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お誕生日




「差し入れでーす」
「はあい」
「なにこれ」
「ケーキみたいです。プロデューサーさんからいただきました」
均等に切られたケーキが四皿。チョコのケーキだ。ディレクターと打ち合わせしてたら他のスタッフが持ってきてくれて、頭を使ったら甘いものを食べると決めているヒノキが、ありがとうございますといただきますが混ざった感じのスピードでフォークを突き刺して食べた。打ち合わせもひと段落したところなので、一息ついたらしいディレクターが、一口食べて目を丸くする。
「ん。これおいしいですね」
「いいやつなんじゃないすか」
「えー、どうなんだろ。聞いてみます?」
「いいっすよ……」
確かにうまい。栗?みたいなのが入ってる。和風なんですねえ、とかナナセも言ってて、ヒノキは食い終わった。早えよ。
ラジオ局主催のフェス、のゲスト出演。メインでパーソナリティーやれるほどじゃないから、枠は短いけど、何度か番組に呼ばれてるから声がかかった。俺は別に何の曲でも自信あるしどれやっても同じなんだからいいだろって割と思うんだけど、「曲調の好き嫌いに関わらず不特定多数に聞いてもらえる機会はなかなかない」とかってヒノキが言うので、全部任せている。受けの良さとか代表曲になり得るかとか、それなりに考えて曲選びと順番決めはしたらしい。任せてるから知らん。ナナセが頭の上にハテナを浮かべたアホの顔をしていたので、次のバンド待ちで前列陣取ってる奴が例え俺たちのことを死ぬほど嫌いでもそんなのは関係なく耳に直接お届け!ってことだろう、と独自の解釈で話せば、なるほど!って顔をされたし、ヒノキは何も言わなかった。ので、多分そういうことで合ってるんだと思う。後日「そもそもこのイベントでは座席指定があるので最前列に陣取る必要はないしそんな人はいない」とヒノキからご丁寧な訂正が来たので、うるせえバカそんなこた知らねえという話になった。
「あとは何かあります?」
「この入場証明ってなんですか」
「あー、今度渡しますね。一応関係者証みたいなものを提示しないと奥には入れないようにしてるんですよ」
「へー。めんど」
「アイドルの追っかけで過激な奴がいて。去年危なかったんですよねー」
「あのすいませんケーキってうわあああもう遅かった!」
「うわ」
「わあ」
「食べちゃいましたよねー!」
どかんと音を立てて入ってきた若い女のスタッフが、アワー!と大声で叫んでいる。普通にうるさい。ヒノキは何考えてんだかわかんないけど、ナナセも唖然としている。どうしたんだとディレクターが聞きに廊下へ出て行って、扉が普通にちょっと開いてたので、事情が全部丸聞こえだった。
「え?なに?間違えたの?」
「まちっ……まあ……そうですね……」
「どこの差し入れと取り違った?ダッシュで買いに行けば間に合わない?」
「……あの……お誕生日ケーキと……シュークリームを……」
「……は?」
「今日収録でお祝いされるって言ってたじゃないですか。あれを切って出しちゃったみたいなんですけど……」
「は?えっ……えっ?俺朝みんなに言ったよね?その時まだ現物来てなかったから見てないけど……」
「私もしました。ていうか私がメンバーにこれで合ってますよねって聞きに行きました」
「じゃあなんで!?」
「いやもう普通に伝達ミスだと思います……私が気づいた時にはもう切られて運ばれてた後なんで……」
「……えっ?どうすんだよ……お取り寄せしたお高いケーキだろ?」
「そうですね」
「美味かったけど?」
「そうでしょうね……」
「……到着した時点で開けて確認しとけば良かった……お前だけに任せるんじゃなくて……」
「あ。その言い方だと私が悪いみたいじゃないですか。私ちゃんとやることはやってます」
「うん……うんそうだよな……ごめん……で?何が残ってるって?」
「シュークリームです。こちらに差し入れるはずだった」
「えっと……じゃあ俺は……我妻さんたちに、シュークリームにロウソク立ててハッピーバースデーやってくださいって言えばいいの?」
「突然狂わないでください」
とりあえず俺ももう戻るから時間までにどうにか同じレベルのケーキ用意できるようになんとかしろ、と早口に言い捨てたディレクターが、すいませんねちょっとまたわかんないことあったら後日聞いてくださいそれじゃ!っつって扉を閉めた。全部聞こえていた身としてははいともいいえとも言えず、結果無言を返したので、無視したみたいになった。しょうがないだろ。
「……………」
「……………」
「……先輩、さっき」
「分かってる」
「あ、はい……」
「……でも俺らのせいじゃなくない?」
「それはそうですけど……」
「……………」
「……………」
それはそうですけど、めちゃくちゃに居心地が悪い。これをガン無視して次回あいつらと顔を合わせた時にいつも通りの対応ができるかと言われたら、多分無理だ。いくらなんでもそこまで割り切れない。相手のことを好きとか嫌いとかに関わらず、企画一個潰してるわけだから。
いやだって絶対さっきあのうるせーボーカルがきゃいきゃいはしゃいでたお誕生日のお祝いがどうたらってやつで使おうとしてたケーキじゃん、さっきの。どうすんだよ。もう四分割されて腹の中だよ。ヒノキが、これは店名じゃないだろうか?と自分のケーキにだけ乗っていたらしい小さい板みたいなものを発見して見せてきたのでそれをナナセが検索したけれど、一個単価がクソ高いことと今からじゃどう頑張っても今日中どころか三日以内に取り寄せるのも不可能だってことしか分からなかった。なんなんだよ。無駄に格差を見せつけられた気になって腹も立った。そりゃ美味いはずだよ。どうするどうすると頭を抱えている俺とナナセを見比べたヒノキが、至極当然のことのように、口を開いた。
「謝ってくればいい。間違って食べたって言えば別に怒らないだろ」
「ぜっっってー嫌」
「じゃあ俺が謝って事情を話してくる」
「やめろやめろ合理性優先マシーン突っ込んで事態が好転することなんかこの世に一つもねーんだよ座ってろ立つな聞けメガネバカ!」
「あ。じゃあ、車出します?スタッフさんみんな忙しいだろうし、おつかいぐらいならお手伝いできるかも……」
「……それもすげーやだ……」
「でも、知らなかったとは言え、食べちゃったじゃないですか……俺もやですよ、このまま帰んの」
「俺だってやだよ!次いちゃもんつけにくいだろ」
「そこですかあ?」
「……このあとなんか予定なかったっけ……」
「ありましたっけ。ヒノキさん」
「ない。帰るだけ」
「じゃあやっぱりおつかい出来ますよって言ってきましょうよ。寝覚め悪いですし」
「……企画ぶっ潰れたらあいつら炎上すると思う?」
「しないと思います」
「むしろそれを美味しくすると思う」
「あー。そういうハプニングって盛り上がりますよね」
「腹立つ。無理。刺し殺したくなっちゃう。ケーキ買お」
「スタッフさんに話してきますね!」
前科がつくよりは恩を売ったほうがマシだ。走って行ったナナセを見送って出る準備をする。どこの何を用意するかはスタッフに考えてもらおう。
「……ていうか今気になったんだけど」
「ん?」
「ケーキ代って誰持ちになるの?」
「食べた人間だろ?」
「……マジで?」


  
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