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高校生の話



「太ったあ!」
「……………」
「……………」
「無視しないでよお!」
ねええ!と大きい声で騒ぎ続ける珠子に、げんなりしている灯が絡みつかれている。その定期報告しょっちゅう聞くけど、別に太ってない。珠子の「太った」は口癖みたいなものだ。信用ならない。
「お腹に肉がついたの!ねえ!まきちゃん!」
「ついていない」
「あかりちゃん!」
「……………」
「無視するー!」
取り合っていたら終わりがないから、聞かなかったことにするしかないだけだ。だって、そんなでもないよ、って言っても「そんなでもなくない!」って言われるし、かと言って肯定するのも友達として嫌だし、ていうかだから、太ってないし。お腹にお肉がついたの、ここだよ、触ってみて、ほんとだよ、と灯の手を自分のお腹に持っていこうとしてる珠子の手を掴んでやんわり止めた。教室なんだから、やめなさい。
「あのね、昨日の夜体重計乗ったら、1キロ増えてたの……」
「身長伸びたんじゃない」
「髪が伸びたのかもよ」
「1キロも!?おかしいよ!肉だよ!」
「ダイエットとか言い出すのはいいけど、ご飯はちゃんと食べなきゃだめだからね」
「うぐ」
「お昼抜いて、体育で具合悪くなったことあるんだから」
「……全然食べないまきちゃんに言われたくないぃ……」
「ちゃんと食べてる」
「食べないじゃん。おべんとめっちゃちっちゃいじゃん!」
「それは、私はこれで、充分お腹いっぱいになるから」
「なんでまきちゃんはちょっとでお腹いっぱいになんのにあたしはいっぱい食べなきゃお腹いっぱいになんないの!」
「そんなこと言われても……」
「……間食やめれば?」
「ゔ」
灯にぼそりと痛いところを突かれた珠子が、黙った。ご飯を抜くぐらいなら、お菓子とかジュースとか、そういうものをなくした方がいいだろうなっていうのは、私でも分かる。ご飯を食べない無理やりダイエットをする時の珠子はお菓子その他も食べないけれど、そうじゃなければ毎日のようにおやつを食べている。だから、まずそのおやつだけ無くしてみたらどうなんだろうか。
「……おやつは……そのぉ……なんか……必要っていうか……」
「痩せる気ないじゃん」
「ある!炭水化物を減らす!」
「だからそれご飯でしょ?」
「ご飯はちゃんと食べなさい」
「まずお菓子をなくせっつってんの」
「二人して言うことないじゃんか!もー!いじわる!」
「1キロ減るまでおやつ禁止」
「いやー!」
聞きたくないとばかりに机に突っ伏した珠子を見て、灯がくつくつ笑っている。10キロ増えたら驚くけど1キロじゃ大して分からないよ、とフォローを入れたら、突然10キロ増えたらそれはもう病気だと言われた。確かに。

放課後。先生にノートを提出しなきゃいけないから、と珠子が急いで教室を出ていった。待っててよ!ちゃんと待ってて!って何回も言われたけれど、置いて帰ると思われていたんだろうか。多分、八割は灯に向かって言ってる。置いて帰るわけないんだけど、置いて帰るぞと言いたげな顔をしていたので。
「ん」
「……いいの?」
「うん。食べて」
「ありがとう」
二人でいる時には、そんなに会話はない。別にそれが嫌というわけではなくて、灯は灯で携帯を弄ってたりメイクを直してたりするので、私も私で本を読んでたりするだけだ。居心地は悪くない。いつもそんな感じなのだけれど、今日に限っては、灯からふいとお菓子の箱を向けられた。チョコのクッキーだ。おいしい。思ったよりたくさん入ってた、と付け足されて箱を覗けば、確かに結構残ってた。珠子にあげたらいいんじゃなかろうか。
「今日は食べなそうだから」
「ああ……まあ、確かに……」
「お昼ご飯の時に開けちゃったんだけど。その後あの話だったから」
「タイミング悪かったね」
「ほんと。おいしいけど」
「おいしいけどね」
私がそんなに量を食べないことも知られているので、三つぐらいもらったところで、灯が袋の口を閉じて箱を閉めた。もういいかなって思ったのが、伝わってしまったんだろうか。助かるけれど、申し訳ないような気もする。箱の裏面を見ながら、カロリー高、と灯が呟いたのとほぼ同時に、廊下を走る音が響いてきた。
「お待たせえ!ごめんごめんっ、あー!なにそれ!」
「声でっか……」
「あかりちゃんなに持ってるの!ずるい!あたしも食べたい!」
「ダイエットは」
「あっ……ぐっ……ううっ……!」
「超苦しんでる。うける」
「……明日から!」
「あげるってまだ言ってないんですけど」
「そのクッキーおいしいの知ってるもん!こないだ食べたのっ、ねえ、ちょうだいちょうだい」
「えー」
「いじわるしないで、ねっ、あかりちゃん」
「どうしよっかな」
「一個でいいからあ」
つい笑ってしまったら、珠子に怒られた。こっちは必死なのに、って。ごめんごめん。

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