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高校生の話





「勝ちじゃん」
「え?」
「……もうこれは……勝ちじゃん……」
「なにが?」
「都築、なにに勝ったの」
「わかんない。瀧川かな」
「ああ。そうね」
「そうじゃねーよ!そうだとしても口に出して言うなよ!」
今日は調理実習で、もうすぐ授業終わりの時間なんだけど、班のみんなで作ったものを食べてたら瀧川が寄ってきて「一口くれ」って言い出した。自分の分はどうしたんだろう。仲間外れにされて、分けてもらえなかったのかもしれない。そしたらかわいそうだから、触れないであげよう。とか思いながらつまみ食いを許していると、ぱくぱくと頬張った瀧川が机に突っ伏した。思ったよりちゃんと量あるからお昼のお弁当入らなくなっちゃうなあ、とぼんやり思ってたら、同じ班の鶴屋さんが席を立った。
「辻くん、こっち洗っちゃうね」
「あっ、うん、ごめんね。俺拭く」
「うん」
「瀧川、邪魔だよ。どいて」
「……もう一口」
「いいけど」
「……………」
「なにその顔。おいしいでしょ?今日はうまくいったんだから、朔太郎もふざけなかったし」
「そうだぞ!我慢したんだ!」
「うまいから腹立ってんだよ!」
「えー。意味分かんない」
「ああクソ!」
「痛い」
瀧川が都築を殴った。なんてことするんだ。
今日の調理実習のメニューは、煮物と白米とお味噌汁だった。煮物は、なんだっけ、ちくぜんに。白米はといで炊飯器をポチするだけ。お味噌汁も、豆腐と葱とわかめのやつ。煮物がちょっと大変だったけど、都築がいたからなんとかなった。俺は「今回こそは邪魔しないで」って都築に言われたし、同じ班の鶴屋さんと津田さんにも曖昧な笑顔を向けられたので、大人しくしていることにしたのだ。今回こそは、というところがポイントである。別に俺、料理苦手とかじゃないし、さちえのお手伝いとかもしてるし、でもなんかこういう場だといらんことをやりたくなっちゃうもんなんだな。クラスの頭からの名前順で「つ」が集められたこの班を組んでから一番最初の調理実習でやった隠し味のせいで、ばっちりしっかり他の3人に目をつけられた俺は、邪魔をするな、大人しくしてろ、という主に都築メインの見張りちっくな視線を受けながら家庭科の時間を過ごしている。仲間外れにされてるわけじゃない。なんもしなかったらそれはそれでお荷物だし。「いい!?無駄なことしないでよ!?わかった!?ほんと怪我されんのも勘弁だし妙な手ぇ加えようとか思わなくていいからほんとこの通りにやってよ!」と口やかましく都築に言いつけられてから野菜を切ったりしている。うーん、多分おうちのお仕事的にも、ご飯でふざけるのは都築の中で一番無しなやつだったんだろうな。それはさくちゃんが悪かったのである。反省。
今日朝ご飯めっちゃ重かったんだよお、と都築が箸を止めていると、瀧川が手を伸ばした。めっちゃ重い朝ご飯ってなんだろ。油淋鶏とか?
「おい、勝ち男。食わないなら寄越せ」
「えー。瀧川お腹空いてんの?いいけど」
「……は?……なに?……もう意味分かんないんだけど……は?」
「一口ごとにキレないでよ」
憎しみの篭った目で都築を睨む瀧川が、指で煮物を摘んではぱくぱくと食べていく。昼の弁当持ってこなくて良かった、と漏らした都築が、先に片付けをしてしまおうと立ち上がった。
「む。ん。おれもかたづけふゆ」
「いいよお。女子あんまいらないって言ったから俺らの分一人分より多いんだよ?ゆっくり食べな」
「むぐ……」
「ハムスターみたいになってる」
詰め込んだ煮物を飲み下して、お味噌汁を傾けた。なんかでかいネギがある。お味噌汁の具材を切る係は俺だったので、過去の自分にもうちょっと丁寧にできないのかとちょっとげんなりした。まあ、自分のとこで良かったか。鶴屋さんか津田さんのお椀にこれが入ってたら、後々「辻くんってネギひとつまともに切れないのよね」とか言われてしまうかもしれない。誤解です。
0.3人分ぐらいしか食べてない女子たちと、途中放棄した都築が、てきぱきと片付けをしているのをのんびり眺める。お弁当、5時間目の後にしようかな。しっかり味が染みてる椎茸をもぐもぐしていたら、つまみ食いを終了したらしい瀧川が席を立った。
「んお。帰るの」
「うん。食ったし」
「瀧川も次からは自分の班の仲間に入れてもらえるといいね」
「お前ずっと俺が一人ぼっちだと思ってたの?クソ失礼」
「……………」
「悲しい目するな。少年漫画の主人公かよ」
「だって彼女いないし……」
「それ今関係ある?死ぬほど胸痛い」
「AEDいる?」
「今すぐ持ってきて」
話を聞くと、瀧川の班は完全に女子によるワンマンチームらしく、手を出すと効率が下がるし任せておいてなんの問題もないので、先生に見つからない程度に「なにもしない」が正解例らしい。なんならとっくに試食も終わってるし片付けも済んでる、とのこと。確かに、指を向けられた先の席では、園田さんと鈴木さんがきゃっきゃと話していた。下谷くんは瀧川と同じく他の班のところに遊びに行っているのだろう。
瀧川が帰ってしまってすぐ、片付けをしていた都築が戻ってきた。空になったお皿を回収するみたいで、俺も早く食べちゃわないと、ともぐもぐしていたら、目があった。
「朔太郎、おにぎり食べる?」
「えー……もういらない……」
「だよねえ。ご飯余っちゃったんだ」
「なにおにぎり?」
「米」
「そりゃそうなんだよなあ」
具なんてないよ、煮物詰める?と笑った都築の後を追いかけるようにお皿を重ねて席を立つ。またハムスターみたいに…って言われたけど、もうあとちょっとだったから口に入れちゃったほうが早いかと思って。手渡された布巾でお皿類を拭いていると、確かにご飯が余っていた。こんなに多めにできちゃったの、うちの班だけなの?他の班はぴったりなの?そう不思議に思っていると、都築が宣言通りにおにぎりをにぎにぎしながら口を開いた。
「鶴屋さんおにぎり食べる?」
「えっ……」
「二個あるよ。津田さんと一個ずつ食べる?」
「えっ」
「……えっ……」
顔を見合わせた二人が、手でタイムマークを作って後ろを向いた。この光景は調理実習中にも何度か見たので、慣れた。こそこそひそひそしている二人に、海苔ぐらいはあったらいいのにね、と都築がにぎにぎしている。それを改めて見た二人のひそひそが、ひそひそ!こそこそ!ぐらいにグレードアップしたので、会話が若干聞こえて来る。都築くんの手作りおにぎりなんて無理だよお!食べれないよお!でも欲しい!いや待て、もらったら大食いだと思われてしまうのでは?それは困る!でも欲しい!でも都築くんが手で握ったおにぎり食べれる?無理!どう考えても無理!食べた口から浄化されてこの世から消える!をエンドレスループしてるのが聞こえるんだけど、都築はおにぎりの具を探すのに夢中で聞こえていないらしい。黙っておこう。おもしろいから。
「はい」
「あ、終わった?食べる?おにぎり」
「……い……いり……いりません……!」
「そう……」
挙手してから、苦渋、といった感じで断った津田さんに、鶴屋さんがうるうるしながら拍手している。断られた都築はちょっと残念そうだ。全部拭き終わったお皿を重ねながら眺めていると、残念そうな都築を見て、フォローせねばと思ったらしい鶴屋さんが、はっとした顔で口を開いた。
「ち、違うの!都築くんが握ったおにぎりなんて食べられないっていうか、あの、ご飯を無駄にしたいわけじゃなくて……!」
「……えっ……!?」
「だはははは」
「ど……どういう……手……や、手っていうか、俺が汚いとかそういう……!?」
「あっ、違うの!違う!」
「うひひっ、ひ、ひい、しぬ、たき、瀧川、瀧川呼んでもいい?」
「呼んで!俺の心が折れる前に!早く!」

笑い死ぬかと思った。都築があの巨大なひそひそ話を聞いてないからいけないんだよ。都築くんが握ったおにぎりなんて食べられない、の後の感情が、喜びなのか嫌悪なのかを取り違っちゃうでしょ。
そういうことがあったんだよ、その結果のおにきりなんだよ、と結局お鉢が回ってきて二つおにぎりもらった航介に話せば、特に興味はないらしく、ほぼ無視だった。ひどくない?せっかくおしゃべりしてんのに。瀧川と都築が自販行ってる間に。黙々と食べているのを邪魔すると怒られそうだったので、閉じたままの自分のお弁当箱は脇にのけて、頬杖をついた。あとで食べよ。
「塩おにぎりうまい?」
「塩味もしない」
「えっ……ほんとに米のみなの……?」
「うん」
「よく食えるね……」
「別に都築が生の手で握ったわけじゃないから平気」
「生だったら嫌?」
「汚いだろ」
「……………」
「あっ」
「なにやってんだよバカ!俺のコーラ!」
タイミング悪く、良く?帰ってきた都築が、恐らくは瀧川のペットボトルを落とした。


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