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みじかいのまとめ




「あちち」
「着替え持ってきてよかったね」
「ねー」
いつもお世話になっているスタジオの人に、小さいけど野外でライブをやるからと誘われて、ちょっとだけ出さしてもらった。確かそんな感じの話だった。だって俺が直接話聞いたわけじゃないもん、よく覚えてないけど。二曲ぐらいやって、楽しかったんだけど、ただ夏なのでアホみたいに暑い。夏の中でも超暑い日トップ5に入る暑さだ。熱中症で人が死ぬレベル。りっちゃんが服なんか着てられるかと脱ぐのも分かる。気候関係なしに脱ぐ気持ちは分かんないけど。
今は、ボーカルくんと汗だくになった服を着替えに来たところ。荷物置き場ももちろん外なので、貴重品は持ち歩けと言われている。けど一応用具がごちゃごちゃ置いてあるテントの裏手だし、ここでなら着替えても平気だろう。どーしても服がないならスタッフTシャツ売ってくれるって、とボーカルくんが鞄を開けながら言った。
「え?くれるわけじゃないの?」
「俺もそれ言った」
「ケチいね」
「そもそもイベント収入ほぼないらしいから、まあくれっつったらくれそうだけどさ」
「でも別に欲しくないかんなあ」
「それなんだよなあ……」
「あ、そいえばさっきベースくんがビールめちゃくちゃ飲まされてたの見た?俺ダメっつったんだよ、いちおー」
「……………」
「んえ?聞いてる?ボーカルくん」
「……ぎたちゃんケンカした?」
「えー?してない」
「……………」
「なにー……」
びっくりしたみたいな顔でこっちを見て固まっているので、目線の通りに下を向く。足元に突然ヘビとかがいたら嫌だな、と思ったんだけど、そんなことはなかった。うーん。確かに。
「ケンカはしてないけど犬に噛まれた」
「めっちゃアザなってるけど!」
「うーん。大型犬だったから」
「服貫通して噛まれたの?やばいね」
「そお。穴空いちゃった」
「病院いきなね」
「すぐ治るよー」
人間とケンカして腹に噛み傷があるっていうのは、相手が子どもか、大人だったら頭おかしいと思うので、犬ってことにしといたんだけど、微妙。信じてるか信じてないかが分かんないなあ、ボーカルくん。すっかり忘れてたから普通に着替えちゃったけど、一昨日りっちゃんめちゃくちゃイライラしてたっけ。思い出すべきだった。そんで着替え終わって、べーやんがなんだっけ?と話を戻したボーカルくんと戻ったら、ちょっと涼しいテントのとこにりっちゃんがいた。ベースくんはいない。
「あれ?べーやんは?」
「あっちで暴れてる。あとで回収して」
「どらちゃんも手伝ってよ」
「嫌だ。もう動きたくない。暑くて」
「冷たいの欲しいよなー。あ、どらちゃん見てよ、ギターくん痛そうなんだよ」
「う、わ」
「……………」
「ねー!飼い主さんも止めなきゃダメだよねー!」
「……そ……うん……」
あー、こんなにちゃんと犬説信じてくれるなら、りっちゃんには言わないで、ってボーカルくんに言っとけば良かったわ。べろりと思いっきり服を捲り上げられて、突然だったので無抵抗でされるがままになってたら、俺でも分かるくらいすげえ気まずそうなりっちゃんが煮え切らない返事をして、額に手を当てた。なんかごめんて気分になる。でも俺悪くないよね?
「どらちゃんだいじょぶ?俺冷たいのもらってきたげるよ、保冷剤」
「……そうして」
「……俺飲み物とってきていい?」
「……………」
しっしってされた。冷たい飲み物貰いがてらベースくんの様子見てこよ。



「人前で脱ぐなよ」
「えっ……りっちゃんにだけはそれ言われたくない……」
「うるさい」
後日。ライブの日は打ち上げの後もう疲れて帰って寝ちゃったんだけど、2日後ぐらいに「今日行く」ってラインが来て、玄関扉開けた途端にこれだ。おみやげらしいビニール袋の中には缶のお酒とつまみが入っていた。暑さに耐えかねたのかエアコンの前で突っ立って涼んでたりっちゃんが手招きするので寄ってったら、勢いよく服をたくし上げられた。流行ってんの?
「うお」
「……………」
「そんな顔するぐらいなら噛むのやめたらいいじゃん」
「……身に覚えない」
「嘘でしょ」
そんなはずはない。ボーカルくんの驚いた引き気味の顔が忘れられなくて、俺もその日の夜にシャワー浴びた時しっかり見たのだ。改めて見たらどんなもんだろうと思って。いやまあ、もし俺がボーカルくんの立場でボーカルくんが俺だったら、えっ…?って言うと思った。数日経った今はだいぶ薄くなってるけど、痛そうな感じの噛み傷がかさぶたになってて、それだけならまだ良いんだけど、腰を思いっきり鷲掴んだ手の跡が残ってんのが超やだ。ボーカルくんよく犬だって信じたよね。俺だったら信じないよ。
「だから気になるなら脱ぐなよ」
「跡できる強さで人の体掴む方がおかしいしょや」
「そんな強さで掴んでない」
「え?目見えてる?やっと薄くなってきたんですけど」
「はいはい分かった」
「絶対分かってない」
「分かった分かった」
「薄くなってきてもまだ残ってるんですけど」
「そろそろ黙って」


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