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だから好きだって言ってるじゃないですか!!!



「新曲!聞いた!?」
「聞いてない」
「なにそれ」
「朝送ってくれたやつ?聞いたよー」
「あーあ!いっつも俺の味方は清志郎だけ!御幸と明楽の薄情者!」
「分かったよ今聞くよ!」
移動中の車。隣の席にいたがために俺の叫びを耳元で食らった明楽がぶつくさ言いながらイヤホンを取り出しているのを、一人うんうんしながら見て、スマホに目を落としている御幸の方を向いた。
「聞かないの?」
「聞かない」
「なんで?俺がこんなに好きなのに?」
「なんで育は自分が好きなものは僕にも好いてもらえると思ってんの?」
「御幸は俺のこと割と好きだと思って……」
「そりゃ育のことは好きだけど、だからって育の好きなものは別に好きにならないんだけど?この話前にもしなかった?」
「してたね」
「してたよね?僕の思い違いじゃないよね。育ちゃんと僕の話聞いてる?」
「明楽かたっぽイヤホン貸して」
「聞いてないね……」
「嫌いになりそう」

俺には好きなバンドがある。結成初のライブから行ってますっていうファンの人には負けるかもしんないけど、有名になりだしてから聞きましたって人よりは詳しいつもり。好きなものは周りにもオススメする派なので、グループのメンバーにも積極的に聞かせているのだけれど、清志郎しかまともに聞いてくれない。しかも清志郎の感性は優しいと鈍いの狭間なので、いくら意気込んで感想を聞いても「よかったよ〜」しか言わない。どんな曲調でもその感情ってことある?それとも興味ない?そしたら流石にちょっとショックなんだけど。明楽はしつこくすると聞いてくれるけど、聞く音楽のジャンルがそもそもクラシックとかなので、よく分からないらしい。それはもう仕方ないよね。音楽一家の出身だもん。一番酷いのが御幸だ。「聞かない」の一点張り。外面はいいので、楽屋挨拶に行った時には我妻さんに「新曲かっこよかったです」って言ってた。お前聞いてないだろ!俺が大きい音でわざと流してたら、うるさいっつってイヤホンしてゲームしてたじゃんか!
「だからね、明楽はともかく、御幸にまともなプレゼンをしたらちゃんと聞いてくれるかどうか試したいの」
「育は心が折れなくて偉いよね」
「えへへ」
「俺になにかできる?」
「資料作るから手伝って」
「いいけど……読んでくれるかな?」
「俺がこういうの作るの苦手って知ってるくせにこういうの作ってきたら話聞いてやるって言ってたから作ってやるんだよ!くそ!」
「……御幸と育って付き合い長いんだよね?」
「デビュー前からシンメって呼ばれてたぐらいには」
「なのになんで喧嘩腰なの。もっと仲良くしてよ」
「優しい清志郎には分かんないかもしれないけど、こういう人付き合いもあるんだ」
「育に人付き合い説かれたとか明楽に知られたらすごい笑われそう……」

「というわけで!作りました!資料を!」
「おめでとう。僕は寝る」
「約束したもんね!約束!」
「忘れました」
「御幸、育がんばったんだよ。一回見てあげようよ」
「……いいけど……」
御幸は清志郎には弱いのだ。やっぱり清志郎に手伝ってもらってよかった。ちなみに今は新曲のダンスレッスンの休憩中である。汗っかきな明楽はタオルでがしがし頭を拭いているし、御幸の手にはスポーツドリンクがある。みなさん休みたいのはわかっているんですけどね。この機会を逃すと今度集まるの二日後じゃないですか。ドラマの撮影とかバラエティの収録とか雑誌のインタビューとか、それぞれあるじゃないですか。だからこの休憩時間を俺にください、お願いします。
「すごいな、ちゃんと番組打ち合わせの時に使う冊子みたいになってる」
「清志郎がやってくれた」
「俺は育が言ったことをまとめただけだよ」
「ふーん……」
ぱらぱらと冊子をめくった御幸が、一ページ目に戻った。こいつはこういうちゃんとした作りのプレゼンに弱いのだ。あとは根がオタクなので熱量で押し切れば聞いてくれる。よしよし、と頷いたものの、なんだろ、しかしいやににやにやしているな?と思うんだけど。御幸の持ってる冊子を後ろから覗き込もうとしたら、清志郎に止められた。
「育!時間ないんだから早く!」
「いや待ってよ!どう見ても興味ないものを見る顔じゃないじゃん!清志郎なにしたの!?」
「あう」
「あっバカ、返せよ」
「あー!はじっこになんか変なのいる!なにこれ!」
「変とか言うなよ!マリエッタちゃんだろ!」
「全部のページにいる!清志郎!」
「い、育ががんばって作ったのに、御幸が読んでくれなかったら、悲しむと思って……」
御幸に渡した冊子を奪い取って確認したら、全ページの片隅にマリエッタちゃんのシールが貼ってあった。ちなみにマリエッタちゃんとは、御幸が愛してやまないピンク猫のキャラクターである。これがあったらそりゃ御幸は読んでくれるかもしれないけどこっちにでれでれしちゃって話なんか聞いてくれない。清志郎の御幸に対する心遣いかもしれないが、俺は心を鬼にしてそれをなかったことにするしかない。当の清志郎も、やってしまった…とばかりにしょぼくれているので、もう何も言えないし。こっちあげるから!と俺の方の冊子を手渡して御幸からマリエッタちゃんを没収したら、なんとか奪ったけど、ものすごい抵抗されたし騒がれた。休憩時間終わっちゃうだろ!
「はい!駆け足で行きますからね!ついてきてくださいね!ページをめくって!」
「やる気しない」
「育それどこから持ってきたんだよ」
「清志郎がくれた!」
「甘やかしすぎだろ……」
「そうかなあ」
指し棒でぱしぱしやりながらページをめくらせる。ダンストレーナーさんが苦笑しながら見てるのが目の端で分かった。ほら!やっぱり休憩時間なくなっちゃう!
「メンバー紹介は飛ばしますよ!」
「会ったことあるから大丈夫」
「えー。僕覚えてないんだけど」
「なんでお前は人の名前と顔を覚えないんだ」
「明楽か清志郎が覚えててくれるから」
「はいここ!このページ!顔写真も載せたからね!名前と一緒に確認していきましょう!」
「育うざい。あつい」
「御幸のテンションが下がるごとに俺は声を大きくしていくからね!」
こっちはそうくると思ってちゃんと写真付きでメンバー紹介のページを作ったのだ。本人達に了承を取ったわけではないので、もし万が一訴えられたら負けるかもしれない。訴えないでください。
我妻くんと、よこみねくんと、宮本くんと、秋さん。知っとるよね?と確認したら、明楽と清志郎には頷かれた。そうだよね。普通はそうだよ。御幸が他人に興味なさすぎるだけで。
「我妻くんが歌ってる人だよ。あっ清志郎、例のやつ流して」
「うん」
「これ!この声だよ!御幸覚えて!耳はいいんだから」
「育の声しか聞こえない」
「あと時々作詞もやってる。後で詞についてのページもあるからね」
「熱量がうざいよー……」
「ギターがよこみねくんだよ。ギター分かる?こういう形のこうやって持つやつね」
「ギターぐらい分かるわ、馬鹿にすんな」
「上手なんだよ!俺ギター弾いたことないから分かんないけど」
「明楽はギターは弾けるの?」
「基礎しか教わってない。けど、この人がすごく、なんていうかな。丁寧で、上手くこなしてるっていうか、でも多分楽譜通りではないんだろうな……ちょうどいい言葉がないけど、有体に言うなら上手なんだろうとは思う」
「よこみねくんに聞かしたげたい」
「恥ずかしいからやめろ。初心者にそんなこと言われても腹が立つだろ」
「いや普通に喜ぶと思うけど。LINE教えとこっか?」
「やめろ!」
なんでそんな嫌がるのさ。どうせなら好きな人と好きな人は仲良くしてほしい。明楽はいろんな楽器が軽くなら弾けて、その中でもちゃんとやってたらしいピアノとバイオリンが得意だけど、本人曰く「もっと上手な人はいくらでもいるから得意なんて言えない」そうだ。どんだけストイックだよ。明楽と同じ練習量でダンスレッスンしたら俺多分死ぬからね。そういえば、よこみねくんもそんなに練習しないって言ってた。全員天才か?まあいっか。次の写真に指し棒を移す。
「ベースが宮本くん。あのー、えー、はいここ!」
「うわ」
「なに!」
「今ここでハモりました」
「そんな突然ハイココ!って言われても分かんないよ」
「じゃあちょっと戻そっか」
「もういい!早く進んで!」
「そう?宮本くんは、俺が話しかけるとすごいおどおどする。もっと仲良くなりたい」
「そういえば俺この前、宮本さんとばったり会ってね、挨拶したら葉っぱ取ってくれたんだよ。優しいね」
「葉っぱ?」
「頭についてたんだって」
「清志郎ぼんやり外ふらふらするのほんとやめて」
「何回迷子になったと思ってるんだよ」
「うーん。ごめんね」
「許す」
「そんな清志郎だから大好きなんだよ!」
「清志郎がいなかったら僕このグループやめるからね」
「そんなこと言わないで」
「ほら!時間なくなっちゃう!見て!秋さん!ウフフ」
「もーやだよー、育がこの人の話ばっかするから僕この人の名前だけフルネームで知ってる」
「俺も知ってる」
「じゃあ今日は顔とその他も覚えて帰ってくださいね!ドラムを叩いています!ほら!よく聞いて!元気な音がしますね」
「タイコなら僕だって叩ける。小学生の時に鼓笛隊でやった」
「もう、張り合わないの」
「そろそろ時間ないぞ」
「急ぐ!あとちょっとだけ付き合って!」
なに話そうと思ったんだっけ。興奮気味に捲し立てているせいで、喉が痛くなってきた。じゃあ大きい声を出さなければいいのではないか、普通に話しても恐らく三人は聞いてくれるだろうし、とは思うのだけれど、ちょっと無理そうだ。テンション上がっちゃって。
「えっと、ドラムと作曲と作詞をやってて、ちょっと時間ないから作詞のページまで飛ぶね、ここ、これ読んで」
「飛ばしたページ数がエグいんだけど」
「また今度やるから!ごめんね!」
「なにがごめんなの?育に僕たちの顔見えてる?」
「マリエッタちゃんの話する時のお前とそっくりだよ」
「僕あんななの?死にたくなる」
「無駄話しないで聞いて!」
「いった!指し棒で叩いた!ねえ清志郎!叩かれたよ!」
「こらこら、痛いでしょ。やめなさい」
「ごめんなさい謝りますから清志郎4曲目かけて」
「うん」
さっきからずっと、清志郎のiPadで流してもらってたプレイリスト。改めて曲を移動してもらって再生する。聞き入っちゃだめだめ。我慢我慢。清志郎と一緒にがんばって作った冊子を持つ手に力が入る。がんばれ俺、我慢だぞ。後でゆっくり聞けばいいでしょ。詞について話したいことをまとめたところを早く読まないと休憩時間が終わっちゃうのなんて分かってるんだけど。
「ぐああああ聞かないのとか無理」
「育!がんばって!」
「各自読んでもらって俺は聞くことに集中したい、あっここ!ここかっこいいんだよ今のところ、聞いた!?」
「御幸に興味持ってもらうんでしょ!育!もうちょっとだよ!」
「いやもう興味は充分持った。人を狂わせるんだなって」
失礼な興味の持ち方するな。ちょっと正気に戻ったわ。もうとっくに飽きてぼおっとスポーツドリンクの成分表示を読んでいる御幸に聞こえるように、めっちゃ近くに座り直してから口を開けば、嫌そうな顔をされた。せっかくの顔なのにすげーブス。
「今流れてるのが我妻くんが作詞したやつね。全文そこに書いてあるけど、どう?どういう印象を受けます?」
「育がうざい」
「今度御幸のスマホ油ついた指で触るからな」
「明るい印象を受ける。前向きな感じがする」
「そう!そうなんですよ!ほら明楽はよく分かってる!」
「うんそうそう明るい感じがする」
「嘘こけこのまつげオバケ!バーカ!」
「お前のがバカ」
「喧嘩しないの!もう!」
「育のせいで清志郎に怒られた」
「御幸が話聞かないからじゃんか!」
「もーう!」
べりべりと引き剥がされた。育は突っかかるのやめなさい!御幸もちゃんと聞きなさい!と清志郎にそれぞれ叱られ、御幸は逃げ場がないように清志郎の膝の中に閉じ込められた。あっお前、なに満足そうな顔してるんだ。ずるいぞ。すごい誇らしげな顔でこっちを見てくる。俺も後で清志郎にあれしてもらお。
「じゃあ次の曲だけど……とりあえず一番聞いてもらって……」
「ねえー清志郎ー」
「静かにしなさい」
「はあい」
「……………」
むかつくんだけど。御幸がめっちゃドヤ顔でこっち見てくる。清志郎は真剣な顔で冊子を目で追ってくれてるというのに。曲を聞きたい気持ちと清志郎にぎゅってされて満足げな御幸への苛立ちに挟まれていると、明楽が顔を上げた。
「歌詞が違う」
「ぁえっ、うん、ど、どう違う?」
「暗い印象を受ける。言っていることは本質的にはおそらく変わらないんだ、歌っている人間に引っ張られているから。ただ、言い回しがこう、さっきの方が素直だったな」
「……完璧かよ……」
「えー、俺全然分かんなかったよ」
「僕もっ」
「御幸ちゃんと聞いてたの?育がんばって作ったんだよ、御幸のために」
「聞いてたけど分かんなかったのー」
「俺もよく分かんなかったからあれだけど……明楽のが正解?」
「そう。マジでそう。次のページに同じことを表現している歌詞で違いが生まれている言い回しについてまとめてあるから読んで」
「うわ……きっもちわる……」
「こら。御幸」
「うっそー」
「もーいい、御幸には話さない。明楽に話す、その本も返して」
「えっやだ」
「とりあえず、もういい加減レッスンに戻らないか?続きはいつでも聞くから。育」
「……うー」
はいともいいえとも取れない声が漏れた。返せと言ったのに、あんなに興味なさそうだったのに、なぜか冊子を自分のタオルの下にしまいこんだ御幸に、清志郎が笑っている。もう少し続けててもいいですけど、とトレーナーさんが言ってくれたけど、まあ確かに、休憩時間を使い込みすぎだ。じゃあまた今度にする、とちっちゃい声で言った俺の頭を明楽が撫でた。

レッスン終了後。
「いーく」
「……………」
「怒ってんのお」
「……怒ってない」
「だって育がわーわーしてんのおもしろかったんだもん。ちゃんと聞いてたよ」
「嘘だ」
「ねー、こっち見て」
「やだ」
清志郎と明楽が部屋から先に出て行ったら、御幸が寄ってきた。座ったまま柔軟してるのに膝の上に滑りこんでくるので、大変じゃまっけである。
「じゃあさびしかった?」
「……御幸は楽しかった?」
「うん」
「じゃあもういいよお」
「よくない、ねえ仲直りしよ」
「したしたもういい」
「いくないの、ふざけすぎちゃった、ね?僕のこと好き?」
「好き……」
「許した?」
「……ごめんなさいは?」
「育が謝ったら謝る」
「なんで俺が謝らなきゃいけないんだよ!」
「あいたっ、お尻打った!」
「あーあーダメだった」
「ほら育おいで」
「御幸のバカっ、マリエッタちゃんのブス!」
「ちゃんと謝れって言ったろ」
「僕悪いことしてない」
どうやら扉の外から窺われていたらしい。清志郎になだめられて、明楽に諭された御幸の謝る気のない「ごめんなさあい」で、まあ、ちょっとは落ち着いた。別に怒ってるわけじゃない。どっちかというと拗ねている。自分が好きなものを、自分が好きな人に、好きになってほしいって思うことのどこが悪いんだ。更衣室のロッカーに移動して、まだもやもやしたまま着替えをしていると、再び御幸が寄ってきた。もう喧嘩するなよ、と呆れ声の明楽が少し遠くから見ている。近づいてきて肩に手を回した御幸が、ぽそぽそと小さい声で話すので、耳を寄せた。
「ねー育」
「なに」
「さっき言ってた秋さんて人が、育と話してくれない人?」
「はな……話してくれないとか言うと秋さん嫌な人みたいじゃん……」
「でもそうでしょ」
「いっつもタイミングが合わないのっ」
「手伝ったげよっか?」
「……なにを?」
「僕が、その人と育がお話しできるように、手伝ってあげよっか」
「だからなにを」
「それはここで言うと明楽にまた怒られそうだから」
「……明楽が怒る系のこと?」
「清志郎にお尻ぺんぺんされる系のこと」
「乗った」
「後でね」
残念ながら、イタズラは大好きなのである。怪訝そうな顔でこっちを見ている明楽と、まだ帰らないの?と覗きにきた清志郎に、二人揃ってにこにこしておいた。小声なのであっちには聞こえていない。後で詳細を聞かせてもらおう。


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