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よどたま



「淀」
「なに」
「彼女できた!」
「おめでとう」
「ちょ、もっ、はぁ……もっとなんか……あるでしょもっと……なんか……はああ……」
「?」
不思議そうな顔をされて、そうだよな、淀はこういうやつだよな…と肩を落とした。もっとパチパチしてほしかった。別に彼女が欲しいって大々的に言ってたわけじゃないけど、もうちょっと祝ってくれてもいいじゃん。普通の顔しておめでとうって。まあ淀の表情筋が豊かに動いたとこなんか見たことないけど。
「なんか聞いて。彼女のこと」
「……ど……どんな見た目?」
「いい質問。髪の毛が長い」
「……………」
「嘘でしょもうストック切れたの?そんなんじゃ立派なアーティストになれませんよ」
「うるさい……名前は?」
「は?名前とか教えたくないんですけど」
「存在してる?」
「地獄のアキネイターやめてくれない?してるよ」
「……身長は?」
「俺よりは小さい」
「俺よりは?」
「小さいんじゃない?淀と並べたことないからわかんない」
「ふうん……」
「えっ終わり!?終わりじゃないよねえ!」
「……この学校?」
「ううん。駅からバス乗って来る途中に女子高あるじゃん。あそこ」
「何年生?」
「同い年」
「よかったね」
「うん。もっと聞いて」
「……………」
ものすっごくめんどくさいなあ、と顔に書いてある。今俺たちがいるのがあまり人が来ない階段の踊り場なので、窓も遠くてあまり明るくないから余計に顔が険しく見える。そもそも淀あんまにこにこしないんだから、ちゃんと愛想良くしないとダメだよ。水筒を手持ち無沙汰に膝に乗せたり手に持ったり、ウロウロさせている淀が、数秒考えてから言った。
「好きなとこは」
「えー。恥ずかしい」
「……じゃあもう聞くことないよ」
「もっとあるでしょ!興味ないの!?」
「環生の彼女には別に興味ないし……逆に俺が興味津々だったらどうなの」
「嬉しい」
「あっそう……」
「淀にも彼女が出来たら同じこといっぱい聞くからね」
「もし今後俺に彼女が出来たらお前にだけは絶対に言わない」
「でもほら、そもそも淀に彼女とかできないしさ」
「チッ」
「あぶない!蹴るの禁止っつったでしょ!」
しゅ、とよぎった上履きの爪先に、足を引っ込める。蹴るの禁止、殴るの禁止、頭突き禁止、突き飛ばすの禁止、とお互いがお互いにやられたことを言いまくっているのだが、言いすぎて覚え切れないし、なんなら一つ足りともまともに禁じられていない。時々禁止されてないことも「禁止っつったでしょ!」ってなるし、そもそも全部なんて到底覚えてないし。しばらく睨み合って、何をどういつやり返そうか、と視線で読み合ったのだが、こんなくだらないことにそんなことするのが馬鹿らしくなってお互いやめた。お昼ご飯は全部食べてしまったので、おやつに食べようと思っていたクッキーの袋を開けると、淀の指が伸びてきて一枚持っていった。
「じゃあ彼女と帰ったりすんの」
「する時もある。でもしないときは淀と帰るからね」
「うん」
「一緒に帰る時もついてきていいよ。淀友達いないから寂しいでしょ」
「さみしくない」
「あ!言っといてあげよっか。淀のこと」
「言わなくていい」
「暖かく見守ってねって」
「いい……」
首を横に振って、抱えた膝に頭を乗せてしまった淀に寄りかかれば、バランスが崩れたのか階段から転がり落ちかけたので、笑った。

淀は友達がいない。俺もいないから、いなさでいったら人のことは言えないんだけど、でも俺はクラスの中に話をする相手ぐらいならいる。それが指すのは、必要最低限の事項を伝達してもらえる相手というわけじゃなくて、普通に暇な時にジュースとか飲みながらなんとなく喋る感じの相手レベルなわけで、淀が言う「クラスにいる友達」は前者なわけだ。それは友達っていうか、うーん、一人で浮かないように面倒見られてるだけっていうか、例えば移動教室が変更になったとか時間割が交代したとかいう時に一人だけ別のとこに行っちゃって、あれ?ってならないように気の利く誰かが声かけてくれてるだけだよね。そういう感じで淀に声かけてくれてるの、大体優しそうな女の子だし。それか先生に頼まれてる人。
別に、淀に友達がいるかどうかは俺になんの関係もないし、いなくても仲間外れってわけじゃないし、じゃあ淀が寂しそうとか悲しんでるとかそういうわけでもないので、全然いいんだけど。バス停で呼び止められて、喋ったこともなければ今の今まで顔も知らなかった女の子から恥ずかしそうに顔を伏せながら真っ赤になって告白されて、いいよ!って了承を返した時に、はっと思い浮かんだのは淀の顔だったのだ。俺に彼女が出来たら、あいつどうすんだろ。だってほら、デートしたりするわけじゃん。家に遊びに来ちゃったりもするかもしんない。そういう時にはさすがに淀が隣にいるわけにはいかないわけで、そしたら淀ってその間なにしてるんだろうな、と思ったのだ。別に四六時中俺といるわけじゃないから、そういう時間があるってのは分かってる。でも淀にとって一人になれる場所ってあんまりないわけで。一人っていうか俺がいたら二人なんだけど、ギターいじったり作詞してみたりとかは、いろんな音がしすぎるからってあんまり自分の部屋ではやりたくないみたいだった。それでそういうの俺んちで全部やってて、出来なくなるけど大丈夫なの?ということが言いたかったわけだ。出来なく、とはまではいかなくても、出来る時間は少なくなるかもしんないけど、ぐらいか。でも別に、普通の顔してたな。困る、とかいう感じでもなかった。といっても、淀が動揺してるところなんか俺が今まであんまり見たことないんだけど。
だからというかなんというか。彼女ができて、帰り道とか待ち合わせするようになって、俺の家に淀が来ない日が増えて、学校でしか淀といらんない日とかもあって、結果として俺が淀にべったりになった。いや逆。俺が予想してたの逆なんだけど。淀が寂しくなっちゃって俺にくっついてくる想像してたんだけど、別に理由もないのに俺が淀のところに行くことの方が増えた。なんで?不思議だったので単刀直入に聞いてみることにした。
「意味分かんないんだけど」
「意味わかんないのこっちなんだけど……」
「淀が来ないからじゃん」
「……授業と授業の間の休み時間にまで、わざわざ別のクラスの人に会いに行ったりしない」
「しろ」
「しません……」
はあ、と呆れたように溜息をつかれて、淀の机に上半身を預ける。前の席の人の椅子を借りようかと思ったんだけど、どうも女の子っぽかったから、淀が座ってる椅子に無理やり座ろうとしたら退かれてしまって、しょうがないから淀の席を満喫してあげているのだ。机に太腿で寄り掛かるような姿勢の淀が、寂しいのは環生の方ってことなんじゃないの?と言うので、そんなことはないと噛みついた。だって俺彼女いるんだよ?昨日なんか二人でアイス食べちゃったし。分けっこしちゃったし。
「チャイム鳴る」
「うらやましいでしょ?」
「遅刻するよ」
「何味だと思う?」
「……何食べたの」
「チョコにチョコチップ入ってるやつ。淀が好きなやつ食べちゃったもんね」
「……わざわざ?俺が好きなやつを?」
「そうだよ」
「……………」
げえ、って顔をされた。なんでだ。羨ましい!今度は一緒に連れてって!が正解でしょ。
その時は5分休みだったので、すぐにチャイムが鳴ってしまって、クラスに戻った。お昼休みにまたご飯一緒に食べようと思って淀のクラスに行ったら、なぜかいなかった。どこ行ったんだろ。俺といなかったら一人だと思うけど、それとも、一人でどっかで食べたい気持ちなのかな。もしかしたらたまにはなんかあってお弁当じゃない日なのかも。そう思って購買を覗いたが、そこにもいなかった。ついでなので俺はたまごサンドを買った。あとジュース。校舎内をうろつきながら淀がいそうなところを探して、あと5分で昼休み終わっちゃうってところでようやく見つけた。しかも、いつもこんなとこ通らないじゃんっていう廊下の途中に。
「あ!なんでこんなとこにいんの!」
「……係の集まりがあったから……?」
「ご飯は!?」
「食べながら話した。……なに?環生ご飯食べてないの」
「食べてないよ。淀のこと探してたから」
「なんで探してたの」
「淀がいなくなるからでしょお!」
「昼休み終わるよ」
なにを他人事のように。恐らくは自分の教室に戻ろうと歩きだした淀の周りをちょろちょろしながら、ご飯食べるからどっか座りなよ、と言えば、昼休み終わるけど、と再度時計を指しながら確認された。そんなん見ればわかるわ。俺に帰るまでの残りの時間を飯抜きで空腹のまま過ごせと言うのか。そしたら仕方なさそうな顔で立ち止まってくれた。ド廊下だけどしょうがない。誰もいないし。サンドイッチの袋をぱりぱり開けながら口を開く。
「なにしてたの?」
「だから係の集まりがあったんだって」
「なに係?」
「広報委員……」
「は?淀が委員会入ってるなんて知らないんですけど」
「部活入ってないんだから、なんかの委員にならなきゃいけない決まりだろ」
「守ってんの?真面目だなあ」
「……守らなくてもいいルールなの?」
「結構みんな無視してると思うけど。俺もなんもしてないけど別に先生になんか言われたりしてないし」
「……そうなんだ……」
「楽しい?」
「別に楽しくはない。仕事の割り振り決めただけだし……」
「なにしたの?」
「たまに関係ないでしょ。早く食べなよ」
「仲良しできそう?」
「……そう」
「絶対嘘。静かにご飯食べてるうちに仕切ってくれてる人が色々してくれたんでしょ、俺には分かる」
「そんなことない」
「ねー、今日一緒に帰ろ」
「嫌だ」
「はー?嫌とかないです」
「用事ある」
「ない」
「あるんだってば」
「ない。淀は俺と帰るの」
「……環生最近めんどくさい」
「は!?」
「束縛癖のある彼女みたい」
「彼女なんかいたことないくせによく言うよ!」
うんざり顔の淀に言われて、じゃあもうお前に金輪際二度と話しかけないからな!と啖呵を切ったけれど、辞書を忘れたので次の5分休みで借りに行った。
それからほどなくして彼女には「立川くんのことが嫌いになったわけじゃないんだけど他に気になっている人がずっといて、ついにその人から告白されたのでそっちに気持ちが靡いてしまった。告白してきてくれた先輩と付き合うので別れてください」という二股スレスレの別れ文句を切り出されて、一応考えはしたけど、いいよー、と答えを返したのであった。淀に別れたから慰めてくれと強請ったら、お弁当の玉子焼きを一個だけくれた。淀のお弁当おいしいからラッキー。


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