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我妻さんは声が大きい




我妻家の人間は声がでかい。のかと思っていたのだが、約二名突然変異がいるだけで、特にそういうわけではないことが最近分かった。
「お茶を、ああ、コーヒーの方がいいかな?」
「ぁえ、いえ、どちらでも、あの」
「紅茶とコーヒーならどっちがいい?」
「え、と……」
「コーヒーで」
「そう。宮本さんは?」
「……じゃあ、同じので……」
「待っててね」
にっこりと微笑んで台所の方へ行ってしまった背中を、ベースくんが何故か死にそうな顔で追っている。今の会話に何をそんな苦しむことがあったんだ。いつものことながら毎回理解できない。
ボーカルくんに線香あげるついでに実家にも顔を出して挨拶するのがなんとなく恒例になってから、しばらく経つ。ほんとにボーカルくんの親か?と思うくらい態度が落ち着いている父親と、親切で優しそうな母親。あと、声がでかい妹。時々登場する兄。湯気を立てるカップを出されて、夜ご飯召し上がっていくでしょう?と穏やかに問いかけられ、特に首を横に振る理由もなかった。それも恒例になってきているものだから。
「てめえゴラよこみねー!!!」
「やばいやばい」
「日本語理解しろこのアンポンタン!待てバカ!」
「あら。利香子、走らないの」
「だってこいつ数数えらんないんだよ!もう肉体に教え込むしかないよ!」
俄にどかどかと足音が鳴り響いたかと思うと、ギターくんが逃げ込んできて、その背中を掠めるぐらいの近さにボーカルくんの妹の手が擦り抜けた。めちゃくちゃ追われている。なにしたらこんなことになるんだ。埃が立つから走らない!ともう一度言われた妹が、ベースくんの背後に隠れたギターくんを睨みつけている。一応何があったか聞いておこう。面倒だな。
「……なにしたんだ」
「おみやげにベースくんが持ってきたケーキひとつ食べた。味見で」
「はあ!?普通一つしかない味のやつわざわざ食べる!?あたし桃食べたいっつったじゃん!」
「えーでもさ、俺これ食べるよっつったらうんっつったじゃん」
「それは別の味だと思うでしょ!そもそも見てないし!」
「ベースくんにお願いしてもっかい買ってきてもらいな。ねっ」
「え、う、うん、また買ってくるよ」
「そうじゃないの!みやもとはまた買ってくるのが当たり前としても、勝手に食べて悪びれないこいつの態度が腹立つの!」
「だからごめんってばあ」
「もっと誠心誠意謝れ!」
ものすごくくだらない理由だった。めちゃくちゃどうでもいい。今すぐに吐き出せー!とでかい声を張り上げながらギターくんを揺さぶっているボーカルくんの妹のことは特に気にならないらしく、走らない!以降はのんびり温かいお茶を啜っていたボーカルくん母が、何事もなかったように言った。ていうか吐き出してどうするんだ?食ったものに関してはもう取り返しがつかないだろうと思うんだけど。
「理人がもうじき着くそうだから、そうしたら準備するわね」
「あ。りっちゃん通訳してね」
「自分で意思疎通しろ」
「だってー、奥さんもカタコトで申し訳なさそーに喋んだもん。かわいそうじゃん」
がくがく揺すられながら器用にこっちに向かって話しかけているギターくんはいいとして。ボーカルくんの兄は教師をやっているらしいのだが、その妻が外人なのだ。ヨーロッパ圏だったはず。詳しくは知らない。それで、日本語がまだ拙いところがあり、且つ英語の方が話しやすいということで、夫婦間の会話はほぼ英語だと言う話を聞いたのが確か前回会った時のこと。片言の伝わりにくい会話よりはいいだろうと相手に言語を合わせて適当な世間話を3人でしていたら、それをボーカルくんの妹に見られて、兄と同じ拡声器の声で吹聴された。それからというもの、ギターくんが「通訳してよ」と言い出したわけで。嫌だ。
「ぉ、あの、俺の分のも、食べていいから」
「はー!?数が増えたからって満足するわけじゃないんですけど!」
「ぃたっ」
「しょうがないから食べるけど!」
「……痛い……」
いつのまにかギターくんは解放されていたし、親切心で自分の分を譲ったベースくんはどつかれた。足音も荒くキッチンの方へ戻っていった妹が、再びどかどかと戻ってくる。些か強めにテーブルへと置かれた箱の中には、整然と並べられた個包装のパウンドケーキ。確かに一つ抜けてはいる。
「自分の食べたいの取って」
「やった」
「よこみねは無しに決まってんでしょ!」
「こんなにたくさんあるんだから一つくらいいいでしょう。欲張らないの」
「お母さんまでそういうこと言う……甘やかすのは良くない……」
「お父さん、どれにする?」
「最後でいい。先に選びなさい」
「えーじゃあー、みやもとの分もあるからー」
「利香子、お客さんが先でしょう」
「またよこみねに取られるじゃん!」
「分かったよー、2個あるやつにするよ。りっちゃんどれ?」
「これ」
「あっ待って!ぶどう1個しかない!ダメ!」
「うるさい」
「キャラメルとかにしてよ!好きでしょ甘いんだから、ほら!」
「返せ」
「年下に譲ってよ!」
「年上の言うこと聞けよ」
「ケンカしないでよお」


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