいのでは?と自分でも思うが、聞かないと聞かないでずっとなんかありましたって顔されてんのがイライラする。とっとと解決するに限るな。
「ナナセ。ここ。こっち座れ。ナナセ」
「……なんですか……?」
「お茶でも飲みな。ほら」
「はあ」
「どうした?人でも殺した?」
「殺してませぐ、ぉえっ、まず、うえっ」
「あごめん、それ不味いお茶だった。ごめん、本当に忘れてた」
「げええ」
「悪かったと思っている」
「絶対思ってないだろ」
「うっさいヒノキ黙ってて!」
ただでさえ悪かった顔色がもっと悪くなってしまった。死体蹴りをするつもりはなかったんだけど。ただクソ不味いお茶のおかげで若干普段のテンションは取り戻したらしく、ぐすぐすと膝に顔を埋めてあからさまな構ってアピールをしてきた。だから言えばいいじゃん、なんかあったなら。めんどくさいな。
「ナナセ。どうしたの」
「……………」
「5秒以内に吐かないと見捨てる。ごー」
「……か……ぃ……た」
「は?」
「……………」
「もっと優しく聞き出せないのか」
「じゃあお前がやれや!なに俺に任せきりで腕組み彼氏面キメてくれちゃってんの!?」
「……そんなおっきい声で言いたくないです……」
「じゃあちっちゃい声でいいから。なに?漏らした?」
「……に……」
「え?」
「だ、っだから、ち、あの、痴漢されて……」
「は?」
「だからあ!」
電車乗ったら知らない人にお尻触られてめちゃくちゃ怖かったんですよお!とクソでかい声でナナセが叫んだ。半泣きだし。いやごめん。ほんとにごめん。
「タイム」
「はい……」
「ヒノキ。来て」
「うん?」
手をTの形にしてからヒノキを呼べば、大人しくついてきた。ナナセはぐじぐじしながら丸まっているので放ったまま、こっちこいと呼び寄せて玄関の外まで出て、扉を閉める。
「悪いんだけど俺今から超でかい声で笑うからなんとかして黙らせてくれ」
「なんで」
「ナナセに聞こえると面倒だから。よろしく」
「わかった」
分かるなよ。話が早すぎるだろ。まあいいけどさ。こちらとしても笑うのを我慢してぷるぷるしていたので、助かる。最終的に、口を塞ぐとか顔を服で覆うとかにとどまらず、首を締め上げられた。そんな黙らせ方ある?
「ただいま」
「おかえりなさい」
「で?痴漢されて怖かったって?」
「先輩あります?痴漢されたこと。マジでめちゃくちゃ怖いですよ。俺は今後もし男に触られてる女の人を見かけたら絶対に助けようと思いました」
「俺ないけど。他人に触られたこと」
「えっ!?先輩の方が俺より小さいのに!?」
「俺の方が大きいだろ」
「どこが?」
「器」
「……そうですね!」
「どう転んでもどこもかしこも小さいだろ」
「は?クソでかいこと山の如しなんですけど」
「ななせ。ちゃんと通報したのか」
「ううん……気持ち悪くなっちゃって、目の前の扉開いてすぐ逃げたので……でも開くまで結構あって……頑張って耐えて……」
「相手の顔インカメで撮るぐらいしろよ」
「通報はしたほうがいい。逮捕には繋がらないかもしれないけど件数としてのカウントはされる」
「でも俺のこときっと女の子だと思って触ってたわけだし……」
「え?」
「えっ?」
「ん?」
「……なんですか?」
「もう一回」
「……俺のこと女の子と勘違いしてお尻触ってきたんだと思うから、そういう場合もやっぱり警察に連絡した方がいいんでしょうかね?」
「タイム」
「またですかあ?」
ええー、って顔のナナセを置いて、ヒノキを引きずって再び家を出る。話が早すぎるヒノキが、なるほど合点が行きました、という顔で俺の首に手を伸ばしてきたので、めちゃくちゃ騒いで逃れた。そうやって早合点して適当にしてるとお前いつか絶対俺のこと殺すからな。もっと大事にしてほしい。世界に一人しかいない大事な俺だぞ。
「あいつ自分のこと女の子だと思われてたと思ってんの?」
「そうだろ」
「は?あの身長とあの見た目で女の子に見えるわけなくない?しかもあいつ今日ベース背負ってたのにどうやってケツ触られんだよ」
「電車に乗る時は背中から下ろして前にでも持ってたんじゃないか。邪魔になるから」
「……人に迷惑をかけないのはいいことだ」
「お前には出来ないことだな」
「うるさいバカメガネバカ黙れ。それにしたってデカさはどうにもなんねえだろ?まさかナナセ今日突然女の子の服とか着てる?嘘、俺に見えないだけ?」
「普通の格好だった」
「だろ?じゃあ男だって分かって触られてんだよ。あれで女に見えるわけがないんだから」
「男の尻触って何が楽しいんだ」
「楽しい人もいるからナナセが被害に遭ったってこんなんじゃねえの」
「ふうん」
「ちょうどいいんじゃん?恥ずかしくて通報できないらしいし。どうせあいつ人見知りだからとりあえず固まってたんだろ、そりゃ触り放題だわ」
「いづるお前、経験者なのか」
「ちげーわバカ死ね、犯人側の気持ちに立って想像で物言ってんだよもっとエキセントリックな性癖かもしんねえだろ俺に犯行動機を任せるな」
「はあ。例えば」
「た……例えば?ええと……青いもじゃもじゃにとにかく興奮する癖の人とか……ナナセのケツが目当てだったんじゃなくて頭の色が目当てだったとか……なんかいるかもしんないじゃんか」
「世も末だな」
「だから俺に当て嵌めんのマッジでやめてくんない?」
「自己完結しろ。人に迷惑をかけるな」
「顔も知らない痴漢野郎だけど、人の演奏見て興奮するやつにだけは絶対言われたくなかっただろうなと思う」
「性的興奮は得てない」
「目ェガンギマリの時あるだろうがよ」
とりあえず中に入った。一応ヒノキに「男だと分かって触られてたとか絶対ナナセに言うなよ」と釘は刺しておいたけれど、どうだろう。変な回路が繋がったら普通に言うかもな。言ったら言ったでいいや。ナナセがしばらく人間不信になるだけだろうし。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「お前女の子みたいなもんだからしょうがないよ」
「な……なんですか?急に……怖い……」
「ナナセかわいいから。なっ」
「そうだな」
「えっ?えへ……えへへ……」
「バカなんじゃないか?」
「黙れ」
事実を言ったヒノキの口を塞いだけれど、ちゃんとナナセには聞こえてたみたいで、落ち込んでいた。「別に本気だと思ってませんもん……ちょっと照れただけで……」だそうだ。そうじゃないんだけど。
もう平気そうだと思って別の話を始めたら、ナナセがまたぐじぐじし始めた。クソ。いつまでこいつに構えばいいんだ。めんどくさい。今からでも経験値ごとヨミくんと交換したい。作業効率優先のヒノキが、ナナセが凹んでると進まないので無視するよりそっちを回復する方が早いと判断したらしく、一緒に通報してやろう、と電話をかけようとしてナナセに首をぶんぶん横に振られていた。お前の今年の目標、人心理解な。
「なんでだ」
「だって恥ずかしいですもん」
「俺は恥ずかしくない。何線のどこでやられたんだ?俺がされたことにしてやるから」
「ヒノキのこと痴漢しても面白くなさそう」
「面白さが必要なのか?」
「必要ないけどそういうところが本当に人間としてつまんないと思う」
「どんな風に触られたんだ。ななせ、やってみせろ」
「へっ」
「は?」
「伝える時にリアリティがないと信用ならないだろ」
「ど……どんな風って……」
「まずお前はどうやって立ってたんだ」
「ねえそういうプレイならうちでやらないでどっか別のとこ行って」
「えっと……」
「だからやめて?ラブホ行って」
全然聞いてくれなかったし、勝手に再現し始めた。迷惑なんですけど。本当に。
ヒノキがナナセらしい。立っていて、ベースを前に持っている。片っぽの手を上げているのは吊り革に捕まっているらしい。背後にナナセが立っているが、こっちは犯人役なのだろう。思い出したくないのでやりたくないんですけど…とぼそぼそ言っているが、だったらとっととぐじぐじするのをやめて切り替えればヒノキもこんなことを言い出さなかったと思うので、自業自得だ。
「えと……後ろから……こうやって……」
「ふむ」
「……ヒノキ今どんな気持ちなの?」
「別に普通」
「……………」
「ナナセは?
「……俺は普通じゃないです……助けて先輩……」
「ヒノキ、ナナセ泣いてるよ。よく見て」
「フラッシュバックか?」
「どう考えても精神的苦痛だろ」
「先輩のことも触りたい」
「ほらナナセに痴漢の精神が宿っちゃったじゃん。どうすんだよヒノキ」
「交代しようか?」
「はい……」
「俺の意思は?」
無視された。ヒノキと交代したが、背後に177センチ(最終計測時点)が立っている時点で怖すぎる。お前ほんとは190センチぐらいない?圧がすごい。縮こまって泣いてる時は5センチぐらいになるくせに。
「えっとお……」
「全然触られたくないから気配感じた時点で避けたい」
「えっ、あー、なんか恥ずかしいな……」
「ヒノキの時もちゃんと恥ずかしがった?ねえ?俺の時だけ俺のこと下に見てるから弱者を虐げるのは恥だという考えが生まれて羞恥に苛まれているわけじゃない?」
「いづる黙れ」
「だって俺全然そういう趣味とかないし」
「まずこうやって」
「……………」
「そんであと……なんかこうやって……」
「ヒッ」
「ぉえぇっ」
「こら。肘はダメだろ、肘は」
「気持ち悪い気持ち悪い無理無理無理!お前なんでこんなことされて黙って突っ立ってられたんだよ!?殴るとか蹴るとか叫ぶとかしろよ!」
「え″っ、ゔぇっ、ぃ、はく、でる」
「吐くならトイレ行け!」
あまりに不快だったもんで肘でぶん殴ったら運悪く腹か鳩尾かどっかに入ったらしく、ナナセがげえげえ嘔吐いている。いやだって本当に気持ち悪かった。「お尻触られた」とかいうレベルじゃないじゃん。確かにケツも触られてるけど、尻っていうか足の付け根っていうか内腿っていうか、ちょっと当たっただけって言い訳は絶対に通用しないタイプの触り方じゃん。だってめちゃくちゃ撫でに来てるもん。恋人でも突然こんな触り方したら冷める。
「お前ほんっと人見知り以前の問題だからなコレ!拒否しろ!強く!」
「あ″ぃ……」
「高校生ん時も露出狂に付け回されてたろ!もっと強く出ろ!グーで殴れ!」
「うぅ……」
「ななせは被害者だぞ。いづるじゃないんだから、突然暴力に訴えられるわけないだろ」
「俺に自転車でぶつかってきた奴のこと走って追いかけて鞄掴んで倒した人間に正論言われても何も響かないのでお黙りやがれください」
「おえっ……ヒノキさんそんなことしたんですか?」
「謝ってないのに行っちゃうから」
「だからナナセももっと強くならなきゃダメだぞ」
「はい……そうですね……」
「そうしないと何かあった時にヒノキに一方的に嬲り殺されるからな」
「はい」
「そんなことはしない」
不思議そうな顔をしているが、信用ならない。痴漢の恐怖よりヒノキの恐怖の方が勝ったらしく、ナナセも正気を取り戻した。良かった。相手の顔は見たのか?とかまだヒノキが聞いているけれど、普通に答えてるし。
「見てないです。怖かったから」
「どうせお前ひええ〜って顔でちっちゃくなってたんだろ」
「ちゃんと睨もうとはしましたよ!顔は見えなかったけど」
「じゃあ痴漢の人はどこからどう見ても他人よりデカいお前が不愉快そうな顔で後ろを向きかけてやめたのもきちんと把握して行為に勤しんでいたってこと?もう筋金入りじゃん。ああ〜睨まれたかった〜!って思われてるかもしんないよ」
「嫌がっててもやめてくれないんですね……」
「迷惑そうにしてるから余計盛り上がっちゃったんだろ?逆効果だよ」
「ななせ。スタンガンが通販で買える」
「成人男性に武器を持たそうとするな。相手が死ぬだろ」


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