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高校生の話






「バレたら怒られるぞ」
「バレなきゃいんだよ!」
そう息巻いている瀧川に引きずられるがまま、裏庭の花壇を覗き見ている。正確に言うと、俺は覗き見てない。見ちゃいけないと思うから、壁に背をつけて漫画を読んでいる。覗いてるのは瀧川だけだ。都築が貸してくれた漫画なんだけど、これがなかなかおもしろいのだ。
事の発端は朝だった。校門の前でばったり瀧川と会って、下駄箱でばったり都築と会った。当也とか朔太郎と一緒に来るわけじゃないんだ?と聞かれて、四六時中一緒にはいない、と嫌な顔で噛み付いて、上履きを取り出そうとした都築がふと動きを止めた。
「ん」
「どうした」
「や、なんでも。先行ってて」
「うん」
「ありゃ靴の中に嫌がらせで虫でも入れられてるんだな」
「なんの嫌がらせだよ」
「嫉妬だよ」
「なにに?」
「全部」
「へえ。すごい」
「生返事悲しくなるからやめない?」
瀧川と喋りながら、都築の言葉通りに先に教室へ向かって、席に着く。1時間目、小テストだっけ。やらないよりはマシかとノートを見ていると、後から来た都築が複雑な顔をしていたので、一応もう一度どうしたか聞いてみた。少し周りの目を気にするように見回して、声を潜められる。
「……放課後、裏庭に来てくださいって」
「……果たし状?」
「ラブレター!」
「はあ。行けば」
「どっ、えー、やー、どうしたらいいんだろ?俺、ラブレターははじめてだよ?告られたことはあるけど、んー、これさあ、なかなかにそわそわするよ?」
「知らん」
「冷た……最低……」
「俺には関係ないだろ」
「まあ航介はそうかもしれないけど」
「あっちに言うと面倒そうだから黙っとけば」
「あっち?ああ」
目線で察したらしい。瀧川と仲有が話しているのを指したのだけれど、仲有は別にめんどくさくないので、瀧川単体に向けて言ってる。そっすね、と頷いた都築を俺は確かに見たはずなのだけれど、昼休みが終わった時に瀧川に「放課後付き合え」と呼ばれ、今に至る。なに普通にバレてんだよ。隠し事が下手すぎる、と思ったけれど、どうしよう?って言ってたし、どうしたらいいかわかんなくなって相談しちゃったんだろうか。まあ、朔太郎に言うよりかはマシかもしれない。悪気なく全校生徒に広まるぐらいの勢いで騒ぎ立てられるか、憎しみのこもった目で覗き見られるかだったら、後者の方がまだダメージは少ない。
「くそ……くそくそのくそ……なに呼び出されてんだよ……派手に殴られるとかしろ……歪んだ性癖を暴露して嫌われろ……」
「帰っていい?」
「一人で覗くのキツいからここにいて」
「仲間だと思われんのやなんだけど」
「もし仲間だと思われたら他人のフリするからここにいて」
そこまでして俺がここにいる必要はあるだろうか。そろそろ持ってきた一冊が読み終わりそうだから、家に帰りたい。宿題やりたいし。遠くて会話が聞こえないが楽しそうに笑い合っているのは見える、なんてこった、悔しすぎる、今のこの瞬間に世界終わって欲しい、と呪詛を吐きながら血涙を流している瀧川に、もう引きずって戻るか、とぼんやり思った。邪魔になるのは御免だし、今の段階でもう既に恐らくは邪魔だ。都築はともかく、女の子側に迷惑すぎる。ぎぎぎ、とどこから出しているんだか不明な声を上げて唸りながら壁に爪を立てる瀧川の首根っこを掴んで引っぱろうとしたら、聴き慣れた声がした。
「ふんふ〜ん、お花ちゃんに〜お水を〜あげ〜に〜うふんふ〜ふぐえっ」
「静かにしろ」
「絞まってる絞まってる!突然なに!?」
「声がでかい」
「ごぐえええ」
締め上げたらようやく大人しくなった。死んでしまいます!とぷんすかされたが、静かにしてほしい旨をちゃんと伝えたのにでかい声で騒ぎ続ける方が悪い。花に水をやる、と変な歌を歌っていた通り、でかめのじょうろを持っていた朔太郎が、なんでこんなとこにいるの?と首を傾げた。端的に説明すれば、瀧川の下から顔を出して状況を確認したらしく、納得した。
「なるほど」
「だから後でにしてやってくれ」
「でも今日植え替えもしたかったんだけど」
「うーん……」
「じゃあ待ってよっと。そんな長いことかかんないしょ」
助かる、と言おうとして、いや俺が助かるわけでもないし、と思い、じゃあありがとうかとも思ったけれど、それもまた俺から言うのはおかしな話なので、結局口をなんとなくもごもごして終わった。じょうろを地面においた朔太郎が、じゃあめだかちゃんにそうやって言ってこよ、と校舎へ戻っていく。もし待たせて他の委員が帰ってしまうようなら、手伝った方がいいのだろうか。どんな仕事をしているのかすら知らないので、邪魔なら帰るけど。あと手伝うことになった場合、瀧川にもやってもらおう。当の瀧川は、まだぶつくさ言っている。女の子か都築か、どっちでもいいからどっちかが気づいて嫌そうな顔の一つでも向ければ、逃げると思うんだけど。
「チッ……ビンタされろ……頼むから手酷くフラれろ……」
「瀧川」
「なに」
「終わった?」
「……二人連れ立ってどこかに行こうとしている……どこへ行こうと言うんですかねえ……二人で……不純ですねえ……!」
「もういい?」
「つーか航介はうらめしくないの!?都築が告白されてんだよ!?死ね!と思わないの!?」
「特に」
「はー!」
「いてえな」
「いだだだだだ!五億倍になって帰ってきた痛い痛い折れる!」
「ねー終わったー?」
「まだ」
「まだだってー」
瀧川の顔面を握っていたら、朔太郎が戻ってきて、校舎の方を振り向いた。委員会の後輩だろうか、女の子がそれに応えるようにぺこりと頭を下げて、じゃあ私は表門の方に行きます、と言い置いて去っていった。本当なら裏庭から回っていくものなのかもしれない。この学校にはいろんなとこに、朔太郎、もとい美化委員が管理している花壇があるので。委員の仕事としては早く退いてほしいけどせっかく綺麗にした花壇がああやって青春の思い出の一ページの舞台になることはやぶさかではないわよ、とくねくねしていて気持ちが悪い朔太郎から体を引いていると、顔面の痛みに地面へ伏していた瀧川が飛び起きた。
「女子!なんだお前!女子と二人で水やり!?なににどう水をやるんでしょうねえ!」
「お花にじょうろで水をやるんだよ」
「はー!なんの比喩だよ!死ね!バカ」
「事実なんですけど」
「喉渇いたから自販行きたい」
「えー、俺も行きたーい。瀧川は?」
「行かぬ!都築に死の呪いを送り続ける」
「朔太郎見張ってろよ。こいつ飛び出してったら女の子かわいそうだろ、びっくりして」
「やだよー、俺も喉渇いたもん。もうカラカラすぎて指先とか渇いてる」
「じゃあ瀧川も来い」
「嫌だー!行かなーい!都築忠義が手酷くフラれるところを見るまでここからどかなーい!」
「しつこい」
「ギャー!痛い!目ん玉飛び出た!」
「うるせえな」
「……あの、なにやってんの……?」
「お」
「あ」
途中から超うるさいの丸聞こえだったんですけど、だそうだ。俺は静かにさせようとしていたのに、こいつらが騒ぎ立てるから。苦笑いと引いた顔の合間を浮かべている都築に、女の子と連れ立ってどっか行ったって瀧川が言うから、と告げれば、見送っただけで連れ立ってはいない、と訂正された。早とちりじゃねえか。
「ていうかなんで覗いてんの」
「瀧川が来いって言うから。都築が瀧川に言ったんじゃないのか」
「言ってない。言うわけない」
「俺はお花の水やり!」
「朔太郎に関しては俺全く関係ないんだ……」
「おい瀧川。どういうことだよ」
「後頭部叩かれたから記憶なくした」
「もう一発叩くか?」
「昼休みに廊下で、都築くんの下駄箱にラブレター入れちゃったってきゃっきゃしてる女子がいたから聞き耳を立てました」
「よし」
「よくないんだけど。とてもうるさかったんですけど」
「ねえ、水やりしてきていい?」
「いい」
「ばいばーい」
「ばいばい朔太郎」
「俺も帰る」
「えー、待って航介、一緒に帰ろ」
「女子と帰れよ」
「そうだそうだ!航介は独り者同士俺と帰るんだ!なっ!」
「そうなるぐらいなら一人にしてほしい」



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