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ヨシカタくんと




「しつれいします!」
「はーい」
今日は歌番組の収録。夏歌特集とかで、去年の曲だけどうちのグループも呼んでもらえた。俺たちはまだ若くて下っ端の駆け出しアイドル側なので、いろんな人の楽屋にご挨拶しないといけない。いけないって決まってるわけじゃないけど、した方がみんなと仲良くなれるってことだ。メンバーと一緒にひとしきり挨拶回りを終わらせて、時間までちょっと余裕があるってわかって、さっき挨拶に行った楽屋の一つにもう一度足を運んだ。中から聞こえた返事に扉を開けると、中には一人しかいなかった。
「あれ、なんで一人」
「んー、みんなどっか行っちゃった。俺はお留守番」
「ええー……そんなに時間ないのに……秋さんいつ帰ってくるかなっ」
「わかんない」
「えー!」
「わはは」
椅子の背もたれ側を前にして、反対座りでけたけた笑っているのは、よこみねくんである。前に共演した時に仲良くなった。かっこいーバンドのギターの人なんだけど、あんまりかっこよくなくて親しみが持てるところが、かっこいいと思う。うん?なんかおかしい気がするけど、しょうがない。かっこいいバンドのかっこいい人は、もう別の人で埋まっているのだ。
「ちょっとだけ待たして」
「いいけど、りっちゃん多分帰ってこないよ」
「なんで!」
「ヨシカタくんが来るからって出てったから」
「じゃあ俺はどうしたらいいの……隠れたらいいの……?」
「りっちゃんド直球で好かれんの嫌いだかんねー。しょうがないね」
好きな人に好きだって言ってなにが悪いんだ。メジャーデビューする前から知ってた、とまでは言わないけど、ずっとかっこいいなーと思って、そう思ってた人たちに実際会えて、そしたら思ってたよりも話せて仲良くなれたから、好きですって、かっこいいですって、伝えたことのなにが悪かったんだろう。実際そうしたら、三者三様に喜んだり照れたりしてくれたけど、一番本命だった秋さんにはガン無視されたし、それからずっと破茶滅茶に避けられている。正確に言えば、俺単体と出会わないように、清々しいまでにすれ違わされている。さっきの挨拶みたいに、メンバーと一緒とかならまだいいのだ。あと、どっかの廊下で出くわすだけとか、会話が続かないような状況なら、会うことはできる。とにかく、口をきかせてもらえない。恥ずかしかったのかな?って後日よこみねくんに聞いたら、めっちゃ笑われたし。どうも恥ずかしかったわけではないらしい。
「あめ食べる?」
「食べる……」
「かわいそうに。レモン味だよ」
「おっきい」
「でしょー。あげる」
「おいしい」
「あはは、ほんとに食べた。食べ終わるの?本番までに」
「あっ!」
危なかった。忘れていた。無理やりたくさん舐めて食べ切ったけれど、楽屋に戻った時にはまだ口に残っていたので、メンバーには呆れられた。しかもぎりぎりまで待ってたのに秋さん戻ってこなかったし。多分忙しいんだな。今度会えた時に新譜の感想言おう。あとラジオで言ってたことの話もしたい。あとYouTubeに上がってた動画の話も。秋さんが俺とまともな会話をしようとしてくれないので、話したいことがどんどん増えていってしまう。しょうがないので忘れないようにスマホのメモ帳にまとめているぐらいだ。「そうゆうことする熱意がりっちゃんに嫌われるとこだよ」って、よこみねくんには苦笑いを含む顔を向けられたけれど。


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