このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

おはなし



たまちゃん曰く、なんとか流星群が見れるピークが明日の夜、らしい。
俺はそういうのに詳しくなくて、なんとか流星群のなんとかの部分もよく分からなくて、だけど分からずじまいじゃ話にも入れないと思って『流星群 有名』って調べたけど、思ってたよりもたくさんあって、たまちゃんが言ってたのがどれなんだか迷子になってしまった。極大日の夜がおすすめ、とは書いてあったから、明日がその極大日の夜なのだろう。
そういうイベントごとが好きなたまちゃんは、夏はみんなを誘ってお祭りや海やプールに行ってた。俺は、そういうことにあんまり誘われない。たまちゃんに、仲有は呼んでないもん、と突っぱねられたことだってあるぐらいだ。確かに、俺といるよりも、女の子の友達とか、男なら辻とか都築とかといた方が、たまちゃんは楽しそうだ。俺は、あんなにお喋り上手じゃないし、たまちゃんを守れるほどかっこよくもないし、面白くもないし、運動も勉強もできない。だから、誘われないのはしょうがないことだと思う。自分でも、遊びに行くときに自分を誘うかと言われたら、こいつは誘わない、と思う。けれど、いいなあ、と羨ましくなってしまうのだ。たまちゃんと二人、二人きりじゃなくてもいいから、一緒に遊べたら、楽しいんだろうなあ。幼馴染、だからといって、高校生にもなれば、なにか特典があるわけじゃない。まずは引っ込み思案で緊張癖のあるこの性格をなんとかしなくちゃ、たまちゃんと今よりもっと仲良くなるなんて夢のまた夢だって、分かってる。ほら、そうこうしてる間に、今だって、流星群の話を女の子同士でしていたたまちゃんが、廊下を通りすがった誰かを見つけて、みんなで見ようよ!と声をかけにいった。
「……べんざいてん」
「なに」
「……星に詳しかったりしない?」
「朔太郎に聞きなよ。詳しくはないけど好きだよ」
「うん……」
「あっ。あー。死んだ」
はい死にました、と携帯ゲーム機を閉じた弁財天が、なんで星?と首を傾げた。たまちゃんがあんはにおっきい声で喋ってたのに、聞こえてなかったのか。イヤホンもしてないくせに。
なんとか流星群が見れるんだって、ともたもた拙い説明をすると、はあ、と特に興味なさそうな返事をされた。それがなにか、とでも言いたげな顔だ。カレンダーを見た弁財天が、なんでもないことのように言う。
「獅子座の流星群じゃない。朝方まで粘らないと見れないよ」
「あさ……ししざ……?」
「そう。違う?」
「そういう知識を持ってるならもっと早く言ってよ!」
「うわ、なに。このぐらい知ってるでしょ」
「俺は知らない!」
「?」
変なところで博識なやつだ。心底不思議そうな顔をされて、もうちょっと詳しく、と頼んだ。この時期ならば獅子座流星群だろう、しかし今年は一番見える時間帯が朝方に被ってしまっている、でもまあ日が暮れれば見えないことはない、と重要な情報を得て、弁財天の手を握ってぶんぶんすれば、気持ち悪がられた。
放課後。声をかけるのに勇気がいって、こんな時間になってしまった。チャイムが鳴って、みんながぞろぞろと教室を出ていって、誰かを待っているらしいたまちゃんが机から動かないのを見て、やっと声が出た。声をかけるまでにたまちゃんの周りを大回りにぐるぐるしてしまったのは気づかれていないといい。まだその時は人がたくさんいたから平気だと思う。
「たまちゃん!」
「あ、仲有。ポッキー食べる?」
「あっ、ぅ、うんっ、食べる!」
「あげるー」
おいしい。じゃなくて。流星群のことなんだけど、と切り出したところ、なんで仲有が知ってるの、と純粋な疑問をぶつけられて、しどろもどろした挙句に、弁財天が教えてくれたんだ、とごまかした。嘘ではない。けど、なんでたまちゃんが俺以外の人に向かって話してた流星群の話を無関係の俺が知ってるのかの説明にはなってない。聞き耳を立てていたことがばれて引かれたら終わりだ、と冷や汗をだらだらしていると、たまちゃんは運良く気づかないでくれたらしく、あっさりと納得した。良かった。
「弁財天くん、なんでも知ってるね!」
「なんっ、なんでもは知らないと思うよ、なんでもは、弁財天だって、そんな頭良くないよ」
「えー。頭いいじゃん」
「……そうだけど……」
たまちゃんに褒められる弁財天が妬ましくて変な貶し方をしてしまった。ごめん。全然良くなかった。
とにかく、獅子座流星群は朝方が一番見えるらしいからみんなで見るのは難しいみたいだよ、夜はあんまり見れないかもよ、と話を若干盛りながら教えれば、たまちゃんはこれまたあっさりと言った。
「知ってるよ?ニュースで見たもん」
「ぁ、えっ、そ、そうなの……」
「なーに、そんな話?もー。知ってるよー」
うんざりされてしまった。ごめん、とか細く告げた俺に、なにのごめん?とたまちゃんが笑って、友達が来たから行ってしまった。たまちゃんはきっと、明日の夜、友達と流星群を探すんだろうな。あんまり見えなくても、それはそれで楽しいって笑うんだろうな。俺はその場所にはいない。こすい浅知恵で、あんまり見えないんなら見なくってもいいやってたまちゃんに言わせようとするんじゃなくて、俺も一緒に行きたいって勇気を振り絞って言えば良かった。やだって言われても、お願いしたら良かった。こんなんだから、いつまでたっても、俺はだめなんだ。
鞄を抱えて、自転車で急いで家に帰った。泣きそうだった。

今日は、獅子座流星群の極大日だ。朝からカーテンを開けてない。見たくもなかった。なんなら布団だって被ってた。今日が休みなのは一応の救いだ、昨日のあれでたまちゃんに合わせる顔がない。いや別に、たまちゃんを怒らせたとか呆れさせたとかいうわけではないけど、自分の気持ちの問題だ。勝手に嫉妬して、勝手につけいろうとして、勝手に失敗した、俺の気持ちの問題。
布団かぶり虫になっていた俺の耳に、電話の保留中の音楽がだんだん近づいてくる。顔だけ出すと、電気をつけ忘れた部屋は薄暗くなっていた。もうそんな時間か。ノックとほぼ同時に入ってきた母親が、電話の子機を片手に片眉をあげる。いつまでもごろごろして、と言いたい顔だ。いいじゃんか、宿題ちゃんとやったし。
「要、電話」
「だれ」
「たまちゃん」
「たっ、ぁだっ、たまちゃん!?」
「なにしてるの、もう」
そそっかしい、と呆れた母が、子機を俺に渡して、部屋を出て行った。ベッドから跳ね起きて足の小指をぶつけた俺は、悶え苦しみながらそれを受け取って、ぴかぴかしている保留ボタンに指をかけて、押せなかった。出て、なにを話したらいいんだろう。出なかったらきっとたまちゃんは心配する、かもしれない。心配なんかしないかも。だって俺だし。でもかけてきてもらって無視なんて最低だ。ああ、こんな迷ってる間に、いくら優しいたまちゃんでも、時間の無駄だと思って切っちゃうかも。早く出なきゃいけない、けど何を話したらいいんだ。声裏返ったら、うまく言葉が見つからなかったら、どうしよう。
全身心臓になったみたいになりながら、震える指で通話ボタンを押した。はいぃ、と不甲斐ない声が出て。
『あ、仲有?おそーい』
「ごっ、ごめ、あの、ごめん、そう、あの、ちょっとあの、出られない用事があって、用事はもう終わったから」
『ふーん?』
じゃあ今から外出れる?そう聞かれて、そと、と繰り返した。電波伝いに、たまちゃんは、普段より少し大人しい声で言った。
『流星群。つきあってよ』

「お、おまたせ、しましたっ」
「ん。行こー」
「うん、えと、どこに……」
「わかんなーい」
スウェットにパーカーに、結んでない髪。家まで来て、と言われて迎えに行けば、たまちゃんは軽装中の軽装だった。後ろに乗られて、どこに行けば、ともう一度聞いたけれど、分かんないけどよく星が見えそうなところ、と言われ。俺にもそんなとこ分かんない。でも、自転車を走らせるしかない。
「誰かと、一緒に行くんじゃなかったの、流星群……」
「行かないよ、あたし暗いの苦手だし」
「そ、そうだけど、みんなと一緒なら平気なんじゃ」
「平気だよ?でも行かなかったの」
だって真希ちゃんはお勉強するっていうし灯ちゃんには普通に理由もなく断られたし弥生さんは家族でお出かけだし冬香ちゃんは稽古だし、他にもみんな用事があるって言うんだもん。そう拗ねた口調に、辻とか都築とか、と誘われていそうな二人を例にあげれば、怒られた。都築くんは夜はおうちのお手伝いがあるでしょお!辻くんだって妹ちゃんのお勉強見てあげるんだって言ってた!と憤慨されて、謝る。知らなかった。運悪く全員に断られてしまったのか。それで仕方なく俺のところに。
「寒い!」
「ぇう、ご、ごめん、あの、じゃあこれ、これ着ていいから、ごめんね、自転車で来て」
「……………」
「……ごめん……」
「ださい」
自転車を止めて、自分が着ていたジャージを渡せば、羽織ってはくれたものの、確かにお洒落とは程遠かった。ふてくされた顔のたまちゃんに、マフラーとか持ってきたら良かった、と深く後悔する。自転車で来た時点で、漕いでる俺はまだしも、後ろに座るだけのたまちゃんが寒くなることなんて分かってたはずなのに。
周りが明るいと星なんて見えないだろう。無学な俺でもそのくらいは分かってて、できるだけ暗い、人気のない方へ自転車を進めた。街の喧騒からも、人が住んでる家からも、少し離れたところ。公園とかじゃなくて、なんにもないただの広い場所。昔はここになにかが作られる予定だったらしいけれど、今の俺たちは、ここになにが作られる予定だったのかも知らない。この辺でどうですか、と自転車を止めると、軽くお礼を言ったたまちゃんは、後ろから降りて伸びをした。ふわりと良い匂いがした気がして、お風呂上がり、とか、そういう言葉が思い浮かんで、いやいやまだ夜っていうより夕方だし、たまちゃんはもともときっと良い匂いだし、こうやって鼻を利かせてる自分がなんだか変態みたいで気持ち悪いし!
「仲有?」
「はい!」
「なにその顔」
「なんっ、でもない!」
「そ?」
変な顔をしていたらしい。真面目な顔を取り繕って向き直ると、たまちゃんは空を見ていた。そりゃそうだ、だって星を見に来たんだから。
結局、流れ星はほとんど見られなかった。時々ちらって星が光った気もしたけど、それが本当に獅子座流星群の流れ星なのかは分かんなかった。飛行機かもしれない。UFOかもしれない。もしかしたら本当に流れ星かも。無言のまましばらく星を見て、さむい、とたまちゃんがもう一度言ったので、帰ることにした。危ないから掴まって、と言いたい気持ちと、そんなこと言えるわけない度胸の無さに挟まれて、結局何も言えずに安全運転を徹底して心掛けながら帰った。
「残念だったね」
「そ、っそうだね」
「じゃ、おやすみー」
「……おやすみ……」
手を振って、振り向きもせず玄関の中に引っ込んでしまったたまちゃんの背中を見送って。夢のようだった。誰の代わりでも、最後の手段でも、なんでもいいけど、たまちゃんと二人で星を見に行ってしまった。俺がもっと博識なら、星に関する知識を披露して、すごーい!ときらきらした目を向けてもらえたのだろう。俺がもっとかっこよければ、たまちゃんをときめかせられる一言でも吐いて、今までより距離が縮まったりなんかしていたのだろう。そういうことはできなかったけれど、でも、それでも、すごく楽しかった。たまちゃんは楽しくなさそうで申し訳なかったけれど、それは俺の力不足だ。俺がいけない。
「……、」
自転車に跨って、そういえばたまちゃんにジャージを貸したままだった、と思い出す。今度返してもらおう。空を見上げてペダルを漕げば、冷たい風が熱い耳と頰を冷やして通り過ぎた。
流れ星には、願い事をするんだっけ。たまちゃんは、なんの願い事をしたかったんだろう。







そんなことがあったのを、思い出した。ふわふわと揺蕩う脳味噌で、テレビのテロップをぼんやり追う。獅子座流星群。極大日。今日の夜なんだ。知らなかったなあ。
「仲有聞いてんのかてめえ!」
「……ぁえ……?」
「大丈夫?顔真っ赤だけど」
「……だいじょぶ」
「だめでしょ」
嫁に電話するからね、と都築が携帯を出した。たまちゃんがこの店にちょこちょこ遊びに来てるのは知ってるし、都築と仲良しなのも知ってる。でも、電話、俺の目の前で電話なんかしなくったっていいじゃないか。都築のばか、ひとでなし。たまちゃんを俺から取らないで、とめそめそしていると、瀧川にげらげら笑われた。うるさい、特定の相手と長続きしたことないくせに。
「……てめえ……」
「うああ、やめて、やめ、かみのけ、まくらないで」
「こら、瀧川」
「大体俺はお前が結婚したってのも認めてねえんだからな!なんかあるだろ!俺に言うこととか!」
「なんで瀧川に認められなきゃなんないのさ。仲有かわいそう」
「……い……いうこと……?」
「言うこと!」
「……ご愁傷様……?」
「殴られてえのか!?」
瀧川に飲みに行こうと誘われて、俺がお酒に強くないのを知った瀧川が、じゃあここにしようと都築の家を俺を連れて来て、それで、それからどれだけお酒を飲んだか分からない。このままじゃ家に帰れないだろうと、都築がたまちゃんに電話してるのが、水越しみたいにぼやけた声で聞こえる。たまちゃん、と情けない自分の声に、都築がお水を出してくれた。
「瀧川が悪い。飲ませすぎ」
「えー。仲有が自分で飲んだんだろ」
「仲有、高井さん来るって。なんか、星がなんとかって言ってたよ」
「……ほしぃ……?」
星。流星群。俺がいけないんだ、不甲斐なくて男らしくないから。あの時だって、結局都築や辻の代わりだった。だから、そうじゃなくて俺を選んでもらえるように、もっと君に釣り合うように、がんばらなくちゃいけない。たまちゃんに笑ってもらえるように、俺はもっとがんばらなくっちゃ。ずっとそう思っているのに、そうなれないのは、どうしてなんだろうなあ。





「……なんかめっちゃ卑屈な独り言言いながら寝たけど」
「まさかその目の下が濡れてるの涙じゃないよね」
「汗と思う」
「汗か……」
絶対汗じゃないけどね。ぽつぽつと、懺悔にも似た愛の言葉を吐いた仲有は、真っ赤な頰と耳のままぱたりと手の力を失って、要するに寝落ちてしまった。どうすんだよ瀧川ー、と顎で指したところ、今回は本当に申し訳ないと思っている、とのことだった。
しかし、まあ。あの時だって、という言葉が引っかかる。代わり、ねえ。高井さんが俺を呼ぼうとして、それをやめて、仲有にしたってことだろうか。仲有のあの口調からすると、高井さんが妥協して自分を選んだ、ぐらいの勢いだったけど。
「……この人、嫁が自分のことどれだけ長い間好きで、待ってたのか、ほんと全然知らないんだねえ」
「知らんだろ。想像もしてないんじゃね」
「不憫」
「信用もしないぜ。多分」
「自信持って」
しばらくして迎えに来た高井さんに、仲有が漏らしていた暗い独り言の内容、流星群に思い出があるらしいことも含めて伝えると、にやりと彼女が笑ったので、瀧川と二人手を合わせた。悪い女め。仲有はきっと一生気づかない。自分がどれだけ好かれていて、どれだけ想われていて、どれだけもてあそばれているのか、なんてことには。



45/47ページ