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お誕生日



絶対に何かしてくるだろうとは思った。マネージャーからの言葉に対してこちらからは特に返事もしなかったけれど、多分10月31日が誕生日だということはバレたからだ。ボーカルくんが「あっ!いいこと思いつーいた!」って顔したし。
けど、なんというか。ちょろいというか、底抜けにバカというか、人を信じて疑わないというか。誕生日云々の話を何度かしたことがあるギターくんに至っては、お前は分かってて面白いから黙ってるんだろ?という気もするが、ボーカルくんとベースくんは恐らく本気で迷っている。その顔が面白かったので、結構無理やりに平然を装って逃げを打ったのは、まあアリだったと思う。後でマネージャーにだけ、誤魔化したとバレた時に騒がれるのが面倒だから黙っとけと釘を刺しておこう。バレたな、と思った時もう既に、なんらかの形で祝われたら多少無理があっても今日は誕生日では無いという嘘で押し切ろう、と決めてはいたけれど、まさかこんなに上手くいくとは思っていなかった。「どらちゃんが嘘つく時の顔分かりやすいよね」だの「今りっちゃん嘘考えてるでしょ」だのと最近うるさかったので、こんな適当な手段で出し抜けると再確認できて安心したというのもある。バカでよかった。突然進化されると困る。
「きしくんが届けてくれたの」
「どの?」
「頭が白い」
「……は?なんで?」
「分かんない。べーやんが選んでくれたケーキがなくなってて、でもきしくんがめっちゃ走ってこれ持ってきてくれた」
「だからなんで?」
「俺だって分かんないよお」
考え疲れたらしいボーカルくんが椅子を逆さまにして、背もたれに腕をかけてもたれかかっている。番組は無事終わったが、終わり方が終わり方だったのでSNSその他が大炎上、というと言い方が悪いので、大盛り上がり、という感じなわけだ。ネットの方が個人情報に詳しかったりもするので、「え?ほんとに今日誕生日だよね?」「でも本人が誕生日じゃないって言ってた」「嘘じゃん」「もうどれが嘘だよ!」「そんな嘘ついてなんの意味があるんだよ!」みたいなのが散見されるが、それらもまとめて放っておこう。もう面倒だし。意味なんて何一つないわけだし。強いて言うなら、サプライズを企画されて祝われたところでどうせ上手く喜ぶこともできないし求められている反応も取れないので、だったらその状況ごとブチ壊して無かったことにしようと思っただけである。
「開けていい?」
「動画撮っていー?」
「いいよ」
「うわすげ!めちゃきれい」
「頭白い人俺のこと大好きなのかもしれん」
「そうかもしんないね!」
ボーカルくんが確信を持って頷いているが、絶対にそれはない。ボーカルくんだってめちゃくちゃウザがられてんのに全く気づいてないからすげー絡みに行って毎回ものすごい嫌な顔されてるし。某ストーカーもそうだが、相手に嫌われているということに気づけない人間が意外とこの世には多いのかもしれない。気づけ。
イチゴとリンゴだろうか。確かに綺麗だ。食い物ならなんであれとりあえず一口つまむ派のギターくんが手を出そうとしてベースくんに手を掴まれているのが目の端に見えた。お前よくこのレベルのもんにも手ぇ出せるな。美味そうだけど。せっかくだから食べる?という話にはなったが、切るものがない。ちなみにこの場にはフォークも皿もない。ドラムくん持って帰ったら…?とおどおどベースくんには聞かれたが、ホールでもらっても困る。どうしたものかと考えた挙句。
「ほらほらほら持ってあげるから早く食べて早くどらちゃん!」
「端っこ齧ってもリンゴもイチゴもないから嫌だ」
「じゃあぎたちゃんに掘り進めてもらう?」
「自信ある」
「……人が齧ったもん食いたくない」
「じゃあやっぱどらちゃんが好きなだけかじった後に俺たちで食べるしかないよ。ねっ」
「100均でいいからフォーク買ってきてよ。それか借りるとか」
「ほら行くよ持ち上げたげるから早くかじって!落っことしちゃうからどらちゃん早くして早く!」
「うるさいな分かったよ!」
「食べて!」
「高い!高い高……低い!バカこのっ、真ん中ないのかバカ!食わせる気ないだろ!」
「食べ物のことになるとどらちゃん沸点低くない?」
「あはははは」
ボーカルくんがタルトを落とさないように持ち上げて食わそうとしてくれているのだが、とてつもなく下手だ。ギターくんがめちゃくちゃ笑ってるのがすげー腹立つ。あと普通にタルトがでかいので齧るとかは無理な気がする。無理やり端っこから三回ぐらい食べたところで、扉がノックされた。
「……なにしてるんですか?」
「ケーキ食べさしたげてる」
「ケーキ食べてふ」
「……はぁ……」
「なんで溜め息吐かれなきゃなんないんすか」
「……はしゃぎまくってんなと思って……」
「えっ!?どらちゃんはしゃいでんの!?嬉しかった!?」
「別に」
「なーんだ……そっか……」
「もう車回しますね」
「りっちゃん口の周りいっぱいついてるよ」
「うまい。口の周り全部がおいしい」
「何味?」
「チョコの味」
「続きは事務所で食べてください。グッズ試作来てるそうです」
「やったー!」
「なんか拭くもんないの」
「なんもない」
「もういいや。ベースくんの上着で」
「嫌っ……だ、ダメです……」

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