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通常運転



「あ。みちぴ」
「ん?……ん?育くん?」
「そお」
「ここ関係者席やけど」
「そう……関係者席……」
「んはははは」
みちぴは、俺だって自分でチケット取って一般の人たちと同じようにアリーナとかで騒ぎたいから元々はそうしてたけど、そうした結果めちゃくちゃな騒ぎになって自分の事務所から結構ちゃんとしっかりめに叱られ、清志郎には正座で「誰にどう迷惑がかかるかきちんと考えなかったの?」「育だけならまだしも、彼方側にもご迷惑になるようなことはしちゃいけません」ときっちり小言を言われ、明楽には「まあそりゃ育の気持ちは分かるけど……だから強くは言わないけどさ……」ともやもや釘を刺され、最終的にバンド側のマネージャーさんから「言っていただければこちらで手立てしますから、わざわざ自分でお席用意していただかなくても大丈夫ですよ」と悪意なく丁寧に関係者席へと通されたことを知っているので、わざわざそういうことを言うのだ。ひどい。傷つく。けたけたと大変楽しそうに笑われて睨んでいると、でも俺も我妻くんから来てねって言われてチケットもらったらここだったからビビってる、とみちぴが真顔になった。
「なんなん?ここ偉い人の席じゃん。俺でも知ってるプロデューサーさんとかいるんだけど。育くんいて助かるわ」
「え?どういう意味なの?」
「まんまの意味。育くんこの状況でも盛り上がれんの?」
「……いや、さすがに……」
「だよなあ。マスク取らんの?」
「マネージャーさんにね、関係者席も双眼鏡で見られてることがあるから、騒ぎになるとみんなに迷惑かかるし、暗くなってからサングラスとマスクと帽子は外すんだよって教えてもらったの」
「すごい柔らかい言い方。育くん何歳だと思われてる?」
「多分7歳ぐらい」
「7歳か……それにしちゃしっかりしたこと言われてんな……」
「お。吉片くん」
「あ!お久しぶりです!」
「今度また番組呼ぶね」
「はい!あ、清志郎とかが一緒がいいです!」「ダメだよ、君が頭お花畑なところが一番視聴率取れるんだから」
「そうですかあ……」
「ははは、嘘嘘。四人で呼ぶよ。また今度ね」
「はい!」
「……育くんの裏切り者……」
「なんで?」
「あの人土曜7時のクイズ番組のプロデューサーさんじゃん……」
「みちぴも出たいですって言いな」
「烏滸がましいにも程があるって……石田が出るならまだしも……」
「ひろくん頭いいの?」
「そん代わしやる気がない」
「クイズなんか座ってるだけだよ!あとピンポン押したり答え書いたりする」
「それがもうめんどくさいって言いそうだけどな……」
みちぴとだらだら喋って、顔見知りの人とはちょっとご挨拶したりしてるうちに、そろそろいい時間になった。あんま早く来すぎてるとそれこそ一般席の人に見つかって騒ぎになる可能性が上がるからぎりぎりに着きなさいって言われてるものの、ぎりぎりに着くのは嫌なのでなんとか時間を作ってちょっとだけ早く来てるんだけど、それでももうちょっと早く来たい。なんなら物販もズルしないでちゃんと並んで買いたいし、アリーナで全然知らないファンの人たちと一緒に盛り上がってわあわあ言いたい。気持ちはわかるから叱りたいわけじゃないけど、と話していた明楽にうっかり「こんなんならアイドルやめよっかな……」」って零したらマジのトーンで「えっ?こんなことで?」って言われたのを思い出して、ちょっと可笑しかった。本気じゃないのに真面目に受け取った明楽が面白くて。
あ。はじまった。



「育くん挨拶行く?」
「……………」
「おーい。育くん。吉片育くーん」
「……えっ?なに?」
「挨拶行く?」
「行く」
「じゃあ一緒に行こうよ。俺一人で行くの気が引けて……我妻くんぐらいしかちゃんと喋ったことないし……」
「いいよ。みちぴ、あの、あれ、隠キャだもんね」
「覚えたばっかりの言葉使いたがる幼児か?あ、待って、ん?石田だ」
「電話?」
「うん。ごめん」
「んー……」
ぱたぱたと早足に離れていったみちぴをしばらくその場で待っていたものの、3分後ぐらいに「ごめん先あいさつ行って」と端的な連絡が来た。関係者席の人も、どんどんいなくなっちゃうし。お邪魔にならないように、さっと挨拶してぱっと帰った方がいいかな。



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