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ありまとおべんと



「べーんとっ」
うん、まあ、寝てる。順番に風呂入って、弁当につまみ作ってもらってそれ食いながらちょろっと酒飲んで、通りすがりのかなたが羨ましそうに見つめる中じゃいたたまれなかったので部屋に引っ込んで。俺がトイレ行ってる間にかなたが、今度あたしにも料理教えてください、なんて勇気を振り絞って弁当にお願いしていたので、うちのおかんは物を教えるのが下手だから弁当今度頼むな、と後押ししておいてやった。それからしばらくだらだらごろごろして、途中から弁当がなんか眠そうだったから、寝たかったら寝てもいいんだぞ、なんて偉そうな口ぶりでゲームやってたら、いつの間にか寝てた。いつもだったら大概の場合俺が先に寝て弁当が後片付けしてくれるのに、珍しい。ていうか俺の部屋で弁当が寝てるってのがもうなんか不思議だし、別に変な意味じゃなくて。
にじにじと這うようにして、布団の上に転がってる弁当に近づく。顔を覗き込むように覆い被さっても微動だにしない、一回寝たら起きないもんな。眼鏡かけっぱなしだし、眉間に皺寄ってるし。フレーム曲がっちゃうんじゃないかって思って眼鏡を取れば、口の中でむごむごなにやら言って身動ぎしてた。どうしよっかな、俺全然眠くないんだよな、なんて思いながら隣に横になる。床に直だからちょっと痛い。
「……あのさあ」
こないだ来てくれてありがとう、なんて完全に独り言。あの暑い日を思い返す度、こいつが来てくれてよかったなあって思うんだ。一人じゃ何してたかわかんない。弁当があの時預かってくれた指輪を何度も返そうとしてくれてるのは知ってるけど、ちゃんと分かってるけど、俺はまだ受け取れないままだ。預けっぱなしでごめん、頼りすぎててごめん、たくさん謝らなくちゃならないことはある。それと同時に毎回巻き戻るのは、さよならを言う直前の千晶の言葉で。困ったような笑顔とか、呆れたように暖かく細められた目とか、本当に好きだったんだけど。
「俺、千晶と別れたでしょ。どうしてかちゃんと話してなかったなって、思って」
目の前の弁当が、俺がぶつぶつ言ってるのに反応してごろりと寝返りを打った。これくらいじゃ目覚めないことは知ってる。それに、起きられたらちょっと困るし。
「本当は好きな人がいるんでしょ、って。俺は、その人と千晶を重ねてるんだって」
「……………」
「……でもさ、千晶と似てるなって思うのってお前くらいなんだよ。それに俺、自分から人のこと好きになるのってどんな気持ちか分かんねえの」
「……………」
「好きになってもらえたから好きになったことしか、ないから。確かにお前のことは好きだよ、でもそれって友達だからじゃないの?弁当は俺のことそうじゃなくて好きで、だから俺もお前のことそういう風に好きになっちゃったの?」
「……………」
「それともみんな勘違いならそれでいいし、弁当がそんなわけないじゃんって笑ってくれたらそっかって俺も思うし、もう、なんか一人で考えててもよくわかんなくなっちゃって」
「……………」
「……なあ」
なんか言えよ、と理不尽にも思う。なにか言葉を返されたら困るのは自分の癖に。例えば、弁当には全くそんな気はなくて俺が千晶に向けてた気持ちを勝手に弁当へとスライドさせてるだけなら、それはそれで吹っ切れていない俺が悪い。ただ俺が初めて能動的に自分から他人を好きになったなら、喜ぶべきなんだか叶わないことに落胆すべきなんだが分からないけど、とにかく弁当にはなんの関係もないことじゃないか。
けれど、そうじゃなくて。
弁当から気持ちが向いていることを俺が無意識に察して、それに対して無責任にも好意を返そうとしていたなら。弁当が俺のこと、友達としてじゃなくてもっと別の意味で、好きなんだとしたら。もしもそうだったら、何も知らないことは悪いことだ。千晶の感情を犠牲にして、尚も弁当の気持ちも無視して、そんなこと俺には出来ない。手繰り寄せられるなら近づきたい、一人で抱え込ませたくない。彼の思いに何を返せるかは、まだ分からない。けど千晶曰く、俺は彼のことが好き、なわけで。その言葉は信用に値するだろ、だって俺の彼女だったんだから。
「でも、面と向かっては聞けなくてさあ」
怖いじゃん、なんて笑った自分に弁当だったらなんて返すだろう。意味が分からないって不思議そうな顔するのかな、そうだねって一緒に笑ってくれるのかな、それとも。
「っ、え」
「……んん……」
ぎゅう、って。握られた指先が強張る。起きてたの、まさか、どこから、なんてぐるぐる回る俺の頭の中なんて素知らぬ顔して、弁当の目が薄っすら開いた。ぼけっとしてる様子に、もしもし、あの、とかって声をかけてみたものの全く反応はなくて。寝てるのか、寝ぼけてるのかな、そうであってくれ、俺恥ずかしいよ。俺の指を握ってぼおっとしてる弁当は、薄く開いた目をぱたりと閉じかけたり、また緩やかに睫毛を震わせたり、うつらうつらしているようだった。放っておいたら寝ちゃうんだろうな。声をかけないでいよう、と決めて黙っていれば、ぽそりと吐息交じりに言葉を吐き出して。なあに、って聞き返すのを我慢した数秒後、目を見開いた。
「……ありまが、おれのこと、すきだったら。……おれは、すきなんだけど」
「……………」
「りょうおもい、だ」
へらって笑って、嬉しそうに。眠気混じりの拙い舌で滑舌悪く言い切られた言葉が、俺の抱えてたごちゃごちゃを一掃出来る代物だなんてこと、こいつは知らない。せめてもう一度聞きたいのに、起こしたくないから喋れないのか弁当の一言で喉が凍り付いてしまったのか、どうしたって声は出なくて、握られてた指先を絡める。冷たい手だった。そういえば何がきっかけだったか忘れてしまったけど、前にも弁当の手を握ったことはあった。けどその時は酷く熱くて、弁当は割といつもすぐ真っ赤になるからなってそれをからかったりした覚えがある。でも、伏見だっけ、あいつがそんなんなってるのお前の前でだけだって教えてくれたの。なんだそれ、って笑い飛ばしてしまったけど、それはきっと、そういうことで。気づいていなかったのは、知らなかったのは、俺だけで。
閉じかけてた瞼をゆっくり開けて、涙の膜が張った目をぼんやりこっちに向けた弁当と、視線が交差した気がした。見えてないはずなのに、はっきりと俺を映しているみたいに、柔らかい笑顔。眉間に皺を寄せずに笑う弁当の顔、久しぶりに見た。
「……好きだよ、ずっと前から」
眠たげな声だった。優しくて甘くて、嘘のない言葉だった。夢の中に片足突っ込みながらなに言ってるのお前、俺信じちゃうよ、お前の言うことで間違ってたことなんて滅多に無いって知ってるから。いいの、好きになられたら好きになっちゃうんだよ、そういう奴なんだよ、俺って。心の一番奥底で厳重に蓋してた気持ちが溢れ出るような、新しく覚えた感情じゃなくてずっと隣にあったのに忘れてた懐かしい思い出みたいなそれは、酷く落ち着かなくて、どう受け止めたらいいのか分からなくて。
声の出ない俺の内心なんて知らない弁当はそのまま寝てしまったけれど、俺はまるまる一晩眠れない夜を過ごす羽目になった。今まで一緒にいた間あったこととか、態度とか、仕草とか、目線とか、表情とか、そういう色々がフラッシュバックして止まらなくて、やっぱりそんなわけないやって楽観や寝ぼけてる相手の言葉なんか信用してたまるかって疑いは、少しずつ確信に変わって、怖かった。
この先、どうしたらいいのかが分からないことが、一番怖かった。



有馬がおかしい。あからさまに、おかしい。
「いつもじゃん?」
「……当社比」
「俺そんな有馬に興味ないもん」
ぐてん、と机に潰れて、それより今日の三限だよお、と恨めしい声を上げている伏見は全く使い物にならないようだった。確かにあの授業全員発言権回ってくるからめんどくさいだろうし、伏見からしたら苦手科目だから更に嫌なんだろうけど。ぶすくれた顔で教科書引っ張り出して例題と睨めっこし始めた伏見を放って、溜息をつく。なにがおかしいって言ったら全部おかしい、指輪とお守りを返したくて俺が有馬を追い回していた時もあからさまに避けられてておかしかったけど、そうじゃなくおかしい。
例えば、昨日の朝と今朝の話。昨日の朝会った時は、俺が有馬に気づいておはようって言うより早く後ろから駆け寄ってきて飛び付かれて、おはよおはよってきゃんきゃん騒いで妙に楽しそうだった。うるさかったし重たかったからうざいって振り払ったら、見るからにしょんぼりして捨て犬みたいにぷるぷるしてて。あまりに落ち込まれたから多少の罪悪感もあって昨日はなんとなく普段より優しくしてあげてしまったような気もする。それで今朝はどうなったかと言えば、有馬の後ろ姿を見た俺が昨日の光景を思い出して固まったのとほぼ同時にこっちを向いた有馬は、変に慌てながら逃げてった。わたわたしながら教室から出て行ったのを見送ってぽかんとしていれば、一分もしない内にちょうどコンビニ行ってた小野寺に捕まったらしく、どこ行くんだよー、と笑われながら連行されてきたけど。そりゃそうだ、ほんの三分後から授業始まるんだから、どこ行くんだって小野寺の反応は正常だ。居心地悪そうにもぞもぞ席についた有馬は、俺と目が合いそうになる度にぴゃっと顔を伏せたり目を逸らしたり、忙しそうだった。それで授業終わると同時になにやら早口な言い訳をして、教室から走り去って今に至る。しかも、誰に向かって言い訳してるんだか全く分からなかったし、何についての言い訳なんだかも良く聞き取れなかった。伏見だって思いっきり訝しげな顔してたじゃないか、おかしいと思っただろ。
「あー、んー」
「こないだから変なんだよ」
「本人に聞きゃいいでしょ、お前おかしいけどなんかあったのって」
「そんなこと聞けないよ……」
「とにかく俺は知らないから。有馬次授業どこ?」
「……空き。俺と一緒」
「あー、じゃあ戻ってこないと思った方がいいね」
そんなこと分かってる。いつからおかしいのかだって、ほんとは知ってる。俺が有馬の家に行った日からだ。あの日から、べたべたしてきたかと思えば急に避けられたり、遠くからじっと見てるからなんなんだろうと怪しんでいるこっちの気も知らず普段通りに一緒に飯食ったりする時もあったり、今みたいにどこ行ったか分からないレベルで徹底的にほったらかされたり、一体なんなんだ。俺なにかしたかな、って思うけど心当たりが一切ない。というか、有馬はこっちに不満があるなら言ってくるはずだし、隠すのも下手だから俺が何かしてしまったのならすぐ分かる。でも今回のおかしさはそういうんじゃなくて、有馬が一人で踊り狂っているようにしか見えなくて、俺にどうしろって言うんだ。
あんなくそのことなんか知らないよ、どうせ道端に落ちてたものでも食ったんだ、つーかここ教えて、と伏見が最後だけ可愛こぶって擦り寄ってきたので、仕方なしに教科書を見る。今日の三限俺取ってないのに、伏見のお陰様でなんだか授業受けてるのと同じくらいの理解はしてるように思う。ここはこっちじゃなくて一つ前のページの問いを見ながらの方が分かりやすいんじゃないの、とシャーペンで文字を突ついていると、難しい顔でルーズリーフにぐるぐる渦巻き書いてた伏見が口を開いた。
「そういや、有馬がこないだ、昨日かな、一昨日?どっちだったっけ」
「ん?」
「一昨日、かなあ。昨日は俺バイトだったし、火曜だから、でも、あれえ」
「それはどっちだっていいよ。いつなのかってそんなに重要なの」
「やー、弁当怖い、有馬が関わると必死」
「……そんなことない」
「んん?」
口を噤んだ俺を揶揄するようににやにやしながらこっちを見た伏見に、それでなんなの、とそっぽを向きながら聞く。くそ、怖いのはどっちだ、尻尾掴まれてたまるか。なんとなく勘付かれていることは分かってるし、こっちが分かってることも伏見は恐らく察してる。だからこそ時々こうやって、言外に匂わせつつ俺が逃げられないような言葉を投げてくるような真似するんだと思うけど、俺だって知ってるんだからな。お前らが、伏見と小野寺がどういう感じなのかなんて、ふんわり察してるんだからな、ちくしょう。
「ここ最近で一番分かりやすかった恋愛もののドラマか映画を教えてくれ、って」
「……は?有馬が?」
「そう。らしくないでしょ?」
「そうだね」
「だから18禁もののとびきりグロいやつ教えてやった」
「……………」
「なんだよその顔」
「別に……」
有馬が見る映画って言ったら、アクションとか、SFとか、アドベンチャーものとか。伏見の言葉を借りるなら、馬鹿でも分かる映画、だ。しかもドラマなんて、一話完結のコメディ寄りじゃない限り、あんまり見ないはず。難しい小細工とか人間関係とか伏線とかその他諸々は一切関係なく、派手でかっこよくて最後にはヒーローが勝ってヒロインと結ばれるような、そういうのを好んで見る有馬が、恋愛に重きを置いた映画かドラマ、って。なにがあったらそうなるのか、なにについて考えたいんだか、さっぱりだ。
三限がんばる、とふらふらしながら去って行った伏見を見送って、自分も席を立つ。一人で時間潰すの久し振りだし、図書館にでも行こうかな。課題もない、やっとかなきゃいけない調べ物もない、でもその代わりお金もないから、図書館が最適っちゃ最適だろう。新刊はまだ借りられないんだろうな、と思いながら廊下を歩く途中、教室からちょうど出てきた井生さんとばったり会った。短く揃えられたままの髪を揺らして手を振る彼女はなんだか急いでいたみたいだったので、特に呼び止めることもせず。井生さんの後ろを追うように教室を出てきた髪の長い女の子が不意にこっちを見て、思いっきり肩を跳ねさせてすっ転びそうになりながら走って行ったんだけど、俺の背後になにか憑いていたんだろうか。一応振り返ったけど、なにもなかった。なにもないのが当たり前だ、なにかあったら今晩寝れない。ちょっと不安になりながらも図書館に着いて、小説コーナーへと足を進める、途中。
「うあ」
「いて」
「っすいません!前見てなく、あっ」
「……どうも」
「あ、あー……ええと、伏見先輩の、あの……」
「……………」
正直、俺もこの人のことよく覚えてない。なんだっけ、渚さん、だっけ。重そうな分厚い本をたくさん抱えている彼とぶつかった拍子に落っこちたらしい一冊を拾い上げて渡せば、ぼそぼそとお礼を言われた。そうだ、小野寺と仲が悪くて、伏見のことは好きで、有馬が絡みたがる人だ。なんで嫌がられてるのに話しかけるの、って有馬に聞いたことあるけど、だって嫌がられてないもん、なんてあっけらかんと返されて言葉を失った覚えがある。長めの髪のせいで俯かれると顔がよく見えなくて、でもまあ引き止めるつもりもないからと一歩引いたところで、抱えてた本の一番上に目が留まる。
「その授業、取ってるの?」
「え、あっ、はい」
「その参考書、分かりやすいけど古いやつだよ。途中教科書にないとこも載ってる」
「そう、なんですか」
「……誰に聞いたのか聞いていい?」
「青いジャージの男がしつこかったんで……」
「……なんかごめんね」
「はあ」
苦笑いを浮かべた彼は、案外勉強熱心らしい。見えないとこで努力するタイプなのかな、とぼんやり思いながらカウンターへ向かう背中を見送った。
さっきの参考書、俺と有馬があの授業取ってた時に散々使ったやつだ。先生に教えてもらった最新の参考書はもうとっくに借りられてたから、仕方なしに使ってたんだ。中身は新しいものより格段に分かりやすかったし、分厚いだけあって相当細かく解説されてて重宝したけれど、今使ってる教科書では既に削られているところがあるってことを知らなかった有馬が試験前に何故かそこばっか勉強してて痛い目に遭ったんだっけ。そんなことを思い出しながら本棚を曲がって、足を止めた。
「……ふ、ふっ」
つい笑ってしまったのは俺のせいじゃない。青いジャージがしつこかった、って言ってたからもしかしたら今図書館にいるのかなって思ってたけど、まさか本当にいるとは。ていうか、あんな難しい顔してきらっきらの恋愛小説読んで、なにしてんだ。眉間に皺寄せて、口もへの字にして、目を細めて、割と整ってるはずの顔が台無しじゃないか。本に向かって睨めっこしてるみたいな有馬をうっかり発見してしまったので、その場をゆっくり離れる。有馬が持ってた小説、少し前に映画化してすごく有名になったやつだ。伏見が言ってた通り、恋愛ものの超王道、って感じのやつ。
こそこそとその場を離れながら、恋愛ものに急にはまったんだろうか、だから様子がおかしいのか、と首を捻る。有馬の考えていることはいつもあまりよく分からないけれど、今回は尚更輪をかけて訳が分からないや。



「有馬が変なんだってば」
「……もうそれ今日何度も聞いた」
「伏見なんか知ってるんじゃないの?ねえ、伏見ってば」
「知らない」
今忙しいどっか行け馬鹿犬小野寺、としっしって手を振られながら言われて一歩引く。だって変ったら変だ、有馬が変なせいで弁当までそわそわして変だ。我関せずを貫き通すつもりらしい伏見はまだしも、俺なんかいつもと違う二人に囲まれたらいつも通りでいられる自信ない。課題の追い込みらしい伏見が大学からの帰り途中にあるチェーンのカフェに入ったので俺もそれに着いて来たら根刮ぎ全部奢らされたけど、それはもういつものことだからどうだっていい。それよりおかしい有馬をどうしたらいいのか俺に教えてくれ。
「いいんだよ、ほっとけって」
「なんで?」
「有馬が自分でなんとかするから」
「どうして?なにがあったのか伏見知ってるの?」
「しつけえな、知らないったら」
「じゃあなんで有馬が自分でなんとかするって言えるの?」
「うるっせ!俺がほっとけっつったらほっときゃいいの!馬鹿!」
ばしん、と頭を叩かれて、言いたいことはたくさんあったけど黙った。だって前も伏見が弁当のことほっとけっつったら、弁当学校来なくなったことあったでしょ。俺はあの時馬鹿正直に風邪引いてるっての信じ切ってたけど、後からなんか色々あったみたいだって伏見にぽろっと聞かされて目から鱗だったんだ、だからもう今回は信じない。いくら伏見相手でも、何か知ってそうなら教えてもらわないと、こればっかりは気が済まない。その後で理由ありきのほっとけなら、きちんと言うこと聞くから。そうやって理論立てて言えたら良いんだけど、俺はそんなに頭も回らないし口も上手くないから、もそもそと要領の得ない言葉ばっかりを吐き出すことしかできなくて。そんな俺を見て溜息をついた伏見が、シャーペンを置いてストローを咥えた。前振りも予備動作も一切無しに、がつん、と机の下で足を蹴られて、痛みに突っ伏せば伏見が俺の耳元に顔を寄せる。内緒話がしたいならそう言えよ、耳貸してって言ってくれたら俺だって屈むよ。
「……もうちょっとしたら、どうにかなるから。分かった?」
「……いたい……」
「我慢、待て、おすわり。はい分かった?」
「わ、わかったっ、痛い!ごめんなさい!」
「どうにかなったら、教えてあげる」
「はいぃ……」
「こんな場所で話せるような話でもないし」
ぎりぎりと耳を抓り上げられて悲鳴交じりに頷いた俺を見て満足そうにしている伏見は、ピアスが引きちぎられそうな恐怖を知らないからそんな顔してられるんだ。今の暴行で分かったことは、もう少ししたら有馬がどうにかなるらしいってことと、どうにかなった後でようやく俺は一連の事態を知ることができるらしいってこと。どうにかってなんだよ、あいつどっか爆発でもすんの、それとも世界でも救うの。こんな場所じゃ話せないってことはそういうことだろ、そりゃ挙動不審にもなるわ。恋愛ものにご執心なのも、命をかけて世界を守る最後の戦いとかの直前にこう、好きな人とかに気持ちを伝える準備をしているのかもしれない。そんな与太話をぽやぽや妄想していると、伏見に嫌そうな顔をされた。なんだよ、教えてくれないお前が悪いんだぞ。
「俺だって知らないもん」
「教えてあげるっつったじゃん」
「有馬がどうにかなったら予測が確信になんの、そしたら知ってることになんの」
「ふうん」
「お前に言う前に弁当にも聞きたいこととかいっぱいあるし」
「弁当も世界救うの?」
「ちげえよ脳みそすっからかん、俺がどうにかしちゃいけない問題ってことだよ」
「伏見がラスボスなの?」
「目玉くり抜かれたいの?」
「ひっ」
シャーペンを構えて笑う伏見に、大人しくしてよう、と思った。


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