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我妻さんは声が大きい



「だあってべーやん負けたじゃん!今更ヤダとかナシとか言わないでよ!」
「うお」
突然ボーカルくんのバカでかい声が響き渡ったので、びっくりしてしまった。肩がびくってなっちゃったじゃん。別にいいけども。
じゃんけんで負けたりっちゃんがコンビニに飲み物買いに行って、俺はちょっと疲れたからスマホいじりながらだらだらしてて、ボーカルくんとベースくんはなんか喋ってたと思う。俺がぐてってしてるの見て、ベースくんが気ぃ使ってくれてたのは知ってる。だからボーカルくんも静かだったんだけど、限界が来たらしい。なんかばたばたしてるから、気になってそっちを覗きに行った。
「なにしとん」
「ぎたちゃん!べーやんずるっこいんだよ、暇だったからあっち向いてホイしてさあ、勝った方の言うこと聞くって言ったのに聞かないって言うんだよ!」
「だって、あのっ、なんでも言うこと聞くとは言ってない」
「はー!?俺別に無茶言ってないんですけど!面白いからやってみてっつっただけじゃん!」
「っで、でも、俺なんかおもしろくないよ、絶対」
「面白いよ!は!?知らねえの!?べーやん相当面白いからね!?ねえぎたちゃん!」
「うん。あ、や、うーん」
うっかり即答で頷いてしまったら、ベースくんがめちゃくちゃショック受けた顔してたので、誤魔化しておいた。ベースくんもおもしろいけど、ボーカルくんもかなりおもしろいけどな。どっちもどっちだよ。
なにをやらせようとしたのかと思ったら、いつもと違う口調で話してほしかった、と。なーんだ、それだけか、と思ってしまったけれど、ベースくん的にはそれだけでは済まないらしい。そんなの全然つまんないよ、別のことにしようよ、とボーカルくんに交渉している。ボーカルくんは拒否られると燃えるタイプらしく、ベースくんがそういう度に「嫌だ!」「絶対やってもらう!」って言ってるけど。下手にやりたくないとかなんとか言わないで、なんとなく話を合わせた方が早い気がする。
「えーじゃあ、どんな感じで喋ってほしいの?ベースくんに」
「どんなっていうか、んー、もっとこう、乱暴にしてほしい」
「ら、乱暴に……?」
「そう。どこ見てんだコラ!みたいなこと」
「あー、言わなそー。見たいかも」
「でしょ。ほらべーやん、ぎたちゃんも見たいって」
「ぃ、いやだよ……」
「イヤとかじゃないんだよ!べーやんは負けたの!俺に!だから言うことを聞くの!」
「言ってみて。ちょっと見たい」
「どこ見てんだコラ!はい!」
「ヒィッ」
ボーカルくんの声がでかいから、ベースくんが耳を塞いで目をバッテンにしている。確かにベースくん、いつもこう、おどおど?あわあわ?って感じだし、温厚と苛烈だったら確実に温厚寄りだし。いや酔っ払ったら大爆発するのは知ってるから一概に「この人は温厚です」とは言い難いんだけど、でもノーマルモードのベースくんは基本穏やかなわけだから。声を荒げて怒ることとかあるんだろうか。なさそー。そしたらまあ、見たいよね。
「じゃあもっとチャラついた感じでいいよ。ヤンキー風じゃなくて」
「ど、どういう……」
「テンションあげぽよ〜みたいな……」
「ボーカルくん古くない?」
「古いの?今時のギャルはもう言わないの?」
「その聞き方がちょっとおじさんぽい」
「ぎたちゃんよりちょっと年上なだけなのにそんなこと言う?傷ついたわ」
「ちょっと……?」
「あ!今べーやん疑問持たなくていいとこに持った!べーやんの方が年行ってる癖に!」
「そ、っそんなに違わない」
「ベースくん、あげぽよって言って」
「……いやだ……」
「えー、言ってよー、見たいよー」
「いいじゃん減るもんじゃないし!春はあげぽよ!」
「はっ、春は曙だよ」
「知っとるわ!馬鹿にすんなよ!」
「だってボーカルくんバカじゃん」
「そうだよ!でも春があげぽよではないことぐらいは知ってんだよ!」
「ベースくんがあげぽよしないとボーカルくんが一人で若いふりして可哀想だよ。早く言ってあげて」
「ぇ、ええ……?」
「じゃあかれぴっぴとかももう言わないの?」
「や、知んないけど……俺今時のギャルじゃないし……」
「でもこの中だとぎたちゃんが一番今時のギャルに近いよ」
「近いの年だけじゃん」
「もーいいよ!ほらべーやん真似して、うぇいうぇい〜」
「うえ……」
「もっと元気に!おねーさんかわいいね〜!」
「そ、そういうのは、よくないと……」
「うるさい!いいから真似して!車乗ってく?何もしないよ〜送ってくだけ!マジマジ!」
「……、く、くるま……?」
ボーカルくんのやってるそれも全てにおいてなんか違う気がするけど、まあいいか。ほらもっと声出して!元気に!そんなんじゃ誰も来てくれないよ!つっかえないで!とボーカルくんがでかい声で圧をかけているので、力技で押し切られたベースくんがつられてだんだん大声になり始めた。チャラ男のナンパを通り越して一周回ったらギャルに結局戻ってきてるし、時々「いらっしゃいませ」が混ざるので若干居酒屋っぽい。ていうかベースくん、大きい声とか出せるんだ。酔っ払ってる時は声でかいから以下略。さっきと同じ。
「どしたの今日元気ないじゃーん!上げてこ上げてこ〜!はい!」
「ど、っどしたの今日、元気ないじゃんっ」
「もっとおっきい声で!べーやんぴっぴ元気少ないよ〜!」
「う、うう、帰りたい」
「我に返るな!ぎたちゃんなんかない?」
「えー、んー、とりま生行っちゃう〜?」
「と、とりま生行っちゃう〜……?」
「てゆかマジあいつのせいでサゲなんですけど〜!」
「ぇ、えー、どしたの〜……?」
「……おお……」
「え〜てゆかべーやんネイルいいじゃん〜マジちょーかわゆしなんですけど〜、あ!店員さん呼ぼ」
「!と、とりま生行っちゃう〜?」
「んはははは」
「行っちゃう行っちゃう〜!」
そんな「進研ゼミでやったところだ!」みたいな顔されても。突然すげーウケちゃったからお腹痛い。そして、ベースくんがボーカルくんの似非ギャル語を吸収して会話が通じるようになってきている。頭がいいとこんなこともできちゃうんだな。感心した。ベースくんの目は完全にラリってきてるけど。ちなみに今時のギャルがこんな話し方をしているのかは全く知らない。そもそも見た目が男二人なので混乱する。おもしろいけど。
「こないだ元カレにヨリ戻そうとか言われて〜もう終わってるって言うかマジ無いって感じだし〜そもそもあっちが先に二股かけたってゆーか?」
「ぇ、え〜それはマジやばくない?そんなのあり得なくない〜?」
「ただいま」
「あ、りっちゃんおかえり」
「あ〜!ドラムくんぴっぴおかえりっ、遅かったからマジ超心配したし〜!」
「……は?」
「……………」
「俺別にどらちゃんにまでそのモードで行けとは言ってなくない?」
「んぐっ……くっ……ふ……っ」
「ほら。見て。ぎたちゃんが死んでる」
死んではいない。失礼な。ちょっと笑いすぎて息ができなかったのと涙が止まらなかっただけだ。ギャル(偽)のまま笑顔でりっちゃんを出迎えてしまったベースくんの、事態に気づいたやべー顔もそうだけど、完全に虚を突かれて茫然とぱちくりしているりっちゃんも相当やばい。そんなことある?あと一人だけ冷静に戻ってベースくんを売ったボーカルくんはずるいと思う。それはほんとずるい。ぽかんとしていたりっちゃんがようやくはっとして、やっと訝しげな顔になった。
「なんなの?」
「……………」
「俺とべーやんがギャルなの。でもそれは外に出さなくて良かったんだけど、べーやんがうっかりしちゃったの」
「んん……んんふ……」
「ぜんっぜん伝わって来ないんだけど」
「ふ……ごめんダメだ……ちょっと……」
「あ!逃げないで!ぎたちゃん!べーやんがピクリともしなくなっちゃったんだから!」
「ちょっとほんとに……今すぐこの場を離れたい……これ以上おもしろくなったら俺……」
「ボーカルくんの意味分かんないからギターくん説明してくんない?」
「ぃいひっ、りっちゃんごめ、んふふ」
「は?」
りっちゃんに真顔で説明を求められたのでつい笑ってしまった。俺にだって説明なんか無理だよ。ボーカルくんの言葉の足りない説明で理解してくれ。ベースくんは今日はもう使い物にならなそうだし。

結局その後は全員ぐだぐだになったので、ロクに何もできず解散した。



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