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おはなし



「なんでやちよ呼ばなかったの?」
「……目立つから」
「まさかとは思うけど今日当也が帰ってくるのやちよ知らないってことはないよね」
「それは知ってる」
「大丈夫?さくちゃん殺されない?やちよカッターで」
「骨は拾ってあげる」
「嘘でしょ」
薄ピンクのかわいい軽自動車で駅前につけられて、誰の車だ、と思ったら、さちえのだって。帰省するから迎えにきて欲しい、と頼んだのは俺の方だけど、正直朔太郎の運転には不安しかない。もっと安心できる人を呼べば良かった。でも母はどうしても呼びたくなかったし、父を呼んだら母がついてくるだろうし、隣んちは仕事あるだろうし、ダメ元で辻家に連絡したら朔太郎が「じゃあ俺行く行く!」で話が終わってしまったのだ。えっ待ってさちえとか…って言う前に電話切られたし。
一人暮らしを始めてから、帰省は2回目だ。1回目の時に酷い目を見た。駅まで迎えに来てもらったのは良かったんだけど、顔を見た途端に抱きつかれ、泣きながら会いたかった旨を伝えられ、あれ?俺ってこの人と幼い頃に生き別れた?と思った。まさかそんな熱烈な歓迎を受けるとは思っていなかったので思考が完全にフリーズして、たったの数ヶ月ぶりなはずの母親に呆然と抱きしめられていたら、通りすがりの誰かが拍手しだしたので、我に帰った。恥ずかしくて死んでしまう。いや、悪意から拍手してるわけじゃないと思うんだけど。あの縋りようからして、マジで数十年ぶりとかの感動的な再会シーンに見えてしまっていたんだろう。そしたらおめでとうの気持ちを込めて拍手ぐらいするかもしれない。それはもう本当に申し訳ないんだけど俺はこの三月までここに住んでたので、全然感動の再会じゃない。二度とするなときつく言ったものの、ぐすぐす泣きながら車に乗り込んだ母は全く俺の話を聞いていなさそうだったので、次は絶対に別の人に迎えに来てもらおうと思ったのだ。いっそ駅から歩いて帰ってやろうとすら思った。荷物が多いからやめた。
「トランク入れる?後部座席でもいいけど」
「足元でいいよ」
「うん。あ、あれ?鍵が開かない。あれ?あっ開いた。お待たせ」
「……………」
「なにその顔……」
「……今日家にさちえいないの?」
「いるよ」
「……朔太郎とチェンジはできないの?」
「今すごく傷ついた」
「うん……」
「謝ってもくれないじゃん……」
不安でいっぱいである。無事に家まで着けるだろうか。すごく癪だが、次は航介を呼ぼう。それかタクシーに乗ろう。もしくは歩く。

「ただいま」
「ただいまー!」
「……………」
「あれ?いないの?やちよー」
家の中が静かだ。車はあったから、買い物に行ってるとか、そういうことはないと思うんだけど。まあいっか。とりあえず手を洗って荷物を自分の部屋に持って行こう。朔太郎がリビングの方へ行ったので、荷物を抱えたまま階段を上がる。手伝ってくれてもいいのに。自室の扉を開けたら、なにかにぶつかった。
「うわ」
「きゃあ」
「あ。ただいま」
「とっ、だっ、おっ、とーちゃん!」
「声でか」
「あっやだあ!やっちゃんまだ髪の毛とかぼさぼさで!あっでもね今ねとーちゃんのお布団干したからふかふかなのよ、待ってこっちは見ないで!ちょっと待って!」
「下にいるね」
「はいもう大丈夫!結んだからねっ、見て!お母さんよ!」
ついてきた。お布団カバーもちゃんと変えたからね、でもそのせいで髪の毛がちょっとぐちゃってなっちゃったの、だから見られたくなかっただけでとーちゃんのことが嫌いになったわけじゃないのよ安心してね、おい聞いてんのかゴラこっち向け、と後ろをついてきながら最終的には凄まれて、大人しく顔を見た。逆らうと怖いんだもん。にっこにこしながら俺の周りを回るので、されるがままになっていると、リビングから朔太郎が覗いていた。この人を止めてくれ。
「そういう遊びかと思った」
「さくちゃんに送ってもらったの?やっちゃんには来るな来るなって言ったのにー」
「もう朔太郎にも頼まない」
「なんでさ!事故らなかったし安全運転だったじゃん!」
「安全運転だったけどいつか何かあるんじゃないかって怖かった」
「さくちゃんおせんべ食べる?」
「食べる」
「なに飲んでんの」
「ココア。やちよ、勝手にココア作った」
「いいわよー」
「俺も飲も」
「作ってあげましょうか」
「いい。自分でやる」
独り立ちする前はココアだってお母さんが作ってあげていたのに…!と泣かれた。いやココアぐらい自分で作ってたから。テレビを見ながらだらだらしていたら、朔太郎が立ち上がった。
「よし、帰ろ」
「えっ」
「え?」
「……帰るの?」
「うん」
「……そう……」
「あらー、さくちゃん帰るの?ご飯食べてったらいいのにー」
「ううん、さちえが今日はお好み焼きするって言ってた」
「いいわねえ」
「じゃーね」
「うん」
そっか、航介もそうだけど、朔太郎はもう学生ではないのか。ばいばい、と振った手の力を抜くと、ぺたりと床に落ちた。そりゃそうなんだけど。別に、こっちに戻ってきたからって、前みたいに遊べるとは最初から思ってなかったけど。
つきっぱなしのテレビをぼけっと眺める。そういえば父はどうしたのかと聞けば、今ちょうど忙しいらしい。締め切りが近いとか、原稿が立て込んでるとか。だから嫌に静かなのか。じゃあ顔を出すのも迷惑かもしれない。仕事が破茶滅茶に限界の時は、仕事部屋の書斎に入っても全く気づかれないことが多かったことは覚えている。暇だな、自分の部屋に置いてある本でも読もうかな、とぼんやり思っていたら、電話が鳴った。はいはいはい、と受話器をとったやちよが、きゃっきゃ楽しげに話して、電話を切ってこっちを向く。
「とーちゃん、さちえちゃん来るって」
「え。なんで」
「ゆりねちゃんがとーちゃんに会いたがってるんですって。さくちゃんも戻ってくるんじゃない?」
「……そお……」
「もう、いつまでも拗ねてないの」
「拗ねてなんかない」
「なんにもすることないならお手伝いしてちょうだい」
「しない」

「一人暮らし、順調?」
「うん……」
「えらいわねえ」
でも無理しなくていいのよ、とさちえに頭を撫でられて黙っていると、さすがに子ども扱いしすぎたわ、とちょっと恥ずかしそうに手を引かれた。わざとやってるわけじゃないって分かってるから、別にいい。帰ってきて自炊する気力がなくて大変とか、洗濯がなかなか乾かなくて困ったことがあるとか、ぽつぽつ話してたら、友梨音ちゃんが来た。
「当也お兄ちゃん」
「ん」
「……………」
無言のまま寄ってこられた。おろおろしているので、とりあえず待っていると、意を決したように顔を上げて。
「ゆっ、ゆりのお手紙、見てくれた……?」
「うん。……あれ、返事したはずだけど」
「それは見たの、そうじゃなくて、こないだの、そのまたお返事をしたの……」
どうしよう。心当たりがない。もごもごと小さくなっていってしまったので、心苦しい。朔太郎との手紙のやり取りは不定期だし、友梨音ちゃんからの手紙が同封されていたからそれに対しても返事を書いて出してからは確か一ヶ月も経ってないと思う。もしかして、行き違ったかな。ちょっと前に出したけど、俺がポスト見てなくて、見てないだけとか。そうだったら俺が悪い。見てないものは見てないので、可能性を上げて謝ろうと思ったら、にゅっと朔太郎が生えてきた。
「それに関してはお兄ちゃんにも言いたいことがある」
「なに」
「ここにあるのが件のゆりの手紙です」
「……は?」
「あっ、なんでお兄ちゃんまだ出してないのっ」
「ゆりから手紙預かったけど俺がまだ返事書いてないからと思って出さないでいたら先に当也が帰ってきちゃったから渡したほうが早いと思って。はい」
「ありが」
「いやあ!やっ、め、目の前で読まれるのはいや!」
びっ、と手紙を奪い取られた。だめだめ、と首を横に振られて、友梨音ちゃんが耳まで真っ赤っかになっているので、諦める。別に目の前で読み上げるつもりはなかったけど、帰省してる間に読まれるのは確かに嫌か。ていうか俺悪くなかったし。朔太郎のせいじゃん。でもまあ、忙しかったのかもしれない。またちゃんと出すから、と約束して、手紙は友梨音ちゃんの元に戻っていった。
ちょっとだけ背が伸びたとか、お勉強が難しくなったとか、この前航介お兄ちゃんに釣りに連れてってもらっておっきい魚が釣れたとか、いろいろ教えてくれた。あとこないだドーナツ、と言いかけた時に、自分の手の中にある手紙に視線を落として、この話はしない!と首を横に振っていて、ちょっとかわいかった。夜ご飯の前に三人は帰っていって、また母と二人になる。
「とーちゃん、響也さんとこにお夕食持っていってあげて」
「えー」
「顔見せに行くと思って持っていきなさいよ」
「めんどくさい」
「もう!」
しょうがないわねえ、とお盆にお皿を乗せている母の真隣の扉がいきなり開いて、ぼろぼろの父が現れた。髪の毛とかとっ散らかってるし無精髭すごいし目の下にクマできてるし。久しぶりにやばい時の父親を見たもんだからぎょっとしてしまって固まっていると、よろよろしながらコップに水を汲んで一気飲みして、口を開いた。
「……間に合った。終わった」
「えっ、響也さん終わったの?明日までかかるって言ってたじゃない」
「明日……明日、当也が帰ってくるんだろう。終わらせた……」
「とーちゃんならさっき帰ってきたけど」
「え?」
「ほら」
「……ただいま……」
「……………」
「あぶない!」
声も無くグラスを落っことしかけたのをぎりぎりで拾ったやちよが、もう!と父の背中をぺしぺしした。叩かれて押された勢いでじわじわとこっちに寄ってくるので、思わず引いてしまった。怖えよ。せめてこう、笑顔になるとか、なにか話しながら来るとかしてくれ。真顔でじわじわ距離をつめられると、流石に引く。
「……おかえり……」
「た、だいま……」
「……………」
「あっ、ちょっ、ふらふら!ねえ響也さん寝てきたら?ご飯後でもいいんじゃない?倒れちゃうわよ」
「……着替えてくる」
「もー」

「なんで明日だと思ってたの?響也さん」
「……カレンダーを見間違えていた。寝てなかったから」
「昨日なんてお昼ご飯も食べなかったじゃない」
「……………」
ばつが悪そうに目を逸らした父は、身支度を整えて綺麗な格好になったけれどよく見ると若干やつれている気がした。働くって大変だな。ロールキャベツをつついていると、やちよがため息をつく。
「とーちゃんは拗ねるし、響也さんは勘違いするし、やっちゃんがいないとだめね」
「だから拗ねてない」
「さくちゃんは帰っちゃったしこーちゃんは来ないし響也さんはお仕事だから拗ねてたじゃない」
「拗ねてない……」
「もう。いじっぱりね」
ご飯を食べ終わって、自分の部屋に引っ込む。久しぶりだ。布団は干してくれたと言っていただけあって、ふかふかで気持ちよかった。ベッドにごろごろしながら携帯をいじっていたら、朔太郎から連絡が来た。
「どうした?」
「パソコン貸して」
「構わないけど……持っていくか?」
「いいの」
「無線だから。これも」
父の部屋に行けば、もう目が半分だった。眠いんだろう。返すのは明日で構わないから、と言われて部屋を出る時、電気が消された。渡されたノートパソコンとルーターを持って部屋に帰る。いつもと違うから少し手間取ったけど、いつもやってるゲームにログインして。
『おまたせ』
『あ来た』
『遅い』
『うるさい』
『ログインどうしたの?』
『父の』
『昨日の続き 逆鱗落ちなかったから』
『俺卵ほしい』
『羽根』
『じゃんけんしよ』
『ルーレットでいいだろ』
『羽根』
『お前!』
『勝手に翼竜クエスト受注してる』
『今日は羽根です』
『明日殴るからな』
『そうだ!今なら殴れるぞ!行け!』
そこまでチャットが進んで、そうか、明日殴られるっていうのが現実味のある距離に今はいるのか、と思い至った。まずい。久しぶりにあんなゴリラのグーを食らったら、頭が陥没するかもしれない。何故か踊っている朔太郎のアバターと、その場でぐるぐるしている航介のアバターを見比べて、キーボードを打った。
『羽根の後逆鱗行く』
『羽根なんか3日かけても落ちない』
『殴る』
『やってやれ』


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