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我妻さんは声が大きい





「ギャー!」
「……………」
突然悲鳴を上げたボーカルくんがどたばたしながらこっちに逃げてきた。そのせいでうっかり変なボタンを押して、やたらと軽快なデモ音源が流れ出したので、とりあえず色んなボタンを手当たり次第に押しまくったら、あからさまなエラー音と共に止まった。ギターくんと二人で隣同士、椅子に座って大人しくなんか見てると思ったのに。どうして黙らせといてくれないんだ。パイプ椅子倒れたし。うるさいし。
「もう嫌!ぎたちゃんの詐欺師!」
「もっと疑いなよお」
「歩いてる途中で靴紐解けろ!」
「地味にやだなー、その呪い」
椅子に逆向きに座ったギターくんがあっけらかんとしてるので、恐らく大したことはしていない。毛を逆立てた犬みたいになってるボーカルくんが、我関せずを通そうとして荷物と一体化していたベースくんを引き摺り出してきて背中に隠れている。
「ぎたちゃんひどいんだよ!」
「ど、どうしたの」
「俺がホラー好きじゃないって言ってんのにわざと見せる!」
「だってさあ、見たくなかったら途中でやめればいいのに。ボーカルくんが止めないでって言うんじゃん」
「だって途中で止められたら中途半端で余計怖いし……」
「てゆかそんな怖くないよお。これだよ?」
「えっ、や、おれ、俺はいいよ」
「そお?じゃありっちゃんでいいや」
「巻き込まないで」
「どうせそれ今日中に使いこなせないでしょ。さっき変な音してたし」
「うるさい」
こないだ入った新しい機材だと教えられたからいじってるのに、邪魔しないでほしい。変な音がしたのは否定しないが。なんせ、音量ボタンを押したはいいけど、モードによって音量以外と互換性があるボタンらしく、表示されてる番号が永遠に送られて行くだけで音が小さくならないのだ。それで困ってとりあえず別のボタンを押したらあからさまな警告音が鳴ったので、どうにかなんとかならないかとさっきからずっといじっているわけで。いろんな音が出せますよ!と教えてもらったけれど、今のところ警告音か番号送りの電子音かデモ音源しか聞いてない。調べたら出てきた販促映像の、あのいろんな音は何処へ。もういっそ一回電源切ってやろうか。それで変な風になったらお手上げだ。
「なに。どれ」
「これ」
「画面が暗い。見づらい」
「それは仕方なくない?我慢してよ」
「ギターくんが暗く設定してんじゃないの」
「ホラー系の映像で画面めっちゃ明るいことないしょや……」
「それもそうか」
また充電ないとか言って暗くしてるのかと思った。見せられた画面は、まあありきたりといえばありきたりな、暗い感じの雰囲気ある場所でぼやっとした霊的なものが写って、お分かりいただけただろうか…?みたいなやつだった。お分かりいただけない。だって、どうせ作り物だし。自分が実際に目にしたならちょっとは信じようと思えるかもしれないが、俺は今まで生きてきて幽霊的なものを見たことがないし、周りに見たことあるってやつもいない。じゃあいないんじゃないのか、と結論づけるのが普通だと思うのだが。そう口に出せば、ボーカルくんに嫌そうな顔をされた。
「……人間の気持ちを理解できないロボットの考え方……」
「でもりっちゃんホラー映画とかは普通に見るよね」
「まあ。作り物として面白いから」
「ほんとにあったらどうしようとか思わないわけ!?」
「思ったことない」
「はー!俺だって別にお化けの話が怖いとかそういうわけじゃないんだけどもしも実際自分の身に起こったらどうしようか考えちゃうと無視するわけにはいかないなと思う今日この頃!」
「怖いんでしょ?」
「怖くない!ちょっとあんまり好きではないだけ!」
「ベースくんも苦手っぽかったけど。さっきの感じからして」
「う、うん……あんまり、得意では……」
「仲間仲間!」
ボーカルくんがベースくんの肩を組んでいる。苦手同士で仲間が増えても、何も得るものがない気がする。ていうか、ホラーでもグロスプラッタでも関係なしに周囲が暗いと寝るギターくんの方が、人間の気持ち理解できてないんじゃないかと俺は思う。
「ホラー苦手な人って、映像がダメなの?」
「俺はそう。文章読んでもよく分かんないし」
「……俺は、小説とかもあんまり……でも、映画も本も、つい見ちゃうんだけど……」
「怖いもの見たさで?」
「多分……」
「えー、べーやんの方が強いな。俺見たくないもん。幽霊のことは忘れて日々を送りたい」
文章を読んでもよく分からないというのは、想像力が足りないという理由ではなく、ただ単純に漢字が読めないからなのではないかと不安になったが、そこを突っ込むとまた面倒そうなのでやめた。「柳の下にぼんやりと女の幽霊が立っていました」って書いてあっても、一文字目から「これなんて読むの?」ってアホの顔してそうだ。ベースくんはちゃんと読めるしちゃんと想像して怖がりそうなので、多分製作側からしたら理想の客だろう。というか、怖いもの見たさの好奇心に負ける程度の恐怖なら、ホラー苦手とは言わないんじゃなかろうか。でも分かんないな。ベースくん、死にそうな顔しながら辛いもの食べてたりするから。苦手と好きと得意と被虐心がミックスジュースにでもなってそうだ。病院に行った方がいい。
ギターくんが、ベースくんに見えるように画面を向けた。さっきの映像を見せようとしているらしい。
「あんまり怖くないよ。血とか出てないし」
「……じゃあちょっとだけ……」
「べーやん!ダメだよ!寝れなくなるよ!」
「で、でもドラムくんは、顔色ひとつ変えてなかったし……」
「どらちゃんは目の前に死体が転がってても同じ顔しそうだから信用しないで!」
「目の前だったら流石に邪魔だなとは思うわ」
「ほらあ、感想が「邪魔」だよ?そんな人間の言うこと聞いちゃダメだよ。目もヤバいし」
「ううん……」
「ボーカルくん次から振り仮名無しだから」
「べーやんに全部聞くからいいですう」
「でもりっちゃん確かに、目の前にお化け出てきてもびっくりしなそーだよね」
「……突然出てきたら驚きはするけど」
「だってさ、なんかお化けって濡れてたり汚れてたりするじゃん。それに先にやな顔しそう」
「ああ。それは嫌だ」
「マジで……?目の前にいるの幽霊なんだよ……?」
「急に出てきたかと思ったら得体の知れないもんで汚されるのとか、迷惑以外の何者でもないだろ」
「汚れるとか以前に祟られるとか呪われるとかあるじゃん!」
「ボーカルくん。りっちゃんにとってそういう目に見えないものは無いのと一緒なんだよ」
「頭おかしい……」
震えながら指をさされたので逆さまに曲げておいた。おかしくない。


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