このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

おはなし



ヒノキは自分が好きなものを割と周りに勧めてくる。勧めてくる時と、「お前もこうなれ」と努力目標を押し付けてくる時とがある、というか。後者は出来る限り勘弁願いたいが、まあいい。そもそも出会った発端も、ヒノキが好きなバンドのコピーをやるのにちょうどいいボーカルがいなくて俺に白羽の矢が立ったってところだし。だから、元々がそうだから、ヒノキが聞いてたり見てたりするものに対してこちらからも「それなに?」ってすることは、まあ多々あるのだ。だってどうせ後から教えられるし。こちらから聞くかあちらから言うかの違いなだけで。
「いづる」
「今忙しい」
「いづる」
「……もっと可愛く言って」
「いづるくん」
「もっと付き合いたてほやほやの外でいちゃつくことに対して羞恥心の欠片もないクソカップルの彼女みたいに言って」
「……ななせ。なんて言ったら良い」
「ええ!?えっ、えーっと……ええ……」
「自分で考えないと無効な」
「……いっくん」
「もう一声」
「……きーたん」
「んははははダメ」
「黙れ」
「あー!やめろバカうるせっ、何度も言ってるだろ人の耳に爆音のヘッドホンをいきなり被せちゃいけませんって親に習わなかったのかこのクソ野郎!」
「今のは先輩が悪くないですか?」
「うるっさいバカ!青もじゃおばけ!」
「超八つ当たり……」
呆れ声のナナセに向かって唸ると、ひええ、って逃げられた。ついでにヒノキを蹴っ飛ばしたが、同じ勢いでしっかりやり返されたので、痛かった。耳も痛いし、蹴られた背中も痛い。こいつが「ダメ。ボツ」とか言うから必死で頭捻って歌詞書き直してるのにその横で好き勝手やられてる俺ってすごく可哀想だと思うんですけどそこはどうなんですかね?もういじめだと思う。とっても悪質ですよね。どこに訴えたら勝てるんですか?教育委員会?
「頼むから一人にしてくれ。ください。お願いします」
「一人にしたら進むのか?」
「それは分からんけど今よりはマシ」
「じゃあななせ連れて飯食いに行ってくるからその間に書き上げて」
「そうじゃねーじゃんお前ほんと……ほんっとさあ……人の心インストールした方がいいよマジで……追加パッチないの……?」
「あとここだけだろ。サビ前」
「じゃあお前もアイデア出すとか一緒に悩むとか何もしないならどこかに消えるとかしろや」
「出したけどお前が嫌がるんじゃないか」
「だってどこからどう見ても浮くし……突然別人になるし……」
「先輩ココア飲みますかあ?」
「飲む」
「マシュマロ入れますね」
「いらない」
「入れちゃった」
「はー……ナナセはデブだからいいかもしんないけど……」
「でっ、そんなことないんですけど!」
きーきーうるさい。まあ気分転換にはなったからいいか。どうせ今日中に思いつく気もしないし。今日中に思いついた分は全部ヒノキに「薄い」「なんか違う」「論点がずれる」ってボツ食らってるし。まあ言われてみれば確かにと思う辺り、自分でも納得いってないのを出してるから当たり前なんだけど。
ナナセのクソ甘ココアをちびちび飲みながら、ヒノキがさっき被せてきたヘッドホンを受け取る。最近出てきたバンドらしい。俺は自分の好きな系統しか能動的に聞かないし、ナナセは有名になると冷めるタイプなのでインディーズばっか聞く。だからヒノキがこうやって持ってくるのは貴重な情報源なのである。自分で調べろっっつー話。
先程までの鼓膜を殺す爆音ではなく適度な音量に調節されているので、まあ普通に良い出来の楽曲なんじゃないですかね、と思う。ギターうめえな。でも多分、ボーカルを生かすために全部の音が作られてる感じはする。主張が激しくない、かといって一つも埋もれない、優等生の音楽だ。一曲終わったのでヒノキに返して、口を開いた一発目が被った。
「ギター」
「ギターの、ああうんもう分かった」
「えー、俺も聞かせてください」
「うん。今度俺たちが出させてもらうライブに来るらしい。声かけてて、オッケーもらったって聞いた」
「へー。生で見れんだ」
「見たい」
「目ぇやばいぞ」
「……なにが?」
「なんでも……」
「へーかっこいいですね!ヒノキさんありがとうございました」
ナナセには一ミリも刺さらなかったらしい。途中で聞き飽きてるし。ちょっとウケる。ヒノキはあまり人やものに執着しない代わりに技術的な面にはとことんしつこいので、自分の目が血走っていることには恐らく気づいていない。周りとか一切見ずに暴走特急みたいになって突っ込んでくもんな。迷惑をかけそうなら一応止めよう。無理なら諦めるけど。
「お腹空いてなんも考えられん」
「いづるは腹一杯になったら眠くなって作業効率が落ちるから飯を食わせたくない」
「虐待では?もうどうせ今日は何も進まねえって、無理無理無理自分だから分かる」
「……………」
「そーんな顔されても怖くありまっせーん。ナナセぇカレー食べたい。頼んで」
「期間限定の出てるってお店に張り紙してありましたよ」
「いつものでいい」

そして後日。ヒノキが気になってる人たちは、入りの時とかリハとかでちょこちょこ見る機会あったけど、ちゃんと話すなんて以ての外、遠目から「多分あれだよな〜」って思うのが精一杯な感じだった。だってなんかいつも周りに人居るし。恐らくは、後からお呼ばれされてる側の立ち位置なので、出させてくださいと頼んで時間をもらっている俺たちとは待遇が違うのだろう。多分だけど。そして自分たちの出番が終わって捌けて、邪魔にならないように隅っこで撤収していると、通路の向こう側を歩いていく影が四つ見えた。
「あ。ヒノキ」
「ん」
「さっきの人たちじゃん?」
「ああほんと、っ」
「うはは、足元めっちゃ留守。ははは」
「……………」
「今行ったら迷惑だと思って今後のお前のイメージアップのために泣く泣く今は行かせないようにした俺の先読み力を褒めてくんない?」
「……嫌がらせしたいだけだろ?」
「ぜーんぜん。大好きなヒノキにそんなことするわけない。絶対。絶対っていうのは100%ってこと」
「殴るぞ」
「ナナセ終わったあ?」
「まだですー」
「早よ」
よーいドン無しでロケットスタート決めようとしたヒノキに足払いを掛けて出鼻を挫けば、普通につんのめってたたらを踏んだので、面白かった。無表情なりに怒りを込めた目で見られたので、俺は悪くないことにはしておいた。だってほんとのことだし。あの人たち今から出番でしょ。ヒノキには空気読みスキルとかタイミングを計るとかないので、うわなんか突然変なやつに絡まれた!最悪!と思われないように止めてやったのだ。感謝して欲しい。あからさまにそわそわしていたヒノキが、前触れなく足を進め出したので、服の裾を引っ掴む。
「だからどこ行くんだよメガネロボ」
「袖から見る」
「邪魔だろ!俺ら今撤収作業してんの!あっち行ったって居場所ないの!」
「俺らじゃなくて俺一人ですよね!?」
「うるせーナナセ早くしろ!髪の毛切るぞ、ぱっつんにしてやる」
「ひどい……」
「近くで見たい」
「諦めろ」
「無理。頼んでくる。二人はここで待っててくれ。行ってくる」
「じゃあ俺も行くわ」
「ずるいです!ずるい!あと1分待ってください!」
「えー。嫌」
「置いてったらここで泣きますからね!大声で泣きます!先輩の名前も叫びますからね!」
「お前俺の名前知らないだろ」
「知ってますよ!岸伊弦でしょ!」
「呼び捨てにすんな!腹立つ!ナナセのくせに生意気だな!」
「いひゃいいひゃい!」
ムカついたからほっぺをつねっておいた。ナナセのほっぺは餅みたいだからよく伸びるのだ。しかも結局、しょうがないから手伝ってやった。最初から一緒にやってくださいよお、とふにゃふにゃ泣き言を言われたが、俺は自分の分は片付けたし、これ俺がやりますね!ってナナセが自分から言い出したから任せただけなのに人のせいにされても困る。まったく。すっとろい自分が悪いんだろ。
袖から見るのは狭いから無理だとスタッフに断られて、客席の方に回るしかないんじゃないかとアドバイスされたけれど、人でいっぱいだ。最後尾に無理やり入ってるので、よく見えないけど見えてると言い張るしかない。ていうか演奏始まってるし。ナナセが遅いせいで。
「見えない」
「ナナセに肩車してもらえば?」
「そうする」
「嘘だよバカ何本気にしてんだメガネ割れろ今すぐ割れろ!生活が立ち行かないレベルまで視力落ちろ!」
「先輩声おっきいですよ」
「唐突に3メートル超えの巨人が現れるのを止めてやってるんだろうが!」

と。その場では一頻り騒いだ。し、ヒノキにも「ちゃんと聞いてたのかお前」と胡乱な目を向けられた。けど俺一人が騒いでいたところで何の問題もないくらいには周りも盛り上がっていたわけで、それに心配しなくてもちゃんと聞いてた。ちゃんと聞いてたから、まともに一番後ろで腕組んでさも分かった面しながらリズム取るとかクソダサいことができなかったのだ。
かっこよかった。みんな楽しそうだった。上手だった。相手に前を向かせるような、一緒に手を引いて連れて行ってくれるような、ものすごくプラスな印象の強いパフォーマンスだった。元気付けるとか、勇気を出すとか、そういう言葉がぴったり似合うような演奏だった。それはただの俺の妄想じゃなくて恐らくは限りなく正解に近くて、出番が終わって捌けていく彼らを見送る客の中からもそんなような言葉がちらほら聞かれたから、強ち間違っちゃいないんだろうなと会場で既に思っていた。赤の他人を救う音楽。そういうものが確実にこの世には存在するってのも分かってるし、それで救われる人間がいることを否定するつもりはない。へこたれそうな時に好きな音楽を聴いて自分を持ち直した経験ぐらい、誰にだってきっとある。聞いていて、見ていて、かっこよかったし。ていうか普通に上手かった。あれ練習したいなって思った。ベースは、出来るまで出てくるなと密室に閉じ込めて完コピさせたら、ナナセならできるようになるかも。初めて聞いた時も思ったけれど、ボーカルのために丁寧にお膳立てされて全てでそれを引き立てる、全部引っくるめて綺麗な球体を描いているような、とても出来のいい曲だった。人気が出るのも分かる。みんなが好きで、みんなが盛り上がれる曲。生で聞いたら尚更。だからというか、なんというか。
思い返せば思い返すほど、そうであることが気持ち悪くて堪らない。演奏のレベルが高くて、他にもっと出来ることがあるはずなのに、やっているのは他人の応援。自分だったらそうはしない、もっとこうしたらいいのに、と思いつく度に、じゃあそうしたらあの曲よりいいものができるんだろうか、と立ち返ってはノーを突きつけられる。自分が作りたいものは、あのバンドとは方向性が違う。だから俺が考えた「もっとこうしたら」はどう捻ったってそぐわないのだ。馴染ませようとするなら、自分を捨てなきゃならない。そうしたいわけじゃないから、それはしない。それに、今の自分にはあのレベルの演奏はできない。じゃあもし、自分が、ヒノキが、ナナセが、もっと上手になってもっと他人を引き込めるようになって、その段階で自分のやりたいことをやって、世間の大多数に受けるのかどうかと聞かれたら、それも首を横に振るしかない。だって別に、他人に受け入れられたいわけじゃない。好きなことを諸手を振って好きだと叫んだまま、それに賛同してくれる人が聞いてくれたらいい。ただ、どうしようもなく、もやもやする。
妬ましいわけじゃない。憎たらしいわけでもない。羨ましいわけでもない。寂しいわけでもない。ただ、認められない。もっと別のことが出来るはずなのに、大多数に好かれる音楽を選ぶことが。勢いのあるボーカルを引き立てる構成を、良しとする精神が。なによりそれらがみんな計算づくでやられていると、生で見て分かってしまった。から、余計に認められない。ヒノキも多分気づいてる。自分と真逆の作り方だから。けど幸いなことにヒノキには人の心がないので、あいつらが捌けてすぐ俺が一瞬目を離した隙に消えて、ギリ捕まえたけど危うく特攻してるところだった。「もう一回見せろって直接頼んでくる」って譫言吐いてた。何処の何を誰に「もう一回見せろ」なのかは分からないが。
兎に角腹が立って仕方がなかった。ナナセにも「なんかやなことありました?」って別れ際聞かれたし。蹴っ飛ばしたので返事の代わりにしておいたけれど。こんな感情、口に出せるわけがない。ほぼヤケクソで、家の電気を付ける気にもならずに機材と液晶の明かりでシャーペンを走らせていたせいで、眼球が滅茶苦茶痛くなった。

「……………」
「……………」
「……はァ!?」
「おはよう」
「はっ!?えっ、なんでヒノキお前俺の家いんの!?」
「鍵が開いてた。不用心だから気をつけたほうがいい」
「だからって入るかよ普通!バカじゃねえのもう通報しようかな!げっほげほおえっ」
「この部屋乾燥してるんじゃないのか?加湿器とか買えば?」
「誰のせいだよクソ……あ″喉痛……最悪」
目が覚めたら、っていうか気づいたら寝てたんだけど、意識が覚醒した時には部屋のカーテンは開いてたしヒノキがいた。夢かと思って呆然と見ちゃった。なに平然と「おはよう」とか言っちゃってんの?彼氏かと思った。お断りします。乾燥も何も、寝るつもりじゃないところで寝ていたので、喉はからからだし身体はばきばきだしいろんなところが痛い。咳が止まらなくなったのでコップで水道水を飲んだら温くて不愉快だったし、冷蔵庫からペットボトルを出して飲んだら今度は寝起きの体には冷たすぎてお腹が痛くなった。なんなんだよ。
「……何でこんなクソ早く来たのお前……」
「そんなに早くない。ああ、時計ないのか、この家……もう昼前になる」
「は!?」
「明日行くって昨日言ったろ。それも覚えてないのか」
「……それは覚えてる」
「よかった。だから来た」
「……嘘?」
「なにが?」
「夢?」
「現実」
「あいったい!!!てっめほんと、わざわざ地肌叩く必要がこの世のどこにあるんだよ!?服をめくるという無駄な一行程が本当に必要でしたか!?」
「目を覚まさせてやろうと思って」
「出来る限り苦しみ抜いてから死ね!」
限りなく不愉快に目は覚めた。意識がとってもはっきりしている。ご丁寧にも、まだぼんやりしてるかわいそうな寝起きの俺の背中に回り込んでしっかりTシャツを捲ってから平手打ちを決めてくださったヒノキのおかげさまで。一回死んで生き返ってからもう一回死んで生き返ってほしい。そんぐらいしたらこいつも俺の有り難みに気がつくと思う。あと人間の皮膚は突然平手打ちしてはいけないということとかも分かると思う。
「俺のスマホどこ?」
「知らないけど」
「ナナセは?」
「お前が寝てるの見て買い物行ったぞ。お昼ご飯なにがいいですかね〜っつってた」
「あった!うどん食べたい」
「早く連絡しないともう帰ってきちゃうと思うけど」
「ナナセ、う、ど、ん」
「ただいまですー。あ!先輩起きてる、おはようございます」
「飯何!」
「えっ、おそばと天丼のセット、おいしそうだったんで……」
「ニアミス!もうちょっと俺の心読めよ!分かんだろ今うどんの口になっちゃってるって!」
「同じ麺なんだからいいだろ」
「良くない!うどんが良かった!」
「じゃあ次はうどんにしますねっ」
「今!!!」
「5歳児か?」
「……ヒノキさん、先輩どうしたんですか?すごい駄々っ子」
「いつもだろ」
「そっかあ……」
癇癪にも飽きたのでこのくらいにして。
疲れたのでだらだらしながら朝飯、昼飯?を食べていたら、勝手に色々いじっていたヒノキがこれは何だと寝落ちるまで作っていたやつを再生した。何だもなにも、別になんでもない。うるさいのでジャックにヘッドホンを突っ込んで渡せば、大人しくなった。夜の間刺さってたはずなのに何で抜けてんだろ。この部屋が汚いから?いやめちゃくちゃ綺麗だし……足の踏み場が見えてる時点で大勝利だし……ナナセと別の話をしていたのでヒノキのことは放っておいたのだけれど、ずっとなにやら弄っているので、ヘッドホンを引っ張った。
「おいやめろ、商売道具だぞ」
「この辺は元々俺のだ」
「今は俺のですぅ〜!いじんな!良いって言った時だけにしろ」
「いい?」
「何で今良いって言うと思ったの?脳みそスカポンタン」
「このリズムゲームはなんだ。音が多いやつ」
「リズムゲー……あ?だから何でもないって。消してもいいよ」
「ナナセ」
「なんですか?」
「聞いて」
「ナナセに聞かせたら100%、かっこいいですね!俺こーゆーの好きなんです!って言う。何でかっていうとナナセはこういうの好きだから。ていうかヒノキ100%って分かる?確実にってことなんだけど、聞いてる?」
「もうちょっと作り込んで」
「……は?」
「音の数はもうこれ以上増やさなくていいけどもう少し荒いとこ削って。歌詞はどうする?」
「え?これそういうつもりじゃない」
「タイトルもついてない。なに?」
「話聞けよ耳ねえの?」
「はなし、」
「な″ーッ!!!ちゃんと考えますやめろくださいそのまま打つな止まれっつったら止まれよダンプカーかお前は!」
「これかっこいいですね〜!」
「その話終わった!」
「ええ!?」
結局曲にしたし、自分で作っといて何だけど早すぎて弾くのに一苦労した。誰だよこんな曲作ったの。

「あ?ヒノキどこ行った」
「えっ、先輩が一緒にいたんじゃなかったんですか」
「……さっきまでナナセといたろ」
「行ってくるって言ってたから先輩のとこ行ったんだと思って……」
「……………」
「……………」
よりにもよってテレビ局で、興味を優先するあまり理性に欠ける化け物を野放しにしてしまった。最悪である。もうこのまま置いて帰りたいが、そうすると後で謝るあてが増える気がするので、現実逃避するわけにはいかない。もう夢みたい。本当に最悪。犬みたいにリードでもつけておけばいいんだろうか。ヒノキは人間なので勝手に外してどっか行きそうだけど。
楽屋で待ってたナナセと外でマネージャーと話してた俺、どちらのところにもヒノキは来ていないので、「ここ以外の何処か」というとってもアバウトな検索をするしかない。ここ別に1LDKとかじゃないんだけど。もっと広い、イコール探すのにも労力がかかるってことを分かってるんだろうか。バカだから分かんないか!眼鏡と頭の良さと人としての器量って全部バラバラだもんな!
「手掛かりとかないの」
「えー……あ!俺さっきこの人たちとすれ違った時についてきそうになったヒノキさん止めました」
「……げえ」
よりにもよって嫌いなやつらだった。しかしながら、ヒノキがしつこくこいつらに付き纏っては「見せろ」「説明しろ」と詰め寄ろうとするのを陰ながら止め続けている身としては、第一候補として文句無しだ。挨拶はしたことがあるけれど、面と向かって話したことはない。何故かというと、嫌いだからだ。こういうのきっと人気出るんだろうなあ、と思いながら初めて見てからあっという間に俺の想像通り人気になった四人組の名前を目で追いながら、口を開く。出演者リストにあるのは知ってたけどヒノキこういうの基本流し見なのによく見つけたな、と思ったけれど、本当にただすれ違っただけなのに衝動でついて行った可能性があるので全く頭が良くない。動物かよ。
「ナナセぇ」
「はい?」
「陰口叩くより直接悪口言った方が後腐れないよな?」
「まあそうですね!」
「じゃあそうしよ」
「……ヒノキさん探すんじゃないんですか?」
「俺の勘がヒノキはここにいるって言ってる。名探偵だから」
「こないだ同じこと言ってパンツ無くしてたじゃないですか」
「うるさい」
人聞きが悪いので訂正しておくと、パンツは無くしてない。俺が置いといた場所から勝手に洗って干して移動させたナナセが悪い。なに俺のせいにしてんの?腹立つ。
こいつらのところにいそうだ、というあたりはつけられても、肝心のそれが何処かは分からないままだ。楽屋方面をとりあえず見に行けばいいんだろうか。もうスタジオ入りしてたらお手上げだけれど、ヒノキがそこまでついていくかどうか分からない、と思ったがやっぱりヒノキなら恐らくなんだかんだと理由をつけてついていくし関係者面して見るしなんか知らんけど馴染むのが想像できるので、そうだったら諦めるしかない。そしたら置いてこう。腹減ったし。ひのきっぺーさん、と適当に呼びながら廊下を歩いていたら、やかましい声が響いてきたので嫌な気分になった。なんでスタジオ入りしててくれなかったんだろう。空気読めよ。曲がり角を曲がったら、大きい窓がいっぱいある廊下にわらわらいた。ヒノキもいた。声はかけにくい状況だが。
「……………」
「たすけてー」
「話を聞いてほしい」
「ぎたちゃんのこと離したげてよお」
「くるしーい」
平坦な声でヒノキに襟首を掴まれているのはギターの人だろう。周りをぐるぐる回っているのはボーカル。ベースとドラムが二歩ぐらい離れたところで見ている。ていうかこの人なに?とドラムが指差して聞いているので、ヒノキの中の優先順位では自己紹介より興味が上位にあるということがはっきり分かった。知らんやつに突然とっ捕まってまともに話せる人間がいたら見てみたいものだ。ナナセが考えなしに、ヒノキさあん、とふにゃふにゃ手を振りながら出て行ったので、俺もついていかざるを得なくなった。もうちょっとなんかあるじゃん。せめて動画撮りたかった。迷惑行為の代表例として注意喚起動画とかに使えそうだから。
「こんにちわー。うちのが迷惑かけてすみませんでした」
「チッ」
「帰るぞヒノキ」
「……分かった」
「わー、離して」
「ぎたちゃんが連れて帰られる!ねえちょっと助けたげてよ!」
「無理」
「たすけてー」
「置いてこい」
「どうして」
「うちの子じゃない。大きすぎて飼えない。他人のポケモンはゲットできない。道端で拾ったものをそのまま家に持ち帰ると泥棒になる。以上。分かったか」
「じゃあ先に帰ってて」
「うるせえ帰るぞっつってんだ離れろ!眼鏡割るぞ!」
「替えを持ってる」
「ああ言えばこう言うんじゃねーよめんどくせえなもう、ナナセ引っこ抜け」
「はあい」
「あ!こないだ挨拶来てくれた、えっとー、なんだっけ」
「岸」
「……覚えててくださってどうもありがとうございまあす……」
なんていうか、「まさか覚えられてるとは思ってなかったので認識されている事実が気持ち悪い」「挨拶くらいしかしたことがないのに呼び捨てられるのが見下されているようで不愉快」「ヒノキがめんどくさくてもう嫌。早く帰りたい」などなどの気持ちが入り混じってもうどんな顔をしていいか分からない。一応ギリでお礼だけはしておいた。ウワきっもちわる!なに気安く名前呼んでんだよ!とは言えないので。しかし俺のことを認識していてヒノキのことは知らないことがあるだろうか。基本三人でいるのに。それともなんだ、さっき聞こえてきた「この人なに?」は為人を知らないとか初対面とかではなく純然たる「何?」だったわけか。そうか。俺もそれはそう思う。
ていうかほぼ全員に見下ろされてて普通に腹が立つ。かと言って膝を折って目線を合わせられたらそれはそれで子ども扱いされているようで苛々するので、胴体と足で10センチずつくらいだるま落としみたいに抜けてって欲しい。足だけ短くなったら気持ち悪いもんな。俺が黙ったせいで無言の時間が続いてしまったので、居心地悪そうにしたナナセが服の裾を引っ張ってきた。
「先輩?帰らないんですか?」
「うん」
「か……帰らないんですか……」
「曲。聞いたんすけど」
「え!ありがとうございます!」
「良い曲ですよねえ。みんなに好かれるっていうか、クラスの中心人物っていうか?体育祭のリレーでアンカー走っちゃう系っていうか。走ったことあるんじゃないすか?」
「な、あ、ある、あるある!」
「ないでしょボーカルくん」
「ある!」
「足遅いのに?」
「無いんだダッセ、それはどうでも良いんですけどねえ。いいですよねえ、ああいうの。教科書に載ってるみたいな、王道っていうかあ?その枠に入れない相手のことは一ミリも考えてないしそもそも視界に入ってない感じが最高でした。プラス思考の排他主義なんですね」
「はい!」
「なあ耳ついてる?」
「えっ?なに?」
「……………」
反射で返事をされた辺り、嫌味が通じないタイプの人間らしい。つい咄嗟に、と言った感じで口を挟んだドラムの方が、話が通じそうだ。目ぇ合ったし。かちあった視線を逸らすのも癪なので、澄まし面の無表情に向かって口を開く。
「書いてるのあんたでしょ?ヘッタクソな高校生がコピーバンドで自己陶酔しまくりそうな曲作って楽しいんですか?作ってもない裏読まれるよりも、裏表すら存在しない方が恥ずかしくないかと俺は思うんですけどお。それとも一発ぶち上げたらそれで満足なタイプです?それなら分かるわ、あんなド王道一回売れたら後は飽きられ一直線ですもんね」
「……………」
「こいつに合わせて書くの、難しくはなさそうですけど。ああ、それとももしかして楽して生きたい感じですかね。動画投稿サイトとかSNS狙った方が多分早いんじゃないかと思いますけどー、適当にキャッチーな歌詞と耳に残りそうなメロディーつけて、運良くバズるの待った方が労力少なくありません?教科書だってどうせ毎年のように改訂されるんだし。少なくとも俺はああいう曲は嫌いなので、世の中には真っ当なこと言われると気持ち悪くて息も出来なくなる人間がいるってことぐらい加味して曲作ったらどうなんでしょうね」
「……………」
無表情のまま動かないから、聞いていないのかと思った。俺が言葉を切ったのを最後に、こっちを見下ろしたまま数秒、経って。
「、」
「……………」
にっこりと貼り付けたように笑われたので、二の句が告げなくなった。嫌味なほどににこにこされたまま三呼吸ぐらい置いて、ようやく口を開いた相手に、自分の眉が思い切り寄ったのが分かった。性格が悪い間の使い方しやがって。口挟もうとした途端に先手打ちやがった。
「引かれ者の小唄、って分かります?」
「……………」
「分からない?じゃあ、もっと分かりやすい言い方じゃないとダメですかね。教科書が嫌いなようなので、自分で調べてもらってもいいんですけど。ああ、知ってます?教科書って案外重要なことばっかり載ってるんですよ。読む読まないは本人の自由にしても」
「分かります」
「……そうですか?」
笑顔のまま喋り続けていた相手が、ふっと無表情に戻った。わざわざ回りくどい言い方しやがって。負け犬の遠吠えって言いたいんだろ。お前にきゃんきゃん吠えられても特に何にも感じませんけど?というアピールをされているわけだ。馬鹿にしやがって。溜め息に近い深さで息を吐いて、吐き捨てるような小声に、つい掴みかかりかけた。
「その見た目なのに人並みの学はあるんだな。でかい釣り餌なのかと思った」
「んだと、」
「わー!先輩先輩!帰りましょうよお!」
「離せバカナナセ一回ぶん殴らせろ!いっちばん嫌いな人種だわそりゃ聞くに耐えねえはずだ跪いて詫びさせてやる!」
「あ、僕上から目線で人のこととやかく言える人間じゃないんで。今度そちらの作品しっかり拝聴させていただきます」
「死ね!てめマジ次会った時覚えとけよ!」
「あはははっ」
「……失礼しました。また機会があったら宜しくお願いします」
酷く楽しそうに腹を抱えて笑われた。滅茶苦茶に見下されている。ナナセに引きずられるようにその場から引き剥がされて角を曲がる寸前、手を振っている悪趣味な笑顔と、その周りでドン引きの顔をしている三人が見えた。そこだけはクソざまあみろだ。何故かご丁寧に頭まで下げて挨拶したヒノキに、呆れた顔で言われる。
「いづる。何がそんなに気に入らないんだ」
「全部だろがよ!殺してやる!もしくは泣きながら生意気言ってすいませんでしたって頭地面に擦り付けながら謝るぐらいまで俺が上に立ってあのお綺麗な顔面踏みつけてやる!」
「先輩重いぃ」
「うるっせバカ!ヒノキてめーもてめーだろ何一人であんな奴らのとこ行ってんだ俺がいるだろ俺にやらせろ!お前が見たい全てのことを俺で事足りるようにしてやる!」
「いや無理だろ。だから見せてもらいに行ったのに」
「バーーーカ!絶交!」

8/47ページ