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お誕生日




「あのう……」
「?」
収録中は、滅多にこういうことないんだけど。こっそり、と言った感じでスタッフさんに手招きされて、CM中で配信自体は切ってあるし万が一戻れなくても三人で回してもらおう、と一人で思って、一番扉に近い俺が出る。いつもだったら応対するのはどらちゃんなんだけど、今日はどらちゃんのお誕生日のお祝いをするつもりなので、それがバレないようにどらちゃんを外に立たせてはいけないのだ。扉を閉めてから返事をすると、若干顔が青いスタッフさんに、顔を寄せられた。
「ケーキなんですけど……」
「うん」
「手違いで、ちょっと、出せなくなってしまって……」
「えっ」
「で、でも、今他のものを用意させていただいてるので、絶対間に合うようにするので、他のケーキになっちゃっても大丈夫ですかね……」
「あー、んー、わかりました!」
ほんとですか!?と裏返った声を上げられたけれど、分かった。だってしょうがないじゃん。どらちゃんにはバレないようにしながら他の二人にどうやって伝えようかなって話になって、じゃあ俺がどらちゃんの気を全力で引くのでその後ろで紙に書いて二人に見せてください、ってことになった。そおっと戻って、スタッフさんと目配せする。準備できたみたい。
「それで、」
「あ!どらちゃんこっち見て!」
「は?」
「どらちゃんだけ!一人だけこっち見て!俺だけを見て」
「え?なに?気持ち悪」
「いいから早くこっちだけ見て!俺以外を視界に入れないで!」
「ボーカルくんがメンヘラ女の幽霊に取り憑かれた……」
「俺がいいって言うまで俺のことだけを見て!俺はここだよ!こっち見て!」
「痛い痛い」
ドン引かれて全然言うことを聞いてくれなかったので、どらちゃんのほっぺを手で挟んだまま固定して顔を俺の方に向けさせた。最終的には力技だ。暴力は全てを解決する。どらちゃんの背中側にある扉に隙間が空いて、そこからさっきスタッフさんが言ってたのがおっきい紙で掲げられて、ぎたちゃんとべーやんがそれを、
「見てよ!」
「見てるよ!ボーカルくんしか見えない!もうなんなんだよ!」
「どらちゃんじゃない!ぎたちゃんとべーやんは俺のことを見ないで!どらちゃんだけが俺を見て!」
「首がもげる!引っ張るなバカ痛い!」
「なんでラジオって音声しか配信できないんだろう……こんなにみんなに見せてあげたいことないよ……今のこの変な状況……」
「うーん……」
「ぎたちゃんとべーやんは俺とどらちゃんから今すぐに目を離して!どらちゃんは俺だけを見て!俺がいいって言うまでずっと!」
「離せ!分かっ、顔掴まなくてもボーカルくんのことしか見ないから!余所見しません!誓います!」
「もうあれ浮気男の言い訳じゃんね」
「ふふ」
「ぎたちゃんとべーやんは俺とどらちゃんを見ないでー!」
「すげえうるさい!近い!」
呆気に取られていたぎたちゃんとべーやんが俺とどらちゃんを見てくすくすしだしたので、そっちの目を逸らさせる方が大変だった。どらちゃんは「もうボーカルくんしか見ない、お願いだから手を離してくれ」と俺の手首を引っ掴んで無理やり引き剥がし、逆に俺の肩をがっしり握ってずっと俺の顔を見ている。ちなみにその間ずっと真顔で無言だ。いいんだけどさ。近いなあとは思うけどさ。別に俺、俺の顔を見て欲しかったわけじゃなくて、後ろを向かせたくなかっただけなんだけど。まあいっか。ひとしきりウケたらしいぎたちゃんたちがようやく紙に気付いて、あー……と納得や了承なのか微妙な返事をしたので、そこでようやくどらちゃんには離れてもらった。最後に、仕返しなのかほっぺをぎゅって潰されてから、解放された。
「いひゃい」
「うるさい。握り潰すぞ」
「ひぇっ……」
「やめろよ!べーやんが怖がってるだろ!」
「なんでベースくんが怯えんの?ボーカルくんを傷付けたかったのに」
「ねー。声だけじゃ今のおもしろイベント伝わんないからちゃんとなにがあったか喋って」
「どらちゃんが俺のほっぺぎゅっとした」
「その前」
「ボーカルくんが唐突に俺を独占した」
「りっちゃん独り占めしてなんかいいことある?」
「あるだろいっぱい」
「自分で言う?」
「例えば?」
「……洗濯物を畳んだりする……」
「やらなそう」
「どらちゃん洗濯機の回し方知ってる?」
「洗剤を入れてボタンを押す」
全然話が進まなかったので、無理やりおしまいにして元のテーマに戻った。しょうがないんだから。それからしばらく経って、そういえばケーキのこととか俺もすっかり忘れてて、もうそろそろ終わりって頃に青い顔のべーやんが身振り手振りで必死になにか訴えてきたので、ようやく「あ、ケーキ?」って思いつくくらいだった。そういえばどうなったんだろ。ぎたちゃんも忘れてるっぽいけど。どうすんだろうなーって思ってたら、隣の部屋と繋がってる大きい窓越しにスタッフさんからめちゃくちゃな勢いでおいでおいでされた。もうどらちゃんに丸見えだし、「?」ってなったどらちゃんが普通に立って応対しようとしたから突き飛ばして座らせて俺のが先に出て扉を無理やり閉めた。今日なんなんだよあいつ!ってどらちゃんがブチ切れる声と、ぎたちゃんがめっちゃ笑ってる声がちょっとだけ聞こえて、防音扉が閉まったら聞こえなくなった。そういえば全然配信中だけどいいんだろうか。もういっか、終わりの時間になっちゃうし。
「ケーキ届いた?」
「はいっ、あ、こっちですこっち!」
「だからなんで俺が渡さなきゃいけないんすか別に俺じゃなくていいでしょ誰か受け取れよ暇な奴!」
「仲良しなんでしょ!?早く渡してあげてくださいよ!」
「仲良くねんだよ何億回言ったら分かんだここのスタッフ全員鼓膜ブチ破れてんのかみんなで病院行け!こんなことなら死んでもじゃんけん負けなきゃよかった!」
「あ。きしくん」
「うるせーーーバカ!なんでこんなことしなきゃなんねえんだ帰らせろ!お誕生日おめでとうございまァす!」
「うお、ありがと」
「死ね!さようなら!」
「え?うん、ばいばい……」
勢いがすごすぎて何も聞けなかったけど、ブチ切れ倒したきしくんが俺にでかい箱を突き渡して、中指立ててから走って帰ってった。なにがあったんだ。なんで?と一緒に走ってきたスタッフさんに聞いたものの、いいから早く渡さないと番組終わりますよ、とぜえぜえしながら言われたので、そうだったと焦って扉を開ける。
「どらちゃん!はっぴばーすでー!」
「は?」
「はっぴばーすでーとぅーゆーう!おめでとーう!」
「おめでとー」
「ひっ、お、おめでとっ」
「おめでっ、あれ?俺のクラッカーは?」
「分かんない」
「……なんなの?」
べーやんがぎたちゃんの鳴らしたクラッカーにびっくりした勢いでうっかり紐を引いてしまったように見えたけれど、まあいいとして。俺のクラッカーがどこ行ったか分かんなくなってしまったけど、それもいいとして。どらちゃんが全然喜んでない。えーびっくり!みたいな反応は絶対無い、そもそも喜ばれるとかの期待もしてなかったけど、ここまで平然と「はあ?」って顔をされると、もうちょっと感情を動かしてほしいとは思う。
「どらちゃんお誕生日でしょ?だからみんなでサプライズ考えたんだよ!ケーキケーキ!好きでしょケーキ」
「俺誕生日じゃないんだけど」
「えっ?」
「えっ」
「……えっ?」
「俺。今日誕生日じゃないんだけど」
「……………」
「……………」
「……………」
えっ、そうだっけ、嘘でしょ、がこもった沈黙である。確かマネージャーさんは今日だって言ってたはずなんだけど。それは俺もぎたちゃんもべーやんも聞いてたから絶対そうなはず。でもよく考えてみたら、それに対してどらちゃんって返事してたっけ。そうだとも違うとも、言ってなかった気がする。だけど普通違かったら違うって言うよな?だから多分今日で合ってると思う、マネージャーさんはそういうの間違えないし、でもどらちゃんのこの全然祝われてる感じしない上にそもそもなんでケーキが出てきたんだか分からないんですけどって顔を見ると、えっ?もしかしてマジで今日じゃない?って思いたくもなる。実際、どらちゃんの誕生日がいつなんだかなんて、本人から聞いたこともなければ、なにか本人確認書類的なものを見て確認したわけでも無いのだ。どっちがほんとなんだか分かんなくなっちゃった。多分全員同じこと考えて固まってるんだと思うんだけど、ぱっと顔を上げたどらちゃんが、真ん中にあるマイクに手を寄せて言った。
「誕生日じゃないけどケーキは食べます。以上。さようなら」
「……あ!えっ!?終わった!?」
「時間になった。終わりましたよね?」
機械がいっぱい置いてある方の部屋から、ヘッドホンをつけたスタッフさんが手で大きい丸を作っている。無事終わりました、ってことなんだろう。いや全然無事じゃないけどね!?


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