このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

おはなし



*あみだくじしたら都築忠義×弁財天当也が出てすごく興奮したので書きました
分岐ではなくパラレルワールド扱い



人間の多いこの都会の、交差点のこっちとあっちでばったり出会うことは、偶然でも成り行きでもなく、運命だと思うのだ。ただ、出会い直すのがほんの少し遅かっただけで。もしくは、気づくのが遅すぎただけで。

「今何してるの?」
「……会社員」
「真面目だー」
「都築はなにしてるの」
「秘密」
「ふうん」
伏せ気味の目、感情の起伏の薄い表情。白けた頰と唇、全体的に細い線。高校生の時より少しだけ大人びたのかもしれない。俺の適当な秘密にも、興味なさそうに目を落とした。多分、高校生の時からずっと、誰にも興味がないのだ。そもそもにしてきっと、彼の心を動かせるに値するものが、この世界にはないのだろう。それは例えば、長く長く同じ時を過ごしてきた友人だったり、彼の唯一になり得る愛すべき相手だったり。俺にだってそんなものは無いけれど、彼にはそういうものが、本当なら存在するような気がした。それは、この世界が間違いなんじゃないかと不安になるくらいに、確立された予感だった。
「当也、高校出てからずっと東京にいるんだよね」
「うん」
「そっかー。俺は最近だから、まだ土地勘全然なくてさ」
「どこに住んでるの」
「ここの近所」
「……俺、ここから30分くらい」
「そうなの?意外と近いね」
上京してから一年ちょっと経つけど、誰とも仲良くなれなくて、どこにも馴染めなくて、だからちょっと安心した。その安心が漏れたのか、当也も緩く笑ってくれた。
ばったり会ったから、立ち話をして、俺の我儘でカフェに誘った。当也は「どうせ予定なくなったところだし」なんてあっさり付いてきてくれて、時間に余裕もあるらしくって。高校出てからどうしてたかとか、想い出話とか、のんびり話しているうちに、辺りは暗くなり始めていた。
「ごめん、引き止めて」
「ううん。帰るだけだから」
「あ、ねえ、また会おうよ。近くだって分かったし、俺友達居なくって」
「うん」
連絡先を交換した時、当也と目が合った。どこか昏い色の瞳に、縋られたような気がして、口を開く。すぐ連絡するから、なんて取って付けた俺の約束に、彼は頷いた。

高校生の時。比較的あっさりと自分の意思で道を踏み外した俺は、教えられた悪い遊び、売春から抜け出せなくて、それは今でもずっと続いている。というか、副業だったのが、本業になった感じだ。そもそもにしてお金が欲しいわけじゃない。欲しいのはどちらかというと、他人の身体の暖かみ。だから、相手に喜んでもらえて自分も満たされる、この職業は向いているのだとすら思う。人様には言えないので、モデルみたいな感じ、って言い訳してるけど。
上京するきっかけは、青森でずっと俺のことを買ってくれてたお客さんだった。お金はちゃんと払うから映像作品に出てみない、なんてオファー。別に断る理由もなしに、一回きりのつもりで東京に出てきて、いつも通りに抱かれて、良い思いして。あーすっきりした、程度の感想しか抱いていなかったのだけれど、その映像が売れてしまったのだ。それからは、まあ、引っ張りだこ。あまりにスカウトが続くので、普通に雇われて、そしたら出演作品がある程度固定になったのはありがたかった。だから、モデル業も嘘ではない。撮られてることに変わりはないし、ちょっとしたファッションモデルも何度かやった。ただ、身体を売ることの方が多いってだけで。
そんなの、高校時代の友人に、言えるわけないじゃないすか。
「じゃあもうすぐ結婚するんだ」
「……の、予定」
「すごいじゃん」
「そうでもない」
謙遜する当也に、いやいや誇りなよ、と手を振りながら、ぼんやり思う。会うのは2回目、俺から連絡したらすぐに予定を合わせてくれた。彼女とかいないの?と聞いたら、返ってきたのは結婚の予定である。照れるでも惚気るでもない、一貫して冷めきった表情は引っかかったけれど、まあそれはそれとして。
「じゃあ俺と会ってる暇なくない?」
「……彼女、仕事忙しくて。最近帰ってこないから」
「当也は?」
「俺は、休み」
「すれ違いだね」
「……そうだね」
視線をコーヒーカップに落とした当也が、小さく頷いた。寂しい、が内包されているようには見えない。むしろ「そうであってくれ」というような、溝を感じた。
その日はそれで別れて、また会おうね、と約束をした。俺がいなくなるまで、その場に立ったまま小さく手を振って見送る当也を、置いていくようで心苦しかった。

高校時代、俺の中で当也は別に大きな存在でもなく、かと言っていてもいなくてもいい相手でもなかった。なぜか気になる、と言ったらいいのか。存在感があるわけじゃない。中心に立つようなタイプでもない。それでも、確かに彼は俺の目を引いて、何となく気になる存在であり続けた。それは、恋愛でも思慕でもなく、興味だった。崩れない表情、何でもそつなく熟す指先、硝子越しの冷たい瞳。何なら揺るがすことができるのだろう。出来ることなら、自分が彼の表情を崩してやりたかった。柔らかく笑わせてみたかった。白い頰が赤くなるところを、指先の震えを、喉の詰まりを、覆い隠しながら気丈に振る舞う彼を、見てみたかった。ざっくばらんな言い方をすれば、欲の無さそうな当也が欲を出すところを暴きたかったのだ。我ながらまあ、身体を売ってるだけあって、短絡的で肉欲にまみれた考えである。しかしながら、高校生の間にそんなことできるわけもなく。俺は、自分の欲を満たすよりも、やっと繋いだ「同学年の友達」という薄くて脆い糸を切る方が怖かった。それと多分普通に、やってることが周りにバレるのも嫌だった。だから、当也は俺の標的であり続けて、結局最後まで何もできなかった相手で、だからずっと心に蟠っていたのだと思う。日常生活を送る上では忘れてしまう、ほんの少しの蟠り。交差点の向こう側に、ぼんやりと霞のように立つ姿を見た時に、フラッシュバックした欲望。大人になった彼は、どんな顔で彼女を抱くんだろう。昏い瞳に色が宿ることはあるんだろうか。だったら、その顔を、自分だって見たい。いいじゃないか、一回くらい、減るもんじゃないんだから。
俺がそう思ってしまったのが罪だとしたら、そう思わせた彼のことも、一緒に罰してほしい。そう願えば、きっと当也は、困ったように目を伏せて、仕方がないと頷くのだろう。

「ライター?」
「……そう。会社員っていうのも、だから、嘘じゃないけど、本当じゃないんだ」
「じゃあ、今はそんなに忙しくない時期ってこと」
「そう。大きい仕事が終わったところで、次のリライトまで日があるから」
「そっか、次のお仕事が始まったら会えなくなるのか」
「……うーん」
どうかな、と当也はグラスを傾けた。氷の鳴る音がする。そうだね、と肯定しないのには理由がある。会いたいと思ってくれているから、なら嬉しいんだけど。
三度目は、飲みにきてみた。俺の知ってるお店で、落ち着いた雰囲気のバー。本当ならこのお店、撮影とかのスケジュールを打ち合わせるのに使ったり、打ち合わせの後どっかで一発、っていうのまで含めて雰囲気作りで使ってるんだけど、他にいいお店を俺が知らなかったので、しょうがない。ただの友達の一般人とお酒飲むことなんて、ここ最近じゃ無いし。趣味兼仕事みたいなとこあるから。
さっきの話は、当也のお仕事の話だ。誘えば誘うだけ来るので、ちょっと気になって、突っ込んで聞いてしまった。彼女さんも編集業をしてるらしく、今彼女の方は大詰めなんだとか。締め切りとか、そういうやつかな。大変そう。
「雑誌とかに書いてるの?」
「……俺は、書いてもらった文章を直したり、叩き台を作ったりする方が多いから。自分で書いたものがそのまま載る事はないよ」
「いろいろあるんだね」
「うん。親の仕事見て、何となく始めた仕事だけど、いろいろある」
「でも尊敬する。俺、そういう、作る側の人ってすごいと思うんだ」
「そうかな」
「だって俺は出る側だし、っ」
「ふうん」
「……だ、し……?」
「……ん?」
「……本気でうっかり口が滑ったんだけど」
「うん」
「く、詳しく聞かないの?」
「最初に秘密って言ってたから」
芸能人って売り出す前はあんまり大っぴらにしちゃいけないんでしょう、とちょっとずれた受け取り方をしてくれた当也が、口ごもる俺を見てちょっと笑った。三度目の逢瀬にして、やっと可笑しそうに笑ってもらえた。前進、と思ったけど、何がどこへ前進したのだろうか。

四度目は、あっちから誘われた。はじめてだ。しばらく間が空いて、というのも俺が立て込んでて色んな人と色んなことしてたからなんだけど、とにかくなかなか連絡すら取れなかったから、「いつが暇?」なんて端的な言葉に舞い上がってしまった。この前のバーがいい、と指定されて、駅前で待ち合わせる。
「お待たせ」
「ううん、今来たところ」
「忙しかった?」
「ちょっとだけ。でも、今日は暇」
「そう」
「明日も暇!」
「俺も」
珍しく悪戯っぽく笑った当也と、目が合った。彼女さんはどうしたの、と聞けば、忙しいんだって、って。結婚の約束はどうなったの、とつい重ねた俺に、当也は口を噤んだ。嫌なこと聞いた自覚はあった。けど、地雷を踏む程の覚悟はなかった。
「……婚姻届に、名前、書けなくて」
彼女のこと全然好きになれないんだ、と漏らした当也は、俺の服の袖を掴んだ。足を止めさせられて、顔を見る。諦めを含んで歪んだ半笑いは、脅迫のようで。
「都築がなにしてるか、もう全部、知ってる」

ずるいとは思った、って。勝手に調べて本当にごめんなさい、って。自分の逃げ道を作りたいがために利用して最低なことしてるのはわかってる、って。お金さえちゃんと払えば友達だとかそういうことは無視してくれるかどうかが問題だったけれど、ちゃんと客として扱ってくれてありがとう、って。およそピロートークには似つかわしくない重苦しい言葉と、差し出されたお札に、受け取って、投げ捨てた。
「いらない」
「……困る」
「欲しくない」
「……浮気したって罪悪感も欲しいんだ」
「その罪悪感、好きでもない女と結婚する理由にするんでしょ」
「そうだよ。不貞だから、これからは彼女を支えなくちゃって、自分を騙すための罪悪感にする」
そんなものに使われるために抱かれたわけじゃない。かといって、追い詰められた友達が可哀想になったから同情で身を任せてやったわけでもない。こっちにだってこっちの打算がある。一晩を共に、という当也の申し出を受けると決めた瞬間、俺からの要求は決まっていたのだ。あとはそれを通すだけ。あとは駄々をこねるだけ。大丈夫。喉が乾いても口なら回る。口先だけで生きて来たじゃないか。高校時代からずっとどこかに引っかかっていた、興味の対象を手篭めにできるチャンス、みすみす逃すほど馬鹿じゃない。身体も、顔も、全てを使って、この男を引き留めてやる。何処ぞの女のものになろうと構わない。俺の膝下にいる間は、俺のものとして、囲ってやる。そう決めた。今さっき決めた。強欲なことには定評がある。俺が撒き散らかしたお金を集めた当也が、足りないの、とお財布を開くので、奪い取ってベッドの下に捨てた。
「俺、お金が欲しくて抱かれたわけじゃないから」
「……相手がお前だから、とか、誰にでも言うんだろ」
「うん。お客さんは固定だった方がいいから、そりゃ誰にでも言うよ。羽振りがいい客なら尚のこと言うさ」
「……そんなにずっとは払えない。今日だけのつもりだから、受け取って」
「嫌だ」
「お願い」
「じゃあ、代金はいらないから、その代わり別のものをちょうだいよ」
「……ビデオに出ろっていうなら断る」
「違う違う。いやいや、え?俺のことなんだと思ってるの?」
「友達……」
「……はは。セフレの間違いじゃない」
「……だから、一回だけって」
「一回だけ、なわけないじゃない」
お金の代わりに、お前の身体をちょうだい。そう告げれば、返事の前にちょっとだけ身体が俺から遠ざかった。うんうん、でしょうよ。全部知ってる、とか脅しじみた言葉で突っかかって来といて、当也の手は酷く優しかった。恐る恐る、壊れないように、辛くないように、っていうのが透けて見えるくらい。最初から最後まで本当に、自分の納得を得るために罪悪感欲しさの犯行だったわけだ。婚姻届に名前を書けない自分が、あんなことをしたんだからこれからは彼女を守って生きていこう、と思えるように。狡い男。最低な男。そのくせ優しいだなんて、付け込まれないと思う方が馬鹿だ。
「古典的な手段かなーとは思ったんだけどね」
「……?」
「こういうの、結局一番効くんだよ。大人には尚更」
一緒に見ようよ、と腕を組み擦り寄って再生した動画は、ほんのさっきまで行われていた行為を、俺の枕元から盗撮したものだ。アングルばっちり。下から撮ってるから、当也の顔もばっちり。声も音もちゃーんと入ってる。一通り見終わって、深く溜息を吐いた当也から出た言葉は、さいあく、だった。自業自得、の間違いじゃない?もしくは、頼る相手を間違えた、とかさ。
「これをどこかに送るとか、送らないとか、そういうのは俺の気分次第ってことだよね」
「……嫌」
「ストレス発散だと思いなよ。俺、女の子も相手にしてるから、上手いはずだし」
「……え?今日と同じじゃないの?」
「お金はいらないって言った意味分かる?」
「……………」
「今分かった?」
「……帰る」
「何言ってんのさ」

俺は彼を逃さなかった。プラスするなら、当也も逃げようとしなかった。それが動画を握られているという諦めからなのか、それともいつか俺を出し抜く機会を虎視眈々と狙ってるのか、もう全部どうでも良くなっちゃったのかは、分かんないけど。
弱みを握ってからしばらく後、ついに当也を引っ張り出すことに成功した。と言っても、そんなに苦労はしなかった。だって、拒否感がそもそもあんまりなかったから。本当に嫌なら連絡したところで返事なんかしないだろうし、俺がそのせいで動画をばらまくかもとか思ったのかもしれないけど、そもそもそんな脅しは最初からかけてない。またどっかで会わない?に対して、別にいいよ、いつにする、と帰ってきただけだ。思ってたより普通だった。あんなことは無かったかのように。
「やっほー」
「……ん」
「ご飯食べに行こうよ。いい時間だし」
「え?」
「ん?」
「……用事、早く済ませないの」
「はは、とっとと抱かれると思ってた?」
俺、好物は一番最後に食べる派なの。急いでとっとと食べちゃったら勿体無いじゃない。フィナーレを飾るに相応しく、一番美味しいタイミングで、食べたい。そう告げれば、わかったのかわかってないのか、一応頷いてはいた。俺好みに美味しく味付けしますよって宣言みたいなもんなんだけど、それには気づかなかったらしい。
ハンバーグを食べに行った。割といいお店で、分厚いお肉と、付け合わせにはもったいない野菜。無言で無音で食べる割にはいつもより進みが早い当也を見ていると、気に入ってくれたんだろうな、と思える。その左手の薬指には今までなかった指輪が嵌っていた。俺のおかげじゃん。罪悪感さまさまだね。
「お腹いっぱい」
「……おいしかった」
「そうだねー。また来たら、次こそ煮込み食べよっと」
「うん」
「さてと」
手を取って、指を絡めて繋げば、当也が言葉を失って、こっちを見た。誰も気にしちゃいないよ。夜の闇に紛れて誤魔化すのは、得意中の得意だ。繋いだのは左手で、嵌る金属を指先で撫ぜながら、囁いた。雑踏に溶け込むように。存在を消すように。これから二人でどこへ消えても、大丈夫なように。
「お客さんにはいつも言ってる。俺といる時は俺のことだけ考えてって」
「……そ、なんだ」
「けど、俺はお客さん以外のことも考えてる。しかしながら、こう、当也はお客さんじゃないから、俺は当也のことだけ考えることが出来るわけだけど」
「……なにが言いたいの」
「俺といる間は、女のことは忘れて、俺だけ見ろって話だよ」
返事はなかった。少し強まった左手の力が、答え代わりのような気がして。

何度も会う内に、少しずつ距離が縮まっていって、一段ずつ階段を踏みしめて登るように、お互いにお互いへの依存は激しくなっていったのだと思う。何度目の逢瀬でようやく身体を繋げたのか今更覚えていないけれど、誰も知らない彼の顔を知れた高揚感と、征服感と、蹂躙の興奮と、がちゃがちゃのどろどろに、頭の中が狂ったのは覚えてる。もし当也が俺のように身体を売ったとして、きっと俺なんか足元に及ばないくらい、正しく周りを狂わせるたった一人になり得るのだろうな、と思った。誰かに奪われたくない。自分だけのものであってほしい。もっといろんな顔を見てみたい。見たこともない彼の妻も、根本のところでそんな欲に囚われているような気がした。
ご飯を食べて、雑踏に紛れて手を繋いだら、そこが始まり。これは正しく罪で、悪いことで、100人中100人が俺たちを罵ったっておかしくはなかった。どっちも悪くて、どっちも酷い。ただ、一緒にいる間だけは、自分は相手のもので、相手は自分のもので、全部忘れて、欲に溺れて、甘えて縋って欲しがって、どれだけ汚くなったって、咎める人間はいなかった。それに救われたのだ。誰にも心を開いてもらえなかった当也も、誰かの心を開けたことなんてない俺も。
「……愛してるよ。嘘じゃない」
俺と奥さんのどっちかが必ず死ぬならどっちがいい?なんて、俺が問いかけたくだらない質問に、当也は掠れた声で、囁くように零した。答えになってない。どっちを、とも言ってない。ただ、事実であることは確かだった。額から頬を撫でれば、気持ちよさそうに目を細める。嘘じゃない、なんて、笑わせる。嘘なくせに。嘘じゃなくても、本心じゃないくせに。罪作りな男、酷い男、周りを躍らせるだけ躍らせて。
「携帯取って」
「はい」
「ありがと」
手渡した携帯電話の待受は、先日生まれたという娘の写真だった。実際その子を目の前にしたら、俺はどうするんだろう。怖くて見に行けない。時間を確認したかっただけらしく、すぐに画面を消した当也が、携帯を放った。はああ、と大きく溜息をついて、俺を見上げる。
「明日も暇」
「……子供も生まれたから泊まりは無しってこないだ言ってたじゃん?」
「知らない。奥さん娘連れて実家帰ってる」
「あーあ。愛想尽かされる」
「……最初からそんなものないんだよ」
笑った当也の言葉と思考を遮るように、口開けて、と顎に指を当てた。俺といる時は俺だけ考えるはずだった。ミスった。従順な彼に、言葉を零す。
「酷くしていい?」
「どうぞ」



34/57ページ