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お誕生日




「あ。31日じゃないですか」
「だめなの?」
「だめっていうか。秋さんこないだ打ち合わせ別日にしてませんでした?」
「……別に何もないですけど」
「そうでしたっけ」
ああ、お誕生日でしたか。数秒宙に視線を彷徨わせて思い出したマネージャーさんが、そうこぼした。りっちゃんの返事はなかったけど、そういや10月31日はりっちゃんの誕生日だったなあと俺も思い出した。りっちゃんが黙ってるせいで、あれ?結局夏生まれなんじゃなかったっけ?って言ったボーカルくんも結果的に無視されてるけど。

「お誕生日のお祝いしてあげよ」
「……絶対嫌がるのに?」
「わっかんないじゃん!意外と喜ぶかも!」
「……………」
「見て、ベースくんの顔。絶対に喜ばないって書いてあるよ」
「か、書いてないよ」
「じゃあ喜ぶようなことすればいいんだよ!」
りっちゃんが喜ぶようなことがそもそも「誕生日を派手に祝わない」な気がするけど。まあいいか。楽しいことは好きだし。お祝いってことは、多分なんかおいしいものとか食べれんだよね。やるやる。
じゃあ具体的になにする?って話になったところで、りっちゃんが戻ってきたから中断になった。戻ってきたのに気がつかなくって、あからさまに突然話を打ち切った感が出てしまったけれど、りっちゃんはそういうの全然気にしないので、「?」って顔をしただけだった。友達いないから、自分が来た途端に話が終わるのなんて慣れっこなのでは。かわいそう。ただの推測なのにかわいそうだと思っていることが顔に出てしまったのか、そういうのには無駄に敏感なりっちゃんに頭をスッ叩かれた。ひどい。
そんでその日家に帰ってから、三人のグループを作って、文字で会話することにした。全員が参加してから2分後ぐらいに、ぽこぽこと通知が来る。
『ケーキでしょ』
『ケーキしかないと思う俺は』
『甘いものなら絶対に喜ぶと思う』
『イエーイケーキイエーイ!』
『どらちゃんケーキ大好きー!って言うよ』
ボーカルくんが一人でわいわいしている。絶対言わないでしょ、どらちゃんケーキ大好きイエーイ!なんて。ボーカルくんの中のりっちゃんどうなってんの。絶対言わなそうなので想像すると面白くて一人でウケてたら、ベースくんから返事が来た。
『甘いもの好きみたいだからプレゼントとしてはいいと思います』
『でも、プレゼントしてから苦手なものだって分かったりしたら申し訳ないから、先に聞いてから用意するとか』
『そうしたらサプライズではなくなっちゃうけど』
最後にしょんぼりしたクマのスタンプがついてきた。確かに。りっちゃん変なもの苦手だったりするんだよなあ。前もなんだったか、「見た目が嫌」とか子どもみたいなこと言って食べなかったことあったし。あと手作り系は基本全部食べない。お店で綺麗に売られてるものなら食べるだろうけど、どうせプレゼントなら喜んで欲しいし、それだったら本人に今一番欲しいものを聞くってのは正解率が上がると思う。でもまあ、サプライズではない。本人に直々で聞いちゃってるわけだから。たしかになー、と思いながらスマホの画面を見てたら、そんでぎたちゃんは?とボーカルくんから振られた。既読がついているので、画面を見ていることは丸わかりなのだろう。うーん。りっちゃんそもそも人に祝われるの嫌いだからもうなんでもいいと思うよ、と思ったのだけれど、そんなことあの二人も分かってるだろうなと考え直して。
『好きなものあげたらいんじゃない』
『どうせなにしてもエーっていいそうだから』
『りっちゃんに食べたいもの聞いてそれあげたかったらあげたらいいし別のがよかったら別のにしたらいいよ』
『食べたいもの聞くだけならまだサプライズになるよね?』
でもどうせやるならびっくりさせたいよー、というボーカルくん。ボーカルくんの中での、びっくりさせたいと喜ばせたいの比率が、多分ベースくんと真逆になってると思う。そりゃ俺もびっくりはさせたいけどさ。素直に喜ぶわけないんだし。
そんで当日。事前に食べたいもの聞いたら、聞き方が悪かったのか、「ケンタッキーの肉は手が汚れるけど食べたい。手が汚れない方法を考えて欲しい」と訳の分からない答えしか得られなかった。その答えを信じてプレゼントを考えると、骨つきチキンから骨を取り除いてほぐしてあげたものにフォークかなんかをつけて渡すハメになるので、やめた。なんだそのプレゼント。俺聞いとく!ってボーカルくんが言うから任せたんだけど、本人も変な顔で帰ってきたから、りっちゃんに伝わる時に意味がねじ曲がった可能性が高い。もう。
ケーキ選びはベースくんに任せた。俺はなんか色々見すぎてどれも食べたくなっちゃってよく分かんなくなったし、ボーカルくんは美味しそうよりも驚きを優先させたがるので。マネージャーさんにも一応声かけてある。事務所でお祝いしますか?って聞かれたけど、その日はちょうど夜ラジオの収録があって、そこのスタッフさんが話を聞いて「じゃあ放送中にサプライズしませんか?」って言ってくれて、協力を得られることになった。ケーキ届きましたよ、とスタッフの人にこっそり呼ばれて、箱の中を見せてもらう。
「おー。おいしそう」
「う、も、もっとおっきいやつのがよかったかな……なんか、思ったよりちっちゃくて……」
「いーよいーよ!べーやんが選んでくれたんだから」
「はじっこだけね」
「あ!こら!ぎたちゃんつまみ食いしようとしてる!」
「してないよ」
「はじっこだけって言ったじゃん!」
「ゆってない」
まだ食べてないからセーフ。でもほんとに美味しそうだ。チョコケーキなんだって。つやつやしている。ドラムくん和菓子が好きみたいだから…って見せてくれた商品説明は、餡子が入ってるとか、栗がどうとか、チョコの甘さは控えめにとか、いろいろ書いてあった。なんかよくわかんないけどとりあえずうまそうだからオッケー。あと高級そうだし。なんかきらきらしてたし。
じゃあ後で合図してもらったら持っていきますから、とスタッフさんが預かってくれて、こそこそと三人で話す。話しながら、マネージャーさんとりっちゃんがいる控え室からちょっとずつ離れた。ボーカルくん声でっかいんだもん。
「やっぱクラッカーいるよ」
「ドンキ行ってくる?」
「あれがいい。バズーカみたいなやつ」
「それほんとにクラッカーなの?ボーカルくんの見間違いじゃん」
「えー、多分そうだよ。もしほんとにバズーカだったらちゃんと謝ろ」
「うん」
「……あ、謝るだけで許してくれるかな……」
「もうそもそも祝った時点で不機嫌になりそうだからそれ以上怒らせても誤差だろ」
「ケーキ食べたら機嫌直るよ」
「どらちゃん単純だからな」
「ボーカルくんにそんなこと言われてるって知ったらりっちゃん倒れそー」
「誕生日おめでとー!クラッカーバーン!ケーキ!の順番がいいかな」
「う、うん……えっ、それ以外ある?」
「とりあえずケーキ出して機嫌良くしてからクラッカー鳴らしてお誕生日おめでとー!とか」
「んはははなにその順番。それでいいよ」
「ぎたちゃんがそれでいいって言うってことはダメってことだな……」
「ちぇっ」
「お誕生日おめでとうの練習していい?」
「ここ廊下だしうるさいからダメ」
「じゃあ歌だけにするから……」
「ちっちゃい声でね」
「うん……あ!そうだよ!ハッピバースデーディアの後どうする!?どらちゃん!?」
「りっちゃん」
「それぎたちゃんしか呼んでないじゃん!」
「ベースくんだってドラムくんって呼んでる」
「統一しようよお」
「今更?」
「そこぐちゃぐちゃしちゃったらかっこ悪いじゃん、ぎゃっ」
「ふぎゃっ」
「あー。ごめんなさい」
曲がり角で、後ろ向きに歩いてたボーカルくんが誰かにぶつかった。前向いて歩かないからだよー、と言ったものの、俺とベースくんの方に向かって喋ってたからだというのも分かってるので、強くは言えない。よろめいたボーカルくんを引っ張って、壁の向こうにいるぶつかっちゃった人を見たら、知ってる人だった。
「だから先輩前見てくださいってえ……」
「あ」
「あっ」
「……最悪。どーもすいませんでしたァ」
「あ!きしくん!」
「馴れ馴れしっ。声デカ」
「偶然だね!」
「そうですね〜。実はこれから打ち合わせあるんですよ急いでるんでさようなら」
「なんの打ち合わせ?」
「それあんたらに関係ありますかあ?ついてこないでください仲良くないんで」
「え?仲良しでしょ」
「どこをどう見たらそうなるんだよ馬鹿以前に目節穴か?眼鏡の購入をお勧めしますうざい近い触んなさようなら」
「だって最近会わなかったから……ちょっと前まで仕事割と被ってたのに……」
「被ってたわけじゃないです現場が一緒だっただけです事実の認識しっかりしてくれます?さようなら」
「新曲聞いたよ、かっこいかった」
「はァ……?」
ボーカルくんがどこからどう見ても激烈嫌われてるのに何故か仲良しだと勘違いしててすげー構いたがるキシくんだ。早口で嫌そうに捲し立てられているのに、ボーカルくんがガン無視で普通に話しかけ続けるので、危うく笑うところだった。ていうか、りっちゃんがこの場にいなくてよかったや。りっちゃんがいると、遠回しな煽りの応酬でギッスギスのまま別れることになるので。なんかキラキラしててかっこいかったー、と素直な感想を述べているボーカルくんと、青筋立てながら睨め付け上げてるキシくん。うける。しかしあんまり迷惑をかけるわけにも行かないので、オロオロしてるベースくんに、帰ろっか?と聞けば、めっちゃいっぱい頷かれた。ので、ボーカルくんの肩を持って方向転換する。
「帰るよお」
「先輩ももう時間ないって言ってたじゃないですか、構ってないで行かないと」
「分かってるうるさいナナセバカブス」
「いったい!叩いたあ!」
「えー、もうちょっときしくんと話したい」
「お誕生日のお祝いするんでしょ」
「そうだった……」
「お誕生日ぃ?はあ、良いご身分で」
「イーゴミブン?」
「発音違くない?」
「まさかとは思うけどそういうのもお仕事の一環なんですか?さっすが人気バンドは違いますね〜!歌って演奏するだけじゃ需要が追いつかないんでしょうねえ」
「先輩、マジで時間ないですよ」
「知っとるわバカこの」
「痛い!また叩いたあ!」
「俺たちも早く仕事中にド私事でお誕生日のお祝いできるぐらいになりたいです〜!さようなら」
「じゃーねー」
いつのまにかベースくんがお腹痛いポーズになっているので、多分めちゃくちゃ嫌なこと言われてたんだろうけど、ボーカルくんには直接的な悪口しか通じないので、「キシくんお誕生日いつなんだろう。お祝いしてあげたほうがいいかな」といらん気遣いを見せている。俺もなんとなく今の嫌味ってやつなんだろうなとは思ったよ。思っただけで、なにがどういう嫌味だったのかはいまいち分からんけど。ベースくんに通訳を頼んだら、しばらくキシくんたちが消えた方を見てびくびくしてたけど、ぐるっと一周回って自分たちの控室に戻ってくるあたりで教えてくれた。
「えっ、えっと、よ、要するに……音楽的な実力じゃないところで小賢しく人気集めしてるって言いたくて、それを馬鹿にされてたんだと思うけど……」
「え?まだ難しい」
「小学生でも分かるくらいじゃないと分かんない」
「……ええと……ほ、本当はおいしいりんごなのに、りんごのパッケージが可愛いから人気が出たみたいなこと……?」
「おいしいりんごなのに?」
「食べたら分かるじゃん」
「あの、えと、食べないと分からないのに、食べる前の人たちがりんごをちやほやしているみたいな……そういうことを、あの、岸くんは言っていたんだと……」
「食べればいんだよ!なんで食べないの?まずいから?」
「俺今思ったけどこれ話ずれてるよね?ベースくん」
「うん……」
「岸くんにりんごをプレゼントしたらいいってこと?」
「よ、余計なことはしないでいい!」
ベースくんにしてはおっきい声でちゃんとボーカルくんに言った方だと思うけど、ボーカルくん本人に届いているかは分からない。ふうん?って言ってたから。
それでもうそろそろいい時間になったので、控え室に戻ることにした。これで後は、収録してるとこにサプライズでスタッフさんがケーキ持ってきてくれて、りっちゃんにおめでとーってするだけだ。


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