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おはなし





「新城さんってなんでも作れるんですか?」
「……まあそれなりには?」
「……………」
「……え、なに?」
真顔でじっと何かを求められている。心は読めないので、言葉にしてほしいんですけど。
明日は一日オフなので、全く気にしなくていいものが食べたくて、めちゃくちゃにんにく入れた餃子とかニラたまあんかけとか、中華メインにあれもこれもとたくさん作った。そしたらまあ我ながら作りすぎたと思ったので、ダメ元で町田くんに連絡した。今ドラマ撮影中ってこないだ言ってたから無理じゃね、なんて中原くんの言葉に、そうだよねえ、と頷きながら送信した写真と「食べに来ない?」に、2秒で「行きます」と返信がきて、1時間ちょっとしたらピンポンが鳴った。こんばんは!先にシャワー貸してください!と元気よく我が物顔で風呂場に直行して、割とすぐに出てきたので、スピード感に全くついていけなかった。呆然と見ちゃった。若干湿った髪の毛のまま首にタオルをかけて、ほこほこしながら椅子に座って手を合わせる。当然のように着てるそれ、新城さんの部屋着なんですけど。脱衣所にあったストックから勝手に抜いたらしい。いいけどさ。
「いただきまーす」
「なにしてたの?」
「ジムにいました。汗くさいかと思って」
「シャワー浴びてきたらよかっただろ」
「お腹空いてたんすよ!もう家まで帰るのもどうかってくらい!うわこれうま」
「……俺も風呂入ろ」
大きな欠伸をした中原くんがぺたぺたと歩いて行ってしまった。ちなみに現在時刻は夜十時半である。俺が帰ってきたのが七時、夜ご飯食べ始めたのが八時半過ぎ、町田くんに連絡したのも同じぐらいの時間で、着いたのが十時ちょっと前なので、然もありなん。明日の仕事は?と聞けば、昼から撮影、だそうだ。見ていて気持ちいいくらいもりもり食べてくれるので、ありがたい。
「なんか持って帰る?」
「え!いいんすか」
「うん。どうせ明日買い物行くし。あ、別のものがいいなら、適当に作れるのなら」
「じゃあお弁当にしてくださいっ」
「うん……うん?なんで?」
「明日の夜ご飯にします。ロケバスの中で食べるのに、明日夜まで撮影なんですよ」
「やだよ。どうせ君、新城さんに作ってもらいました!って言うでしょ」
「言わないからあ」
「どう見ても手作りのお弁当食べてたら変な噂立つよ」
「じゃあそうしたら新城さんに作ってもらったって言います」
「言うんじゃんか。嫌です」
「ケチ!新城さんのサイコパス」
「初めて言われた」
「嘘でしょ……」
箸落とすほどショック受けなくても。とりあえず炒飯をタッパーに詰めて、適当に炒め物やサラダも分けておく。これで大体片付くだろう。でかい肉が残ってしまったけれど、これは明日食べればいいや。油が思ったより胃に来る。年齢かな。中身はタッパーだけど一応お弁当包みにしてテーブルに置くと、隙間から覗いた町田くんが、残念そうな顔で首を横に振った。嫌なら自分で詰め直してください。それからお腹いっぱいになった町田くんがソファーでだらだらしながらぶちちゃんと戯れて、中原くんが恐らくお風呂を上がったらしいドライヤーの音が聞こえてきたあたりで、冒頭に戻る。
「なんでもって。なんか特殊な調理法とかは無理だよ」
「あ、そういうわけじゃなくて」
「あとスイーツ系も無理。得意じゃない」
「へー。器用なのに」
「枠組みからちょっとでも外れたらすぐ失敗になるのが無理」
「……なんかあ。料理名とか、分かんないんすよ」
「はあ」
「検索しても、これこれ!っていう写真が出てこなくて困ってて」
「どんなの?」
「からあげみたいな感じです。鶏肉揚げたやつ、でも衣に野菜が混ざってて」
「……えっ?どういうこと?」
「みじんぎりにした野菜が衣についてるんです。そんで、甘酢あんみたいな感じのが上からかかってて、別に酸っぱくはないんですけど、とにかく茶色っぽいあんかけです。あまじょっぱい感じの味でした」
「あんかけ?」
「ううん、からあげ」
「……それが食べたいの?」
「ばあちゃんがよく作ってくれてて。一昨年亡くなって、久しぶりにあれ食べたいねーなんて家族と話してたら、レシピ誰も知らないらしくて」
「ふーん……」
聞きながら、スマホを取り出してなんとなく検索してみる。それらしいレシピはいろいろあるみたいだけど、と見せると、これじゃない、それも違う、と首を横に振られた。
「これは?衣に野菜って書いてあるよ」
「すり下ろしじゃなかったんすよ。野菜の形は見えてました、にんじんとか」
「んー……あ、こっちは野菜見えてるよ」
「肉はからあげの大きさでした。これ、どっちかっていうとかき揚げみたいなことでしょ?」
「そうっぽいけど。うーん、ほんと該当しそうなものないね」
「だから困ってんすよ。それで、新城さんなら作れねーかなって」
「どうかな……そんな未知のもの……」
「なんでも作れるって言ったくせに!」
「いやそれ俺自分で言ってないよ。それなりにとしか」
「嘘つき!」
「環生を困らせるな」
「いった!いっ、血ぃ出てない!?」
お風呂から上がったらしい中原くんがなにか鋭利なもので俺の後頭部を刺した。とりあえず手を当てて流血してないことだけ確認してから振り返れば、構えていたのはコンセントだった。危ないな!
「ドライヤーから冷たい風が出る」
「冷たい風モードにしてっからでしょ……」
「してない。壊れた」
「絶対壊れてない。貸してみ」
「うん」
「あ!中原さん心当たりありません?」
これこれこういう感じので〜、と説明しだした町田くんだが、中原くんはそもそも料理自体をそんなにしないので、知らないと思うんだけど。全くできないわけじゃないけど、基本的なことしか身についてない、といった感じ。ドライヤーは、電源を繋いでみたら確かに冷たい風しか出なかった。切り替えボタンを何回押してもダメ。なんなら、焦げ臭い変な匂いがする。壊れちゃったんだな。明日どうせ買い物行くし、家電量販店かどこかで買ってこよう。今日俺が髪を乾かすことができなくなってしまったけれど、まあいいか。風邪さえ引かないように気を付けておけば。
「ごめん。壊れてた」
「それ俺食べたことある。小学校の給食で出てくるやつだろ?」
「えっ!?」
「えっ」
「……えっ?」
「ほ、ほんとすか!?これですよ!?衣に野菜がくっついてて、あまじょっぱいタレがかかってるやつですよ!?からあげのお肉は普通の大きさで、野菜はみじんぎりになってて、にんじんとか!」
「うん。多分」
「中原くんメニューの名前覚えてないの?」
「覚えてないけど……そんなようなからあげがあったのは覚えてる」
「からあげ好きな人舐めてたわ……」
「ていうかてめえ、やっぱり壊れてたんじゃねえか。絶対壊れてないとか言って」
「あいたっ、痛、ごめんごめん」
無視されたから無かったことになったかと思ったのに。ダメだったらしい。町田くんの隣にだらけた格好で座っている中原くんが、ばしばし蹴っ飛ばしてくる。
ていうか、意外なところから突破口が見えてきた。中原くん曰く、「さっき言ってたようなものが小学校の時に給食で出てきたはず」「自分はそのメニューが好きだったので取り敢えずほぼ間違いはない」「ただ料理名は流石に覚えていないし小学生の記憶なのであまり当てにはしないでほしい」ということで。町田くんの手には紙があって、どうやら言葉での説明に行き詰まって絵を描いたようだった。いやこれじゃ伝わらないよ。町田くん、絵あんま上手くないんだね。
「じゃあ新城さんが作って中原さんが味見して、より近いものを目指してください」
「え?味見は君がしたらいいじゃない。中原くんの好きな味にされちゃうよ」
「だって俺、明後日から新潟だし……」
「……次いつ来れるの?」
「二週間後ぐらい?楽しみにしてるんで!」
「……二週間後までに俺は町田くんの理想の、そのなんだかよく分からないからあげを、見つけ出さなきゃいけないの?」
「別に二週間後までとは言ってませんよ。楽しみにしてますねって」
「……なあ、じゃあ、明日から、毎日からあげってこと……?」
くいくいと俺の服の裾を引いて控えめにそう聞いてきた中原くんの目がきらっきらしていたので、もう何も言えなかった。



それからというもの。町田くんが言ってたからあげ(?)を作るべく、試行錯誤が始まった。野菜が大きすぎると普通に肉と絡まらないし、細かすぎると周りから焦げる。なんならからあげ本体よりも余程指定がふわふわしている「あまじょっぱいあんかけ」も、肉と合ういい感じの味に調整するのが難しかった。だってレシピないんだもん。こんぐらい?って中原くんに出すと、濃すぎるとか、もうちょい甘い方がおいしいとか、教えてくれるけど。
そう。ほぼ全部、中原くんが食べてくれているのだ。俺ももちろん食べるので半々ではあるけれど、からあげ好きな中原くんからしたら、味見をしない手はないわけで。幸いなことに、暇さえあれば改善して作っていたおかげで、町田くんに提供するからあげの作り方は完成したのだけれど、だからというかなんというか。
「……………」
「……なに?」
「……んや……」
太ったよなあ。この二週間で。別にぱっと見てわかる程じゃないんだけど、中原くんはそもそも肉付きが良くなかったのを、大学生以降俺が一生懸命肥えさせて今の形に持ってきたところはあるので、その立場だから余計に目につくだけだとは思う。別に太ったことが悪いとは言ってない。むちむちしてる方がエロいし。でもこう、完全にからあげのせいだよな、ってのが分かってるからなんだか微妙なのだ。太らせるなら太らせるで、管理したかった。
薄暗くした部屋の中、裸の肩に俺のパーカーを引っ掛けてようやく体を起こした中原くんが、若干不安げな顔で固まっている。ちなみに引っ掛けたのは俺。そういうところが見たかったからやった。いつものように俺が一人でべらべら喋りたてないから、警戒しているんだろうか。さっきまでぜえぜえしてたのがやっと落ち着いたとこで、俺は中原くんがひいひいしてるのをほっとくわけにも無理やり風呂場へ連れて行くわけにもいかないので待っている暇な時間に「太ったよな…」という感慨に浸っていたんだけど、それは確かに警戒されても仕方ないかもしれない。普段の行い的に。こっちに伸ばしかけていた手が引っ込められて、所在なげにこめかみの辺りを掻いた。
「……………」
「……中原くんちょっと」
「ん、ぇ?あっ、なに」
「……明日からしばらく油物禁止ね」
「な、なんで」
痒いというより何かを弄るような動きに、頭を引き寄せて指先のあった場所を見れば、ぷつりと膨れ上がった出来物があった。なぜ急にそんなことを言われるのか分かりません、ショックを受けました、と書いてある顔に、「なんか太ったし、吹き出物出来てるから」と告げるのも今はちょっと面倒で、口を噤んで宙を見上げる。
「……いいや。シャワー浴びよ」
「な、なんで油物禁止なんだよ」
「いいからいいから。野菜中心のメニューで体内から改善していこうね」
「は……?」
「抱っこする?」
「しない」
「じゃあ腰抜けてても手伝わないから、這ってでもお風呂場まで来てね。俺は先に行くから」
「……………」
ぶすくれた顔が可愛かったので抱っこした。やっぱ重くなったような気がすんだよなあ。お腹に肉がついたのかな。



「こんな感じになりましたけど」
「……こんな見た目でしたっけ?」
「それはもう知らないよ……町田くんの記憶の中にしかないもの作ってんだよ……?こっちは……」
「……………」
「中原くんは食べちゃダメ」
「なんで意地悪してんすか?」
「君のせいだよ」
「痴話喧嘩に俺を巻き込まないでください」
「マジでそういうんじゃないから。中原くんの健康を考えてのことだから。あっ食べたらダメだっつってんでしょ!」
「あいたっ」
「あー!新城さん叩いた!」
「……………」
こそこそと町田くんの後ろを回ってからあげに手を伸ばしていた中原くんの手の甲を叩けば、悲しげな顔で見上げられた。いや心痛むけど。ぽちってなっちゃったとこ、やっと治ったんだよ。今日はもうさっき俺が目を離した隙にたくさんつまみ食いしてたからダメ。つまみ食いのレベルじゃないぐらい食べてた。二度見しちゃったよね。禁止されると抗いたくなるらしい。気持ちは分からなくもない。
いただきます、と手を合わせた町田くんが、ぱくぱくとからあげを頬張っていく。町田くんの記憶の中のからあげに近いかどうかはさておいても、普通においしいと思うんだけど。我ながらいい感じにできた。レシピ本とか出しちゃおっかな。さくさくと二つ食べ終わったところで、町田くんがこっちを見た。
「おいしいです」
「でしょお」
「でも違います。ばあちゃんのやつとは」
「……もう町田くんのためには何も作らない。何も。絶対」
「でもおいしいんですよ!何が違うんだろうなー、なんか違うんですよ。野菜の種類が違うのかな」
「……ねえ?中原くん?俺頑張ったよね?」
「今のは町田が悪い」
「えー?そうすかね?」
何がどう違うのかは感覚的な問題らしく、上手く言語化できないようで、教えてもらえなかった。そんなことある?俺それなりに力尽くしたのに。「おいしいです。まあ違いましたけど」で終わりって。九割の確率で町田くんの味方をする、というより町田くんが悪い時でもちょっと絆されたら町田くんを庇って味方をするので俺の肩を持つことはほとんどないと言っていい中原くんが、お前が悪いと指をさしたので、この件に関して俺にもうできることはありません。なのに、指をさしていた中原くんに、ええー、と言いながら町田くんがからあげを摘ませたので、秒で寝返った。だからもう今日はたくさん食べたって言ってんじゃん!
「うまい」
「ビール飲みたい。ないんすか」
「ある。新城とってこい」
「中原さん飲めないじゃないですか」
「……おいしいサイダーがある。それ持ってきて」
「俺はビールがいいです」
全然言うことを聞きたくなかったが、中原くんが「取ってきてえ」とかわいく駄々をこねたので、冷蔵庫に向かった。



後日。町田くんから写真付きで連絡が来た。
「ばあちゃんちの近くのお肉屋さんにありました」と書かれた文を読んで写真を開けば、白い割烹着のような服を着た人の良さそうなおじさんと、ピースしてる町田くんと、その手にはからあげ。とろりとしたタレが絡んだそれはよく見るとみじんぎりにした野菜が衣に混ざっていて、パックにぎっしり入っている。これはどういう、と固まれば、すぐに追加で文章が送られてくる。
曰く、おじいちゃんに聞いたところ、おばあちゃんが昔馴染みの友人であるところのお肉屋さんで「やさいからあげ」というものを買ってきたのがそもそもの発端で、レシピも何もおばあちゃんは作っていないと思われるようで。じゃあ何故それがすぐに発覚しなかったのかというと、先日親族でからあげの話になった時におじいちゃんはその場にはいなかったり、おばあちゃん本人がそんなに料理を得意としていないことを恥ずかしがっていたのでおじいちゃんは愛する妻の苦手を隠すために一役買っていたり、おばあちゃんの友人は先代なので写真に写っているおじさんに代替わりする時にいろいろあってメニューからやさいからあげが消えていた時期があったり、といろいろな要因が重なっていたらしく。だから今度買っていきますね!と元気な声が聞こえてきそうな文字と、かわいいライオンのスタンプに、もう何も言い返すことができなくなって溜息をついた。そのまま返す刀で指先を動かして、スマホを耳に当てる。
「あ、もしもし?中原くん?今すごくもやもやしたから喋って。え?なんでもいいよ。なんでも……、や、黙んないでよ。あはは、今何してたの?え、俺?移動中。そお、車の……はあ、それは嘘でしょ。いや今日雨だし、洗濯はないでしょ……は?乾燥機?そうだけどさ、ていうか俺朝洗濯機タイマーかけて回してきたから……うん、んんふ、ふふ、いや、ううん。なーに、そんな隠すようなさあ、言えないようなことしてたの?えー?中原くんのえっち。あっ待って切らないで!ごめんて!嘘!うっそー!おちゃめなジョーク!家帰ったら土下座するから許して!わあー!」
「……許してもらえましたか?」
「……土下座は見る、許さないって……」
「余計なことを言うからです。ナカハラは私が幸せにします」
「絶対無理……」
運転席には武蔵ちゃんがいたので、全部聞かれてたし、鼻で笑われた。あー、荒んだ気持ち。



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