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パンより米派会





確かに俺は「人数増えてもいい?」という育くんの言葉に対して「俺が会ったことある人なら別に構わんけど」と返した。そりゃそうなんだが、突然このレベルをご用意されると「ヒッ……!」って気持ちになってしまうのも仕方がないとは思うのだ。夢見てるのかもしれん。

発端は、育くんたちの番組に呼ばれた時のことだった。挨拶行った時に、俺がこないだ見つけた個室で完全予約制で美味い肉が食べれる店に今度一緒に行こうって約束をして、いつにするかをスケジュールとにらめっこしながら話し合ってた途中で、増えてもいい?と言い出したのだ。だから俺は返事をしたし、育くんからは2日後ぐらいには「俺とみちぴ入れて4人になってもいい?」って言われた。誰かは一応聞いたけど、おったのっしみ〜!とかウキウキで言われて、まあ育くんがそう言うってことは悪いことは起こらないだろうし、御幸くんは人見知りだから来ないかもしれないけどもしかして清志郎くんと明楽くんとかかな?と当たりをつけていたのだ。だからそんなに気持ちにプレッシャーもなかった。オフで飯食いに行くだけなわけだし。
店で待ち合わせをして、仮にも予約を取った身として早めに来た。無事に一番乗り。芸能人御用達と聞いていたのは本当のようで、従業員は顔色ひとつ変えずに対応するし、部屋に着くまでの廊下でも誰ともすれ違わなかった。なんというか、気が楽でいいな。自分にそこまでの人気があるかどうかはさておき、育くんを一般人に混ぜるわけにはいかない。今をときめく人気絶頂アイドルなので。
「……みちぴ?」
「お。来た」
「あー、良かったあ。俺こういうお店初めてでさあ、ドキドキした」
「俺も足音立てないように歩いた」
「あはは」
そおっと扉を開けて恐る恐る覗いてきた育くんが、ほっとしたように笑った。良かったよお、と眼鏡やら帽子やらマスクやらマフラーやらを外しながら言う育くんがようやく椅子に座ったので、そういえばと問いかける。相変わらずの重装備だな。育くんたちのマネージャーは仕事ができる。
「誰が増えたの?」
「えー。ひみつー」
「あっそ」
「でもね、俺も一人しか知らないんだ」
「……は?」
「みちぴに秘密にしてる人は俺が誘ったけど、その人がもう一人誘ってるから、そっちは俺も分かんない」
「なにそれ。怖」
「そお?」
「怖いよ!」
そっかな〜?なんて育くんは平然としているけれど、普通に考えて怖い。俺からしたら4人いるうちの2人が誰なのか分かってないんだぞ。怖すぎる。帰っていい?
まあ育くんがこれだけのんびりしてるってことは信頼できる人なんだろう。清志郎くんか明楽くんの可能性が高まってきた。あと二人ももうすぐ着くって、と言うので料理は少しだけ待ってもらうことにした。ただ何も頼まないのも申し訳ないので、飲み物だけ先に注文して待つ。こないだあれがこうで、俺もそういえばあれしたらああなって、ってだらだら話してたら、ドアがノックされた。
「はあい」
「育?」
「あ!ゆーやくん!」
「ゆ……えっ!?」
「どうもー。あ、道端さん?こんばんはー」
「ま、っ待っ、育くん待って」
「うふふー、みちぴびっくりした?」
「こんばんはあ」
「ぎゃあなんでよこみねくんいるの!」
「あははは」
「あっははは」
「まち、っ町田侑哉!」
「うん。えっ?育、言ってなかったの?」
「なんでよこみねくん呼んだのお!ひー!恥ずかしい!もっとちゃんとした格好してきたら良かった!」
「その前になんで町田くんがここにいるんだよ!」
「とりあえず座んない?」
横峯くんにそう言われて、確かにとりあえず座ることにした。顔が上げられない。なぜかと言うと俺の目の前にあの町田侑哉が座っているからである。あの、スーパー戦隊のリーダー役を皮切りに、ド直球に明るい役から最近は影のある暗い悪役まで務める演技派として名を馳せている町田侑哉が、俺の前に座っている。イケメン俳優ランキングみたいなのがあったら確実にランクインする顔面を持っている上にコミュニケーション能力も高く、動けて喋れて、ちょっとお馬鹿なところは完全にご愛嬌と化している町田侑哉が。夢かもしれない。助けて石田。俺の正面にいる人の顔がかっこよすぎる。お前の普通普遍のありきたりな顔が今すぐ見たい。
というか町田くんのショックで普通にスルーしたけど、横峯くんとか俺ほとんど喋ったことない。前に我妻くんに誘われてライブ見に行った時に挨拶行ったくらい。でも育くんが横峯くんたちのバンド好きだっていうのは知ってたし、一人でキャーキャーしてる育くんが既に相当面白いので、まあいいか。座ったものの動揺しっぱなしの育くんが、頰に手を当てたり天を仰いだり額を指で刺したりとそわそわし続けながら喋り出した。
「えっ?ていうかなんでゆーやくんがよこみねくんと知り合いなの?」
「なんでって。なんでもだよ」
「なんでだっけ?」
「覚えてない……あ!悠が局の出口のところでアイス食べてた時」
「悠!?」
「びっくりした……育声でっか……」
「よこみねくんのこと!?」
「そうだよ」
「あ。俺横峯悠っていいます」
「あっ、はい、道端陽太です……」
「なんで名前呼びなのお!?」
育くんの声がはちゃめちゃにでっかい。俺もそりゃびっくりしてるけど、周りにもっと驚いている人がいると落ち着く。育くんがいてくれてよかったー。
町田くん曰く。すれ違ったりして挨拶を交わすことは以前からあったし、お互いにお互いのことを「テレビで見る人」として認識はしていたけれど、実際に関わりがあったのは映画の撮影がきっかけだ、と。自分たちもテレビに出る人なのにその認識だったのがちょっと既に面白いが、まあいい。月と敬慕の時だよ、育もいたでしょ、と町田くんに言われた育くんが、いたけどゆーやくんとは撮影ほぼ被ってないしよこみねくんたちが出てたシーンも俺いなかったし…としゅんとしている。俺はそこで初めて、そういうのの撮影ってそのシーンに出演する人だけが呼ばれるんだなあ、と知った程度の知識しかないので、口を挟めない。よく考えたらそりゃそうなんだけど。全員呼んで一人のシーンを撮るわけないから。それで、そこがきっかけというほどでもないけれどちょっと話すようになって、多分一番最初にちゃんと話したのがそのアイスの時、らしい。
「悠が一人でアイス食べてたからなにしてんのって聞いたら、アイス食べてるって当たり前のことしか言わないから」
「だってアイス食べてたでしょ」
「そりゃそうだけど、突然出入り口でアイス食べてる人がいたら、なにかな?と思うじゃん。隣にいたの警備員さんだよ?」
「じゃあどこで食べろって言うのさ」
「楽屋とか……いろいろあるでしょ!ていうかそもそも他の人はどこ!?」
「って話をしてるうちになんか仲良くなった」
「そうそう。その一週間後に二人でクレープ食べた」
「なにそれえ!意味分かんない!みちぴわかった!?」
「分かんない」
「ほら!分かんないよ!しかもなんで名前で呼んでるのかの説明してないし!」
「なんでって……悠って呼んでいい?」
「いいよ」
「ほら。いいって。育も名前で呼べばいいじゃん」
「恐れ多いよ!」
無理だよお!と育くんが顔を覆っている。まあ無理だよ。珍しく育くんの感性が正しい。もおー、と呆れたような顔で育くんを見た町田くんが、ぱっとこっちを見た。嫌な予感がする。
「道端さんも俺らのこと名前で呼んで仲良くしま」
「無理です」
「……即答……」
「町田くんを名前で呼ぶなんてことはできません。口から浄化されて死ぬ」
「俺は?」
「……横峯くんは……頑張ればいける……」
「がんばらなくてもいけるよ」
「は!?みちぴよこみねくんのこと名前で呼ぶの!?許さないんだけど!」
「許されないみたいだからやめるわ」
「残念」
「道端さんは育となに知り合いなんですか?」
「えっ、俺?俺……そんな、二人のアイスみたいな面白いきっかけじゃ……」
「俺たちのアイスだって別に面白いつもりで話してないよ!」
「俺とみちぴはねえ、みちぴが俺たちの番組で司会とかやってくれて、ありがとーってしてご飯とか食べに行ったりしてたらなんか気が合っていっぱい遊ぶようになって、こないだ二人で服見に行ったりとか、あと遊園地のイルミネーション見に行きたいねって話してるんだけどそれはさすがに無理かなーって、でもみちぴは御幸とも仲良くしたいんだけど御幸はみちぴのこと別に好きじゃないんだよ、だからみちぴは俺と仲良くしてて、今度イルミネーション見に行こうね!」
「なんかその言い方俺が妥協して育くんと遊んでる嫌なやつみたいじゃない!?」
「えっ?そう?」
育くんは本気で「そんなつもりで言ったわけじゃないのに…」の顔をしているので、恐らく本当にそんなつもりで言ったわけじゃない。あと地味に「御幸はみちぴのこと好きじゃない」が効いてくるから、聞いてないことを教えてくれるのはやめてほしい。聞かなければ傷つかないことだってあるんですよ。しかし育くんの言ったことでほとんど事実なので、大体はそんな感じです、と肯定を伝える。道端さんだからみちぴなんだね〜!と、納得!という感じで言われたが、そのあだ名を広めたいわけではないので出来る限りにこやかに黙殺した。そこに関してはほっといてくれ。
そうこうしているうちに、肉が来た。おいしいとの評判で紹介してもらっただけあって、一口目から天を仰ぐぐらいおいしい。もうふざけないでほしい。これが肉だとしたら俺がいつも家で食べてるものはなんなんだろうかと心配になる。あと正面がキラキラしてまぶしい。目が開けていられないので、頼むからおいしそうに食べないでくれ。あとこっちに急に話しかけないでもらいたい。心臓が止まるので。
「えーでも、道端さんと悠は知り合いなんじゃなかったの?」
「んえ。知り合いだよ」
「みちぴそうなの?」
「ご挨拶したことがあるくらいには」
「じゃあ俺の方がよこみねくんと仲良しってことでいいね」
「は?今から俺の方が仲良しになるんだが?二人でディズニー行く約束取り付けるところだったし」
「やめてえ!俺と先に行って!お願い!」
「仲良さそうですね。育と」
「うーん。まあ、一応……育くんには、というかグループ自体に、結構仕事では助けてもらってるっていうのもあって。割とオンで顔合わす機会多くなったら、オフでも会うようになりましたね」
「そっかー!良かったねえ、育。面倒見てもらってるんだ」
「よこみねくん!みちぴより先に俺と二人でお出かけするよねえ!」
「うん。さっきのよりこっちのがおいしい」
「えっ?どれ?」
「聞いちゃいねえ」
ははは、と乾いた笑いを漏らした町田くんからは諦めの匂いがする。横峯くんに教えてもらったやつを食べて、うわほんとだおいっしい!と目を輝かせた育くんは、一瞬で今までの話を忘れたらしい。単純で何よりだ。いつまで経っても、まったく。
それからしばらく、仕事の話とかそうじゃない話とかして、お腹がふくれてきた頃。ちょっとお酒が入るとすぐ眠そうな目をする育くんが、とろとろと喋り出した。
「みちぴってなんでひろくんとゆうやけこやけ結成したの?」
「……こいつとなら上手くできそうだなとお互いに思ったから?」
「そんなんみんなに言うやつじゃんか!そうじゃないやつないの?」
「感動的な話でっち上げろって?」
「ひろくんは大喧嘩して結成したって言ってたもん」
「クソ……石田……匂わせるなら最後まで話せや……」
「聞きたあい。ねっ、ゆーやくん」
「うん。気になる」
「……横峯くんは?横峯くんのとこの方が俺は知りたいよ」
「え?なんかその辺にいたからボーカルくんにちょうど誘われて」
「そんなことある?」
「……でも我妻くんならやりかねない雑さだなあ……」
「りっちゃんは俺が知り合いだったから、ドラムだけいないって言うんで連れてきたけど。ベースくんと俺はボーカルくんに声かけられたからだよ」
「なんか、演奏聞いて、これだ!みたいなんじゃない?そうは言っても」
「えー?そうかなあ。手ぇ空いてたからだと思うけど」
「よこみねくんの話は本当だよ!俺ちゃんと我妻くんからも同じこと聞いたもん」
「じゃあほんとかあ……そんなふんわりした理由でいいの?」
「んー。喧嘩とかもしたことないし」
「ないんだ」
「音楽的な方向性が〜とかよく言うじゃん?」
「そゆのはない。りっちゃんが俺のお弁当勝手に食べたから俺がバンドやめようとしたことはある」
「なにその……なに?」
「部活?」
「そんぐらいかなー」
「で?みちぴは?」
「くっ……」
横峯くん達の話に振ったら育くんが食いついてあやふやになるかと思ったのに、もう知ってる話だったから全然引かれなかった。もうちょっと広げたかったのに、育くんが目を輝かせてこっちを見てくるので、二人も聞く姿勢に入ってしまった。くそお。育くんと石田に繋がりがある以上、下手に誤魔化すと後で本当のことが知れた時が面倒くさい。
「……俺は。道端陽太は、将来の夢がお笑い芸人だったんだけど。……」
思い出すのも恥ずかしいくらい。思わず言い淀むくらい。俺は、ネタ作りが下手だった。今だからそう思うし自分の欠点として飲み込めるけれど、昔はそれが認められなかった。必死でやっても、誰と組んでも、全く上手くいかない。劇場や営業の司会として会場回しを頼まれはじめてからは、そっちの仕事で呼ばれる方が多くなって、相方ができてもそのせいで上手くいかなくなっては解散、の繰り返しだった。面白いと思ってネタを出しても、曖昧な返事が返ってくるか、こんなので舞台に立てるかと言われるか、そもそも無かったことにされるか。高校を卒業してからそのまま一人きりで飛び込んだ世界で、周りの友人がどんどん社会にしっかりと出ていく中、心が折れそうだった。妬みや羨ましさを腹の底で殺しながら、俺だっていつかはああなってみせると思いながら、輝かしい舞台を睨む毎日。自分一人ではもうどうにもならないことは、なんとなく分かってきた頃。
『道端陽太ってお前?』
『……そうだけど』
『林がやめるって。解散だって、ついてけねーって言っとけって言われたから言っとく」
『……は……」
笑い出しそうだった。知らない男に、今までやってきた相方からの三行半を突きつけられるとは。分かったと返せたかどうか、分からなかった。返事をしなかったからか、男はなかなかいなくならなかった。いいから消えろとこいつに言うのもなんだか違うし、巻き込まれておいて俺にキレられるのってとんだとばっちりだし、可哀想だな。そうぼんやり思いながら、じゃあこっちがいなくなるしかないかと踵を返そうとして。
『拘ってるみてーだけど、なんでコンビなの?お前、司会でやっていけてるだろ』
『……?』
『噂は聞いてる。変なやつだな』
『なにがだよ……』
なんでそんなこと言われなきゃならない。一応多少腹は立ったので、そう聞いてやろうと思って振り返り、心底不思議そうな顔で首を傾げている死んだ目の男をようやく認識した。
『だってお笑い芸人なんて、人笑わせるだけだろ?会場回す方がどんなに大変か……あ!楽したいってことか!それなら分か、』
『ふっ、ざけんなこの野郎!』
と、まあ、殴りかかったわけで。事務所管轄のレッスン室が並ぶ廊下で、だったのですぐに人が飛んできて止められたが、俺もしっかり石田に殴り返されたし、石田もでかいあざができる程度には怪我をしていた。その事件が起きたのが、夕焼け小焼けが酷く綺麗な日のことだったのだ。先輩に二人揃って渾々と叱られ、二人できちんと話し合って反省しろと突き放され、言われた通りにきちんと話し合った結果、コンビを組むことになった。周りからは狂ったのかと言われたが。
石田に言わせれば、「利害関係が一致してる」だそうだ。あいつはとにかく楽がしたい。適当に作ったネタでどっかんどっかんウケて、じゃんじゃん稼いで、それ以外の時間は家で寝ていたい。その「適当に作ったネタ」がめちゃくちゃ面白いのだが、石田の楽をすることに対して懸ける情熱の角度がえぐすぎて、誰もあいつと組もうとしなかったのだ。だって、ネタ合わせは一回すればもうオッケー、リハーサルも最低限しかやりたくない、本番以外の練習で声を張ることなんてない、自分がいなくてもいいと判断したら勝手に帰る、などなど、あいつが他人とやっていけない理由は挙げれば挙げるだけある。一方俺は、いくら忙しくてもいいから、とにかくお客さんを笑わせたい。石田が書いたネタで、あいつの敷いたレールに沿ってがむしゃらに走れば、お客さんの楽しそうな顔が見れる。アドリブなんて入れた日には冷め切った目しか飛んでこないので、そんな恐ろしいことはできない。だから俺は、石田洋と組むことを決めた。サボりがちで扱い難くて癖の強い男だが、俺に仕事を寄せて上手く手綱を握れば、あいつは最高の鉾だった。勿論、今だってそうだ。
「……だからあ……こう……そういうわけなんですけど……」
「……かっこいい」
「普通に感動しちゃった」
「ひろくんに電話していい?」
「やめろ!」
途中から興が乗ってきて朗々と話してしまったが、我に帰るとものすごく恥ずかしい。町田くんが手を組んでお願いポーズでぎゅっとしているのももう恥ずかしい。そして育くんがスマホを操作し出したので奪い取った。こんな話をしていたなんて石田に知れたら三週間ぐらい笑われる。なるほどね、と頷いた横峯くんが、にんまりと目を細めた。
「だから、ゆうやけくんだったんだ」
「……え」
「ねっ、ゆうやけくん」
そういえば、横峯くんは俺のことを一度も名前で呼ばなかったな、と思った。我妻くんに呼ばれていたあだ名に、しばらく空いていた場所がすとんと埋まった気がして、がくがく頷いた。多分我妻くんは俺の名前を覚えていなかったから俺のことを「ゆうやけくん」と呼んでいたんだと思うけど。
そういえば、我妻くんが亡くなった時は、珍しく石田がコメント出したっけ。友人を救えなかったことを一人の人間として不甲斐なく思う、と。あいつでもそんな気持ちになるんだな、と思ったことを覚えている。石田はいつもけろりとした顔をしているので告別式の後も普段も変わらなかったが、「お前が人を笑わせることに執着するのが分かった」と言われたっけ。その時は、ああきっと我妻くんのことを笑わせたかったのだな、悩みがあったのなら相談して欲しかったのかな、と思ったが、今更になって思うとあれは恐らく、あの自殺によって悲しんでいるであろうたくさんの人たちに向かっての言葉だったのだ。その後あいつにしては珍しく、意欲的に収録や劇場に参加していたし。そんなことまで思い出した。少しだけ鼻の奥が熱くなった気がして、横峯くんの顔が見られなくて目を逸らした。
「育は?育もそういう話ないの?」
「御幸とこないだ喧嘩したら、そんなくだらないことでいつまでもめてるんだ!もう面倒見きれない!って明楽が怒った」
「それは明楽くんが正しい」
「えーだって、御幸が悪いんだよ!御幸が差し入れ俺の分まで食べるからいけないんだよ、俺ちゃんとこれ俺のねって言っといたのに」
「いや、よくよく聞いてもくだらない……」
「シュークリームに名前書けとか言うんだよ!」
「そりゃそう」
「俺はヨシカタくんの味方になる」
「えっ!?悠なんで!?明楽くんが正しいでしょ、今の!」
「勝手に食べるのがいけない」
「ほーら!ほら俺悪くない!御幸に言っとこ」
「一度終わった喧嘩を振り返す方が明楽くんに迷惑だよ!やめなさい!」
「電話しーちゃお!」
「こら!」
「あ、もしもし?みゆ?うん俺。今何してんの?……んー。隣、えっ?明楽がいるの?そお……ふうん……じゃあ……今度にしよっかな……」
「親にバレそうだから明らかに速度失ってんじゃん、育」
「ううん何でも……えっ!?明楽に代わらなくていいよ!いいっ、いいってば!あっ、明楽、ううんなんでもないの切るね、切る、ほんとに何でもないから!」
「あははは」
「危なかった……」
「お。明楽くんから電話来たよ。育、今日俺らといるって明楽くんたちにちゃんと教えてから来たんだ?えらいね」
「ギャア!?」
俺が波を乗り越えている間に育くんがだいぶ面白いことになっていたが、まあいい。本当に何でもないんだよ、楽しかったから通話繋ぎたかったんじゃない?じゃあねー、と町田くんが明楽くんからの電話を切った。横峯くんがめちゃ笑っている。明楽くんと御幸くんが一緒にいて育くんがここにいるってことは、もしかして今日オフなのかもしれない。横峯くんはここに来た時点でギターらしきものを背負っていたので、なにかしらの帰りなのだろうけれど。しかしまあ。
「……横峯くんて、よく食べるね」
「ん?そお?」
「さっきからずっと食ってるじゃん……」
「おいしいからね」
「悠は食べるよねー。でも太んないし、運動とかしてんの?」
「してない。だって走ると疲れるから」
「それはみんなそうだよ」
「よこみねくんとご飯行くといっつも食べすぎる」
「あー。それはわかる。同じペースで行くといつもより大分食べちゃうんだよね」
「たしかに。つられるかもな」
「ゆーやくん食事制限とかするの?」
「するする。役によっては」
「へえー。役者さんって大変だ」
「でも育もするでしょ?」
「俺しない。したときない」
「え。育くんたちかなり激しめのダンスあったりするじゃん。体作んないの?」
「するよ!でも食べるのは我慢しない」
「なんて幸せな……」
「清志郎くんは我慢してるぽいよ。体質的に脂肪になりやすいみたいで」
「あ。こないだシノヤマさんにケーキもらった」
「なんで!?」
「ヨシカタくんがお世話になってますって」
「俺……?」
「お世話になってるでしょ」
「なにその心外ですみたいな顔」
「おいしかった。よくわかんないけどみかんみたいなやつが乗ってた」
これだよー、と写真を見せられた。美味そう。後ろでぼやけて写ってるのは、なんだっけ、秋さん?だっけ。見る限りケーキ手掴みで行ってるけど、フォークとかなかったんだろうか。清志郎くんならそういうとこに気が回りそうだけど。育くんが見つけたらまた騒ぎそうだなと思ったものの、なぜ自分がお世話になってるという挨拶に清志郎がわざわざ行かなければならない?と頭を捻っていたので、気づかなかったようだ。いやお世話になってるっていうか迷惑かけてるでしょ。ライブ見に行かせてもらった時に一回見ただけだけど、めちゃくちゃ大興奮だったじゃん。それとも多少は落ち着いたんだろうか。でも横峯くんがここ来た時大盛り上がりしてたしな。落ち着くわけないか、育くんだし。



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