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おのでらとふしみ



「気分転換」
「例えば、だけどね」
無意識にこうしなくちゃって思い込んでるのかもしれない、中てなくちゃって気持ちはもちろん大切だけどそれに引っ張られちゃってるのかもしれない、と指折り数えた晴臣さんが、まあ結局俺も伏見じゃないから原因は分からないよ、と溜息をついた。とにかく、一旦弓道から気を逸らしてみたらどうだろう、ってことのようだけど。
伏見のスランプの原因は、まだ分からないままだ。次の試合までは残り二週間も無い。晴臣さんのおかげで俺は先輩立ちに混ざって選抜入り出来たけれど、伏見の調子は悪くなる一方で、聞いた話によれば直前の結果によっては補欠の崎原と交代することもあり得るらしい。本人が先生に言い出したことのようだから誰も何も言わないけれど、いい加減もうそろそろみんな気づいてる。伏見があっけらかんとしてるから何も言えないだけだ。
「弓道場にずっといるでしょ、伏見って」
「基本そうですね……」
「中学の時もそうだったんだよな、だからこの辺で息抜きするべきなんだよ」
遅すぎるくらいだ、と笑う晴臣さんにその通りだと思う。気づけばいつも練習してるし、誰より早く道場に来て一番最後に道場を出る。練習量の結果あれだけの成果をあげられているっていうのは分かるけど、その代わりに他のみんなは遊びに行ったり家でだらけたり、そういう時間を持ってるわけで。その時間が伏見には足りない、と思う。
弓道のことを忘れて休めとは言わないけど、遊びに行くとかゆっくり休むとかしたらまた気の持ちようも変わってくるんじゃないか、と晴臣さんは言った。成る程と思いながらそこまで聞いて、何で俺にそれを言うんだろう、と目を向ければ、困ったような顔。
「……伏見は俺が言っても休まないからね」
「そうなんですか?」
「うん。土日ゆっくりしなさいって言っても、はい!って良い返事して道場来る」
「晴臣さんの言うことは聞くのかと思ってました」
「ぜーんぜん。練習がものを言うと思ってるからね、奴は」
だから気が抜けるようにどっかに誘うとかしてもらえないだろうか、と頼まれてとりあえず頷く。それは全然構わないけど、俺の言うことなんで耳に入れてすらもらえないと思うぞ。どこかに行こうって俺が言ったってどうせ、お前と遊んでる暇があったら他にすることが星の数よりあるんだとかって跳ね除けられちゃうだろうし。
矢取りから戻って来た伏見に晴臣さんが気づいてぱっと黙った。晴臣さんの入れ知恵だって知られたら意味ないもんな。どうかしたんですか、ときょとんとした顔を浮かべる伏見から矢を受け取って、そろそろ時間も時間だから終わりにしようって小野寺くんと言ってたんだよ、と晴臣さんが話を濁す。それに少し不満そうな顔をした伏見が、そうですかって案外聞き分け良く弓を外す。一瞬目を向けたホワイトボードの前で立ち止まってごしごしとマーカーを消し始めた伏見に、なんだか複雑な気分になった。なにもできないって思うこと自体がもう嫌だ、小さいことでも力になりたい。
気分転換、くらいなら俺にも何かできるかもしれない。そんなこと考えながら道場片付けてたら、シャッターで足挟んですごく痛かったけど、伏見が笑ってたからまあ良しとしよう。

「なにここ」
「俺んち」
「なんで」
「伏見にお勉強を教えてもらおうの会」
「その会、俺にいったい何のメリットがあるの」
「俺の頭が少し良くなるので伏見が苛々しなくなります」
「帰るわ」
「やだ!待って!待ってってば!」
晴臣さんと話をしてから数日後、なんとかどうにかこうにか必死でうちまで連れてきたのはいいけど、こいつ帰りたいとしか言わない。ゆっくり出来る場所なんて思いつかなかったし、家だったら多少伏見が暴論言っても多めに見れるから連れてきたんだけど。今日は学校で職員の全体会議があるとかで道場に入れなかったことが大層不満らしい伏見は、ものすごく嫌そうな顔で俺の家の玄関を睨んでる。伏見が自分でここまで着いてきてくれただけでも大勝利ものなんだけど、これで帰すわけにはいかない。前にも来てくれたことあったけど、用事が済んだら即帰ったからな。
昨日兄ちゃんが貰ってきたケーキがあるよとか、明日部活昼からだし帰るのだるかったら泊まってってもいいよとか、家は見たからいいだろうと言わんばかりに帰ろうとする伏見を玄関前であの手この手で宥めすかしてみたところ、渋々ながらも入ってくれた。俺馬鹿だからこないだのテストぎりぎりだったんだよ、勉強ちゃんと教えてね、と周りをうろうろしながら念押しで引きとめてみたものの、ケーキ食ったら帰る、と返されてしまった。今回の用事はケーキかよ、絶対帰さねえからな。
「ただいまあ」
「お邪魔します」
「おかえりなさい、あらー」
「こんにちは」
「こんにちはあ、前にも来てくれたことあったわよねー」
リビングから顔を出した母親に向かってにこにこと愛想良く挨拶している伏見を引きずるように部屋まで行くと、母がついてきた。おい、今まで俺色んな友達連れてきたけどそんなに食いついたことあったか。ちっちゃいのねえって連呼すんのやめてくれ、後で俺が痛いことされる。うちのお兄ちゃん達は二人ともでかいわ可愛げはないわよく食うわでゴミほども可愛くないのよ、と伏見の手を取ってにっこにこしている母を引き剥がせば、二人から不満そうな顔をされた。伏見までそっちに立つのかよ、可愛い可愛いって言われたからか、この野郎。
「なにするの、今俺喋ってる」
「やあね、お母さんはしゃいじゃったからお兄ちゃん怒っちゃった」
「もういいから、ケーキ持ってきてよ。あるでしょ」
「はいはい」
「余計なことしないでよ!ケーキとお茶だけでいいんだからね!」
「お母さんも一緒に食べてもいい?」
「ダメに決まってるだろ!」
「……前も思ったけど、面白い母だな」
「そうかよ……」
部屋の扉を閉じて、適当なとこに座っていいと伏見に告げれば迷いなくベッドの上でクッション抱きかかえて丸まりやがった。座ってないし、くつろぎすぎだし。一応、目的でもあるので、お勉強を教えてもらおうとノートと教科書を出してみたけれど、見向きもされなかった。伏見は基本、部活に関係しないと俺の面倒は見てくれないんだった。いいよなあ、あの母、うちにも欲しいわ、とぼやいている。
そして、重大なことに気づいた。もしかしたら気づかない方がよかったのかもしれない。なんと、俺は伏見のことが好きだと自覚してから、伏見がうちに来るのは初めてなのである。正直な話、ぶっちゃけ、やばい。しかも今日に限って伏見はだらだらしちゃってくれてるので、余計にやばい。かわいい、と思ってしまう。眠たげに細められた目、長い睫毛がしぱしぱして、薄っすら赤い頰とか、無防備にも半開きの唇とか、ボタンの空いたシャツとか。じっと見てるとどきどきしてしまうので目を背ければ、見られていることなんて重々分かっていたらしい伏見が、あの漫画読みたい、と指差した。
「えぅ、うん、いいよ」
「変な声」
「……読んだことないの?」
「うん。有名なことは知ってる」
「読んだことないの!?」
本棚にずらっと並んだ長編漫画に、こんな面白いもの読んだことないなんてもったいないでしょうよ!と伏見の近くに詰め寄る。気圧され気味の伏見が、だってうち漫画とかないし、友達に借りるとかもあんまり、と引く。1巻から是非読んで欲しい。宇宙が舞台の、超かっこよくて熱くて泣ける、すっごい面白い漫画だ。俺がお勧めすればするほどに、伏見の目が冷めていくのが気になるけど、とにかくおすすめなので読んで欲しい。
「……俺、王道ファンタジー的なの嫌いなんだよね……」
「じゃあどんなの見るの?」
「どんなのって。あんまり有名じゃないやつが好き」
伏見の好きな漫画とか小説とか映画の名前を聞いても、俺は1つも分からなかった。母親がケーキと紅茶を持って来てくれて、伏見は俺の分までケーキを食べたけれど、帰らずにいてくれた。気に入ったのか、クッションを抱きながらベッドを背にだらだらして、さっき指差した漫画を読んでいる。速読のようで、一冊のペースがめちゃくちゃに早い。10巻ちょっと読んだところで、もうおしまい、と漫画をぱたりと閉じた伏見が、目を瞑る。眠いの、と問いかければ、頷きとうたた寝の狭間みたいなのが返ってきた。首を横に振ってはいないってことは、眠いんだろうな。じゃあ静かにしていようと思って、俺も黙って漫画を読んでたら、しばらくして伏見が喋り出した。
「……うちはさあ」
「うん?」
「母親が、忙しくて。父親なんて、しばらく顔見てなくて。姉ちゃんもいるんだけど、好き勝手やってて。それが当たり前で」
「……うん」
「ご飯なんて冷めてて、家に友達が来たことだってなくて、おかえりなさいって言われた思い出はガキの頃で止まってる」
「……………」
「だから、いいなあ、って言ったの。さっき」
「……、」
「あ、同情すんならやめて。そういうつもりで言ったんじゃない。可哀想がられるの、嫌いなんだ」
ぱちりと目を開けた伏見が、また来てもいい?と少し目を彷徨わせながら言った。伏見から家族の話なんて聞いたことなかったし、そもそもにして伏見から要望とかお願いとか、そういう類の言葉も聞いたことがない。がくがく頷いた俺を見て、伏見がふんにゃり笑った。今まで見たどんな笑顔より、かわいかった。
「ありがと」

気分転換は、大成功に終わったらしい。高校総体予選、当日。伏見はこの一週間、みるみる調子が良くなって、顧問の先生からも太鼓判を貰った。晴臣さんからも、「気分転換させろって言ったは言ったけど、なにしたの?」って心底不思議そうにこそこそ聞かれた。なにしたかって、どうやら伏見は俺の家では気を抜けるらしい、ということが分かったので、ほぼ毎日のように立ち寄るよう誘いまくっただけの話だ。部活の後、個人的な練習を終えて、それじゃあ、と別れる前に伏見の細っこい手首を握って俺の家の方へ連行すればいい。最初の数日は乗り気じゃなかった伏見だが、あったかいご飯が腹ぺこのところに出てきて、尚且つだらだらしていても誰も咎めない、加えて俺の家族は伏見が甘えれば甘えるだけ受け入れてくれる、とくれば最早拒む理由は何一つなかった。自分の家に帰る時間は遅くなってしまうけれど、伏見はそれでも良いらしかった。泊まっていけば、と言うのは俺の気持ち的に憚られた。だって、好きなんだもん。好きな人が同じ部屋で寝ていて、俺もその隣で眠れるかといえば、そんなん絶対に無理だと思う。
絶好調の伏見は、新人戦の時のように気兼ねする要因もないので、いっそ清々しいくらいにすぱんすぱんと中てていった。一立ち目でしれっと皆中して、同じ立ちの先輩たちに、俺らの気持ちもちょっとは考えろよ!と怒られて、笑っていた。当然のように二回戦進出、俺にだけ見せた不遜な笑顔に心臓がだくだく鳴る。俺もついていかなくちゃ。なんのために、晴臣さんにコーチをつけてもらったんだ。伏見が安心して背中を任せられるように、だろう。
今までよりずっと、音が澄んで聞こえる。自分の呼吸と、タイミング。きりきりと引き絞られる音。四本引き終わって礼をした時、やっと音が普段通りに戻ってきた。晴臣さんが言ってたっけ、集中してると邪魔なものは聞こえなくなるって。ふ、と肩の力が抜けて、先輩たちにばしばし背中を叩かれた。よくやった、ありがとう、助かった、って。俺たちの立ちは二回戦進出ぎりぎりで、三本中てた俺が一本でも外してたら先には進めなかったみたい。そんなことも気づけないぐらい、視界が狭まってたんだ。みんなのところに戻ると、にこにこの伏見が拍手してくれて、二人きりになった時ぼそりと「やるなら全部中てろよ」と吐き捨てられた。後者が本心。見ていてくれた晴臣さんにも、頭を撫でられた。頭撫でられるって、あんまない。
「二回戦突破な」
「……何本中てたら次行ける?」
「さあ?中り数の多いチームから上がるから」
「うーん……」
「皆中しろって、楽しみにしてる」
「えー……」
「弱気じゃん。なに?またぐちゃぐちゃ悩む真似事すんの」
「しないけどお」
「緊張しないのが取り柄なんだから、普段通りにやれよ、っと」
すぱん、巻藁に伏見の放った矢が刺さった。ど真ん中。普段通り、ねえ。
二回戦、伏見の立ちは恐らく三回戦まで上がれるだろう。俺たちもがんばるぞ、と先輩は言っているけれど、目の奥に書いてある。さっきぎりぎりだったのに本当に大丈夫かな、って。そういうのが読めるようになったのは、伏見のおかげだ。俺は、そういう不安を取っ払える立場にならなくちゃ。伏見の言ったように、普段通り。自分でも気づかないうちにぎゅうって弓を離して、拳を突き上げる。先輩!と声を上げれば、二人は振り返った。
「今までいっぱいがんばってきたんだから、いつもみたいにやれば大丈夫ですよ!」
「……はは」
「小野寺は楽観的だなー」
渡部先輩はちょっと笑って、それもそうか、と前を向いた。泣いても笑っても、これで終わりなんだから、って岸谷先輩と頷いて。
結果として、俺たちの立ちは三回戦に上がれなかった。その代わり、伏見の立ちが勝ち上がって、本選出場が決まった。部活が出来て以来の快挙らしく、顧問の先生がはちゃめちゃに喜んでた。先生あんなはしゃぐんだ、って崎原も唖然としてた。立役者の伏見は、先輩から揉みくちゃにされて、髪の毛もしゃもしゃになって、それでも嬉しそうだった。お前のおかげだ、と代わる代わるに言われて、伏見は必ず首を横に振る。そんで、ちらっと一瞬こっちを見て、先輩たちに向けて笑った。
「今まで、たくさんがんばってきたのは、先輩たちです。いつも通りに、勝てました」

帰り道。いつかと同じ公園のブランコで、伏見と二人で反省会するのがお決まりになってきてる。お腹空いた、とコンビニで買ってきたパンを齧っている伏見に、声をかける。
「……伏見」
「んー?」
「俺、だめだった?」
「ううん。最善だった。小野寺はいつも通りだった、岸谷先輩と渡部先輩が呑まれてた」
「……どうして最後にああやって言ったの?」
「ん?」
「がんばってきたのは先輩たちだ、って」
「……俺一人に、勝てた責任を押し付けないでほしいから」
まだ次があるから、俺だけが頑張ればいいんじゃないって、自分たちもやらなきゃいけないんだって、再確認。パンを食べきった伏見が、手をぱんぱんと払って、帰ろ、ってこっちを向いた。強くて、厳しくて、優しい。夕陽に照らされる小さな身体に、何か言いかけて、やめた。
「うん」
「本選って言ってもまずは東日本大会だろ?その次、全国かー」
「日本一になったらすごいねっ」
「俺一人だったら一番になれる、先輩たちと一緒だからどうかな」
「……めっちゃくちゃ失礼……」
「本当のことだろ」
「がんばってきたのは先輩とか言っといて!」
「だから、これからも頑張り続けろって意味だって」
「悪魔!」
「負け犬に言われたくねえな」
「ぐ……!」
「あっは、変な顔」
楽しそうに笑った伏見が、今日の夜ご飯なにかなあ、とちょっと跳ねながら言った。うちで食べるの、お決まりになってくれたみたいで、嬉しい。

練習試合と大会に追われるうち、飛ぶように時間は過ぎ去り、いつのまにか二学期だった。高校総体の東日本大会は、いいとこまでは行ったけど、上には上がれなかった。伏見みたいな中て方する奴が三人揃ってる学校が、全国大会へ行ったらしい。先輩は引退して、俺たちが一番上の世代になった。伏見は部長をやるのかと思ったら、顧問の先生からもお願いされたが断固拒否したとか。夏休み中に錬成会があって、俺は初めて伏見と一緒に勝ち上がって、でも個人で負けた。俺が三番、伏見が一番。間に一人、知らない学校の人。結構マジで悔しくて、くそお、と歯噛みする俺に、晴臣さんがぽかんとしながら言った。いつの間に、そんなに上手になってたの、って。伏見にも、すっごい褒められた。ド素人が一年半でよくもまあここまで、って嬉しそうににまにましてた。うん、確かに、自分でもびっくりだ。弓なんか触ったことも無かったのに、高校2年の夏の大会で第3位は、誇っていいんじゃなかろうか。もしかして伏見にも頼りにしてもらえるんじゃなかろうか、と思ったけど、その伏見は優勝なんだった。勝てない。いつまで経っても全然勝てない。そんな話を、二人の練習の時にしたら、伏見にせせら笑われた。ははん、と鼻で笑い飛ばした伏見が頬杖をつく。
「早々抜かれてたまるか」
「……くっそお……」
「でも、変わったよ、小野寺の射形。癖が無くなった、俺も参考にしなきゃいけないところがいくつかある」
「どこ?」
「立ち方とか。立って」
「うん」
「背中。ちゃんと伸ばせるようになってる」
ここ、と背中を触られて、ぞくぞくした。褒められると嬉しい。それは多分、褒められたからってだけじゃなくて、俺が伏見のことを好きだからだ。日に日に大きくなる思いは、ちょっとした拍子に口から零れそうで、伏見に彼女ができたとか告白されたとかいう話を聞くたびに腑が煮え繰り返るぐらい嫌だった。どうしてなのかあんまり長続きしないみたいだけど、でもそういう話は聞く。ぼんやりしていた俺の背から手を離した伏見が、前に回り込んで、顔を覗き込む。かわいい。不思議そうな、きょとんとした顔。
「聞いてた?」
「聞いてなかった」
「てめえ」
「痛い!ごめん!」
「いいけど。俺から小野寺に教えられることはもうあんまりないし」
「……俺、伏見の横にいても恥ずかしくないぐらいに、なった?」
「錬成会第三位のどこが恥ずかしいんだよ」
「伏見」
「あ?」
「……、ふしみ」
「……なに?」
察しのいい伏見は、俺の変な空気に、ちょっと身体を引いた。余計なことは聞きたくないってことなんだろう。俺の口から今にも零れそうなのは、確実に伏見にとっては余計なことだ。火が出そうなぐらい熱い頭でも、それぐらい分かる。けど、もう、抑えられない。全部終わるから言っちゃだめだ、って止めたがる自分と、終わってもいいから伝えたい、って言いたがる自分が、戦争してる。好きだって言いたい。ずっと隣に立ちたかったって言いたい。けど、それだけ伝えたところで、「あ、そう」ぐらいな気もしてならない。伏見は好意を伝えられることに慣れてるから。俺が伏見のこと好きなことだって、多分なんとなくは知ってるから。そんなの嫌だ。他の奴らと同じ扱いなんて、絶対に嫌だ。俺は、伏見の特別になりたい。ふにゃって笑ってもらえるような、安心してもらえるような、そういう場所になりたい。ぐるぐる回る頭で、不審そうな伏見が口を開くのとほぼ同時、裏返りかけた声で言葉が口をついた。
「おの、」
「俺が!俺が、十二射皆中したら、そしたら、告白してもいいかな!」
「で……?」
「はるっ、晴臣さんと同じ、十二射皆中できたら、そしたら伏見、俺の告白、ちゃんと聞いてほしい、聞いて、くださいっ」
「……ぁ、はい……」
「が、っがんばるから!」
「……今じゃないんだ?」
「今じゃない!」
「……今にも言いそうな雰囲気で?」
「今はしない!」
「……あは、っは、も、むり……」
くくく、と伏見がお腹を抱えて笑いだした。どうしてだ。もしかして、期限を決めてなかったからだろうか。だって、うっかり大口叩いたけど、十二射皆中なんてしたことない。三日以内に!とか言えたらかっこいいけど、無理。二年生の間には頑張りたい。けど、出来るなら高校生の間は待ってほしい。もにゃもにゃとそんな言い訳をしていると、ひいひい息も絶え絶えの伏見が、待ってやるよ、と涙目で言った。
「こくっ、告白されたこと、結構、あるけど、そんな啖呵の切り方、っは、はじめて……」
「ええ!?」
「あー……はあ、笑った……」
「や、やるからね。本気だからね」
「付き合ってください、じゃなくていいの?」
「うん。告白、聞いてください。ちゃんと」
「ちゃんと?」
「上っ面じゃなくて、伏見が、伏見の言葉で答えて。ちゃんと、聞いて、答えてほしい」
「……ふうん。いいよ」
俺が見てる前で十二射皆中したら、聞いてやるよ。伏見がそう言って、にやりと笑った。最後に、俺だって十二射皆中なんてほとんどしたことないけどな、と付け足して。

冬が近づいてくるにつれて、練習試合もない、公式試合もない、プラス寒い、っていう袴には辛い季節になってくる。俺は寒さには強い方だけど、冬場の伏見は去年も袴の上からパーカーとカーディガンと学ラン着て雪だるまみたいになってたし、崎原も寒がりなので凍えてたし、なのに六島は半袖だった。手袋とかはできないので、雪が降ろうが雨が降ろうが、いくら寒くっても左手は常に露出している。弓持ってる手が凍ると握れなくなるから、そこは困る。そしてちなみに、部長は崎原になりそうだった。俺なんかでいいのかなあ、と眉を八の字に下げていたけれど、崎原なら安心だってみんな口を揃えている。その通りだと、俺も思う。
あと、伏見との約束の、十二射皆中。なかなか難しいもんで、自分でもどうしてそんな啖呵を切ってしまったのか甚だ不明だ。晴臣さんにも一応、目標は十二射皆中なんです!って言ったら、小野寺くんなら出来るよ!って笑顔で言われた。最近分かったけど、晴臣さんは割と自分に出来ることは頑張れば他人にも出来ると思ってるタイプなので、励ましの言葉が当てにならない。アドバイスは的確なんだけれども。
「九射までは集中が保つんだけどね。小野寺くん、毎回十本目になると我に帰る」
「……はい……」
「頭の中でカウントするの、やめたほうがいいかもしれない。中てられるだけの力はあるんだから、周りの全部を遮断して、的のことだけ見てみたら」
「はいっ」
「俺もね、霞的の時は周りの音なんて聞こえなかった」
へらりと笑って、晴臣さんがそう言った。高校総体予選の時は、確かに周りの音が少しずつ消えていった。あれが的にだけ集中するってことなのかな。けど、それだって意識的にやったわけじゃないから、どうやったらあの境地に至れるのかが分からない。聞かないことに集中すると訳分かんなくなって外すのは、もうやったから知ってる。伏見には大笑いされたし。
どうして十二射皆中にこだわるの?って晴臣さんにも聞かれたけど、理由は言えなかった。伏見に告白するためです!なんて言えるわけないじゃないか。当の伏見も、嫌なんだったら邪魔するとかすればいいのに、特に何も言わない。むしろ、俺のが先に十二射皆中してやる、と張り合ってくる。そうなんだけど、伏見はそういう人なんだけど、上手く行ったら告白できるって条件を受領されると、まあそりゃ戸惑うわけで。


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