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橋渡し






「……えっ……ど……?」

「……………」

「……………」
「我妻ァ!あぁ!?」
「ヒッ」
「なんだお前!あ″!?我妻諒太はァ!」
「ひ、ひっ、し、しりませ、っ」
「なんだあいつ!あ!昼休みか!飯食いに行きやがったなあの野郎!」
「……ひい……」
「もしもし!お前客来てんぞ!あぁ!?声がでかい!?うるせえ!死ね!バカ!とっとと戻って来い!書類置いとくからな!」
「……………」
「お前!勝手にチョロつくんじゃねえぞ!黙って座ってろ!」

「あっ!べーやん!どしたの!」
「………………」
「どし、っな、泣いてんの!?どうしたの!?」

「あー、チヨちゃんに会っちゃったかー。常にキレてるから、別にべーやんに怒ったわけじゃないよ」
「……な、なに、あの子……」
「なんかねえ、何十年も前に誤差で死んじゃったんだって。そういう人はほんとの寿命が来るまでここで働く決まりなんだよ」
「……そ……そうなんだ……」
「俺もそうなんだけど。でもチヨちゃんはー、死んじゃったのがちっちゃい頃だったから働く期間がめちゃくちゃ長くて、いつも新人教育しなきゃいけないから常にクソキレてる」
「……あっ……えっ……?お、俺も死んじゃったの?」
「ううん。べーやん明日呼んだはずだったんだけど、間違えちゃったみたい。総務の人も忙しいからさー」
「総務……」
「俺絶対明日で呼んだもん。明日休みだから、ぎたちゃん時もどらちゃん時も休みの日に入れたんだし」
「……ボーカルくん働いてるの……?」
「え?うん」
「……死んでも……働かなきゃいけないの……!?」
「えっ!?いや違うよ!べーやんは多分平気だよ!レアだっつってた!こうなる人!だからべーやんは働かないと思うよ!」
「そっか……別にいいんだけど、働くのは……どうせどこでも無能だし……」
「……べーやん……」
「だ、大丈夫、いつものことだから」
「なんか泣けてきたんだけど」
「だいじょぶ……」
「あ!そうだ、俺ずっと見てたよ。べーやんが歌うとこ、こっから見てて、いいなーて思いながら」
「見……ご、ごめん……なんか、俺、余計なことを……」
「いいなってそういう意味じゃなくて!俺のせいで、なんかなーって思ってたから。べーやんがああしてくれたおかげだし」
「……でも、俺、ボーカルくんみたいに特別じゃない……」
「俺も超普通じゃん。え?俺特別だった?」
「う、うん……」
「特別なのになんで彼女できなかったんだろう……」
「なん、ぃ、いたことはあったでしょ」
「……特別なのになんで彼女と長続きしなかったんだろう?」
「……それは……なんとも……」
「まあいいや。俺にキャーって言ってくれた女の子がいたことだけはなにがあっても忘れないから。その記憶だけは来世に持ってくから」
「……ボーカルくんは、あの、……なんていうか、おばけなの?」
「今?うーん、そんなようなもん?足あるけど」
「ほんとだ……」
「みんなのことは見てるけど触れないよ。声も聞こえない。今は、べーやんをちょっとこっち寄りにしてるから話せてるけど、目が覚めたら忘れちゃう」
「……忘れ……」
「ぎたちゃんもどらちゃんも、ここに来たこと言ってなかったでしょ?」
「……お、覚えてたいとか、そういうのは、だめなんだ……?」
「いや別に。そうやって申請通せば平気だったはずだけど」
「えっ」
「でもなんだっけな。なんか、なんたらの門?見たいの潜る時、生きてる人間は頭おかしくなるって。だから忘れるのがオススメらしいよ」
「……頭おかしくなるのはちょっと」
「そお?根性でなんとかならない?」
「じ、自信ないかな……」
「そっかー。でもほら、べーやんが忘れちゃっても俺は覚えてるからね」
「……うん」
「あ、そろそろ時間だ。やべー、タクシー呼ぶの忘れてた」
「……お昼休み終わっちゃうの?」
「ううん、あんま長いことこっちいるとべーやんが体に戻れなくなる」
「えっ!?」
「ギリギリじゃん、間に合うかなー」
「嘘でしょ!?」
「がんばって!走って!」
「ひい……」
「あ!べーやん!お風呂で寝るのマジ危ないからやめてね!ほんっとに気をつけてね!」



「は、ぁ、ぶ……っない……」
ばちゃ、と跳ねた水音が響いた。危うく鼻まで浸かるところだった。昔からそうだけど、湯船に浸かってしばらく経つと眠くなってしまうのだ。そしてそのまま寝て、半々ぐらいの確率でお湯の中に頭が浸かる。母親には死ぬほど叱られたし、彼女にも呆れられた記憶があるのに、どうしても治らない悪癖。じゃあシャワーで済ませろ、と自分でも思う。流石に温泉とかでは人の目があるからこうはならないわけで、じゃあいっか、となあなあにしてしまっているところもある。なあなあのままいずれ溺れ死ぬかもしれない。それはちょっと。
「……気をつけよ……」
うん。気をつけよう。たったそれだけで変わるかもしれないし。いつもは「またやった」ぐらいで終わりにしてしまうけれど、今回はちょっと本当に気をつけようと思った。これに関しては、自分でどうにかするしかないんだし。ぽろっと声に出してみたら、そうするしかないような気がしてきて、若干のぼせてふわふわする視界のまま天井を見上げた。明日から気をつけよう。お風呂の中では寝ないと誓ってから入浴しよう。なにに誓おうかな。アルコールに誓うことにしよう。人類を救った点では神様と大差ないだろう。
しばらくそのままぼおっとしてたら本格的に茹で上がって立ち上がるのに苦労した。前途多難だ。



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