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おはなし



「たーだいま」
「おかえりー」
「これもらった。なんかね、アンケート」
「……何の」
「雑誌?なんかの記事らしいけど」
たまには来なさい!と、マネージャーさんに迷子ふらふら防止のため襟首を掴まれたままご挨拶に引っ張られてったぎたちゃんが、紙を持って一人で帰ってきた。いつもならどらちゃんがそういうことはしてくれるんだけど、今はなんていうか、ご覧の通り服を着ていないから。いや着てるんだけど、全身着てないから。公共放送では脱がない約束をしたはいいけれど、そもそもの暑がりと脱ぎ症を押さえつけられている弊害なのか、一通り終わって楽屋に戻ってくると着替えの途中で頑として服を着なくなってしまったのだ。「暑いから無理」ってどらちゃんが言う通り、確かに毎回身体はめちゃ熱い。俺触ったもんね。熱ある?ってぐらい熱かった。ちなみに、エアコンの温度をめちゃくちゃに下げて部屋を極寒にすると服を着てくれる。しかしそれをすると今度はべーやんが死ぬので、時間経過でどらちゃんがある程度冷めるのを待つしかないのだ。べーやんがずっとうちわで煽ぎ続けてるけど、今はとりあえず上は着てない。下は着てる。もうちょっと冷まさないと無理かもしれない。俺も扇いであげよっかな。
「はい。いつやるの?」
「今時間あるよ。どらちゃんが服着ないから」
「暑い」
「ほらね」
「りっちゃんもう氷体につけときなよお」
「服を着たまま演奏するのが間違ってる」
「多数決しまーす。みんなが見てないうちに全部服脱ぐ方が間違ってると思う人」
「……はい……」
「はあい」
「どらちゃんの負けー」
「煙草……」
「服着て服」
「無理」
「りっちゃん名前書いて。みんなの書けるでしょ」
「いい加減メンバーの名前ぐらい書けるようになってほしい……」
「……俺のが字きれい……」
「小学六年生の漢字ドリル全部書けるようになってから言って」
「あーあ!どらちゃんが俺ぐらい字きれいに書けたらパーフェクト人間が爆誕するのにな!」
「うるさい。鼓膜破けた」
字の練習しなよ!と後ろから覗き込みながら言ったら、顔を鷲掴みにされた。なんで?にこにこしながら言ったのに。
どらちゃんはいっぱい漢字が書けるし英語もたくさん書けるけど、別に字が綺麗じゃない。雑なわけでもないけど、最低限読めれば別に…って本人も言ってる。俺は母親に、せめて字ぐらいは丁寧に書きなさい、と言い聞かせられている。それはもう勉強が出来ないもんだからしょうがないな。ぎたちゃんは時々読めない。特にちゃんと書こうとしてないから。でも読める字も書けるし、まともに書こうとするとうちの父親みたいな字書く。漢字書けないけど。べーやんは真面目に書こうとすると字が丸くなるのが嫌なんだって。俺も前にうっかり「女の子みたい」って言っちゃったし、そしたらめっちゃ落ち込んでたもんな。でもなんかすげー女の子みたいな字だったから。
なので、そういう事情を踏まえて、こういうアンケートとかを書くのはどらちゃんの仕事なのである。一番まとめるのうまいし。名前の欄を埋めたどらちゃんが、いやこれ、と紙をめくった。
「……多くね?」
「そお?」
「何枚あるんだよ……え?両面……えっ?意味……意味分かんない」
「そんなにいっぱいあるの?」
「ギターくんこれちゃんと見た?」
「ううん。字がたくさんあったから」
「ボーカルくんがまともにこの紙見たら字の多さに目が潰れるぐらい質問ある」
「マジで?ちょっと見てみよ」
「やめとけよ、失明するぞ」
「見てみなきゃ分かんないじゃん!目が潰れたらその時はその時だよ!」
「そのいち。好きな季節は何ですか?はい、ベースくん」
「えっ、す、好きな……季節?えっと……好き……うーん……春……あ、や、秋……?」
「見して!」
「じゃあ間取って夏って書いとく」
「や、やめて、あの、春!春って書いてください」
無視された。俺に見えないように巧みに避けるどらちゃんが、べーやんをいじめて満足したらしく、春ねー、と適当にペンを走らせた。自分も書いたらしく、ギターくんは?と顔を向けている。なのに俺には頑として紙を見せてくれない。意地悪だ。
「そんなん考えたことないなー」
「俺は秋って書いた。そう言っとくとウケるから」
「なんで?」
「分かんないならいい」
「じゃあ残ってんの夏と冬かあ……」
「別に被っても良いだろ」
「じゃあボーカルくんは何が好きなの」
「夏」
「そしたら俺冬……まあ冬……嫌いではないし……冬でいいや」
「だから被ってもいいんだって」
「お鍋美味しいし」
よく分からん理由で一人納得したぎたちゃんが頷いている。じゃあそれで、と一問目を終えたどらちゃんが、紙をぱらぱらとめくって、ぐるりと周りを見回した。寒い?服着てないからじゃない?
「もう着る」
「よかったねべーやん、南国の美女みたいなこともうしなくていいって」
「うん……ん?うん……」
「つぎー、あはは何この質問」
「見して」
どらちゃんが服を着ている間に、ようやく質問の書いてある紙を見ることができた。いやしかし、ほんとに多いな。俺たちそんなに人気者ですかね。照れる。ぎたちゃんが何やらウケているので気になって覗き込んだ。
「えー俺これはねえ、昨日のどらちゃん。動画撮ろうかと思ったもん」
「なにが?」
「ここ最近でメンバーに引いたことありますか?って」
「……なんか俺したっけ」
「昨日もらったの覚えてる?でかいシュークリームがさあ、あの、半分に割れてて、中身めちゃクリーム入ってたじゃん」
「あー。おいしかった。ベースくんおっきくて食べにくそうだったね」
「う、うん」
「それさあ!俺どらちゃんと二人でいる時に先にもらったの。確かに食べにくかったじゃん?クリームこぼれるし、でかいし」
「そだね」
「それをさあ、どらちゃんがこう、切れ目が入ってるとこで二つに分けたのよ。クリームもちゃんと両方に等分して、それ見て俺頭いいなーって思ったの、一瞬」
「別に普通の食べ方しかしてない」
「あれが普通なわけないでしょ!一口だよ!?二等分を一口!あり得ないでしょ!あんなでかくて良さげなシュークリームを一口って!」
「ていうかあのでけえやつの半分が一口に入り切るのがやばいよ」
「手ぇ汚れんの嫌だろ」
「引くでしょ!?ふっつーの顔して二口で食べ切ったんだよ!?べーやん笑ってないでちゃんと聞いて!」
「わ、わらってな、んん、笑ってないです」
「……それを俺はここにどう書けばいいわけ」
「でけえシュークリームを二口で食べきったのがやばかったって書いて」
「そんなバカ丸出しの文章書けない。手が拒否してる」
「自分が笑われんのがヤなだけだろ!書けー!」
「りっちゃん前も同じことしてたよね。なんだっけ、フルーツサンド?ベースくん覚えてる?」
「あ、そ、そう、フルーツサンド、すごい分厚くておっきいやつ、長い収録の時にご自由にって置いてあって、ドラムくんが通り過ぎ様に持ってってそのまま一口で食べてた……」
「そんなことあった?」
「ベースくんに教えられて俺見に行ったけどもうりっちゃん食い終わってて、夢かと思ったもん」
「常習犯じゃん!味わって食べてよ!」
「味わってるよ」
「絶対嘘」
どらちゃんは不服げな顔をしているけれど、絶対もっとゆっくり食べた方がいいと思う。一口がでかいのは知ってる。甘いものが好きなのも知ってる。それにしたって、あのシュークリーム二口はないでしょ。完全にアウェーな雰囲気に鼻を鳴らしたどらちゃんが、そんなこと言ったら、とこっちを指さした。
「年々バカが加速してるのも充分ヤバい」
「元々だよ」
「そうだよ!ん?ぎたちゃん、それ俺が言うなら良いけど人に言われるの違くない?」
「それに、あれも他人事面してるけど変」
「う……」
「そりゃ変かもしんないけど正直に言ったらべーやんが可哀想だろ!」
「ボーカルくんの言い方の方が可哀想じゃない?」
「えっ……ごめん……」
「ぇう、ぅ、ううん、いいよ、平気……」
「リハ中の5分休憩に本気で寝る奴は狂っている」
「誰?」
「それはぎたちゃんじゃん」
「寝てないってばあ」
「寝てないっていつも言うから信じてるのに三回に一回ぐらいガチ寝じゃん」
「えー?」
「集中力がない。緊張感がない。心労に祟られてる」
順繰りに俺たちを指さしたどらちゃんが、だから俺が二口でシュークリームを食べきったのは別におかしくもなんともない、と話を締め括ったので、それとこれとは関係がないと全員に噛みつかれた。そりゃそう。
「次なんだろ」
「えー。ここ最近で一番嬉しかったこと」
「べーやんは?」
「えっ、え、嬉しかったこと?えっと、一番、なんだろ……ぁ、あの、この前小鳥遊さんに声かけてもらったのが、嬉しかった」
「あ!それは俺も嬉しかった!」
「に、認識されてたのが、すごい、うれしかった……」
「分かる分かる!高校生の時めーっちゃ聞きましたってつい言っちゃったもん」
「うん」
俺とべーやんは多分ド世代なんだけど、ぎたちゃんは若干ずれているので、代表曲しか知らないって言ってたっけ。シンガーソングライターで、ちょうど俺が高校生との時にドラマとかCMとかのタイアップが増えて有名になった人だ。今も新曲は追ってるけど、そんな人に自分たちのことを認識されていたのは、確かに嬉しかった。そういえばそうだったな、と特に感慨もないようにペンを走らせたどらちゃんが、ギターくんは?と目を向けた。
「えー。なんだろなー、もっとどうでもいいことでもいい?」
「なんでもいいよ」
「じゃー、昨日の夜ケーキ食べたこと。おいしかったから」
「思ってたのの上を行く普通なんだけど」
「しかもねえ、手作りだった。桃のケーキ」
「え?まさかとは思うけど女の子から?」
「うん」
「ぎたちゃんのバカ。もう知らない」
「あーあ。ボーカルくんが拗ねた」
「桃いっぱい実家から送られてきたから作ったんだって。写真撮ったんだー、見て」
「……すご、売り物みたいだね」
「ボーカルくんも見ればいいのに」
「見ない!ぎたちゃんばっかりそうやって女の子からいい感じにちやほやされる!絶交!」
「りっちゃんは?」
「シングルデイリーランキング更新の瞬間」
「……ドラムくん、そういうの嬉しいんだ……」
「当たり前だろ。バンザイして部屋の中走り回ってるわ」
「それは嘘」
「なんでそうやって絶対しないことばっかり言うの?」
「家で一人ならバンザイぐらいするかもしれないじゃん」
「するならちゃんと俺たちの前でもしてよ!」
「絶対にしない」
どらちゃんがいつも通り嘘をぶちかましたので次の質問をみんなで覗き込んだ。自分たちの曲の中で一番お気に入り・思い入れのある曲はなんですか?だって。一番かあ。これはぱっとは決め難いなあ、と腕組みして考えていると、みんな同じなのか、部屋が静かになった。一番ってなると選べないよね。どの曲も思い入れあるし。しばらくして、どらちゃんが挙手した。
「はい。お気に入りっていうか、一番自信があるのは新曲」
「りっちゃんいつもそうじゃん」
「今までで最高の出来。傑作と言われる前作を超えた」
「ボジョレー?」
「えー、決めらんないなあ。ボーカルくん決まる?」
「うーん……お気に入りっていうか、俺が好きなのは、アルバムにしか入ってないやつなんだけど、それも別に思い入れとかじゃなくて、普通に曲が好きってだけ。それでもいい?」
「いんじゃない?」
「平気だろ。一曲なんて選べないってことで、代替案」
「べーやんは?」
「……ぃ、一番最初に、ドラムくんが、書いてくれた……はじめて、みんなでやった曲」
「俺ベースくんのそういうところ好き」
「ぁえ、あ、あゎ、ありがとう……?」
どらちゃんがべーやんの頭を撫でて、いや撫でるっていうには力が強過ぎてべーやんの首もげそうになってるけど、まあそんな感じのことをしている。うーんー、と唸りながら考えていたぎたちゃんが、一個ってなると難しいけど、と口を開いた。
「月と敬慕」
「……俺はあの曲嫌い」
「どらちゃん珍しく苦戦してたもんね」
「俺は好き。なんかいつもと違ったし、はじめてのことやったから結構練習したし、あとあの曲きっかけでいろんな人が声かけてくれたのもあるけど」
「あ、わりと、ファンの人たちからも、人気あるんだよね……」
「なんで?」
なんでと言われても。確かに普段ない系統を求められて、未だかつてない程締め切りをぶっちぎってフラフラしていたどらちゃんを思い出すと、頭をがしがししたくなるのは分からなくもないけれど。髪の毛をくしゃくしゃにしたどらちゃんが、机に突っ伏したまま書いて、そのままペンを投げた。やる気がなくなったらしい。まあめっちゃ大変そうだったしな。映画の主題歌だったから、イメージに沿うものにしなきゃいけないわけで、台本すげー読んだり脚本家その他いろんな関係者の話いっぱい聞いたりしてた。そのおかげで、誰からも文句のつけようがない曲ができたみたいだけど。
どらちゃんが動かなくなってしまったので、紙とペンをもらった。「死ぬ前に食べたいものは?」という質問なので、とりあえずどらちゃんの分は「どらやき」って書いといた。好きだし。
「俺はー、肉」
「それ範囲広くてずるくない?」
「じゃあぎたちゃんも肉って書く?」
「でも米も欲しくなっちゃう」
「そんならもうハンバーグ定食とかにしたらいんじゃない」
「あれこないだおいしかった。ローストビーフ丼」
「あー、うまかった。それにしたら」
「それにしよ」
「けってー。べーやんは?」
「え、えと……最後……」
「最後なんだし、めっっっちゃ辛いものとか食べれんね。いつもお腹痛くなるかもって食べれないやつとか」
「……うーん……」
じゃあそれで…とべーやんがちびっちゃい声で言った。なんか無理やりそうさせたっぽくなっちゃったや。次の質問は、小さい頃の思い出で一番印象に残っているものを教えてください、ってのだったから、どらちゃんを叩き起こした。叩いたのに当たり前のように死んだふり継続されて、全然起きなかったけど。しかたないなあ。
「ぎたちゃんなんかある?」
「えーこれだって、お互いって書いてあるよ。俺みんなの小さい頃のことなんて知らない」
「え?どこ?」
「……あ、ほんとだ……」
「消しちゃえ」
「あー。ボーカルくんが勝手に質問変えたー」
「お互いんとこだけだから」
「ずるだー」
「小さい頃んことなんか知らん」
「でもなんか前もこういうのあったよね。昔から仲良いんですか〜?みたいなこと割と聞かれるし」
「昔から仲良しのマブダチに見えちゃうんだな」
「しょうがないなあ」
都合の悪いところをボールペンでぐりぐりして消しておいた。学生時代からの付き合いとか、昔馴染みが集まってるバンドもわりかしあるから、そう思われやすいのかもしれない。確かに前も聞かれた覚えあるよねえ、なんて話をしながらしつこく片手でどらちゃんを揺さぶってたら、急に起きた。
「妹が小学校三年生の時」
「え?突然?」
「転校してきた友達にこの辺りを案内してやるんだって出て行って、そのまま行方不明になったことがある。夜になっても帰ってこなかったから、警察に連絡もして、親も探しに行って、それでも2日見つからなかった」
「え!?なに!?突然怖い話!?やめてよ!」
「あっ耳痛……ボーカルくんの爆音直で食らっちゃった……」
「だ、だいじょうぶ……?」
「血出た?」
「出てない……」
「3日目に見つかった。うちからじゃ子供の足で歩いていくには遠い山の中にある、古い祠の近くで転がってたらしい。その山の近所の人が散歩してて見つけて、警察に通報してくれた」
「人間!?人間だよね!?犯人!そうだって言って!」
「それは分からないけど、3日行方不明だった割には身体も服も綺麗だったし、妹の最後の記憶は家を出たところで終わってた。小学校に確認したけど、転校してきた友達なんていうのはいなかったらしい」
「なんで分かんないとか言うの!?あっ俺がずっとゆさゆさしてたから!?それは謝るから犯人は人間だったって言ってよ!」
「祠の鍵は壊れていて、なにかが引きずられて出てきた跡が残ってたそうだ。その二週間後に、別の小学生がまた行方不明になって、祠の中で死体で見つかった。今度は内鍵も外からの南京錠もきちんと閉まっていて、密室になってたらしい。だから遺体発見が遅れて、中は酷い有様だったとか」
「あ″あ″ー!!!」
「りっちゃん、ボーカルくんの声でペットボトル揺れてるからもうやめて」
「以上」
「なんで突然怖い話するの!?ねえ!」
「ベースくんも山で迷ったことあるっつってたよね」
「え、ぁ、うん、あるけど……」
「べーやんも怖い話すんの!?俺をどうしたいの!?」
「こ、怖くないよ、俺のはただの、失敗談だから……」
「ほんと?ならいいや」
「チョロ過ぎて心配になる」
「りっちゃんに心配とかいう感情残ってたのに俺びっくりしてる、痛」
「殴るぞ」
「殴った後に言う?」
「ねえべーやん、ほんとに怖くない?」
「お、お化けとかの話ではない……」
「じゃあ聞く」
「先に謝れ」
「ごめんなさい」
「よし。犯人は人間だった」
「絶対嘘だよ、ボーカルくん」
「うるさい!俺はどらちゃんを信じる」
「よかったね、りっちゃん。信じるって」
「他人に信じてもらえたのなんて生まれて初めて」
閑話休題。とりあえず落ち着いたので。
いつのまにか立ったり椅子がぐちゃぐちゃしてたり机の上から紙がなくなってたりしたので、それらをみんなで元の位置に直してから、べーやんの話を聞くことにした。全員が自分に注目しているからなのか、おろおろしながらべーやんが話し出した。
「ぁ、や、そんな大したことじゃなくて、あの俺、兄貴がいるんだけど、小さい頃はずっとついてってて、一緒に遊びたくて……」
「かわいいじゃん」
「俺も弟欲しかったなー」
「えと、それで、俺が小学校一年生ぐらいの頃に、迷子になって……あの、置いてかれたとかって言うより、俺がついてけなかったっていうか……」
「無理しちゃったんだ」
「そ、多分そう……それで、家帰る道分かんなくなって、どんどん暗くなるし、疲れたしお腹空いたし、もうここで死ぬのかもしれないって思って……」
「怖」
「死を覚悟すること小一である?」
「俺は都会っ子だからない。なんなら迷子になったこともない。良い子だったから」
「べーやんが田舎者で悪い子みたいな言い方……」
「小さい頃のりっちゃん良い子だったの?なら今なんでこんなんなっちゃったの」
「わかんない」
「わかんないか……」
「ベースくん、続き話して良いよ」
「あっ、えっ?でも、あの、気づいたら車の中にいて、お巡りさんに名前とか聞かれて、家までついたら、母親とばあちゃんにめちゃくちゃ怒られたっていう……その、あれ、それだけです……」
「だいじょぶかな。俺それより重い思い出ないんだけど」
「俺はねえ、遊園地で迷子になったことある。一応家族探したけど全然見つかんないから、もうそのまま遊園地で一生暮らそうと思った」
「馬鹿な子どもだな。ベースくんの方が現実見えてんじゃん」
「でもちゃんと、お腹空いたらポップコーン盗もうとか考えてたし」
「その考え方が馬鹿」
「俺も迷子ある!」
「どうせデパートとかでかい家電量販店とかだろ」
「えっ……なんで分かったの……もしかしてどらちゃん俺のこと好きなの……?」
「知らなかったの?次、運動神経が一番良い人は誰ですか」
「せめてこっち見てくんない?」
目が完全に机を向いていると、うっそだ〜って感じで事実を確認するのも滑るし、本当だと受け取るのも無理。なんでそんな酷いことすんのさ。しかも無視だし。
ていうか「一番印象に残っている思い出」じゃなくて「迷子の思い出」になっちゃったけど。そう零せば、話を聞きながら器用にまとめて書いていたどらちゃんが、はたと気づいたように手を止めて、質問文を思いっきり書き換えた。いや俺も「お互い」を消した手前、強くは言えないけどさ。そんな思いっきり横線で消して文章全部書き換えることある?面白いから良いけど。マネージャーさんに「これなにがあったんですか?」って聞かれそう。正直に話そう。
「次。運動神経」
「はあい」
「はい!」
「はい」
「……ぁ、えっ?お、俺は、自信ない……」
「……………」
「……………」
「……………」
べーやん以外全員が元気よく手をあげてしまったので、一瞬で雰囲気が最悪になったし、剣呑な視線が交差した。意訳、こいつよりは俺の方がマシ。誰も何も言わない地獄の沈黙が数秒流れ、べーやんが心配そうにオロオロして、とりあえず俺が一番である理由を挙げて二人には納得した上で引いてもらうしかないと思ったので挙手した手を下ろして自分を指した。
「思い出して。どらちゃんより俺のが走るのは早い」
「大して変わんないだろ」
「ボーカルくんより俺のがボール遠くまで投げんの上手かったしょや」
「ギターくんは全部とろくさいから俺の方が運動神経はいい」
「どらちゃんより俺のが体やらかかった!」
「ほんのちょっとだけな」
「えー、ボーカルくんより俺のが前屈できてたよ」
「ぐっ……で、でも俺はテニス部だったから……!」
「幽霊だったって自分で言ってたじゃんか」
「ラチあかない。ベースくんに決めてもらお」
「べーやん!俺だよね!元気だもんね!」
「えっ、えっ、と……」
「一番若い人はどうかな〜」
「ぎたちゃん、そうやって誘導するのズルくない?」
「どうかなって言っただけだもん」
「いざとなったらこれとこれぐらいなら黙らせられる人はどうかな〜。グーで」
「ひい」
「それはもう運動神経じゃなくて暴力じゃん」
「純粋な脅し入れてきた」
「うるさい。なんか手が寂しいな」
「なんで今棒持つの?」
「あれはドラム叩くためのものだってりっちゃん知らないから……なんでも殴れる魔法の棒だと思ってるから……」
「教えてあげなよ」
「叩かれるから嫌」
「ベースくん。見て」
「べーやん!暴力に屈しないで!」
「う、うう、み、みんなできめ、決めてくださいぃ……」
「じゃあ腕相撲するか」
「りっちゃんが勝つじゃん!重いから」
「ズル!」
「それ以外に何で決めるんだよ。走んの?ここ楽屋なのに?」
「腕相撲に運動神経関係ないでしょ」
「そうだそうだー」
「だ、れ、に、し、よ、う、か、な」
「暴力反対ー!」
どらちゃんがドラム叩き棒で順繰りに指し出したので、三人がかりで棒を取り上げた。冗談だと思うじゃん。この人マジで殴るからな。棒を奪ったついでに、ぎたちゃんがどさくさに紛れてアンケートの紙に「おれ」と書いていたので、また一頻りもめた。しかもそれじゃどの「おれ」か分かんないじゃんかさ。
めちゃくちゃ喧嘩になるので、この質問は封印された。ちょっとまた後で隙を見て自分の名前をこっそり書いておこうと思う。多分全員同じこと考えてるけど。
「次ー。ラブ☆ハピみたいな恋する乙女丸出しの曲はもう歌わないんですか?」
「ですか?ボーカルくん」
「え?別に全然歌うけど……」
「だそうです」
「書いとく」
「あれライブで一回だけやったことあるじゃん?めちゃくちゃ盛り上がっててびっくりしたもん」
「俺笑っちゃったよね。ベースくんも笑ってたけど」
「ぇ、う、あの、なんか、おもしろくて……」
俺が「こんな曲やってみたいな〜」って言うとどらちゃんは大概ぶつくさ文句言いながら応えてくれるけれど、件の曲に関しては勝手に一人で狂って書き上げたので、俺は悪くない。なんか、なんらかのなにかにまた負けず嫌いを発動して書き上げたらしいけれど、最初に「はいこれ」って渡された時、俺はついにどらちゃんがなんかやべー薬でも決めたのかと思ったし、ぎたちゃんは歌詞とか特に見ないで曲だけ聞いて普通に練習し出してから俺が歌ってるの聞いて膝から崩れ落ちて使い物にならなくなったし、べーやんなんか笑うとか心配とか通り越して心療内科のホームページ見てた。一人称は「あたし」で、どちらかと言うとアイドルポップス寄りで、片想いする女の子(割と年齢は低め)の気持ちをかわいくかわいく歌った曲だったので。これ歌うの俺だよ?大丈夫?間違えてない?誰か女の子にお願いされて作った曲渡しちゃってない?って何回も聞いたんだけど、不思議そうな顔で「うん」って言われたっけ。アルバムの隠しトラックに収録されてて、でも妙に人気があって、リクエストが多すぎるので一回だけライブでやったら、アホみたいに盛り上がった経緯がある。まあ一応ライブでやったのはちゃんとアレンジ版で、かっこよくしてあるんだけど。ちなみにどらちゃんは暴走して作った自負はないらしく、なんなら隠しトラックに入ることも「なんで?」っつってた。自信作だったらしい。あの人、自信作じゃないことがないけどな。だから。
「どらちゃんがまた狂ったら歌うよ」
「別に狂ってない」
「……そっか!」
「何その顔」
「俺不参加でも良い?もう絶対笑って間違えちゃう自信ある。ベースくんもそうしようよ」
「んん……」
「どらちゃん。辛いことがあったらちゃんと相談するんだよ」
「なにが?」
以上。机の上に出してあったペットボトルを開けたぎたちゃんが、もうぬるくなっちゃってるよお、と声を上げて、やっと時計を見た。結構時間経ってるけどいいのかな。楽屋って、使ってていい時間とかあるんじゃないの?でもいつもはマネージャーさんが準備できたら呼びに来てくれるしな。来ないってことは多分まだなんだろう。呼びに来るまではこれやってよう、とだらだら決まったので、ペットボトルと同じく机の上にあったお菓子をべーやんにも渡した。俺これ好き、おいしい。
「……俺も好き」
「これコーヒー味あんだよ、知ってる?うまいんだよ」
「え、と、知らない……どこに売ってるの?」
「デパートとか?分かんない、俺ももらったことしかないから」
「そ、そっか、ごめん」
「買ったらあげんね!」
「うん……」
「話聞いてる?そこの女子高生二人」
「ぜーんぜん聞いてない。なに?」
「もういい。勝手に書く」
「まかす」
「ぁっ、え、えと、な、なんの質問、俺聞いてなくて、あのそれはすみませんっていうか」
「次」
べーやんは無視されていた。かわいそう。後で覚えてたらなんの質問だったか見よ。紙に目を落としたままペンを回したどらちゃんが、あー、と声を漏らして勝手に書いたので、無理矢理覗き込んだ。書くのに邪魔だったようで、めちゃくちゃ顔面鷲掴みにされたけど、めげずに体を突っ込んでことなきを得た。
「なんなんだよ!まかすっつったろ!」
「どらちゃんが勝手に書くからじゃん!なになに?喧嘩とかしたことありますか?だって」
「ないからないって書いたんだよ!ないだろ!」
「ない」
「もう書けるとこは勝手に書くから。多いし飽きたし疲れた」
「そういや喧嘩したことないね。してみる?なにで喧嘩する?」
「なにってなに?凶器の話?」
「理由だよ!なんでどらちゃんはいつも暴力が前提なの!?」
「ああ。理由。理由ね、ギターくんがすぐ寝るのがムカつくとかでいんじゃない」
「んぐ、痛ぁ……ねむいのに……」
当然のようにぎたちゃんの頭をスッ叩いたどらちゃんが、喧嘩するほど仲良くないんだから仕方ないだろ、と次の質問に移ろうとするので、そうじゃないでしょ!と手を引っ張った。逆!仲良いから喧嘩しないんでしょ!
「は?喧嘩できるほどお互いのこと知らないだろ」
「俺はどらちゃんのこと詳しいけど喧嘩しないのは仲良しだからでしょ!」
「ボーカルくん、いつの間に俺について詳しくなったの?怖い」
「べーやんだってどらちゃんのことなんかなんでも分かるよな!なっ!」
「ひっ、な、なんでもは分からないですっ」
「そう?どらちゃん、もっと仲良くしなきゃだめだよ」
「もう充分だよ……」
げんなりしたどらちゃんが、ぺらぺらと紙を捲りながら適当に質問を埋めていく。潜り込まれたのが余程嫌だったのか、覗こうとする前にこっちにも見えやすいように紙を差し出しながら書いてくれた。ぎたちゃんはさっきの「ねむい」を最後に突っ伏して寝ているので、ほっとく。べーやんと二人で、あーそれはそうかも、これもこうだったかも、とどらちゃんが雑に書き殴っていく回答を見ながら話して。
「クソ多いな……なんだこれ……」
「続き今度にする?」
「……………」
「どらちゃんの負けず嫌いってもう病気だよね」
「うるさい」
「あ!これ!ここ空気清浄機って書いて。花粉症が治った」
「治ったのは絶対嘘だしボーカルくん花粉症じゃないじゃん」
「でも最近鼻がずっとむずむずしてたのが空気清浄機買ったら治ったから。鼻がおかしかったのは多分花粉症のせい」
「病は気からって知ってる?」
「べーやん最近買ってよかったものなに?」
「聞いてる?」
「えっ、さ、最近?えっと、なんだろう……ええと……」
「はい時間切れー。終了」
「う、ご、ごめんなさ……」
「どらちゃんの意地悪。なんでべーやんのことばっかいじめるの」
「グズグズしてて腹立つから」
「……ごめんなさい……」
「いいもう慣れた、はい」
「……ありがとう」
どらちゃんなりのご機嫌取りのつもりなのか、さっきおいしいねって二人で話してたお菓子の包みをわざわざ開けて、べーやんに渡した。もそもそとそれを食べているべーやんが、ふと顔を上げて、ちゃんともぐもぐし終わってから口を開いた。
「ぁ、あの、パン……コンビニの新発売の、ギターくんが美味しかったって言ってたやつ、それはあの、買ってよかった……」
「一人空気清浄機で一人コンビニパンなのウケんね」
「う……」
「どらちゃんは?」
「靴」
「ぎたちゃ……まだ寝てるか……」
「あ、これは?ほら」
「……………」
「……………」
「なんで黙んの?読み上げてあげようか?」
「いいです」
「読めます」
人気になるのは嬉しいけどゲロチューみたいな倫理的にヤバい罰ゲームがもう見れないかと思うと寂しいです〜!っていうもう質問でもなんでもないただの個人の感想を指さされて、その話題は封印したはずなんだけどな…と顔を逸らした。自分が第二の被害者になりたくないからである。第一被害者寝てるし。別に俺はいいんだけどなあ〜全然構わないのになあ〜と純然たる加害者が平然としているので、せめて「もう一度やります」とは書かれないようにするだけで精一杯だった。倫理的にヤバい罰ゲームを求められているのも認め難い。
「次。好きな女の子のタイプだって。顔が可愛くて胸がでかい。以上」
「そんなん全員そうなっちゃうじゃん。ねっ、べーやん」
「ぅ、え、あの、俺」
「それでいいだろ。次」
「この質問見た女の子が自分のことだと思って俺のこと好きになってくれないかな……」
「ならない。次」
「なる!てゆうか俺ずっと思ってたけどどらちゃんより俺の方が絶対優良物件だからね!そうやって書いて!彼女募集中って!」
「書いた方が惨めじゃない?それ」
「じゃあなんでどらちゃん目当ての女の子ばっかり集まってくんの!?ぎたちゃんもなんだかんだ人気あるしさあ!べーやんもそう思わない!?」
「え、あ、はい」
「ベースくんこの前女優に声かけられてたじゃん、ご飯誘われて」
「はあー!?聞いてないんですけどおー!?」
それからしばらく質問の紙見ながらだらだらして、ぎたちゃんはどうやらうとうとからガチ寝に突入したらしく普通にぐうぐう言い出したのでほっとかれ、三つぐらい質問を埋めたところで扉がノックされた。ていうかよく寝てられるな。俺騒いでるけど。
「俺はずっとピカチュウだった、はあい」
「失礼します」
「あ!やっと来た!ねえこれ多くない?半分しか終わってないよ」
「終わると思って渡してないので……ていうかあんたたち止めないとほんと無限に喋り続けますね。マジで女子高生?」
「直配信じゃなければなんでもいい」
「録画です。気づいてて言わないのもどうかと思いますけどね」
「なにが?」
「……!」
マネージャーさんが入ってきた。呆れ顔をされて、どらちゃんとまた意味わかんないこと話してるからそれは俺には関係ない話かな!と思ってたら、べーやんが顔を青くしてきょろきょろしはじめた。どしたの、と聞くと、どらちゃんが立ち上がって壁際へ行き、置いてあった箱を開ける。
「どう見ても不自然だから。段ボール」
「でも秋さんしか気が付かないじゃないですか。気がついても言わないし。あ、ずっと撮ってたんですけどいいですよね」
「ずっと!?いつから!?」
「服着た辺りからならオールオッケーかなと思って」
「もうベースくんにだけは最初から全部教えといてあげてくださいよ。かわいそう」
「……だ、だい、だいじょうぶ……」
口を開けた段ボールの中には録画モードになってるスマホがセッティングされていて、ちなみにワイヤレスでこっちから音は飛ばしてるんですよ、と机の上から黒っぽい丸い機械を取り上げられた。それマイクだったの?最初から置いてあったから全然気にしなかったけど。べーやんが真っ青になってお腹を抱えている。かわいそう。まあそういうことなんで、と録画していた一式を段ボールに入れて持ち上げたマネージャーさんが言った。
「その質問、ファンのみなさんに募った中の一部なんで、答えきってくださいね。終わったらサイトに載せるんで、あー、SNSのがいいかな……爆発力あるし」
「一部!?まだあんの!?」
「だから変な質問ばっかだったんだろ」
「全部答えろとは言いませんけど。今日の様子も編集してあげる予定なんで、あとは事務所でやってください」
「……ま、まだ、撮影入りますか……?」
「もう大丈夫です、取れ高あるんで。あんまり長いと編集も大変だし」
「ノーカットにしたらいいじゃん」
「それでもいいなら楽でいいんですけどね。その場合僕の首が飛んで終わりじゃないですか。横峯さん帰りますよー」
「……ぁえ?」
「車で寝てくださいねー」
とかなんとか言ってたのに、結局事務所の部屋でまただらだら喋ってたのもカメラ入ってたのが後日分かったし、べーやんは人間不信になったし、「ノーカットのがウケそ……じゃなくて、平気そうなとこあったんでショート版とロング版を作りました」と事後報告で投稿の報告を受けたりした。扱い雑じゃない?
「何言ってるんですか。皆さんのことが好きだから、かっこいい姿はもちろん親しみの持てる普段の様子もファンの方々にお届けしようと思ってやってるんですよ、こっちは」
「こないだ俺らのことあんたたちっつってたじゃん」
「言ってました?秋さんの聞き間違いでは?」
「……若くてかわいい女の子のマネージャーがよかった」
「間違いが起こるのでダメです」
「若くてかわいくてちょっとドジ」
「最高……マネージャーさん、新しいマネージャーさんはそういう子にして……」
「ただでさえあんたたちに付きたいっていう若い女多いからダメです」
「またあんたたちっつった」
「僕だって若くてやる気があって皆さんのことが大好きですよ。ファンの中では熱意ある方じゃないですか」
「でもどこからどう見ても男だから……」
「それはもう目を瞑ってください」
「そんなことある?」


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