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おはなし



「読谷晴真です。よろしくね」
「よろしくー。イエー」
「い、いえー」
ヨミくんとの初邂逅は、文化祭でやる即席バンドの顔合わせをした時だった。愛想の良い笑顔を浮かべながら手を出されて、適当に返事をしながら握手ではなくハイタッチをしてしまったので、名前を言っていないことには気が付かなかった。ちなみに握手しなかったのはただの気分である。別にヨミくんのことが嫌だったとかそういうわけじゃない。なんならアライなんか「よろしく」すら無かったし。
二回目の練習終わりぐらいで、距離を測るように「岸くん、」と声をかけられたのは覚えている。その時ようやく、あれ?俺こいつに名乗ったっけ?と疑問が生まれたのだ。後日分かったことながら、普通にヒノキから聞いてたみたいだけど。
「桔平からこの前、ここ……このところ、遅いから早くしてって言われたんだけど、そうしたら今日、岸くんと合わなくて」
「あー、俺が違ったんじゃない?ヒノキッペーももう言うのめんどくなったんだよ、ひとフレーズで百個指摘してくるからあいつマジ人の心とかないの?クソメガネロボ」
「ううん。俺が合わせるよ。岸くんが言われなかったってことは、俺がずれてるんだと思うから」
「……あっそ?」
「そう。桔平には後で言われると思うから、それはそれとして……一度だけ聞かせてもらっても良い?どのぐらい直したら良いのか、次までに分かっときたくて」
「はあ。歌えばいいの」
「ごめんね。お願いできるかな」
「いいけど」
真面目なやつだな、と思った。アライは「給料分の仕事はします」って感じだったし、ヒノキもあまりに上乗せで頼むとその分追加料金的な何かが飛んでくるのは承知の上らしくて、そもそもある程度のレベルに達しているのでほぼ何も言われていなかった。ていうか普通にうまいし。趣味の範疇内だからあのレベルってのもあるかもしれないけど。やりたいことを極めていったら必然的に上手になりました、ってこと。
だからというかなんというか、俺とヨミくんはヒノキからの要求が多かった。ああしろこうしろ出来ないなら練習しろ、まず言い方を変えて欲しい。もし良かったらこうしてくれたら嬉しいな!とか。ヒノキがそんな口の利き方してるの想像しただけでマジ無理だけど。
放課後といえども、まだ暑い。いつもの練習場所と化したカラオケから出て、ヒノキはさっさと帰って、アライもあっという間に消えた。ヨミくんと二人で残されて、クソ蒸し暑い外気温にまず心が折れて、ついさっきまでめちゃくちゃに言われたこともフラッシュバックして、とりあえず膝を抱えた。車にさえ轢かれなければいいかと思って。
「もおやだあ」
「あはは……」
「……あんた嫌じゃないの?ヒノキッペー頭おかしいでしょ。なんでやってんの?」
「なんでって……うーん……頼まれたから……?」
「自己犠牲?楽しい?それ」
「だって、桔平の言った通りにやると確かに良くなるし」
「……そりゃそう」
「もうすぐ本番だからさ。がんばろうよ」
困ったような笑顔と共に、アイス食べる?と聞かれて、先輩風吹かせて奢ってやろうとか思ってんのか…寒いやつだな…それはそれとしてアイスは食べたいが…と思いながらついていったら、普通に二本で一つのやつを「二つも食べきれないから」と分けてくれただけだった。しかも当たり前のような顔で「半分だから半額でいいよ」とか言われて、確かにヨミくんは奢るとは一言も言っていないわけだし、アイスは食べたいし。そんでコンビニの前でアイス食べながらだらだら喋って、クソ真面目なやつだな、ぐらいだった第一印象が、多少柔らかくなった。
「ヒノキッペーとなに繋がりなの?」
「中学が一緒だったんだよね。家も近所だし」
「へー。小学校は違うんだ」
「うん、俺、小6までは埼玉にいたから。中学生になるのに合わせて引っ越してきたんだ」
「ふーん……」
「最初めちゃくちゃ緊張してさあ。友達できるかなーとか、田舎くさくないかなーとか。なんかまあ、なんとなく友達はできたんだけど、いっつも帰り道が一緒になる子がいっつも一人で歩いてて、学校で見てもいっつも一人で」
「完全にヒノキッペーじゃん」
「そう。俺、心配になっちゃって。あの子も自分と同じで緊張してるのかなって思って、仲良くなれたらなって話しかけたんだけど、全然そんなことなかったよね」
「……え?そんで、なんで今まで仲良くしてんの?全然そんなことなかったならほっといていいじゃん」
「え……だって桔平、ほっとくと今でもいつも一人だし……危なっかしくて、見てると心配になるから……」
馬鹿にするでも茶化すでもなく、本気でそう言っているようだったので、ヨミくんは人を助けて死ぬタイプの人間だな、と内心で思った。そう言ってやろうかと思ったけど、そう言ったところでこういうタイプには何一つ響かないし、そんなことないよ、と曖昧に笑って流す姿が想像できたので、やめた。きっとヨミくんにはトロッコ問題の答えが出せない。
その日までいまいち名前を呼ぶタイミングもなかったんだけど、次の日に「読谷」ってヒノキに倣って呼んでみたら、普通に「なに?」ってニコニコされてしまったので、なんとなく、名字を呼び捨てるのが馴染まないなと思った。ヒノキはともかくとして、アライがなんて呼んでるのか聞き耳立ててたんだけど、そもそもアライは必要最低限しか喋らないので、意味なかった。あいつ、こないだすれ違った時には、普通に友達とゲラゲラ笑いながら喋ってたけどな。マジで給料分しか仕事しねえ。だからもう本人に聞くことにした。
「友達からなんて呼ばれてんの?」
「えー、苗字とか。名前の人もいるけど」
「あだ名は?」
「あんまりつけられたことないなあ」
「ヨミタニくん」
「ん?」
「……ハルマくん?」
「うん。なに?」
「ハルくん」
「んー、ふふ、ばあちゃんと同じ呼び方」
「ヨミくん」
「はい」
「うーん。ヨミくんが一番しっくりくる」
「そう?なんかそうやって呼ばれたことないからちょっと恥ずかしいな」
「無駄口は終わったか」
「出たよ……俺が鬱病になって学校来れなくなったらお前のせいだから……」
「そうか」
「助けて。ヒノキッペーに殺される」
「桔平、もっと岸くんに優しくしなよ。せっかく手伝ってくれてるんだから」
「手伝ってくれてるって、利害関係が一致しただけだろ?」
「言い方ぁ……」
呆れたような声と共に肩を落としたヨミくんに、こいつはこういうやつなんだから諦めろ、ともたれかかった。



ヒノキがいつもの場所に来なかったので、教室覗きに行ったら、ヨミくんと一緒に課題やってた。数学。俺理数は苦手だから桔平に教えてもらってるー、とヨミくんが困った笑顔で教えてくれて、とりあえずやることもないのでそこにいることにした。ここにくる途中で買った紙パックのジュースを啜りながら、そういえばずっとなんとなく疑問に思っていたことを聞く。
「ヨミくんてなんでベースなの?」
「……なんでって?」
「ギターでもいいじゃん。ドラムはヒノキがやってるけど、シンセでも良くない?一緒にリズム隊やりたかったの?」
「7かける9」
「63。桔平が一番に勧めてくれたのがベースだったから……なんでベース勧められたのかは知らないけど」
「それはヒノキに聞かないとわからんね」
「うん。それに多分理由とかないしね」
「理由とかないだろ?」
「覚えてない」
「だってさ」
「8かける6」
「48。自分でやってよ」
「全部終わった」
プリントを揃えてファイルにしまったヒノキが机の上を片付けだした。それはいいんだけど、ていうか。
「……なんでヒノキ、ヨミくんに九九聞くの?分かんないから?」
「単純な計算に頭を割くより横から言ってもらったほうが早く終わる。俺は寝る」
「はァ!?寝んの!?俺来た意味!」
「桔平、俺まだ終わってない」
「……63ページの公式、数は52、36、三分の四。以上」
「パズルみたいな教え方しないでよ……」
「寝る」
「おい!これ昨日もらった譜面一個変なとこあんだけど!ヒノキ!」
「……………」
「クソ野郎!死ね!」
「……桔平にもこうやって、仲良くしてくれる友達ができるなんて思わなかったなあ……」
「ヨミくんメガネの度合ってなくない?は?泣いてんの?マジで?引く」
「泣いてない……」
「泣いてんじゃん……」
綺麗になった机に突っ伏して動かなくなったヒノキの頭を何発か思いっきり引っ叩いたのに、全く微動だにされなかった。ヨミくん顔覆ってるし。目うるうるしてるし。嘘でしょ。若干気持ち悪いよ。
次の日。四限の体育から戻ってきて、更衣室が混んでたので先に購買で昼ご飯買ってから制服を取りに行って時間をずらして、とかやってたら廊下でばったりヨミくんに会った。一瞬気づかなかったけど、その背後にヒノキもいた。こいつ基本的に無音だから分かんないんだよな。
「なにしてんの?」
「岸先行くぞ」
「いーよばいばい」
「お昼ご飯買ってきたところ。ごめんね、お友達いたのに」
「え、いいよ。つーかヨミくんいつもお弁当じゃん、ヒノキも基本そうでしょ」
「たまにはお弁当じゃないの食べたいってお願いしたんだー。桔平は?」
「今日は親が寝坊した」
ヒノキの理由は分かるけど、ヨミくんの理由はなんかちょっと子どもっぽくてかわいいなと思った。岸くんは?と聞かれて、俺はもうさっき買った、と袋を見せる。ヨミくん、購買戦争に勝てなそうだな。好きなものとか狙ってたものとか欲しいものとか、ことごとく買えてなさそう。あそこすげー混むし。ヒノキはなんでも食べるだろうから、適当に残ったやつを選んでそうだけど。
俺とヨミくんの会話に我関せずと言った感じでぼけっと窓の外を見ていたヒノキが、ふっとこっちを向いて口を開いた。ヒノキが話し出したのと別の奴が俺に話しかけてきた声がちょうどかぶって、ヒノキの方が引っ込めた。
「昨日の、」
「あ岸!ナイスホームランだったじゃん〜」
「うるせ」
「俺再現できる。こうだった。ア″!!」
「ちげーよこうだよ。こう!ア°!」
「どこからその声出てんだよ」
「へなちょこサーブに言われたくないです〜」「俺それも真似できる。ヒィイン……」
「んははははそっくり」
「岸のホームランで壁凹んだからね」
「は?壁とか粉々に粉砕するつもりでこっちはやってっから。あれ失敗だから」
「壊し屋なの?」
「隣にいたけどあれから耳おかしいもんな」
「ヒンがなんか言ってる」
「ヒィイン……」
「え?誰のこと?」
「おめーだわ」
「ていうかなんでまだ着替えてないの?」
「ジャージフェチだからだろ」
「そう。布地にたまらなく興奮するから」
「5限サボんなよ」
「お前サボったら英訳ずれるんだからな!俺自分に来るとこしか訳してないから!」
「あっお腹痛い……午後無理かも……」
「ゲロ吐いてても授業受けろ」
「後でねー」
「んー」
手を振りながらクラスメイト二人を見送って。俺とほぼ同じタイミングで他の人に話しかけられたらしいヨミくんが、「次からはちゃんと自分で持ってくるんだよ!今日だけだからね!」と知らん男の背中を叩きながらクラスの方へ行ってしまった。あれやってるの前も見たことあるし、多分教科書貸してくれとかそういう系だと思う。ヨミくんは割とそうやって使われる、じゃない、頼られることが多いようなので。
いやしかし。
「……………」
「……昨日の変だったって言ってた譜面、片倉さんに確認して今連絡待ち。昼までにはって言ってたから、もうじきだと思う。帰りまでにはどうするか分かるようにする」
「ああはい」
「……?」
「……いや……」
必要事項は伝えただろうとばかりに不思議そうな顔をされたが、こちらとしては、こいつマッッジで友達いねえな、と思ったのである。俺がクラスメイトに話しかけられ戯れている間は、黙ってぼけっと突っ立ってた。ヨミくんが誰かさんに話しかけられて云々やり取りしてた時も、ヒノキは微動だにしなかったし、なんなら誰かさんの方もヒノキのことは恐らく全く見えてなかった。それも別に居心地悪そうとかいうわけじゃなくて、自分が会話に参加しないことは当たり前、って顔で普通に待ってた。俺のクラスメイトはまだしも、ヨミくんの方は同じ学年なんじゃないの?ヒノキ大丈夫?マジでいじめられてる?かわいそうなものを見る目を向けているであろう俺に、きょとりと意味が分からないとでも言いたげな顔を浮かべたヒノキが、袋からおにぎりを取り出して開け始めた。俺が変な顔をしている理由が理解できなかったからなのか、時短のためにここで飯を食うことにしたらしい。ふざけんなや。ちょっとは察する努力をしろ。しかもここ廊下だし。あっちから小走りでヨミくんが帰ってきて、あ!とでかい声を出した。
「桔平!変なとこでご飯食べないの!お腹空いちゃったの?」
「……食べる時間がなくなる」
「教室で食べよ。あ、岸くんと食べる?そしたら俺戻るよ」
「今こいつと二人にしないで」
「えっ?どうしたの?」
「友達いない菌がうつる……」
「そんなものはない」
「ヒノキと二人っきりであ〜あいつら同類〜って一緒くたにされるのだけはこの先一生絶対に無理ってことだけが今の時間で判明したから!ヨミくんも一緒に来て!」
「い、いいけど」
「ヒノキ菌あっち行け!」
「いづるの方が汗をかいているジャージのままで汚いから、俺の五倍ぐらい菌が身体中で繁殖してる」
「そういう意味じゃねーよ!」



「ナナセってヨミくんと会ったことあるっけ」
「会っ、たことは、ないです。見たことはあります」
「何その距離感。恋なの?片想い中?」
「違います!もう!」
「ちげーのなんて知ってんだよなに照れてんの?ウケる」
「うう、だって、俺が話しかけるのってなんか違くないですか……」
「ヨミくん優しいよ。土下座して嘘泣きしながら頼めばヤらせてくれそうなぐらい優しい」
「それほんとに優しいんですか?」
「ヨミくんにベース教えてもらえばいんだよ。ヒノキは冷たいから。人の心とか母親の腹の中に置いてきた冷血人間だから。なっヒノキ」
「読谷よりもななせの方が上手い」
「は?ナナセよりもヨミくんの方が上手いんですけど。まだ」
「ななせの方が吸収が早い。ななせはベース以外にやることないけど読谷は他のこともする」
「それが人としては普通の姿ですけど?一般的な人間はみんなたくさんのことを両立しながら生活しているはずなんですけど?」
「ちょっと先輩っヒノキさんっ喧嘩しないでくださいっ」
「うるせえウキウキすんなバカ引っ付くな重い!デブ!」
「デブじゃないです!ひどい!」
ということがあったので、ヨミくんに「お昼休みにいつものとこ来て」と連絡しておいた。ナナセには言ってない。どういう反応するかなと思って。ヨミくんは基本呼ばないと来てくれないけど、それは多分気ぃ遣って顔出さないようにしてるんだろう。俺がヒノキとやりはじめた最初の頃は「元気?」「うまく行ってる?」って覗きに来てくれてたし。なんとなく軌道に乗るようになって、外で練習したりするのが増えた頃から、特に来なくなった。
「ヒノキさんのお弁当いつも美味しそうですよね」
「……食べたいのか」
「えっ、や、そういうわけじゃなくて……あ!交換にしますか?」
「食べたいならやる」
「欲しいわけじゃないんですけど……じゃあー、俺の何が欲しいですか?俺はヒノキさんのたまごやきが欲しいです」
「……あー……じゃあこれ」
「いいですよっ」
めんどくさそうに悩んだヒノキが、ナナセのお弁当からアスパラのベーコン巻きを持って行った。ナナセはナナセでにっこにこしてるし。俺の昼飯は適当に買ってきたパンなので、お弁当交換の輪には入れない。別に入りたくもないけど。携帯をいじりながら二人の、というか主にナナセの会話を聞き流していたら、階段を上がって歩いてくる足音がした。首を伸ばして覗くと、ちょうど目があった。
「あ。岸くん」
「ん」
「どうかした、あ!新しい子がいる!こんにちはあ」
「……………」
「?」
「……こ、んにちは……」
「んははははナナセ超人見知ってんじゃん」
「ひ、だっ、だって、突然人が来たら、誰だってびっくりするし、人見知りとかじゃ」
「そうだよね。ごめん、びっくりしたよね」
「な、いって、ゆうかあ……」
尻切れ蜻蛉に声をすぼめたナナセに、眉を下げた笑顔を向けたヨミくんが、二人とは前から付き合いがあったからその勢いで君にも話しかけちゃった、とさも自分が悪いように弁解した。ヨミくんのそういうとこだよね。今の一連の流れでヨミくんに落ち度は何一つなかったはずなのに、初手で相手より自分を下げることで仲良くしようと思わせる下地をナチュラルに敷けるようなところ。そういうとこが人を勘違いさせるんだと思う。自分はヨミくんに好かれてると思ってる人間、ヨミくんが予想してる五倍以上はいるからね。その内訳が、恋愛的な意味であれ、親愛的な意味であれ。俺は勘違いじゃなくてヨミくんにちゃんと好かれてるから。それはもうしょうがないよね。
「ごめんね、邪魔しちゃったや。岸くん、どうしたの?」
「ナナセとヨミくん会わせとこうと思って」
「そっかあ。俺、読谷晴真です」
「ぇあ、斎藤凪々瀬です……」
「斎藤くん。よろしくね」
「……はい……」
「って言っても、俺もうあんまり関係ないけどねえ。斎藤くんがいるならお手伝いももういらないでしょ?」
「ヨミくん来てくんないと困ることがまだあるかもしんないじゃん」
「ない」
「ヒノキには聞いてない」
「あ、アメ食べる?岸くんぶどう味好きじゃないんだっけ、カルピス味あるよ」
「食べる」
「桔平はコーラね。斎藤くんは?」
「え、と、なんでもいいです」
「オレンジジュース味とリンゴジュース味があるよ。どっちがいい?」
「オレンジ味とリンゴ味じゃないの?それ」
「全部ジュースの味のアメだから……あ!カルピスもう一個あった!これにする?」
「はい」
それじゃあおじゃましましたー、とアメを配ったヨミくんは去っていった。カルピスのアメをもらったナナセがからころとそれを転がしているので、一応聞いとこうかな、と。
「ナナセって人見知りすんだな」
「んむ、ひてないですよ」
「どっからどう見てもしてたじゃん。めちゃくちゃ固かったし超他人行儀だったしそもそもいつもと声のトーン違ったし」
「そ、そんなことないですう……」
「ヨミくん怖くないよ。ヒノキのこと「心配」とか言う人だよ?普通こんなイかれ野郎からはみんな距離を置くもんだろ」
「読谷に心配されるほど抜けてない」
「ヒノキには喋りかけてないです〜話がこんがらがるのでアメ食べて黙っててください」
「まだ弁当残ってる」
「じゃあ早よ食え」
「うん」
「ていうかだって、あれ言わなかったし。ナナセって呼んでくださあい、ってやつ」
「……呼ばれる機会ないかと思って」
「はー?ヨミくんのことはこれからも呼ぶからな。ナナセがヨミくんに対して怯えててもそんなのか関係なく俺が喋りたいから呼ぶ」
「えっ」
「ごちそうさまでした」
真隣で固まってしまったナナセを上手く避けながらヒノキがお弁当を片付け終わった頃に、ようやくフリーズが解けたナナセが動き出した。せんぱあい!と両手を両手で掴まれて、勢いも力も強かったので振り払いたかったが、流石に捕まってから逃げるのは無理だった。俺がナナセよりも身長が高くてムキムキだったらこんなことにはならなかったはずなのに。くそ。一ヶ月に一回ぐらい同じことで悔いてる気がする。
「おれっ、あの、もし!もしもですよ!俺よりあのえっと、読谷さん?の方が上手だったら、俺取っ替えられちゃうってことですか!?」
「ですか?ヒノキ」
「取っ替えられちゃわない。二回教えるのが手間だから」
「だってさ」
「それほんとですか!?適当に誤魔化してません!?」
「大変。チューできそうなぐらい近い」
「えっ!?あっごめんなさい!それはそれとして!」
「今ので話終わっただろ、お前がヨミくんのことヤな理由って自分のポジションに昔収まってたからって以外になんかあんの?真面目眼鏡だから?優しすぎて詐欺師に思えるから?別にカルピスのアメ欲しくなかったのにもらっちゃったから?」
「ぜ、全部違います」
「じゃあもういいじゃーん。別に仲良くしろとか言わないけど俺はヨミくんと仲良しだからこれからも仲良くします以上、早く飯食い終わってこっち来てこれ見て」
「ごはん、あ!アメ食べちゃった!」
「バカ?」



「ヒノキは?」
「桔平?今日休みだよ」
「うわあいつマジでサボりやがったの……」
「休むって言ってた?」
「休むとは言ってなかった。他にやることがあるって言ってた」
「それ学校サボるって意味でしょ」
「ほんとそう」
ヒノキを呼びに来たのにいなかったので、ヨミくんの席の前の椅子に後ろ向きに座る。誰もいなかったし。背もたれに腕を引っ掛けてギコギコやりながらヨミくんを見てたら、全然こっちを見てくれなかった。なんでさ。俺用事なくなっちゃったから、暇なんだけど。まだ休み時間あるし。せっかく三年のクラスまで来たのにすぐ戻るのめんどくさいし。
「ねー、ヨミくん」
「ん?」
「ひま」
「うん。うーん、俺はちょっと忙しい」
「えー、構ってよ」
「んー……」
「ねえ!」
「あとでね」
マジで全然こっち見てくんないじゃん。参考書っぽいのを広げて、ルーズリーフになんか書いてる。なにしてんの?って覗き込んだら、勉強、と端的に返された。そりゃ見てれば分かるよ。
「宿題?」
「ううん」
「じゃあなにしてんのお」
「岸くん」
「んー?」
「ちょっとごめんね」
「ん?うん。ん?」
肩を掴まれて、くるりと反対向きにされた。されるがままに、ヨミくんに背中を向ける。首だけ後ろに向けようとしたけれど、後頭部を軽く押さえられていたので、やめた。
「なに?」
「ちょっとうるさいから」
「……えっ……」
「ここにいてもいいから、前向いててね」
「……………」

「……読谷?」
「うん?」
「……俺の席で泣いてる二年生、お前に用があるんじゃないの?」
「えっ?えっ!?泣いてるの!?」
「うん……ちっちゃくなっちゃってる……」
「岸くん!」
「……………」
「ご、ごめん!そんなつもりじゃなくて!」
「……………」
普通にめっちゃくちゃショック受けちゃった。後頭部を押さえていた手は、俺が静かになってすぐに離れたので、それも心にきた。うわマジでこいつほんといつまでもうるせえないい加減に黙れよクソガキと思われてたんだ、ヨミくんに怒られてる人とか今まで一度も見たことないしヨミくんのこと怒らせるつもりもなかったしなんならどちらかというと喜んで欲しくて話しかけてた寄りなのに見事に裏張り逆効果でただ不愉快にさせただけだったんだ、ヨミくんは優しいから言わなかっただけできっと俺のことなんか顔も見たくねえしなんだこいつ構ってちゃんの痛いやつだなうざってえな早く死んじまえってきっとずっとそう思われてたんだ、と思いはじめたら止まらなくなったので椅子の上で膝を抱えて丸くなり頭を埋めていたところを、この席の本当の持ち主に発見された次第なのである。泣いてない。ヨミくんにぺしぺし叩かれて、ごめんね!と揺すられて、ようやく顔を上げた。
「……ごめんなさい……」
「な、なんで岸くんが謝るの……?」
「ヨミくんの……あいえ……読谷さんの邪魔をして……もう二度としないので、許してください……」
「違うよ!別に邪魔とかじゃなくて、俺もいけなかったんだけど、あの、もうすぐ模試があって、俺結構志望校ギリギリだからあんま余裕とかなくて、だからその、岸くん!そんな顔しないで!」
「もう来ませんから……」
「うわーあー!ごめんってば!そんなこと言わないで!」
その後めちゃくちゃ甘やかされたので機嫌を直した。具体的に言うと、いつもは「虫歯になるからね」とかいう意味不明な理由で二個までしかもらえないアメを五個ももらった。ぶっちゃけアメはそんなにたくさんいらないのだが、何故かいつもカバンにアメの袋が入っているヨミくんが苦渋の決断と言った顔で「す……好きなだけ……取っていいから……!」と絞り出すのが面白かったので、五個もらった。あとは、予鈴が鳴ったらいつもなら絶対帰されるのに、今日は話を聞かなかった罪悪感が勝ったのか、本鈴が鳴るぎりぎりまで時計と俺を見比べながらそわっそわしまくってるヨミくんが見れたのもそれなりに面白かった。ほんとクソがつくほど真面目。こっちもそれが分かっていてどうでもいい話をだらっだらしていたのもあるけれど。ちなみに本鈴が鳴ったらその途端に「もう遅刻しちゃうから行って!三年の読谷に引き止められてたって先生に言うんだよ!」と、追い返したいのかフォローしたいのか不明な台詞と共に背中を押された。そして教室を出る直前。
「ヨミくん勉強がんばって」
「う、ぐぅ、うん、いや、うん」
「今の別に嫌味とかじゃなくて素直な気持ち。俺の心からの応援。ヨミくんがんばってえ」
「あ、そう?うん、がんばる!」
人の言うことを簡単に信じるヨミくんは、ぱっと明るく笑って握り拳を上げていた。



「斎藤くん、お肉食べなお肉」
「ぇう、はい」
「俺も」
「いづるはもう食うな」
「はー!?俺とヒノキ同じ枚数しか食ってないはずなんでそうしたいんだったらヒノキも今後一切肉食べれなくなりますけどそれでいいんですかねえー!?」
「斎藤くん、お肉」
「も、あの、もういっぱいお皿に」
「これも焼けてるからね。あ!ご飯食べる?おかわりする?」
「読谷それくれ」
「ヒノキには肉やるな!俺にちょうだい!
「斎藤くんにあげてるの!君たちは自分でやって!」
「ちぇっ」
「読谷はケチだ」
「ひ、おれ、俺もういらないです」
「ええ!?お肉だよ!?お肉好きでしょう!」「そんなにいいです、もういいです!」
「ええ……!?」
ヒノキとヨミくんが卒業して、俺が三年になって、ナナセが二年になった、夏。久しぶりにヨミくんと会おうと思ったら、ヒノキもヨミくんに用事があるって言い出して、じゃあ3人でいっかと思ってたら、ナナセが一緒に行きたいと駄々をこねたので、四人で飯を食うことになった。焼肉である。最初は俺と二人だと思っていたヨミくんが、奢ってあげるからね!バイトしてるから!なんて意気揚々としていたのだけれど、二人増えたのを受けて「そんなお金はないよね」と真顔で言っていたので、仲良く割り勘になった。ていうか俺そもそも奢って欲しいとか言ってないし。
そして、こういうみんなでつつく系の料理では率先して奉行役をやりたがるヨミくんが焼肉を仕切りはじめ、ナナセは自分から来たがったくせに相変わらずヨミくんに警戒して距離を置きたがり、そんな状況のナナセの食が進むわけがなく、ヨミくんがそれを心配して肉を食わせまくろうとし、用事とやらは大したことなくなんなら電話でもメールでも事足りる内容だったヒノキは開始2分で必要な会話を済ませ肉を食べる気満々になり、状況を制御できないので全部諦めてヒノキと同じく肉を腹がはち切れるまで食ってやろうと思っている俺、である。ナナセの「もういらない」に、信じられない、そんなことがあるはずない、と言いたげな目を向けているヨミくんが、衝撃を受けた顔をしながら器用に肉を返して俺とヒノキの皿にポイポイと適当に分けた。ナナセにあげる時と対応違くない?あとヨミくんもちゃんと食べた方がいいよ。ただでさえ弱っちそうなんだから。
「そういえば、桔平の半袖なんて久しぶりに見たかも」
「幻だから」
「ねー。吸血鬼だから陽の光が浴びられないとか適当なことみんなに言われてたよ」
「今まで聞くの躊躇い続けてたんだけど、ヒノキってやっぱいじめられてたの?」
「いじめられてはいないけど、誰とも喋んなかったからなあ」
「……俺だって暑ければ半袖ぐらい着る」
「制服は着なかったでしょ?見えちゃうから」
そうなのである。ヒノキはバカなので、いやバカではないんだけど変なところで思い切り良く暴走するので、高校在学中にタトゥーを入れているのだ。理由というか、きっかけらしいきっかけが俺の雑談だったらしいのが後から判明したので、人のせいにしないでくれと思った。けどまあそのせいで半袖が着れなくなって、あと日によってはワイシャツだけだと透けるから、クソ暑いのにも関わらずヨミくんにカーディガン着せられてたりした。流石に先生に見つかるとヤバいので、ヒノキも大人しく、されるがままになっていたっけ。ヒノキもヒノキで、ヤバい日があるって分かってるなら自分のカーディガンをロッカーでもなんでもおいとけばいいのにそれをしないから、冷房に弱いヨミくんが念のため常備しているやつを借りるしかないのだ。ちなみにヒノキよりもヨミくんの方が小さいので、だぼっとしてるはずのカーディガンがぴったりサイズになるのは割とウケた。
久しぶりに見るわー、とヨミくんがべたべたヒノキの肩から腕を触っているのを眺めて、なんとなく違和感を覚えた。前より範囲広がってない?気になってるの俺だけ?そんなわけはないので、本人に確認することにした。
「ヒノキこれ増えた?繁殖したの?」
「勝手に増えるわけないだろ」
「んなこと知ってんだよバカメガネ、冗談です冗談!分かんねーのか面白味のねえ奴だなだから友達0人なんだよ表情筋死に野郎」
「そうか。増やした」
「桔平、お母さんびっくりするからちゃんとそういうことする時は教えてあげなきゃダメだよ」
「ああ……忘れてた」
「もう。連絡しとくね」
「悪かったって言っといて。ここまで増えた」
「写真撮って送ろ」
「うん」
「俺も入る。イエー」
「はいチーズ」
ヒノキのお母さんとは面識があるので、律儀に半袖を捲って腕を見せているヒノキにべったりくっついてピースしておいた。無言のままのナナセがこっちをじっと見ながらもそもそと白米を食べている。そんなに居づらいなら来なければよかったのに。つーかなんでそんなヨミくんに距離置くのか未だに全然わかんないし。ちょっとは慣れろや。
そう思いながら肉を食べて、そろそろ帰ろっかとなった頃。壁についている荷物掛けに鞄を引っ掛けていたヨミくんが、立ち上がってそれを取ろうとして、先に立っていたナナセが気付いて手を伸ばした。
「どうぞ」
「あ!ありがとー、ごめんね」
「いえ……」
「こうやって改めて見ると、斎藤くんおっきいよね」
「え、と。そうですかね?読谷さんが小さいだけじゃ……」
「俺小さくないよ!桔平と大差ないでしょ!」
「あ、はい、あの、先輩の方が小さいですし」
「はァ!?俺とヨミくんそんな変わんないんですけど!」
「岸くんと俺は全然違う。全然違うからね、俺と桔平は近いけど」
「……別に読谷もいづるも変わらないだろ。俺とナナセだって同じようなもんだし……」
「そう言っちゃうと俺と先輩が同じぐらいってことになりますけど」
「あっなるほどね?そういうことだわ。納得した」
「岸くんの好きなように世界を捉えないで」
「俺とヨミくんが同じぐらいで、ヨミくんとヒノキが同じぐらいで、ヒノキとナナセが同じぐらいなんでしょ?全てがイコールで結ばれてるじゃん。もうそれはそういうことなんだよね。分かっちゃったな」
「分かっちゃってない!岸くんは一番小さいの!」
「読谷は身長のことになるとムキになるから面倒なんだ。ななせも、話を振るな」
「はあ……」
「本人に聞こえるところで面倒とか言わないでくれる!」
そんな感じで解散した。ナナセはヨミくんのことが好きじゃなくて、ヨミくんはナナセの世話を焼きたいけど、稀にナナセの方からヨミくんに絡むと、ナナセの性格が悪い部分が如実に出るから面白いんだよな。本人たちには言わないけど。
帰り際ぎりぎりまで「俺の方が岸くんより大分おっきい」とぶつくさ言ってたので、すげー根に持っててめんどくさくてめっちゃウケた。


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