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だから好きだって言ってるじゃないですか!!!





「なんか飲む?」
「なんでもいい」
「行こー、ベースくん」
「う、うん」
薄情者のりっちゃんを一人楽屋にお留守番させて、自販機へ向かう。なんでもいいって言ってたもんね、と誰がなんのために買うか分からない振って飲むゼリーを買おうとしたら、真っ青な顔のベースくんにものすごい止められた。だってりっちゃんがなんでもいいって言ったんだよ。自分の言葉に責任持たないと。仕方ないから飲んでるの見たことある缶コーヒー買って、自分の分と、ベースくんの分と、あとボーカルくんが好きだって言ってた炭酸もあったから買った。アイス食べたいねー、なんて話しながら楽屋に戻ったら、部屋の前に人がいた。
「あれ」
「……………」
「あ。あの、ヨシカタくんとこの子じゃん。なんだっけ」
「えと……畑御幸くん?」
「……………」
「そー。ハタくん、どしたの?ここ俺らの楽屋だよ」
「……………」
「間違えちゃったのー?」
「……………」
「……ま、迷子……?」
「……………」
俺らに見つかったことがまずいのか、びくりと肩を跳ねさせて縮こまってしまった。無言のまま、ぶんぶん首を横に振られて、迷子かと問いかけたベースくんが困った顔で目を落とす。どおしたのー、と聞きながら顔を覗き込んでも、ぎゅっと目を瞑って避けられた。なんだよー。
「なんか用?」
「……………」
「うんでもううんでもないって」
「……誰か待ってるの?」
「……………」
「これもうんでもううんでもないって」
「……自分の楽屋わかんなくなっちゃった?」
「……………」
「違うって」
「うーん……」
「これ飲む?」
「……………」
すごい警戒しながらだけど、受け取られた。ごめんボーカルくん。ペットボトルを胸の前で抱いたまま、また固まってしまったので、どうしたもんかね、と二人で顔を見合わせる。退いてくれないとドア開けれないんだけど、ドアノブに手を伸ばすと、邪魔するように場所を移動されるのだ。どうやら入って欲しくないらしい。でも多分、ここが俺らの楽屋だってことは知ってて、迷子でもなくて、自分の楽屋が他にあることも知ってる。むずかしいなー。よくわかんないや。黙りっきりだし。
なんでどいてくれないの?楽屋帰んなくて平気なの?中になんかあるの?お腹いたい?他のメンバーどこ行っちゃったの?炭酸好き?などなど、いろいろベースくんと二人で聞いたんだけど、ほとんどのことは首を横に振られて、そうじゃないことは微妙そうな顔で固まられるだけだった。お手上げだ。もう疲れちゃってハタくんの足元にしゃがんでたら、ボーカルくんが帰ってきた。
「あ。おかえりー」
「あれ?どうしたの」
「迷子疑惑」
「マジか。かわいそうになー」
「……マネージャーさんは?」
「車準備するって。俺さっき通り過ぎたよ、この子の楽屋。連れてったげよっか?」
「……………」
「やだかー」
「じゃあ呼んでくるよ。他のメンバー楽屋にいるんだろ?迎えにきてもらうんならいい?」
「……………」
「また固まった」
「とりあえずそっちに声かけてくる!なんか理由あんのかもだし」
「いってらー」
ボーカルくんが走っていってしまった。気まずそうにそっちを目で追ったハタくんが、俺とベースくんを見て、目を逸らす。嫌われてんのかな、ってベースくんにこそこそ話したら、人見知りなんじゃない?って言われた。なるほど。じゃあ仲良くなったらいいってこと?
「俺、横峯悠。こっちはベースくん」
「ぇあ、み、宮本風磨です……」
「……畑御幸……」
「よろしくー」
「……………」
「自己紹介したからちょっとそこどいて」
「……どっ、どかない……っ」
「おお、ベースくん、見て。ハタくん喋るようになった」
「よ、よかったね……」
いやいやされたけど、一歩前進じゃない?なんで退いてくれないのかも教えてくれないだろうか、と思って聞いたけど、それには「だめだから」の一点張りで答えてくれなかった。でもなんか理由があって退いてくれないってことでしょ?よかったー、無理やり突き飛ばして退かしたりしなくて。そんなことできないけど。
「御幸!」
「呼んできたよー」
「う、あ、あきら、せいしろ……」
「あっ」
「行っちゃった」
ばたばたと駆け寄ってくる音がして、見たことのある人が二人来た。誰だっけ、と小声でベースくんに聞いたら、林道明楽さん、篠山清志郎さん、とひそひそ教えてくれた。ふむ。そんなことをしている間に、俺たちが楽屋前に帰ってきた時と同じぐらいびくってしたハタくんが、ぺたぺたとどこかに走っていってしまった。
「すみません、御幸が……どうしたんだろう、あの子」
「ご迷惑かけてすみません、お邪魔して。お時間取らせましたよね」
「平気ですよー」
「でも……あれ?育……御幸しかいなかったね」
「一緒に出ていったんだけどな。でもいないなら……楽屋の中、誰かお待たせしてません?謝らないと」
「うん、そお。中にどらちゃんがいるは」
「……………」
「……………」
「……………」
「……ハメ撮」
「失礼しました!!!!!」
「いったい!指折れた!」
ボーカルくんが勢いよく全開にした楽屋の扉の向こうに、なんかよく見えなかったけど、半裸で絡み合うりっちゃんとヨシカタくんが見えた気がしたので、指をさして思ったことをそのままに言おうとしたら、ベースくんが俺の指を逆さまに曲げてでかい声を出して扉を物凄い速さで閉めた。多分全員見えたと思うんだけど。俺の見間違いじゃないよね?少なくとも確実にベースくんには見えてた。顔ドブみたいな色になってるし。
「御幸ゴラ何したんだお前!」
「……お……終わった……い……育だけはそういうのとは無縁だと思ったのに……い……いつのまに……」
と思ったら、ハタくんが走っていった方に向かって、目にも止まらぬ速度でリンドウさんが向かった。血相を変えるってああいうことを言うんだと思う。それとほぼ同時に、どさりと膝をついたシノヤマさんが、顔を真っ青にして頭を抱えた。ベースくんみたい。逆さまにされた指をさすさすしてたら、ボーカルくんが腕組みながら言った。したり顔。
「ていうか終わったのむしろこっちだよ。俺ら多分明日には死んでるな」
「ヒッ」
「アイドルのファンは怖えから。どらちゃんは多分チリも残らないよ」
「助けろや!」
「あっ事後」
「こっちは被害者なんだよ!」
「いったー!なんでみんな俺の指逆さまに曲げるのー!」
がちゃん!と勢いよく再び開いた扉の向こうには、前が全開のりっちゃんがいた。指をさしたらまた逆さにされたし、あんまりまじまじ見たら失礼かと思って目を覆ったんだけど、危うく蹴っ飛ばされるところだったのでやめた。真っ青な顔のベースくんが、服のお腹をぎゅってしながら口を開いた。
「……ごっ、ご、合意の上なら、い、いいのではないっ、かと、俺は、思い」
「非合意だバーカ!」
「どらちゃん、未成年はダメなんだよ。なんたら法で」
「俺成人してます!」
「い……育……これは、ど……どういうことなの……?」
「あっ清志郎!あれ?御幸は?」
「うるっさいもうなんなんだよお前!」
「ぎゃうっ」
「あっ?」
「あ」
「あー!」
りっちゃんの後ろから生えてきたヨシカタくんが、りっちゃんに跳ね飛ばされて吹っ飛んでって、起き上がったら血が出てた。鼻から。いけないんだー!とボーカルくんが叫んで、うるせー!ってりっちゃんに引っ叩かれた。もう誰彼構わず手ぇ出してんじゃん。どたばたしはじめたりっちゃんの手を掴んだら、振り払われそうになった。
「りっちゃん落ち着いてー」
「もう帰る!離せバカ!」
「ベースくん手伝ってえ」
「あわ、わ、ど、ドラムくん」
「目立つ目立つ。ちょお中入ろ」
「あ、シノヤマさんもどーぞー」

「どういうことだか全部説明しなさい」
「……………」
「御幸!」
「おれがはなふ」
「育は鼻血が止まってからにしなさい」
「……………」
「りっちゃんから説明しなよ」
「いつからのお付き合いなんですか?」
「こんなところで行為に及んで恥ずかしくないんですか?」
「人に見られるかもしれないとは考えなかったんですか?」
「今すぐにみんな死ね」
全員うちの楽屋に戻ってきた。走ってったハタくんは、しばらくしてリンドウさんに首根っこをひっ捕まえられて帰ってきた。りっちゃんは前のボタンを閉めたし、ヨシタカくんの鼻血がなかなか止まらない。興奮してるからしばらく止まんねっす!とヨシカタくんは笑っている。え?なんで興奮してんの?やっぱそうじゃん。
「御幸。いい加減にしなさい」
「……………」
「御幸」
「……ごめんなさい……」
固い声でリンドウさんに促されたハタくんが、ぺこりと頭を下げた。ヨシカタくんもふがふがしながら謝っている。みゆきのせいじゃなくておれが、育のせいじゃなくて僕が、とお互いを庇いあっているのが聞こえるけど、まあその辺はどうでもよくて。なにがあったのかみんなに話して、とシノヤマさんが言って、口ごもりながらハタくんが話し出した。
ハタくんは、ヨシカタくんとりっちゃんが二人で話せるように、場所を整えたかったそうだ。最初の計画では、俺たちの楽屋に二人で挨拶に来て、俺とボーカルくんとベースくんをハタくんが呼び出して、りっちゃんとヨシカタくんの二人だけにするつもりだったんだって。でも御幸人見知りじゃない、とシノヤマさんが呆れたように言ったら、これちゃんと用意してた、とハタくんが紙をポケットから取り出した。「話すことリスト」って書いてある。さっきもこれで話してくれればよかったじゃん、って聞いたら、俺たちが部屋から出ていっていたことは予定していなかったことだったから、突然話しかけられてこの紙の存在は忘れたらしい。ベースくんが深く深く頷いているので、人見知り界隈ではよくあることなのかもしれない。よく知らんけど。ようやく鼻血が落ち着いたらしいヨシカタくんが、話に参加する。りっちゃんがめっちゃ睨んでいる。やめてよ、こわい顔。
「でも来たらそもそも秋さんしかいなくて。御幸には予定通り扉を閉める役をしてもらって、そのまま見張っててもらった」
「……扉」
「そうだよ。どらちゃん、嫌ならなんであんなことしてたの?出てくれば良かったんじゃん」
「出れなかった。開かなくて」
「でもこの扉カギないよ」
「……外からこれで閉めてました」
ハタくんが取り出したのは、三角形のひらべったいドアストッパーだった。確かにこれをしっかりめに挟んどけば、扉は開かないだろう。でもこんなの俺らが戻ってきた時あったっけ、ってベースくんに聞いたら、首を横に振ってた。そしたらハタくんが、帰ってくるのが見えたから急いで回収して隠してた、って。すげー。
「育が中に入ってからしばらく経ってたし……出てきても平気なように、ちょっとしたら取るつもりではいたから」
「じゃあ、二人が来た時にどらちゃんしかいなくて、俺らがいなかったのは偶然?」
「ヨシカタくん運いいねー」
「俺もそう思う。多分今日の星座占い一位」
「そこまではよく分かった」
「御幸、あと隠してることはもうない?」
「ない」
「本当に?」
「な、ない、ないです」
シノヤマさんに淡々と問い詰められたハタくんがちっちゃくなってる。穏やかな感じで笑ってるけど、怖いのかな。あんまそうは見えないけど。ちゃんと険しい顔してるリンドウさんのほうが怖そう。でも、サヤもブチ切れると笑うからなー。分かんないな。
「育。なんであんなことになった」
「う、や、ふ、普通にお話しして、ちょっとお願いして……」
「何をだ」
「……ライブん時、遠くて見えないから……その、脱いでくださいって……」
「それでなんで馬乗りになる必要があるんだ」
「そ、それは、テンション上がって」
「え?りっちゃんが誘ったんじゃないの?」
「誰でもよくなってヨシカタくんに手ぇ出したんじゃないの?」
「お前らの信用がないのはよく分かった」
「信用なんかあるわけないでしょ!」
「自分の胸に手を当てて言えー!」
「ある程度の顔とスタイルならなんだっていいくせに!」
「そーだそーだ!男でもいい上にどっちでもよくなっても驚かないぞ!」
「全員壁際に並べ。蹴るから」
「えっ、お、俺何にも言ってない……」
「ベースくんもずっとニヤニヤしてたからダメ」
「し、してない!」
「本当に申し訳ありませんでした!」
「ご、ごめんなさい……」
「……………」
やいのやいの言い争ってるこっちに、深々と頭を下げているリンドウさんと、おずおずとその真似をしているヨシカタくん。頭を上げかけたヨシカタくんが、隣がまだお辞儀してるのを見て、やべ!って感じでまた頭を下げた。りっちゃんが黙ってんのがやだなあ。変な交換条件出さないといいけど。俺たちにそう思われていることは承知済みらしいりっちゃんが、しばらく黙って、こっちを見て、うんざりって感じの息を吐いた。
「もういいです。なんでも。動画だけ消してもらえば」
「動画?」
「えっ、え、やだ!」
「嫌じゃない!育、スマホ貸せ」
「やだあああほんとにやだ!お願いします消さないで明楽様!」
「これだな。これですか?」
「そう」
「消しました。あとはあります?」
「ないです」
ヨシカタくんのポケットからスマホを出したリンドウさんがヨシカタくんを羽交い締めにして、シノヤマさんがヨシカタくんの指を使ってロックを開けた。指紋認証ってああやって無理矢理開けるんだ。怖。息ぴったりなとこが二重に怖い。そのままスマホを受け取って操作したリンドウさんが、りっちゃんと一緒に確認しながら、動画を消去したっぽい。ヨシカタくんが床にポイ捨てされて泣いてる。かわいそうに。そもそもりっちゃんがヨシカタくんのことずうっと避けるからいけないんだよねえ。
「本当に……なんとお詫び申し上げていいか……」
「だいじょぶだいじょぶ!ねっどらちゃん」
「もう早く帰りたい」
「またねー」
「うん、またね」
「またねじゃない!反省しろ!」
「あたっ、痛い!ごめんなさい!」
ぺこぺこしているシノヤマさんに引きずられてハタくんが、リンドウさんに小突かれながらヨシカタくんが、帰っていった。ぐったりしてるりっちゃんに、ほんとは被害者だって分かってたよ、疑ってないよ、ふざけただけだよ、ってボーカルくんと取り繕ったら、「もうマジでどうでもいい」「早く帰って横になりたい」って言われた。疲れが勝って怒ってないみたい。一回どたばたしたからもう二回目怒るのめんどくさくなっちゃったのかな。ラッキー。
ついでに言うと、ただフォトフォルダから削除しただけじゃ何日以内なら簡単に復元できちゃうんじゃないかなって思ったし、なんなら自動バックアップぐらいどのスマホでもとれることには気付いてたけど、俺はヨシカタくんの味方がしたい気持ちだったので、りっちゃんには黙っておいた。


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