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ヨシカタくんと




「あ。るりちゃん」
「こんにちは。お邪魔します」
「んーん。あれ?るりちゃん今日撮影あったっけ」
「ないです。見学させてください、お勉強のために」
「えー。お勉強になるかなあ、俺怒られてばっかだよ」
「大丈夫です」
そりゃるりちゃんは大丈夫かもしれないけど、俺は大丈夫じゃないんだけど。演技がなってないと叱り飛ばされまくっているところを、いくつも年下の女の子に見つめられ続けるのは、精神的に来るものがある。まあいいけど。
るりちゃんはアイドルだ。俺と同じ。けど、彼女はいわゆる地下アイドルってやつで、小さいステージと少ないお客さんを相手に、頑張って活動している。俺も同じアイドルだけど、なんていうか、事務所が大きいから?っていうのもあって、人の目に触れる機会は多い。だけど彼女は、女優になるつもりというわけでもなく、「藍川しずく役」のオーディションに応募したわけでもなく、この場に立っている。理由は簡単、監督の一目惚れだから。脚本家さんのお友達がアイドル好きで、その伝でライブチケットをもらって、面倒だと思いながら見に行って、るりちゃんを見て、雷に打たれたそうだ。そうやって監督本人が言ってた。俺の役はオーディションがあったし、ゆーやくんもみっくんもそうだったって言ってた。新城さんはどうなんだろ、監督がお願いに行くタイプかもしんない。庚のおじちゃんもそう。るりちゃんは、言っちゃ悪いが、ただの地下アイドルで、それは仕事としていいのかも微妙なレベルで、テレビの出演経験もない。なのに監督の一目惚れでメインの役をもらっている。だからというか、そうしようと思ったのは元々の彼女の性格なのか、自分が出演していないシーンの見学をして、演技の勉強をしているのだ。
そもそも元々るりちゃん本人は、演技なんてしたこともないし、ましてや映画なんて絶対無理だし、しかも監督は有名作をいくつか持ってる名の知れた人なので、話が来た最初は断ったんだとか。でもあのおっさん、失礼、監督はしつこいので、毎日のように劇場に通っては頼み込み、長らくファンでいてくれた人とも何故か仲良くなり、るりちゃんが引っ込めなくなるまで誘い続けて、ようやく了承を得た、と。ただ立っているだけでもいい、藍川しずくは君以外考えられない、と口説き落としたらしい。それも本人が言ってた。あの人なんでも言っちゃうんだもん。変わり者だからな。ただこう、るりちゃんは真面目なので、ただ立っているだけでと言われたところでその通りにそうする子ではなく、色んな役者さんの演技を見て勉強しているのだ。えらいと思う。俺なんか監督にめっちゃネチネチ言われるのに。お前台本読んできた?なんでそうなるの?って。こないだなんてストレートに「バカ」って言われたからね。もうそれ悪口じゃん。人間が歪んでいる。
今日はがんばるぞ、と決意を新たにしながら台本の最終チェックをしていたら、監督が来た。すぐにるりちゃんに気付いて、るりちゃんも気付いて席を立ちお辞儀をする。いい子だ。
「あ。綾峰くん」
「お邪魔しています。見学させてください」
「うん、どうぞどうぞ」
「失礼します」
「寒かったり暑かったりしない?大丈夫?」
「大丈夫です」
「お腹空いてない?」
「はい」
「……………」
「吉片さん?」
「はっ」
「ヘアセットいいですか?」
「はあい」
あのおっさんがただロリコンなだけなのでは?と思ってしまった。違う違う。違うんだよな?多分。いやだって、るりちゃんすごいし。演技したことないって、自信ないって言っても、なんていうかすごく、リアルなのだ。「家出少女で未成年のアイちゃん」がそこにいる感じがする。そういうところに監督は目をつけて引っ張ってきたのだろうけれど。だから、うん、監督がロリコンなわけじゃない。るりちゃんのことが好みだったから連れてきたわけじゃないと思う。そう思いたい。

「吉片もう一回。頭から」
「はあい」
「返事は短く」
「……はい」
「文句があるのか?」
「……………」
やっぱり扱い違くない?るりちゃんにはさっきの休憩でなんか美味しそうなアイス買ってきてあげてたよね?俺にはめっちゃ厳しいのに。俺が未熟だから悪いんだけど。あのおっさん贔屓すごくない?なんなの?バカ。バカって言われたからバカって言い返してると思われてると心外なので、実際には言わない。内心で思うのは自由だ。
「あの人、目をかけて期待してる人にはすごく厳しくするから。吉片くんの撮影きついでしょ?」って新城さんに教えてもらうのは、その二週間後の話だった。

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