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パンより米派会





そんなこんなしている内に、頼んでいたコースはそろそろ終わりになる。追加で注文することも出来るが、一旦は満たされた感じもする。席を用意した側としてどうしようかな、と思ったので、素直に聞くことにした。
「お腹いっぱいの人」
「はい」
「だよね。俺も」
「俺はまだいっぱいじゃない」
「横峯くんのお腹いっぱいって訪れることあるの?」
「あるよお」
「育は?」
「もうちょっと食べたい。みちぴ、席時間あるの?」
「一応ある。場所変える?」
「ご飯はもういいかなー。でもなんかつまめるとこがいいかな」
「お酒飲みたい!」
「育くんはもうやめときな」
「やだー!」
「お酒飲めるなら飲む」
「悠はさっきからちゃんと食べてるし飲んでるのになんで顔色ひとつも変わらないの?」
「……元気だから?」
「若いからじゃない」
「俺と悠タメなんだけど」
「そっか……なんかごめん……」
「えっ?よこみねくんとゆーやくんて同い年なの?」
「そうだよ。育知らなかったでしょ。歳とか誕生日とか覚えるの苦手だもんね」
「そお。知らなかった。明楽も同い年だっけ」
「違う。一つ下」
「一つ下なんかほとんどタメだよ!もう!」
「それで言うと育くんのグループ一つ違いだから全員同い年ってことになっちゃうけど」
「……それは違う」
「育くんが一番チビちゃんでしょ」
「チビちゃんじゃない!」
「お腹空いた」
「ああそうだ、どっか個室……お腹空いた?」
「もっとおにぎりとか食べたい」
「炭水化物ってことか……」
「えー……俺あんまこの辺は知らないなあ。育くんなんかある?」
「分かんない」
「そっかー。横峯くんは?」
「個室は分かんないけど、うーん、調べる」
「あ、俺とろうか?カラオケだけど」
「カラオケ?」
「うん。VIP取れるよー、昔から使ってるとこだから安心だし」
という町田くんの言葉に甘えて、場所は用意してもらうことにした。お会計、俺が一番年長者だし予約も取ってるからと思ってそっと終わらせようとしたのに、町田くんにしっかり見つかって「みんなで割り勘にしよ」と言われてしまった。一応意地として食い下がろうとしたんだけど、この中で稼ぎが一番高い自信あるならいいよ、としれっと言われて、ぐうの音も出なかった。このメンバー相手にそんなこと言えるわけないだろうが。なんなら一番下かもしれん。あとはもう町田侑哉の顔面には普通に何を言われても頷いてしまう魔法がかかってるからってのもある。この壺買って?六千万だけどいい?って言われても、うん♡って言っちゃうもん。俺は無力。
そんなこんなで移動した。育くんが思ったよりふにゃふにゃしていたので、店の前にタクシーを呼んでもらった。歩ける!と本人は言うし、実際歩けるくらいの距離の移動ではあったけれど、あの吉片育が酒に酔ってふにゃふにゃ歩いているところを大勢に見られるべきではないという判断である。多分正しい。カラオケの個室につくと、なんかおしゃれなウェルカムドリンクみたいなのと、これもおしゃれなつまみが出てきたので、ここは本当にカラオケだろうか?と疑わしくなった。マイクはあるのでカラオケらしい。でもゲームとかプロジェクターも貸してくれるとか書いてある。そんなのを読んでたら、でかくて白いソファーに埋もれた育くんが口を開いた。
「俺こういう、なんか友だち同士で集まるの会みたいなやつ、憧れてた……」
「……育くん事務所入ったの早いから、あんま遊んだことないっつってたもんね」
「嬉しいー……」
「……俺ね、育見てると兄みたいな気持ちになる。弟なのに」
「町田くんも?俺も」
「……なんか名前ほしい」
「なにが?」
「この会に名前ほしい……」
「え?また開催されるの?この会」
「せっかくなら共通点で名付けたくない?俺と宮本くんはチーム金髪だよ」
「……共通点……?」
「……………」
「……………」
横峯くんの疑問を最後に全員黙ってしまった。町田くんの言うことは分かるが、共通点が思いつかないのだ。全員男とか、成人しているとか、そういうのならある。けど、何か一つのことで盛り上がったりはしてないし、仕事で全員が一堂に会することはないだろうし、趣味が被ってるわけでもない。沈黙をなんとかなくそうと、挙手して口を開いてみた。
「はい。犬派か猫派か。俺は猫」
「はい!犬!」
「猫。ぶちちゃん見る?かわいいよ」
「どっちも」
「はいダメ!じゃあ、動物園か水族館!」
「動物園!ライオンがいるから」
「俺も動物園」
「魚が美味しいから水族館」
「俺も水族館!はいダメ!じゃあ山か海か!」
「海!」
「山かなー。キャンプとかしたい」
「どっちでもいい」
「横峯くん次からどっちでもいい無しね」
「はあい」
「うーん全然被らん!きのこかたけのこ!俺はきのこ」
「たけのこ!」
「きのこ」
「たけのこ」
「もう!ちょっとは被ろうとしろ!」
「だってしょうがないじゃんかさ!」
「じゃあ米かパンか!」
「ごはん」
「俺もお米かなー」
「ご飯がいい」
「俺も米……お?」
「おお」
「かぶった」
「じゃあこの会は、パンより米派会で決定!」
「……なんかかっこ悪い」
「文句言わないでください〜」
「パンより米派会のグループ作ろ」
「じゃあこのメンバーで集まる時パン禁止ってこと?」
「俺美味しいパン屋さん知ってるよ」
「……パンより米派ってだけで、パンとも友好的に過ごしてるから……」
「がばがばじゃん」
「いいの!グループ画像ご飯にしとくからね」
ということで、パンより米派会が発足した。すごい色んな人に当てはまりそうなグループ名だな。カラオケなんて三ヶ月ぶり!と跳ね起きた育くんがすごい勢いでデンモクを操作してマイクを握っている。三ヶ月ってそんな久しぶりじゃなくないか?しかも元気だな。横峯くんがフードメニューを手から離さないので、適当に頼んでおいた。焼きおにぎりあったし。
しばらくして、だらだらと喋りながら時々歌ったり、と過ごしていると、テーブルの上に置いてあった誰かのスマホが音を立てた。町田くんのだったらしく、ぱっと手に取って画面を見る。
「ん。ごめん電話、出てもいい?」
「いいよー」
「もしもし?うん。どしたの?」
「ゆーやくんゆーやくんこれ歌って」
「こら!育くん静かにしなさい!」
「そう。あはは、そうそう……ん?今ちょっと、いやどう聞いても外でしょ」
うんうん、別にいいけどいいの?ううん、むしろおいでよ、はあい、わかったありがとー、じゃあいつもんとこだけど一応場所送っとくね。そう電話を切った町田くんが、普通の顔をして言った。
「淀が来たいって。いい?」
「よど?」
「星川淀。ダメなら外で受け取るけど」
「よ……えっ!?」
「なんで!?」
「仲良しだから。高校の同級生なんだよね」
「仲良しなの!?」
「俺会うの初めてなんだけど!テレビで見たことある!」
「俺ご挨拶しかしたことない!」
「俺は喋ったことがある」
「悠はそうだろうけど……音楽番組とかでしょ?」
「うん。でもあんまちゃんと喋ってない」
「お酒貰ったんだって。でも淀飲まないから俺にあげようと思ったらしいんだけど、ここ持ち込みもオッケーだからさ。みんなで開けちゃおうよ」
「やったー!」
「えっ?全然やってない……星川淀だよ?俺……えっ?なんで?どうして育くん酒の方が優先順位高いの?」
「俺も仲良くなりたいから」
「嘘……」
「道端さんも仲良くなれるよ。淀ちょっと人見知りするけど基本いいやつだから」
「いやいやいや……生きる世界違すぎるでしょ……」
星川淀といったら。ドラマとか映画とかの主題歌に抜擢されてはチャートの一位を掻っ攫っていくような、文句の付けようがないアーティストだ。独自の世界観と、少し掠れたような特徴的な声。あまりメディア露出はしないが熱狂的なファンも多く、ライブをやるとなると即秒完売は当たり前、海外でのツアーでも絶対的な人気を誇り、しかしあまり誰かと仲が良いとかつるんでいるとかいう噂は聞いたことがなく、それにまた孤高感があってかっこいい、あの。俺からしたら完全に「テレビで見たことある人」だ。それが、町田くんと仲良し?高校の同級生?貰っちゃったお酒を自分が飲めないから渡しに来る、しかも他に人がいてもお構い無し、という距離感から、相当の仲の良さが窺える。だって、俺の友達の友達だから変なやつじゃないだろう、なら会いに行ってもよし、っていう信頼があるってことでしょ?やっぱり有名人の友達は有名人なんだなあ。
「ずっと仲良しなの?」
「だって淀のピアス開けてるの俺だよ」
「なかよしだ」
「あと俺が着なくなった服とかあげたりする。こないだ二人でカップラーメンの食べ比べしたりした」
「……二人はさ?歌ってるし、ギター弾いてるし、いいじゃん。話も合うかもしんないけど、俺……俺は何?なんで……あっ俺帰った方がいい?」
「なんで!」
「場違い……」
「別に淀といる時に仕事の話なんかしないよお。普通に友達だもん、道端さん帰っちゃったらそっちのがつまんないよ」
「……話せる自信ない……」
「俺は興奮する自信がある!」
「ぶっちゃけね、育みたいな捲し立てテンションめちゃ高タイプが淀一番苦手と思う」
「だって!ね!みちぴいた方がいいよ!」
「え?それなんのために?育くんに助け舟を出すためってこと?」
「違うよ!」
「おもしろいからってことでしょ」
「そんな身を切ってまで……」
まあ、帰りはしないけど。じゃあみちぴが緊張しないように誰か他の人も呼んだげよっか?と育くんが言うので、勝手にしてくれと手を振った。石田とか呼んでくれ。絶対来ないだろうけど、来たら多分宅飲みしてる時ぐらい安心する。でもまあマジで絶対来ない。石田が来る確率と俺が突然雷に打たれる確率がちょうど同じぐらいだと思う。誰呼ぶか知らないけど、星川淀よりも驚くことは無いと思う。そう正直に言えば、ぶすくれた顔をしていた。しょうがないじゃん。そりゃそうだよ。そして密かに育くんのことをおもしろい扱いしていた横峯くんが、デンモクを育くんに見せた。
「ヨシカタくん、これ歌って」
「えっ……恥ずかしい……いや……」
「えー。歌って歌ってー」
「なに?」
「ボーカルくんが前に歌ってたヨシカタくんたちの歌」
「俺の方が下手だもん」
「本家でしょお」
「そおだけどお……」
「じゃーマチダくん歌って」
「いいよ」
「えっ!?町田くん歌うの!?」
「うん。いいよ」
「動画撮っていい!?」
「えー。恥ずいよー」
「みちぴ怖」
恥ずかしがりながらも撮らせてくれた。元気が出た。この先なにか心が折れそうなことがあったらこれを見て生きる力を取り戻そうと思う。しかも普通にうまいし。育くんに引いた目を向けられたことだけは許さないぞ。超人気若手俳優が楽し恥ずかしといった様子でカラオケしてるところを動画に収めるのは、他の人だってやるはずだ。育くんみたいに鼻血吹きそうになりながら騒いでるわけじゃない。歌い終わって、ふう、と満足げに息を吐いた町田くんが、マイクを横峯くんに渡した。
「悠も歌いなよ」
「いいよ」
「いいの!?ギャー!」
「耳いった……」
「俺選んでいい!?」
「えー、自分で選びたい」
「これ!これ歌って!」
「英語なんかわかんないよお」
「ふにゃふにゃでいいから!」
「やだよー」
「育くん鳴ってるよ」
「誰!?あっ出る、出ます!」
「……………」
明楽くんだろうか。スマホを渡したはいいけれど、誰から掛かってきてるかは咄嗟に分からなかった。部屋の外に立ってなにやら話していた育くんは、帰ってくるとさっきまでの「歌って!」を忘れたようでポッキーを齧っている。記憶力に乏しい。だからクイズ番組とかでバカ枠として呼ばれちゃうんだぞ。
町田くんがのんびりスマホいじりながら、横峯くんになにやら見せて二人で笑ってるとことか見ると、ほんとに仲良いんだなあ、と思う。育くんがお菓子の盛り合わせに心を奪われている間に二人で盛り上がってほしい。勝手に撮ったら盗撮だが、撮るよ!と声をかければ盗撮ではないのだ。でもその声をかけるのがハードル高いな。自分だけで楽しむ分なら撮ってもいいかもしれない。だってオフの町田侑哉なんてこの先一生見れるもんじゃないし。横峯くんとだってもう二度と会わないかもしれないし。パンより米派会とかいって名前はつけたけれど、俺はともかくとして全員忙しいだろうから、こんなにオフが被る日なんかもう二度とないかもしれない。今日もしかしてあれでは?神様にめちゃくちゃ祝福されてる日なのでは?今日物事を始めると何もかもがうまくいくスペシャルラッキーデーなのでは?確かそんな日があった気がする。とりあえず気づかれるかどうか試したくて育くんを撮ったら、全然気づかれなかったしほっぺがリスみたいになってるところが撮影できてしまった。これはこれで面白いからいいか。
「ん。淀ついたって。迎え行ってくる」
「わー。うわー、どうしよ。最初なんて挨拶したらいいの?教えてアーティストの人」
「……こんばんは?」
「そりゃそうなんだけどさあ!こう、これ言われたら嬉しい!みたいのないの?」
「うーん。褒められたら嬉しい」
「……横峯くん人として普通のことしか言わない……」
「だって俺もホシカワさんとそんな喋ったことがないんだってば。ギター弾き語りしてる動画見たことあるから見たことありますって言お」
「えっずるい、俺も見る。今から」
「間に合うかなあ」
「なに見てんの!ねこちゃん?」
「星川淀の弾き語り」
「今から来るんだからやってもらえばいいじゃんか」
「そうじゃないの。育くんはそういう性格だから誰とでも適当にやってれば普通に仲良くなれるかもしれないけど俺はそこまでコミュニケーション能力高くないからちゃんと下調べしないといけないの。分かる?分かんないかバカちんだから」
「ぎゃーん!」
「泣いちゃった。あ、俺のギター弾いてもらえるかな」
「超レアじゃん!頼んでみよ」
「不敬にも程がない!?普通頼む!?」
「だってゆーやくんの友だちだもん、いいよって言うかもよ」
「ダメだよって言われたらちょっと駄々こねてみようよ」
「ねー。しょうがないなってなるかもしんないしね」
「お、恐ろしっ……そりゃ見たいけど、そんな軽々しく頼める相手じゃないじゃん……」
「わかんないよ。みちぴに一曲作ってくれるかもよ」
「あー、キシくんとかやってたの知ってる。なんかのタイアップでお笑い芸人さんに曲下ろしてたよね」
「いや作ってもらっても歌えねえわ……歌いこなせなかった時のプレッシャーがやばい……」
「そういえばみちぴ歌ってないじゃん。歌ってよ」
「今!?バカ!無理だよ!」
「なにがいい?入れたげる」
「やだやだ今はやだ!星川淀が今からここに来るんだぞ!なんで俺みたいな下手くその歌をお届けしなきゃなんないんだよ!」
「ホシカワさんの曲だけのランキングあるよ。一位入れたげる、俺でも知ってるから絶対ゆうやけくん歌えるよ」
「うわマジで入れ、消してよ!お願いだから消して今すぐに!」
「はいマイク」
「来るまでだけだから」
「嫌だ、わー無理無理無理!」
「……歌おうか?」
「じゃあお願あ″ー本人!!!」
「あははっ」
「パンより米派会へようこそー!」
「淀もおにぎり好きだもんね」
「おにぎりは好き。いくらのやつ」
こくりと頷いているが、直視できない。ので、指の隙間から見る。オレンジと茶色の間みたいな髪に、黄色の房が混ざっている。今はその色だというだけで、すぐに髪型が変わることは有名なので知っている。少し長い髪をかけた耳にはいっぱいピアスが空いてて、瞳の色は日本人離れして明るい。カラコンとかかも。聞きようによっては、あまり感情の乗らない平坦な喋り声。どうも、と軽く頭を下げられて、ぺこぺことお辞儀を返した。いや本人。どこからどう見ても星川淀本人。歌番組で歌ってるとことか、ドキュメンタリーで密着されてるとことか、そういうのしか見たことがないので、こうやって目の前で町田くんと普通に喋られても「あ〜夢か〜」としか思えない。座って座ってー、と通された星川さんが、あの、と口を開いた。
「……届け物しに来ただけなんだけど……」
「いいじゃんちょっとぐらい。淀友達いないんだから」
「いなくない。明司とかいる」
「めーくんと俺の他」
「……いる」
「はいいない〜。派手な見た目のくせに永遠に直らない人見知り」
「うるさい」
「俺吉片育です!」
「あ、はい……見たことあります」
「見たことあるってー!やったー!」
「横峯悠です」
「見たこと……ていうか、お話したことありますよね……?」
「ご挨拶くらいは」
「うう」
「ほらみちぴ!自己紹介して!」
「ゆ、ゆうやけこやけの道端陽太です」
「あ。ネタ見てます。お笑いとかあんま分からないんですけど、ゆうやけこやけは好きです」
「……………」
「ゆうやけくん泣いちゃった」
「えっ、あの、えっ?なんかすいません、俺そんな詳しくないのに……」
「詳しくない人から好きだって言われたから嬉しかったんだよ」
普通にめちゃくちゃ嬉しくて涙出ちゃった。理由としては町田くんが言ったので正解である。俺が顔を覆っている間に、育くんと横峯くんがマジでお願いして、戸惑っている星川さんにギターが渡った。ほんとにお願いするなよ。町田くんがめちゃくちゃ笑いながらカメラ向けてる。
「あはははっ、淀なにその顔っはははは」
「……なにやったら……?」
「なんでもいいです」
「ベースくんに自慢しよ」
「なんでも……」
吉片育と町田侑哉と横峯悠がいる空間で星川淀にギター弾いてもらうってなに?明日俺死ぬ?贅沢を一度に消費し過ぎている気がして胃がギャってなった。見てるって言われたのも好きだって言われたのも、お世辞だったとしてもめちゃくちゃ嬉しくて、そのふわふわをずっと引きずっている感じがする。記念写真撮ろ!と引き寄せられて、撮ってあげようかと引いてスマホを構えれば、育くんと町田くんに両手を引っ張られた。
「一番お兄さんでしょ!」
「なんでみちぴすぐ抜けようとすんのー」
「もっとくっつかないと入んないよお」
「……俺は入らなくてもいいんじゃ」
「だめだよ!星川さんが来てくれた記念なんだから!ほらカメラ見て」
「淀笑える?笑ったこととかある?」
「あるわバカたま」
はいチーズ。横峯くんが構えているスマホからシャッター音がしなかったので、数秒止まった後に、え?まだ?なんで?とざわざわしていたら、にやにやしながら動画だと白状された。お前!何が楽しいんだそんなドッキリして!その動画くれるんですよね?寄り集まっていたのを解除してがやがやそれぞれの席に戻ると、スマホを見た育くんが急に立った。
「あ!ちょっと待ってて!」
「ん?どこ行くの」
「みちぴここにいてね!」
「何……怖……」
名指し、一番怖いんだけど。怯えてたら町田くんが背中をぽんぽんしてくれたのでうっかり寄り添ってしまって、飛び跳ねて離れた。すごいいい匂いした。もう超いい匂いした。みちぴ女の子になっちゃう。ていうか俺汗臭かったんじゃない?不快じゃなかった?町田くんは笑ってるけど。いや町田侑哉が嫌そうな顔するわけなくない!?こんな良い人なのに!今日会ったばかりの俺に対してとても優しいのに!嫌な顔なんかするわけない、多分生まれてこの方嫌な顔とかしたことないと思う。ちなみに俺は少なくとも半日に一回は嫌な顔をする。そんなことを考えている間に星川さんと横峯くんがなにやら喋っているが、おそらく俺はそこには入れないので、無謀な特攻はしない。そっと町田くんから距離を取って、不思議そうな顔で詰められて、また距離を取って、「嫌がられてるんだよ」と呆れた顔の星川さんに言われてそれに首を横に振っていたら育くんが帰ってきた。
「ただいまー!」
「おかえり」
「こんばんは」
「あれ?みっくん?どしたの」
「呼ばれたから……ちょうど近くにいて。なにこの集まり?」
「だからゆったじゃん!パンより米派の人たちが集まってるんだよ!」
「俺パン派なんだけど」
「それは言わないでって言っといたでしょお!ねえみちぴ、びっくりした?俺だってみちぴがビビるような人呼べるんだよ?ねえ?」
「死んでる」
「嘘……そんなつもりじゃ……」
固まった俺を見て横峯くんが脈を取ってくれたが、そこに脈はない。ずれてる。さてはやったことないな、お前。
新見翼がいる。あの、モデルの、俳優業もやってる、当然ながら俺は会ったことないし会えると思ったこともないし、ていうか足なっが!横にいてベタベタしてる育くんも別にスタイル悪いわけじゃないっていうか普通にかっこいいと思うんだけど、それを凌駕してすげえ足が長いし頭が小さい。あと顔が見れない。マジで顔がかっこよすぎると見れないんだな。新たな知見を得た。落ち着いたトーンの声を聞いただけだけれど、俺はもう二度とそっちを向くことはないだろう。肩あたりまでなら目線を上げられるが、それ以上は無理だ。ちなみに今は足元だけを見つめてる。育くんのスニーカーが、ねえ!と近づいてきたので、首を横に振った。
「わかったから離れて」
「なんで!みっくん、みちぴだよ」
「……こんばんは」
「……大変失礼なのは承知の上なのですが……自分、整った顔に対する耐性があまりなくてですね……もし新見さんがよろしければ、このままご挨拶させていただいても宜しいでしょうか……?」
「はあ」
「ゆうやけこやけの道端陽太と申します……」
「新見翼です」
「ほら淀!チャンス!お友達作って!」
「押すなバカたまやめろ、ゔぅ、ほ、星川淀ですっ」
「……………」
「みっくんびっくりしたあ?ねえ星川さんの歌好きなんだよねえ、俺知ってギャー!」
「うるさい」
「いたいぃ」
「痛そうだったね」
ぐすぐすしている育くんが顔を押さえているので、新見さんに余計な絡み方をして顔に痛いことをされたらしい。横峯くんが微妙に他人事な慰め方をしている。新見さんの革靴が星川さんの方を向いているので、好きだというのは確からしい。顔が上げられないので詳細はわからないが。
「ね、道端さん」
「ヒッ、はいっ」
「みっくん……あ、新見くん?も、淀も、ほんとに友達少ないんだよね。あんま人付き合い上手くないっていうか、みっくんは見栄っ張りだし淀は人見知りだし……だから、道端さんと仲良くなってくれたら嬉しいなーって、二人の友達の俺は思うんだけど、どう?育がみっくん呼ぶとは思ってなかったし、みっくんが来るとも思ってなかったけど、俺的にはラッキーっていうか」
「ひぃ、か、顔良っ、な、なんでも言うこと聞きます」
「えー?」
「良い匂いがする!ごめんなさい!目ぇきらきらしてる!助けて!」
「なんだよお、真面目に話してるのにー」
町田くんには申し訳ないが、こちとら本心の叫びである。顔を寄せてひそひそと話されても、何一つ入ってこない。なんにもしてないのに瞳が輝いてることとまつ毛が長いことと肌がつやつやなことと良い匂いがすることと髪の毛がふわふわしてることと唇がぷるぷるなことしか分かんなかった。許容量を超えている。誰でもいいから助けて欲しくて一番平凡な顔の横峯くんの方に逃げると、どおしたのー、とのんびり迎え入れられた。反対側の隣に星川さん、その隣に新見さん、と並んでいるので横峯くんより先は見ない。絶対にだ。
「横峯くんはいい匂いしない」
「うん。うん?」
「安心する……今この空間で一番実家に近い……」
「どういう意味?それ」
「キラキラしてない……」
「あー。それは分かる。自分でも思う」
「いや分かるなよ……お前も充分そっち側の人間なんだよ……ライブ即日完売でグッズも売り切れが当然、新曲出るたびSNSが盛り上がりまくってアップしてる動画の再生回数がエグいことになってる人間は俺みたいなのと肩を並べてはいけないんだよ……」
「いやいや」
「ねえよこみねくん」
「ギャア!突然入ってこないでよ育くん自分の顔面偏差値分かってんの!?」
「なに!?」
「目が焼け爛れる!」
「道端さん」
「ウギャアア!新見翼が顔面で殴り込んでくる!」
「えっと……」
先日の劇場ライブ、配信動画でしか見れなかったんですけど面白かったです、特にヨーグルトの下りが…と、マジで見てないと分からないことを話されたので、白目剥いた。だってあのネタ、テレビとかでやってないもん。「俺も見ました、あのネタ面白いですよね」「ですよね」と星川淀と新見翼が話している。死ぬ。助けてくれ。もしかしたらもう死ぬ前に見てる幸せな夢なのかもしれん。かたや超有名世界的アーティスト、かたや海外ブランドにも引っ張られてるモデルだぞ。こんなことが現実にあっていいはずがない。錯乱して隣にいた横峯くんに、俺を今すぐひっぱたいてくれ!と頼んだら普通に普通の威力でビンタされたので我に帰った。
「なんでマジビンタするの?」
「だってゆうやけくんがひっぱたけって言ったんじゃんか」
「俺に優しくして」
「うーん。これからは気をつける」
「やめて、気をつけないで、優しくしてって言ったのはフリなんだから今後何があったとしても絶対に優しくしないで。俺の理性を握ってると思って」
「わかんない……」
「ねえー、育寝ちゃったんだけど」
「自由か?」
「あー、さっきねむたいって言いにきたよ」
すやぴー、と大変幸せそうな寝顔で育くんがソファーに横たわっている。ちょっと目を離した隙に寝た、と町田くんが言っている通り、いつのまにか静かになったのかわからない。ついさっき俺に話しかけてきてたのに。呼ばれたきりほぼ放置されている新見さんが、俺はどうしたら…と見下ろしている。いや足なっが。立ってると余計にそう感じるな。背も高いし。
「てゆか、みっくんなんて呼ばれたの?」
「……帰り際だったんだけど、ここにいるからちょっと来てって。いるメンバー聞いて来た」
「道端さんと淀がいるから来たんでしょー、現金なやつめ」
「そうだ、悪いか」
「開き直った……みっくんお酒飲んだ?だめって前言ったじゃん」
「飲んでない」
「飲んでたよ」
「ほら!悠が見てたって」
「飲んでないって言ってください」
「飲んでないって」
「自我ないの?」
「たま、俺もう帰る。明日仕事」
「えーやだ!淀の家に今日は帰るって俺決めてるのに」
「嫌……なんで……?」
「そもそも連れて帰ってもらおうかなって思って呼んでる。もっとお酒飲みたいし」
「嫌だけど」
「俺の面倒見てよ!高校の時にそうやって約束したでしょ」
「一人だけ売れて一人売れなかったら売れた方が売れなかった方の面倒見るっつったんだろ」
「淀の方が金持ちだもん」
「嘘こけお前の貯金俺知ってんだぞ」
「なんで?」
「は?たまがこないだ自分から通帳見せて来たんだけど。忘れたの?バカ」
「絶対言わないでね」
「横峯さん」
「なに?」
「言わないでつってんじゃんか!」
新見さんはあんまりお酒が得意でないらしい。いつの間にか飲んだらしく、若干とろんとした顔になってる。あと横峯くんに自分の意思とか意見とかがあまりなく流されやすいのがみんなに見抜かれて、良いようにいろんなところに引っ張られている。そうなると横峯くんのことを見ていてもすぐ隣に顔がいい男が引っ付いているから、全く気が休まらない。困る。横峯くんにはもうちょっと自我しっかり持って欲しい。星川さんと町田くんに両脇挟まれてガンガンに言い争われてるのに普通にポテト食べてるし。どうもちゃんとゆうやけこやけのことを気に入ってくれているらしい新見さんが、どうにかして三人超えてこっち側に座れないかとぴょこぴょこしてるのが見えてるし。嫌!来ないで!みちぴほんとに女の子になっちゃう!
「解散しよ……」
「えっ?なに道端さん?解散っつった?まだ足りないんですけど」
「たまはこうなると厄介だから早くバイバイした方がいいですよ、今からでも遅くないから」
「はあー?」
「横峯さんに乗っかるな、迷惑」
「町田くんまつ毛長っ。やば」
「道端さん、あの」
「ヒッ、新見さんそれ以上こっちに来ないで、あのごめんこっち来ないでって別に嫌だからとかじゃなくて悲しい顔しないでごめんなさい、でももうほんと全身に汗かくの止められないから俺」
「……すいません……」
「いいよォもおこっち来な!バチグソに抱いてくれ!イケメンが子犬みたいな顔しやがってなんなんだよ!耳キーンなる!あと胸も痛いし手も震えてるし呼吸も荒いし目も合わせられないからきょどってるけどそれでも良ければ隣座ろっか」
「はいっ」
「ねえゆうやけくん。町田くんのまつ毛が長いんだけど、星川さんも自分は負けてないってゆうの。俺にはどっちもどっちに見えるからゆうやけくんも見て」
「うわーん全員来た!殺す気か!?」
「……うるひゃい……」
「育くん起きて!いや起きないで!ちょっと石田に電話かけていい?死にそう」
「いいよ」
「もしもし石田ァ!?」
『留守です』



「……あのう……」
「せーしろ」
「あ、育……あの、お米?がなんとかって言ってたから、おにぎりお土産に買ってきたんだけど……」
「あー、美味しいとこのやつだー」
「おにぎり」
「横峯さん。えっと、何があったんですか?」
「みんな騒ぎ疲れてぐったりしてるだけだよ。あっ星川さん、いくらおにぎりあるよ」
「……あとでいい……」
「とっとくね」
「みっくん寝てるからこれにしよー。ゆーやくん!ゆーやくんなにがいい?」
「……………」
「寝ちゃったのお?みちぴ!みちぴは?」
「……ツナマヨ……」
「えー俺もツナマヨがいい。じゃんけんしよ」
「……じゃあ育くんが食べていいよ」
「……淀。お金出すからタクシー呼んで」
「……………」
「清志郎もパンよりご飯の方が好きだよね?」
「えっ、うん……」
「じゃあ次は最初から清志郎も呼んだげるからね」
「なに……うん、分かった……えっ……?」
この反応だと絶対来てくれないと思うし、新たな被害者を増やさないでほしい。寝てたとこからついさっき起きてすっきりした育くんと、ずっと通常運行だった横峯くんは元気そうだが、新見さんは隣に座ったのをいいことにちみちみお酒を飲み続けていつの間にか俺の肩に頭を預けて寝てしまったし、横峯くんを挟んで延々やいのやいのとクソどうでもいいことで超仲良しの友達らしい口喧嘩を繰り広げていた星川さんと町田くん、あとなにがなんだかよく分からんけど俺、は疲れているのである。育くんが清志郎くんを呼んだのも、気づかなかったぐらいには。
「みちぴさん、なにがいいですか?」
「ええ……?マジで超いいとこのおにぎりじゃん……どしたの……?なんかごめん……」
「育からかかってきた電話の後ろがすごく、あの、いろんな音がしたので、またご迷惑おかけしてるんじゃないかと思って……」
「……………」
苦労しすぎて可哀想だ。お金握らせたい。俺より稼いでるだろうけど。次があるなら育くんを呼ばないで清志郎くんだけ呼んで、彼にゆっくりしてもらう会とかにしたい。どっかいいとこのホテルとかのアフタヌーンティーにでも連れてって大好きな甘いものをたらふく食べてほしいし、その様を見たい。見たら寿命伸びると思う。
「みんなで最後写真撮ろうよ」
「いいよ」
「悠なんにでも良いって言うじゃん……ちょっと待って。みっくん、みっくん起きて、写真撮るよ。撮ったら解散するよ」
「んうう」
「すいません。寝ている新見翼という激レアな状況、自分写真いいすか」
「いんじゃない?道端さんなら怒んなさそうだし」
「俺も俺も」
「育は怒られるからやめなさい」
みんなで最後に撮った記念写真はグループの画像になったし、もう二度とないだろうと思ってたら二週間後に「次のオフはいつですか?」って連絡が来た。この忙しい人気者ばっかりのメンバーが全員集まれるわけねーだろ!と画面越しにブチ切れたが、そうやって言うと完全にフラグなので二ヶ月後に全員集まったのである。消し炭になるかと思った。


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