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おはなし



「はい!というわけでね、ここからの司会進行を務めさせていただきます、ゆうやけこやけの道端と申します!」
「お願いします」
ぺこりと頭を下げた清志郎くんと、拍手してくれてる明楽くん。御幸くんもそれを見て拍手してくれている。育くんだけアホの顔をして空を見ている。なんもないんだけど?ていうかカメラ回ってること気付いてない?俺の目線に気づいたらしい明楽くんが、育くんの背中を後ろ手に思いっきり引っ張って我に帰らせた。ねむたい、と欠伸混じりの御幸くんの声がする。一筋縄で行ってくれ、頼むから。
年が同じぐらいで割と共演経験があって趣味がアウトドアと公言しているから、という大変ざっくりした理由でオファーを受けた。企画内容を聞いて、プロの人に教えてもらった方が番組の趣旨に合うのでは…と思わなくもなかったし実際そう聞いたのだけれど、「上二人を司会進行の責務から解き放ってやってほしい」「このぐらいなら教師役がいなくてもなんとかなるし自由に泳がせたほうが面白い」とゴリ押しだった。まあいいんだけど。俺だけ仕事をもらったことで相方は「じゃあ俺はその日一日ゆっくりできるってこと?」と満足げだった。お前いつもゆっくりしてるじゃねえか。
ともあれ、今日は外ロケらしい。あれでしょ、土曜日の夜10時半からやってるやつ。本人たちにもどんな企画がいいかの希望を聞くミーティングは随時行われているそうだけれど、乗り気っぽい人が一人もいない。誰が提案したんだ、この企画。
「えー、キャンプを体験してみよう!ということでね。今が午前10時なので、夜まで皆さんに楽しんでもらえたらなと思っております」
「きゃんぷ」
「はい。キャンプです。やったことある人?」
「ない」
「ない」
「見たことはある」
「ある」
無い二人が清志郎くんと御幸くん。見たことはある、ということは要するに無いのが育くん。あるのが明楽くんだった。なんか分かる。ただ明楽くんも、子どもの頃だから流石に、ということで。スタッフさんが用意してくれたセットを指さして、口を開いた。
「まずはテントを張ってください。ここにあるので」
「うん」
「?」
「どうぞ」
「これ?」
「あ、立て方書いてあるよ。えっとね」
「……えっ?自分たちでやるの?」
「当たり前でしょ」
「みちぴ手伝ってくんないの?」
「俺司会進行だって言ったでしょ」
「無理」
「ほら、御幸が無理だって」
「お兄ちゃん二人見なさい。もう始めてるから」
「やだー!やだやだやだ、僕肉体労働したくない!」
「育ここ持って」
「ええー」
「御幸、こっち引っ張って」
「いやああ」
「じゃあ育でいいや」
1番の謎がこれだったのだ。絶対御幸くんは面倒くさがる。明楽くんと清志郎くんはお仕事に文句を言うことをしないので、真面目にやってくれるのはほぼ確定だが、逆に御幸くんは確実にこういうアウトドアを嫌がる。外ロケが嫌いとかいうわけじゃなくて、汗かいて疲れ果てながらなんか作り上げるとか、そういうのが好きでないだけだ。ちょっと知り合い程度の俺でもそんなこと知ってるのに、メンバーが知らないわけがない。嫌!と膝を抱えて丸くなった御幸くんを無視しててきぱきとテントを立てている明楽くんと清志郎くんと、言われた通りに言われたところを持ったり引っ張ったり嵌めたりしている育くんが、そう時間はかからずにテントを完成させた。30分ちょっとくらいしかかかんなかったんじゃなかろうか。手際いいな。大掛かりなものではなく簡易テントとはいえ、これはひとえに明楽くんの功績だろう。
「御幸の力なくてもできちゃった」
「ていうかなんでキャンプなの!僕はちゃんとマリエッタちゃんに会いたいってミーティングの時言った!」
「それはお前のやりたいことだろ」
「御幸それしか言わないし」
「いいじゃない、キャンプ。こんなこと滅多にできないし、楽しいよ」
「誰発案だよ!バカ!」
「誰だっけ」
「俺」
「育のバカ!僕が蚊に刺されたら育のせいだから!」
「だってやってみたかったんだもん。なんか思ってたのと違ったけど」
「違ったのか?」
「俺がやりたかったのは、もっとこう、近くに川がざざーって流れてて、バーベキューしたりとか、そんでー、川で遊んだりするの。あとね、焼きそばを食べてた。とうもろこしも」
「バーベキューかあ。いいね、おいしそう」
のんびり賛同する清志郎くん。ていうか、なんか育くんが言ってるの、一つ心当たりあるんだけど。確か我妻くんもちょっと前に川でバーベキューやったっつってた。それもなんかの収録で、そんで育くん確か我妻くんたちのバンド超好きだったはず。完全に点と点が太めの線で結ばれてしまったけれど、俺が言わなければ誰も解らなさそうなので、黙っておこう。やりたくないと拗ね散らかしてる御幸くんが、ふてくされたまま一応話を聞く体勢はとってくれた。
「えー、まずお昼ご飯ですね。移動します」
「このテントは?」
「後でご飯食べる時戻ってくるんで」
「僕ここで待ってる」
「こら。来なさい」
「いやあ」
「どこ行くの?」
「お昼ご飯なんだろうな」
自由か!めっちゃそれぞれ話してる。御幸くんなんかテントの下から動こうとともしなかったから清志郎くんに引き摺り出されてるし。そして明楽くんはお腹が空いているらしい。まだ昼はちょっと早いけど。
移動といっても、テントを設置した場所から歩いて少しだ。ぞろぞろとカメラを引き連れて歩く中、育くんが俺の横に並んだ。
「みちぴキャンプ好きなの?」
「やったことはある。楽しい」
「へえー」
「……なあ、みちぴ呼びやめてくれん?」
「なんで」
「恥ずかしいから……」
「ファンの子には呼ばせるくせに!俺はダメだっていうの!?」
「みんなにもみちぴって呼んでくれなんて言ったこと一度もないから!」
「清志郎!みちぴのことこれからみちぴって呼んでね!そったら仲良くなれるから!明楽!明楽も!」
「やめろ!」
声がでかい。出会った最初は「道端さん」って呼んでたくせに、いつのまにどこから吸収したのか「みちぴ」呼びになったのは未だに許していない。迷惑をかけるなと明楽くんに窘められた育くんがしょんぼりしている。御幸くんの手を引きながら後ろを歩いていた清志郎くんが、少し恥ずかしそうに「えへへ、みちぴさん」とはにかんだのが、なんていうか、ずるいと思った。ずるくない?顔がいいって。俺今この瞬間「あっ本名みちぴにしよ」と思ったもん。清志郎くんがそういう顔するならこっちにもやり方ってもんがありますからね。ちなみに御幸くんは俺と直で喋ったことが一度もないので、今も黙ってじっと見ている。収録の時は喋ってくれるんだけど。人見知りなのは知っているし、相方が変人なので変な人には慣れてる。
「つきました!ここです」
「あ!魚!ほら魚そこほら!」
「育落ちるぞ」
「えー、この辺一帯、釣り堀になってるんですね。なので、時間内にここでお昼ご飯を調達してもらいます」
「……えっ?自分で?」
「そうですね」
「釣りするってこと?」
「そうなりますね」
「……僕釣りなんかやったことないんだけど」
でしょうね。御幸くんが、苦虫を噛み潰した顔をした。この中だと一番やったことなさそうだもの。期待を裏切らないでいてくれて嬉しい。魚!魚!とはしゃぎながら水際でしゃがんで指をさしている育くんが、お約束通りにバランスを崩して水に落ちかけたところで、係の人から説明を受ける。これはこう使ってこんな感じ。魚が餌に食いついたらこれをこうしてこう。などなど。
「では、制限時間は1時間です!みなさん頑張ってくださいね!」
「いっぱい釣るぞー!」
「俺は育が水に落ちないように見る。清志郎は御幸が逃げないように見てくれ」
「え、う、あの、うん」
「それじゃ。育、こっち来い」
「なに?明楽一人じゃさびしいの?」
「そう。育がいないとさびしくて無理」
「なにもう……かわいいんだから……」
釣竿を背負って飛び出していきかけた育くんを明楽くんが捕まえて、場所を移動するらしい。後で様子を見に行こう。ていうか、流れるように「育担当」「御幸担当」が決まったのが、長年面倒見てきてるんだなって感じがびしばし伝わってくる。さっきから清志郎くんは御幸くんのお世話してたし。動かない二人に目を向ければ、御幸くんがしゃがみこんで餌のにょろにょろをじっと見ていた。よくじっと見れるな。観察するなよ。何故か動かない清志郎くんを見上げた御幸くんが、口を開いた。
「で?清志郎これ大丈夫系の虫?」
「……無理系の虫……」
「だよね。明楽に言えば良かったのに」
「……明楽が育から目を離して、育が川に落っこちたらと思うと……」
「落ちたら落ちただよ」
どうも清志郎くんは虫がダメらしい。さっきなんか言い澱んでたのはそれでか。見るのも嫌なようで、御幸くんの手にある餌入りの箱からも目を逸らしている。まあ、俺もちょっとやだけど。にょろにょろしてるし。ちなみに御幸くんは「僕に害を成す虫は嫌い」「蚊とか蜂とか。蝉もうるさいから嫌い」だそうだ。ただにょろにょろしているだけなら、害にはならないらしい。そりゃそうなんだけどさ。そんな割り切れることある?見た目に気持ち悪いじゃんかさ。どこにしようかと釣れそうなポイントを探している二人にとりあえずついていく。ただ待ってるだけってのも暇だしな。
「この辺でいっか。餌つけてあげる」
「……ありがとう……」
「いっぱい釣って、明楽と育びっくりさせてやろ」
「……御幸?」
「ん?はい。つけれた」
「……この、ここにいる魚は……みんな、このにょろにょろを食べて、大きくなってるってこと……?」
「さあ?普通のもあるんじゃない。人工的なやつ」
「で、でも、釣り上げる魚はみんなこのにょろにょろしたやつを食べて、それで釣られてるってことだよね?」
「清志郎、後でお魚食べれなくなるからそれ以上考えんのやめな」
「うん……」
「お腹の中綺麗にしてくれるから大丈夫だよ」
「そっか。そうだよね」
「そう、あ!なんか、なんかなってる、引っ張ってる!どっ、やだ、助けて!」
「えっ!?あっ、網!?みゆ、んんん、もっとこっち引っ張んないと届かないよう」
「無理だって!そんな引っ張ったら糸千切れちゃうよ!」
「じゃ、じゃあダメだ、なんだっけ?どうするって言ってたっけ?あっ!みちぴさん!助けて!みちぴさん!」
せっかく気配を消してたのに悲鳴と共に助けを求められて、困ってます全開の目で縋られたので、うっかり手伝ってしまった。清志郎くんの困った顔、破壊力半端ないな。同じ系統の逆らえない顔シリーズには、御幸くんの拗ねた顔や明楽くんの残念そうな顔などがある。番外編の逆らいたくない顔シリーズには、真顔の育くんがある。そんなことは置いといて。
ともあれ1匹無事に釣り上げたのだが、二人はなぜかこれを「みちぴの分だから」と自分たちの取り分にしようとしなかった。確かに言ってしまえば釣り上げたのは俺だけど、竿は御幸くんのだし、なんならちびっこいからチュートリアルってことで大目に見てもいいような気もするけど。変なとこ真面目だな。好感度が上がった。
次は明楽くんと育くんの方へも行ってみよう。スタート地点から、清志郎くんたちとは逆方向に進んだらしい。大きめの石を渡って反対岸にいた。こちらも1匹釣れたようで、育くんがバケツの中を誇らしげに見せてくれた。大きさで言ったらこっちが勝ってる。
「明楽が釣ったんだよっ」
「……育くんではなく?」
「うん。御幸と清志郎よりいっぱい釣ってびっくりさしてやるんだー」
あんまり嬉しそうだから自分で釣ったのかと思ったのに、違かったらしい。ていうか御幸くんと同じこと言ってる。さすが双子。この場合の双子というのはリアル双子ということではなくシンメの尊さを表すために用いられる「双子」である。何を言っているんだ俺は?
「道端さん」
「どうですか?」
「コツとかありませんか。なかなか上手くいかなくて」
「みちぴだってば」
「コツですかあ……」
「魚がいるところに向かって投げても逃げられちゃうんですよ」
「ねえ明楽、みちぴ」
「もうちょっとあっち側に狙ってみるとか。流れもあるんで、ちょうどいいところを通るのを探してみたらどうでしょうね」
「なるほど……ありがとうございます」
「みちぴ!」
「やかまし」
「ぎゃああ」
ちょろちょろしている育くんの顔を掴めば、悲鳴を上げた割に楽しそうだった。かまって欲しいだけか。子どもか!ていうか育くんは全然釣りしてないけどいいんだろうか。明楽くんに止められたとかかな。危険だからっつって。疑問に思ったので素直に聞けば、違うよー、とにこにこしながら首を振った育くんが言った。
「だって全然釣れないんだもん。飽きた」
「……………」
子どもの方がもうちょっとマシな集中力してる。

時間になって。蓋を開けてみたら、御幸くんと清志郎くんが二人で協力して5匹、明楽くんが3匹だった。育くんも「俺が釣った」と2匹見せてくれたが、果たして本当かどうか。明楽くんに釣り上げるとこだけやらしてもらったとかじゃないだろうな。疑わしい。ほんとに自分でやったの!とぷんすかしていたが、さて。
計10匹、均等に分けても一人頭2匹は食べられる計算なので、割は良いだろう。さっき立てたテントまで戻ってくると、バーベキューキットが置いてある。用意は自分たちでどうぞ、ということだろう。
「魚の下処理ですが、誰がやりますか?」
「……それも自分たちでやるの……」
「清志郎は無理だって。僕もやだ」
「俺がやるよ。御幸、手伝ってくれ」
「やだってば」
「いいから」
「あああ」
明楽くんが魚と御幸くんを引っ張って行った。何故メンバーチェンジ、と少し不思議に思ったが、理由はすぐに分かった。残された二人は、バーベキューの準備を任されるからだ。組み立てたり火を起こしたり、御幸くんは尚更嫌がるだろう。采配がすごい。明楽くん、前世は軍師か何かですか?
魚の方について行っても、俺は料理とかさほどできないし手伝えることもないので、ここに残ることにした。網はどっち向きだろうか、ここにこれを嵌めるんで正解だろうか、と試行錯誤しながらグリルを組み立てている清志郎くんと育くんがちょっと面白い。聞かれたことにだけ答えていたら、特に手を出さなくても完成した。要領がいいんだな。
「ええと、そしたら、火をつけなくちゃ」
「あ、俺やる」
「育やけどしちゃうでしょ」
「しないよ!つーかみんなして、俺のこと何歳だと思ってんだよ!」
「ごめん」
「子ども扱いしやがって!」
育くんがご立腹なのはいいんだけれど、手に持ってるそれ、着火剤じゃなくて炭そのものだけど。それじゃないです、とスタッフに声をかけられた育くんが、でも俺が見たバーベキューでは火の場所にこれがあった…と不思議そうな顔をした。そうなんだけどね。いきなり直じゃ、火つかないと思うのよ。難しいね。育くんが、教えてもらった通りに手袋をつけてから、着火剤に火をつけて。
「あっつ!あつ!あつい!」
「だから言ったのに!」
「手焦げた」
「大丈夫だよ……手袋してるし……」
お約束の女神に愛されてるんだろうか。想定よりも着火剤が勢いよく燃え上がったので、手袋越しに手が焼かれていた。今更になって打ち合わせの時の「泳がせておいた方が面白い」に深く頷きたい気になった。薪を組んで火が移ったら、準備完了だ。椅子や机を開いて、飯盒を火にかける。一先ずできることは終えたあたりで、二人が帰ってきた。
「清志郎、お腹の中綺麗にしてきたよ」
「ありがとう……」
「腹減ったな」
「ほんとだよー、早くお魚食べよ」
「みちぴさんも食べましょ」
「え、いや、俺はお弁当あるんでいいですよ」
「でも10匹いるからみちぴの分もあるよ」
「みんなで分けてください」
「いいからいいから」
「あの」
「明楽、これ塩かけて焼くんだっけ」
「そう。そんなにかけなくていいって」
「え?」
「雪みたいになっちゃったじゃないか。御幸これ食べろよ」
「しょっぱそう。嫌だな」
「俺は」
「ご飯なんかぶくぶくなってる!」
「育!またやけどするから触らないの!」
ゴリ押しの上、無視された。椅子は四つしかないので、これは完全にスタッフさんも想定外だと思う。慌てて予備の椅子を持ってきてくれた女の子に申し訳なく思いながら、どたばたやってる四人を見る。こうやって見てると完全にテレビの向こう側なんだけどな。今から俺はアイドルが作ってくれた昼飯を食べるらしい。嘘でしょ。胃から浄化されて死ぬ。
「はいみちぴ!お魚とご飯!」
「ありがとう」
「御幸、ご飯もっと食べな」
「いらない」
「おこげやろうか」
「いらない」
「俺おこげほしい!」
「育のとこには最初から入れてあるから……」
「おいしい」
「うん。うまい」
「おいしいねえ」
「どれが自分が釣ったやつだか分かんないね」
「どれでも味は一緒だろ」
「明楽すぐそういうこと言う……」

少し遅くなってはしまったが、昼ご飯も食べ、みんなで片付けもして。こう言っては何だが、四人がスタッフの手伝いをしてバーベキューの後始末やゴミ捨てに参加しているのには、少し驚いた。普通こういう時って、スタイリストさんにいろいろ直してもらったりだとか、車の中で休憩してたりだとかするもんだと思ってたから。芸人はこう、手が足りないからって手伝うこともあるけど、彼らはアイドルなわけで。カメラが回っている間はあれだけぶーぶー言ってた御幸くんですら、特に文句も言わずゴミ袋を持ってキャンプ場のゴミ捨て場へと自分で向かっていた。こういうところが好感度が化け物みたいになる基盤なのだろうな。しっかり教育が成されている。育くんが網を洗う時に水を思いっきり跳ね飛ばしたので、着替えた。
「さて!夕食をかけてみなさんにはクイズに挑戦してもらいます!」
「みちぴ恩を仇で返すじゃん」
「キャンプ関係なくない?」
下二人がぶつくさ言っているが、これはもともと台本で決まっていたことなので、仕方ないと思ってください。
クイズに正解したら食材ゲット。不正解なら無し。至って簡単なルールである。本当は川下りのアクティビティが体験できるはずだったのだが、先日の大雨による増水のせいで決行不可になってしまったのだ。山の中を散策することもできたのだが、それも地盤がぬかるんでいるので無理。よって可もなく不可もないクイズ大会となった。この説明は後々ディレクターか誰かから聞いてもらおう。俺がここで説明することでもないし。
「全部で五問、一問目から四問目までは一人ずつ答えてもらいます。五問目のみ全員参加でのクイズとなります。順番はどうしますか?」
「どうしよう」
「問題が分からないんじゃ決めようがないな」
「育はどうせ不正解だから最後にするのやめようよ。きっと最後の方にいいものがもらえると思う」
「御幸だって漢字読めないくせに!」
「読める。育よりマシ」
「なんだと!」
「やめろ」
「こら。喧嘩するな」
「じゃあ俺が一番最初にやります。次が育にしよっか」
ということで、清志郎くん、育くん、明楽くん、御幸くんの順番になった。誰に対してこの問題を出してくれ、という指示はないので、一問目と書いてある問題を素直に出せばいいんだろう。フリップもあるし。他の人たちは答えないでください、ヒントもダメ、とルール説明の時にはあったが、この仲良し四人組にそれができるかどうかが見ものである。絶対口を挟んでくるのを我慢できないと思うのだが。
「一問目、にんじんゲットの問題です」
「にんじん?」
「僕らのこと馬に見えてるんじゃない」
「清志郎くんは三百円を持ってお買い物に行きました。百円、四十円、六十円のお菓子を買って帰りました。さて、お釣りは何円でしょう?」
「百円!」
「育くんは静かにしててください」
「はーい。でも絶対正解だよ」
「違うって……三百円だよ?育バカだな」
「三百円から二百円引いたら百円だろ!御幸のがバカ」
「静かにしろ」
案の定黙ってられなかった育くんと御幸くんが明楽くんに黙らされている。回答者を隔離するシステムとかないんですか?これ。ないですよね。スタッフの失笑に「こうなることはわかってましたよ」って書いてある。困ったように笑っていた清志郎くんが、手を上げた。
「お釣りはなしです」
「なんで!清志郎引き算できなくなっちゃったの?」
「三百円持ってたけど、多分その買い物なら俺、百円玉二つしか出さないと思うから」
「……はっ……」
「だから言ったじゃん。バカは育だったね」
「……ぐう……!」
ものすごいしてやられた感があるけど、多分咄嗟に考えたら育くんと同じところで引っかかって、冷静になれば清志郎くんと同じ答えが出るはずの問題なので、こうなることは容易に予想できた。育くんめっちゃ悔しそうだけど。そんなことある?次の問題、ちゃんと答えられるだろうか。
「ちょっとずつ問題は難しくなりますからね」
「二問目はダメかもな」
「なんで明楽そういうこと言うの……」
「希望薄でしょ。ね、清志郎」
「うーん……」
「二問目はお肉です。正解したらお肉ゲット」
「はあ!?」
「なんで!」
「絶対無理なのに!?」
「僕たちに肉食べさせないようにしようとしてるでしょ!」
「そんなことはないです」
「意地悪!鬼!」
「見損なったぞ!」
「無理……絶対無理……みんなごめん……お肉食べれなくてごめん……」
「育!諦めないで!まだ問題もわかんないんだよ!?」
「では問題です。こちらのフリップをどうぞ」
フリップには、円周が15.7センチと書かれた円がある。あと、円周率は3.14とする、という文章。半泣きの育くんに、フリップの円を指差して言った。
「この円の直径を求めてください」
「育になんてこというんだ!」
「人でなし!」
「育がそんなの分かるわけないでしょ!」
「直径ってここのこと?」
「そう」
「それは知ってるんだ……」
「定規で測ったら分かる」
「そういう問題じゃないよ」
「……さっきみたいに引っ掛けのなぞなぞってことはないか?」
「ないでしょ……普通に算数の問題だよ」
「育分かる?」
「わかんない」
「メンバーチェンジを求めます」
「ダメです。小学生で習いますよ、円周の求め方。絶対解けます」
「円周の求め方が分かったら直径も分かるの?」
「そうだよ?円周の求め方は掛け算だから、割り算に変えると分かるようになるからね」
「清志郎くん!優しい感じで大ヒントを与えないでください!」
「円周の求め方もわからない育のこと舐めないで」
「あんなんじゃヒントにならない」
明楽くんと御幸くん、庇ってるようだけどものすごい馬鹿にしてるな。一応真剣な顔で、もらった紙に向かってペンをちまちま動かしてはいるけれど、どうだろうか。でも、円周も出てるしなんなら円周率も書いてある、清志郎くんからの「割り算に変える」という極大ヒントも出ているので、もう二つの数字を式に当てはめて計算してみるだけだと思うんだけど。一生懸命考えているらしい育くんを、ハラハラしながら後ろで見守る三人。他のクイズ番組とかでも、育くんはあんまりお勉強真面目にしてこなかったんだろうなって感じなのは見て取れたけど、ここまでとは。しゃがみこんだまましばらくちまちまやってた育くんが、ぱっと顔を上げた。
「できた!」
「はい。どうなりましたか」
「5!5センチ!」
「……正解です」
「やったー!清志郎!」
「えらいぞ育」
「やったやった」
「すごいねえ、えらいえらい」
「嘘でしょ。そんな喜ぶ?」
「これに懲りたら二度と育に算数の問題解かせようとしないで」
「みゆきー!」
うっかり呆然と口から溢れてしまった言葉に御幸くんがこっちを睨んだが、喜びを爆発させている育くんに飛びつかれて、四人でまたやったやったと円になって喜んでいる。いや分かるって。そんな喜ぶことじゃないって。お肉が食べられるよう、と育くんが目を擦って涙を拭っているので、もう何も突っ込めないが。
「これより難しい問題はもうないね!」
「いや……こんなん小学生レベルですよ……」
「なんでも答えてやる」
「明楽は苦手なことないから」
「次はなにもらえるんだろ」
「じゃかいもです」
「もしかしてカレー作らせようとしてる?」
勘がいいな。きょとんとしている清志郎くんは心苦しいが無視して、問題文を読み上げる。育くんは力を使い果たしたらしく、しゃがんでしまっている。映ってないけどいいんだろうか。
「晴れた日の午後2時に、同じ棒を同じ場所で立てます。影が一番長くなるのは、春夏秋冬のうちどれでしょう?」
「なぞなぞ?」
「いや普通に理科の問題」
「夏じゃない?暑いし」
「育が夏って言ったってことは夏じゃないよ」
「もう御幸には肉食べる権利ないから。俺が手に入れた肉だから」
「そうだよ。育はがんばったんだから、御幸もそういうこと言わないの」
「……ごめん」
「はい。冬です」
「なぜですか?」
「日が落ちるのが一番早いから。午後2時の段階で、斜めから日が差して影が伸びるのは冬」
「正解です!」
「じゃがいもゲット」
「やっぱカレーはじゃがいもがないとね」
もうカレーを作るってバレバレみたいなんだけど。ていうか明楽くんスッと答えたな。もっと難しい問題の方が良かったんじゃないか?でも明楽くん、英語もぺらぺらだし料理もできるし音楽できるし、そもそも普通に大学出れるぐらいの学力あるんだよな。完璧人間かよ。そのレベルに合わせたら育くんが一問も解けなくなってしまう。かわいそうだ。
「御幸がんばって」
「小学生レベルまでならわかる。僕理系だし」
「四字熟語の問題です。正解で玉ねぎゲット」
「あ!卑怯だ!御幸に漢字の問題当ててきた!」
「当ててません。答える順番を決めたのはみなさんです」
「御幸、ほんとに頑張って」
「だ、大丈夫」
急に御幸くんの顔が引きつった。漢字が苦手だというのは本当のことらしい。ずるいぞー!と育くんがじたばたしているのを明楽くんが止めない辺りで察する。ていうかここのスタッフ、先読みがエグいしこの四人のことをよく分かってるのは伝わってくるんだけど、嫌われたりしないんだろうか。結構無茶させてるよな。その分自由にやりたいようにもさせてるけど。フリップを出せば、御幸くんが静かに頭を抱えた。フリップには、四字熟語を平仮名にしたものと、数字の振られた文章が三つ。それぞれが四字熟語の意味になっているが、正解は一つしかない。
「これをご覧ください。こちら、「いっちょういっせき」を漢字にして、1番から3番の中から当てはまる意味を選んでください」
「……ごめん……玉ねぎなしカレーで……」
「俺これ分かる!こないだ見た!交代しよ!」
「交代はできません。さっきも言いました」
「御幸、1番より2番の方が近いし、3番より2番の方が意味は近い」
「明楽くん!それはヒントじゃなくて答えです!」
「あと、漢数字の一が二つ入る」
「御幸くんから離れてください明楽くん!」
「えごめん全然わかんない……ほんとわかんない……」
「大丈夫だよ御幸、手出してごらん。なでなでしようね」
「さすりながら手の甲に文字書いてるでしょ!清志郎くんも離れてください!甘やかしが過ぎますよ!」
「鬼」
「悪魔」
「みちぴのバカ」
「もうそれでいいよ!クイズのルールを根底から覆そうとするんじゃない!」
なんとか三人を追い払って御幸くんを見たら、普通に膝を抱えて蹲っていたので、なんか俺がめちゃくちゃ酷いことしていじめてるみたいな気になった。いいだろもう、玉ねぎなしカレーで。たいして変わんないよ。2メートルくらい離れたところで三人はぼそぼそ話し合っていたが、育くんがぱたぱたと手を振りながら大声を出した。
「いちあさいちゆう!」
「育くん!ヒントを出さない!」
「え?なんのことですか?」
「朝と夕方!」
「こら!」
「音読みと訓読みとか知らないし」
「ほんの少しの日時がどうかしたんですか?」
「いちっていうのは漢数字の一のこととかじゃないんですけど」
「うるさいなお前ら!ルールを無視するなってさっきから言ってるだろ!」
「わー」
「わああ」
「怒った」
わーきゃーしながら川の方へ逃げていった三人をしっしってして、御幸くんに向き直ると、スタッフからもらったフリップにペンでなにやら書いていた。もう絶対正解だよそれ。あの人たち答え言ってたもん。
「できた」
「はい」
「いちあさいちゆう。意味は2番の、ほんの少しの時間ってこと」
「はいはい正解です!正解ですよ!一朝一夕!いちあさいちゆうじゃありません!」
「玉ねぎください」
「いいんですか!?これで!成長しませんよ、この子たち!」
いいらしい。スタッフたちのこの生温い目よ。俺もテレビの前で見てたらその顔してる。正解だー、と戻ってきた三人とハイタッチを交わしているのを見ながら、まだ一問残ってますよ、と口に手を当てて呼ぶ。わらわらと横並びに戻ってきた四人は、なんか知らんがもう勝ちムードだった。
「でも最後は明楽もいるし」
「みんなでできるならもう絶対正解でしょ」
「なにもらえるんですか?」
「カレールーです」
「それ不正解だったら僕たちなに食べることになるの?」
「玉ねぎとにんじんとじゃがいもと肉を煮込んだものですね。特に味付けは無しの」
「なにそれ」
「せめて肉じゃががよかった」
「カレールーがもらえなかったらめんつゆをもらうことってできますか?」
「なんでめんつゆ?」
「めんつゆで適当に煮たら肉じゃがなんかできる」
「合宿所で作ったよね」
めんつゆで適当な肉じゃが作って飯食う明楽くんと清志郎くん見てえ〜見たすぎる〜デビュー前のそういうのもっと出して欲しすぎる〜!これはファンのみんなの気持ちの代弁です。
ではこれ、とフリップを出す。それと一緒に、ストップウォッチも。不思議そうな顔を四つ並べられて、口を開いた。
「この絵の中に、動物が5匹います。六十秒以内に見つけてください」
「えっ」
「騙し絵?」
「え?どこ?」
「それを探すんだ」
「スタート!時間内に答えられなかったらカレールーは無しです!」
「やばいやばい」
「はい!ここに鳥がいる!」
「清志郎くん正解です!あと四つ」
「これ、あっ、はい!これ!キリン!」
「ブー。不正解です。育くんは幻覚を見ないでください」
「キリンいるもん!」
「いません」
「はい。トラ」
「明楽くん惜しい!それはトラではありません」
「はい!チーター!」
「御幸くん正解です!あと3匹!」
「どこが違うんだ」
「柄」
「はい!はーい!はい!ウサギ!」
「育くん正解です!はいは一回でいいです」
「なんで俺の時だけみちぴちょっと冷たいんだよ!」
「はいっ、ここに犬がいます!」
「ブー。清志郎くん不正解です。でも後で飴をあげます」
「えっ、ありがとう……」
「ほら!清志郎には優しい!俺に冷たい!」
「育いいからあと2匹探せって!」
「はい、ここにカエルがいる」
「御幸くん正解です!あと一つ!残り10秒です!」
「あと1匹……」
「はーい!馬がいます!ここに!」
「いません!育くん不正解です!」
「いるったら!」
「いないんですってば!認めろ!」
「はい!ヒツジ!」
「明楽くん正解です!お見事!」
「間に合った!?」
「ギリです」
「やったー!」
「違います。ギリアウトの方です」
「えっ!?」
「育くんが馬で駄々をこねたからです」
「う、嘘でしょ」
「……と言いたいところですが。おまけしてセーフにしましょう」
「……ほんとに?」
「はい」
そうしろとカンペが出ているもので。いやったああ、と割れんばかりの歓声を上げて四人できゃっきゃ喜んでいるのを見ながら、苦笑いを浮かべた。

「指切るなよ」
「切らないよ。僕器用だし」
「にんじんは硬いから」
「平気だってば。そんな気にしてるとお星さまとか作っちゃうよ」
「……………」
「……清志郎がめっちゃ見てくる……」
「……あ!もういい!もう剥かなくていい!」
「うわびっくりした!」
「ちゃんと見張ってないと、じゃがいもの皮剥き、身まで絶対剥くと思って……」
「そ、そんなことない!身と皮の区別ぐらいつく!」
「でも今身も剥いてたし……」
「これはその、ここのへっこんでるとこの皮を剥きたかったの!」
そんな感じでずっとわあわあ言いながら作っていたので、それなりに時間がかかった。しかしカレーというのは基本的に失敗しないもので。そりゃカレールーの箱に書いてある分量をガン無視した量の水を投入すれば、無味でカレー色の水は出来たりするだろうけれど、流石にそこまで馬鹿ではなかった。にんじん担当だった御幸くんは器用にも宣言通りお星さま形のにんじんを作っていたし、じゃがいも係の育くんも予定より小さくなったじゃがいもを更にちっちゃく切って投入し、しっかりカレーの中に溶け込んで「俺のじゃがいもが消えた……」と呆然としていた。玉ねぎ係の清志郎くんは、涙を我慢するあまり鼻をぐしぐしさせながら切ってて、かわいかった。お肉係とカレー全体の進行監督責任者だった明楽くんはもう見なくてもいいぐらい安心安定だったし、ちゃんと下味をつけるのにカレー粉とヨーグルトで肉を漬けていたので、うわ…シェフかよ…と思った。
煮込んでる間に育くんが山を探検しに行って泥まみれになって帰ってきたり、なんでそんなことになるんだと不思議がって二度目はついて行った御幸くんも泥まみれになって帰ってきたりしていたので、鍋いっぱいにできたカレーをお皿に盛り付けた頃には、夕暮れも終わりに近づいている頃だった。大丈夫?これ見てる人、なんで育くんと御幸くん着替えてんだか不思議に思わない?カメラ回ってないとこで普通に遊んでおもしろポイント作るのやめてほしい。
「いただきます」
「うまー!」
「おいしい」
「あ、御幸のお星さまにんじん」
「食べたら幸せになるよ。清志郎よかったね」
「うん。ふふ、ありがとう」
「もう一杯食べたい」
「まだあるぞ。ご飯はそんなにないけど」
「やったー。あ、明楽も食べる?」
「うん。よそって」
「デザートほしいね」
「流石にないんじゃないかな……」
「プリンとか。清志郎も食べたいよね」
「プリンはいつでも食べたいよ」
「ね」
そんな真っ直ぐにこっちを見られても、プリンゲットチャンスがあるクイズは持っていない。そればっかりはいくら清志郎くんに困った顔をされても無理だ。手持ちがないんだもの。プリンの単語を聞きつけた育くんが、え!俺も食べたい!と寄ってきたので、逃げた。



ちなみに。
撮れ高が多すぎて、二週連続で前後編に分けて放送、プラス未公開シーンが配信されたらしい。「クイズの司会やってるお前うるさくて嫌なやつだなあ」と楽屋のソファーで寝そべりながらスマホを見ていた相方に言われたので、ムカついて蹴った。



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