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只今開店中





本日貸切です。もとい、定休日です。そんなもんは基本無いのだけれど、今日は特別なのだ。
「行ってらっしゃーい」
「彼女連れ込むなよー」
「彼女いないもん」
「……不潔」
「はっちゃん?お兄ちゃん傷つ」
扉閉められたし。喋ってんのに。
父と母が、抽選で当たったとかいうペアクルーズに行って、三人で店を開けるのもしんどかろうと、昼間だけとか夕方だけとかで営業する予定だったのだけれど、はっちゃんが好きなアイドルのライブのチケットを当てて東京に行くことになり、仕事したくないマンのうめさんが「保護者監督責任ってもんがね、うんうん」とかいって付いてくことになった。俺は置いてきぼりである。母は昔から妙に引きの強いところがあって、その運の強さははっちゃんが全部遺伝で持って行ったのだろう。俺そういうの当たったことないし。
さて。1日暇だ。1人じゃ店は開けれない。どうしようかなあ、と自室のベッドでごろごろする。こんな感じなのも久しぶりだったりして、高校生ぶりとかかな。高校生の時から家の手伝いはしてたから、もっとかも。ぼおっとしているのが苦手だっていうのもあるから、ごろごろもそう長く続かなくて、家の中をうろうろ歩き回る。誰かを誘って出かける(健全な意味で)のもいいし、誰かを誘って出かける(不健全な意味で)もいいんだけど、どうしよう。とりあえず、財布と携帯と鍵を持って家を出てみた。家の中をうろうろしていた時にうっかり持ってしまったらしいペットボトルを装備していた。炭酸水かあ。持ったことすら覚えてなかった。あとで飲もう。
平日昼間なので、絶対みんな仕事だ。ドライブしちゃお。ちょっかいかけてやれ。

ありえないぐらい誰にも会わなかった。悲しすぎる。瀧川の一匹や二匹ぐらいは落っこちてると思ったのに。市場にも行ったけど、航介はいなかった。お母さんはいたので、おにぎりもらっちゃった。もう今日はいっそ、誰にも会わないぞ。拗ねてなんかいない。誰かに会いそうなポイントは避けてやる。家に来たって入れてやらない。拗ねてなんかいないぞ。
適当に車を走らせて、海まで来た。車を降りて散歩すると、釣りしてるおじちゃんに馴染みのお客さんがいて、なんだ今日は休みかー、なんて話になって。そういえば俺あんまり釣りとかしたことないなあ。魚は好きなんだけど。何が釣れるの?って聞いたけど、今日は何も釣れないって。残念。猫ちゃんが寄って来たので撫でた。
さて、また暇になった。ハンバーガー屋さんで一番普通のセットを買ってかじっていると、店の外で着ぐるみが歩いていた。あれ朔太郎入ってるとかいうオチでしょ。絶対追いかけない。俺は詳しいんだ。

家に帰って来た。たまにはなんか作るか。台所に立って包丁を構える。うーむ。練習がてら、メニューにあるものを作ろう。一人で晩酌と洒落込もうじゃないか。
「!」
危ない。店の鍵をしっかり閉めておいた。絶対誰か入ってくるからな。店が閉まってようが電気が消えてようが我が物顔で入ってくる奴がいることを俺は知っているのだ。台所に戻って料理を始めたら、がちゃん!と扉がなった。おい都築いるんだろ開けろォ!と最高にガラが悪く扉を叩いているのはおそらく瀧川だ。もやもやのガラス越しに金色も見えるから航介もいるっぽい。止めてよ。
できた。玉ねぎをなんか適当にごちゃっとしたやつと、鶏肉をなんか……なんかしたやつと、あとなんか、いろんな根菜の汁。名前はわからない。多分メニューのどれかには当てはまるはずだ。いただきます。いやしかし、ピンポンがすごい。近所迷惑。あいつら実の家の方に回り込んで来やがった。出ません。都築くんはいません。瀧川が一人でがやがやと騒いでいるのが聞こえて来て、ぱたりと静かになって、航介の、特に大声ではないけど通る声が聞こえた。
「都築やばい、瀧川でかい声出しすぎて吐きそう」

「ばっっかなんじゃないの!」
「ごめん」
「航介悪くないじゃん!クソバカ!」
瀧川が青い顔で倒れているのは座敷席である。無言なので大分やばいようだ。クソバカ扱いを自分だと思ったらしく、本当に悪かった、と瀧川を背負おうとする航介に、そういうことじゃない、と止める。引き止めねば。
「二人きりなんて久しぶりね」
「……気持ちが悪い」
「うふん」
「気持ち悪」
引き止め方を間違えた。でも確かに航介と二人なんて久しぶりなわけで、朔太郎がいるとうるさいし瀧川がいるとしょうもないことになるけど、航介と二人だとそうはならない。楽しい。こんなんしかないんだけど、と食事を出したところ、もう食べて来たし飲んで来た、そうだ。俺が一人でつつくには量が多いと思ったのか、断ったのを悪いと思ったのか、でも食べる、と航介が箸を割った。イエーイ。
「うまいな」
「俺が作った」
「今日店開けてないだろ。朝仕入れ来なかったから」
「そうなのよ」
「開けて良かったのか」
「うん」
「そうか……」
「一人でお酒飲んでたから来てくれて嬉しい」
「お前今日市場にも来たんだろ?何しに来た」
「……いやそれは……まあ」
「?」
「いいじゃない」
ぼやかしておいた。なんなんだ?と不思議がられたけど、出かけたけど誰にも会えなくて拗ねた、なんて言えない。
「今日お散歩してさあ」
「朔太郎かよ」
「聞いて!お散歩して!」
「ああ」
「海に行ったの。釣りしてる人がいた」
「そりゃいるだろうよ」
「航介釣りする人だよね」
「うん」
「俺釣りあんましない人」
「知ってる」
「楽しい?釣り」
「釣れればな」
「釣れないとイライラするの?」
「するな」
「イライラすんのにやるの?」
「やる」
「よく分からない」
「分からなくていいよ、やんねえんだろ」
「餌……いいや」
「なんだよ」
「釣りトークを広げようかと思ったけどやめたの」
「そうか」
「航介のお母さんにおにぎりもらったよ」
「……でかいだろ」
「いくらかじっても無くならなかったね」
「中身なんだった?」
「中身?」
「具」
「……なんだったかな」
「忘れたのかよ」
「具のことまで考えて食べてなかった」
「適当人間が」
「……あれ?俺さ、散歩行く時、ペットボトル持って出たのよ。車乗って……乗って、飲もうと思って、あれどこやった?」
「知らねえよ」
「炭酸水なんだけど」
「知らねえっての」
「全然記憶にない」
「適当に生きるのをやめろ」
「いいの。周りがしっかりしてるから」
「……周りがしっかり?」
「そう。周りが……」
「……………」
「……………」
「……周りが?」
「何回も聞き返さないでよ!あんまりしっかりしてなかったよ!ごめんなさいね!適当で!」

「ばいばーい」
「じゃあな」
「なんで俺都築んちいんの?」
「帰るぞ」
「航介、俺なんで都築んち」
「じゃあねー」
「おう」



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