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辻家がただだらだらするだけ


「リモコンは?」
「あ?」
「リモコン。テレビの」
「海のランドセルの中じゃない?」
「海。ランドセルは」
「ぼくじゃないよー」
ちがうよー、と間延びした声の海が、顔も上げずに黙々と洗濯物をたたんでいる。なんて親孝行なんだ。洗濯物たたみの報酬に今晩の夕食のメニューに口出しできると知るまでは、最高に感動した。なんだよ、「サラダにトマト入れないで欲しいから洗濯物たたんだ」って。しかも航介の了承を得てなかったし。結局すげえ顔でトマト食べさせられてたし。
テレビのリモコンがない。航介がうろうろと探しているが、行方不明である。以前海のランドセルの中になぜか入っていたことがあるので、一応見にいったみたいだけど、勿論なかった。こんなとこにあるわけないだろ!と、怒られたが、いやだって前はあったじゃん。
「さっきお前持ってたろ」
「そうだっけ?」
「な、海」
「ぼく見てない」
「航介が天気予報見るって言ってたのは聞いたよ」
「だからその天気予報を見るためにリモコンを探してるんだろうがよ」
「スマホで見たら?」
「それじゃリモコン見つからずじまいじゃねえか」
それもそうだ。でも俺はテレビのリモコンを持ってないわけで、どこにあるかの検討もつかないわけで。ねえぞ、とリビングの中をうろうろしている航介に、一応自分の周りをぐるっと見回したけれど、見当たらなかった。リモコン類って、どうして突然無くなるんだろうね。しかも変なところから大体出てくるよね。
「だから、さっきまで朔太郎が持ってたんだって」
「持ってないよ」
「テレビつける時使ったろ?」
「うん」
「その後どこに置いたよ」
「いつもんとこ」
「いつもんとこにねえんだよ」
「……………」
「困ったら腹見るのやめろ」
食ったふりをするな、と呆れられて、航介が諦めたように海の洗濯物たたみを手伝い始めた。海ちゃんのお尻の下じゃない?と海を持ち上げたものの、無反応でつまんなかったので、素直に謝って手を離した。前だったらきゃっきゃしてくれたのに。「そんなとこにないよ」で一蹴だもの、歳を重ねるって残酷。小さくため息を漏らしてしまった俺に、海がぱっと振り向いて言った。
「さくちゃん」
「ん?」
「あとで遊んであげるから」
「……………」
そうじゃない。構ってもらえなくて拗ねていたわけではない。うまく伝わらない!
テレビも、別にこの番組が特別ものすごく見たくてチャンネルを回したわけではない。お茶でも飲もうと台所へ向かうと、俺も、ぼくも、と声が上がって、使いっぱにされた。お父さんは悲しい。ドラマとかで見たことある、尻に敷かれるお父さん像って、さちえがそういう扱いしなかったからフィクションなんだと思ってたけど、今現在現実としてここにある。かずなりとみわこのあれは、もうそういうキレ芸だからなあ。普通にナチュラルな感じで使いっぱしりにされてると悲しみが強い、と思いながら冷蔵庫を開けて。
「……航介。ごめん」
「あ?あ!」
「よく冷えてる」
「……なんで冷蔵庫に入れたんだよ……」
「俺じゃない!俺冷蔵庫開けてない!テレビつけてそのままあそこに座ってた!本当!嘘つかない!」
「疑わしい」
航介に胡乱な目を向けられているけれど、その後ろで海が、宙に視線を彷徨わせて、ハッ!って感じで目を見開いて、さも俺のせいみたいに目を細めて航介の背中に半分隠れたのを、俺は見逃さなかった。おい。この海野郎、さっき知んないっつったろうが。無言のままに海を見つめれば、視線に気づいたらしく、あからさまにおろおろと目を泳がせた挙句に、航介の背後に完全に隠れながら言った。
「うみじゃない」
「まだなんも言ってない」
「……うみ、ぼ、ぼくちがう」
「海を疑うな」
「どう見ても海じゃん!態度的に!」
「お前が責めるからだろ」
「そう。さくちゃんいじわる」
「ほら」
「俺可哀想じゃない!?」
しかしながら航介も、なにも俺が絶対やったとは思ってないし、どう見ても海が怪しいというのは分かっている感じで、問い詰めるからだ、と言ったっきり俺からリモコンを受け取って天気予報を見始めてしまった。嘘をついてしまった、と顔に書いてある海に寄って行って、別に怒ってないからなんで冷蔵庫に入ってたのかだけ教えて、次また同じように無くしたらこーちゃん怒るぜ、とこそこそ言えば、困り顔の海が同じようにこそこそ答えた。
「……ちょこ……」
「ん?」
「……つまみ食いしようとして、チョコ、でもこーちゃんがこっち見たから、リモコン中に置いてきちゃったの……」
「……そりゃ言えねえわ……」
海の名誉のためにも、チョコのことは伏せて、俺のせいということにした。

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