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☆すてらびーた☆



コリンカさんは、まず、ポールさんとトールさんの話をしてくれた。双子座の二人は、一人が二人、二人で一人。言うなれば、二重人格、一心同体。例えるならば、太陽と月、昼と夜。二人が同時に現れることはないし、二人が顔を合わせることもない。けれど、お互いにとってお互いは、絶対唯一の存在で、掛け替えのない相手である。ポールさんはどちらかというと太陽寄りなので、顕現時間が長い。滞りなく日常を過ごし、憂いなく毎日を送り、笑って暮らすのが彼の役目だ。トールさんは、その過程で現れた障害物を消去する役割を担う。例えば、じぶん。ポールさんの前に突然現れ、いきなり仲良くなり、かと思えば夜を共にし、訳の分からない権限を行使している、得体の知れない誰か。ポールさんから見たじぶんと、トールさんから見たじぶんが、印象的に全くの別物になるのは当たり前の話だ。だって、信頼度が違う。トールさんが守るのはポールさんであって、ポールさんを揺るがす原因になりそうなものは排除しなければならないのだ。だから、その役割に則って、トールさんはじぶんを攻撃した。自分が消えればポールさんは悲しむかもしれないけれど、しばらくすれば平穏な日々が帰ってくるから。一人ぼっちで二人きりの、あの星での緩やかな時間。まあそれは、コリンカさんの企みによって、失敗に終わったけれど。ちなみにトールさんの特権は、ポールさんと同じく、召喚術の多重行使が可能、ということらしい。
そんな話の間、双子座の二人のことを知らないスピカさんは、話には入れないことに拗ねて、じぶんの服の裾をぎゅっとしながら、わたしだって魔法使えますもん、とぶつくさ言っていた。ちょっとかわいかったからどんな魔法を使えるのか見せてくれと強請ると、恥ずかしがりながらも見せてくれた。
「あ、あんまり、召喚術は得意ではないんですけど」
「がんばれスピカくーん」
「何を出すんです?」
「ぇと、じゃあ、いぬさんを」
ピンクの柄にぴかぴかのお星様とふわふわの羽がついた魔法少女なステッキを取り出したスピカさんが、てえい、と気の抜ける声と共にそれを振り下ろした。似合うな、魔法少女。ぴかぴかぴかりん、ときらきらが舞い散って、ちりっと前髪が焦げた。
「……?」
「……おお……」
「ひゃああ!ごめんなさあい!苦手なんです!すぐ引っ込めますから!やだー!」
形象し難い雄叫びを上げた、羊くらいの大きさの魔獣が、火を吐いてこっちを睨んだ。前髪が焦げたのはこのせいか。というか、てえい、でこんなもんを出さないでほしい。高低差のショックで高山病になる。帰ってー!とスピカさんがステッキで獣をぺしぺし叩いて、そしたらあっさりすぐに、そいつは掻き消えた。ヘルハウンドっていう魔獣だよ、とコリンカさんが解説してくれた。ちなみに見たやつは原因不明で死ぬとも言われてる、と不要な解説も付け加えてくれた。すごい熱かったし、顔も怖かった。絶句するじぶんに、スピカくんがすることで思い通りだったことなんかあるわけないだろう、とコリンカさんが呆れた。確かにそうです。
話は、コリンカさんの弁明に戻る。ポールさんとトールさんについては、それでおしまい。けれど、コリンカさん自身のことが残っている。彼女だった彼の話。うん、まあ、こう、嘘をついたわけではないんだけれど、とぼやかしたコリンカさんに向かって、スピカさんが眉を寄せている。知っているからこそ、不実に見えるんだろうな。
「私の特権は、簡単に言えば、思い込みだよ。強い自己暗示、って言ったらいいのかな、三つもかけた、ってトールくんが言ったろ?あの時私は自分に、「私は誰にも負けない」「私は全ての攻撃を避けられる」「トールくんじゃ私には勝てない」って暗示を重ねがけしてたわけ」
「はい」
「それでこう、まあ、こうなっちゃったわけだけど……」
「……?」
「もう、何も知らないあるさんに同意を求めて逃げないでください」
「うす……」
「やりすぎです。重ねがけは負荷が大きくなることなんて、コリンカさんだって知ってるはずなのに」
「……スピカくんにそう言われると返す言葉もない……」
「そろそろ文句を言いますよ」
「はい……」
コリンカさんが小さくなっている。どうやら、この件で散々スピカさんにはお世話になっているらしい。珍しい光景だ。
スピカさんの文句とコリンカさんの説明を合わせて鑑みると、話が分かりやすい。コリンカさんの特権は、本人も言う通り「自己暗示」。ただそれだけでしかない。けれど、普通の自己暗示はがんばっても「出来る気がすることが出来た」くらいのものでしかない。病は気から、のプラス思考版、と言ったらいいのだろうか。しかしコリンカさんの場合は「出来ると思えば大概のことは出来る」「心から信じ込めれば出来ないことはない」を優に超えることができる。コリンカさんの信じるものを叶えるためには、肉体や魔力量の変化が著しく必要になるから、そのために代償を払わないといけない。例えば今回で言うところの、内臓ずたぼろ事件とか。
コリンカさんとスピカさんが初めて会った時の話だ。時系列的には、神獣退治の直後となる。今回の比じゃないぐらいずたずたのぼろぼろになって、本人曰く「吹けば飛んでくゴミクズみたいなもん」状態だったコリンカさんは、かみさまの温情で、スピカさんのところへ輸送された。かみさまからのお告げを受けたスピカさんは、コリンカさんを治療した。そこで、コリンカさんの特権のことも、神獣退治の経緯も、それを踏まえて女神ごっこをしていた自分が犯した過ちも、全てを知った。そして二人は親しくなって、コリンカさんは女の子の姿を取ることに戻って、スピカさんは「コリンカちゃん」と彼女の姿の彼を呼ぶようになった。どうしてコリンカさんの基本状態が女の子なのかって、トレーニングみたいなもん、らしい。暗示を常にかけながら、本当の自分を見失わない、訓練。精神力を強くする練習だ。「私は女の子」とか「私は頼れる年上のお姉さん」とか、そういう類の自己暗示を常にかけているらしい。その結果、口調や性格は変わらないにしても、見た目の変化が常に起こっている。その程度の変化では打撃を受けないように身体を強くしている、というのも理由の一つではあるんだとか。
「だから、あるクンはほんと、ただの巻き込まれ事故っていうか……」
「いえ、でも、コリンカさんが守ってくれてなかったら、じぶんは今頃串刺しでしたし」
「あれもねー、保険みたいなもんだったんだ。トールくんはいつかあるクンをぶっ刺そうとするだろうと思って、その時のためにかけてた保険が、思ったより早く効いちゃったというか」
「トールさん、怒ってますかね」
「いやー?どうかなー?」
トールくんとポールくんは、二人が一人になるならまだしも今のところは半分ずつだから、そこまで戦闘能力が高いわけじゃないんだ。だけどトールくんもプライドは一丁前だから、私が暗示をがんがんに重ねて、お前は強敵だぞー!ってしたことで、気分悪くはしてないはず、なんだけどなー。ぽそぽそとそう言うコリンカさんは、スピカさんの瞳孔が開いているので、あんまり自信がなさそうだ。スピカさんが瞬きしないから怖い。
スピカさんからすると、「こんなのしょっちゅうです」「コリンカさんはすぐに調子に乗って自分の体を顧みずに無茶ばっかりします」「自分は強いと思い込みすぎてるんじゃありませんか」だそうで。コリンカさんが何も言い返せないところからすると、その通りっぽい。
「ごめんね、スピカくん」
「ぷん」
「あるクンを好きにしていいから」
「……………」
「コリンカさん……」
「おっとお、あるクンが私の手首をぎゅっと掴んでくる。ちょっと痛いくらいの力だぞ」
「……………」
「見て、あるクン。スピカくんのこれ、メス顔ってやつじゃない?」
「コリンカさん」
「私にできることある?あ、参加?」
「コリンカさん!」
「スピカくん、面白いから電気消して」
「はい♡」
「いやああ!」

「ある!」
「ポールさん」
「なんか、ぼく、じゃない、ボクが酷いことしたみたいで、ぼくは覚えてないんだけど、コリンカから聞いて」
ごめんよお、とめそめそされて、ポールさんの涙を拭く。ポールさんは何もしてないわけだし、覚えてもいないのに、謝りに来てくれるとは思ってなかった。
あの後、じぶんは元の15歳に戻って、コリンカさんはまだ魔力が戻りきってないからって元には戻れなくて、「もうちょっとだらけたい、腰とか痛いし」とスピカさんの星に残ることになった。じぶんが星を出る時、スピカさんはまだ寝てた。というか、起こしても起きなかった。一対一でも直で魔力の遣り取りなんてキャパオーバーしてもおかしくないのに、相手が二人に増えて、尚且つ自分以外の魔力がばんばか飛び交って混ざって、なんて言ったらそりゃ寝込むわ、だそうだ。じぶんやコリンカさんが耐え切れるのは単純に、身体がスピカさんよりもしっかりしてるから、みたい。確かに、25歳から15歳に戻った時の落差は半端じゃなかったし。
しくしく謝り続けるポールさんの手を取って、この遣り取りをトールさんはポールさんの中から見ているんだろうな、とぼんやり思った。自分の唯一が、他人に心を開いている様を、盗られてしまう、いなくなってしまう、と彼は少なからず思ったのかもしれない。それは、そういうことじゃなくて、トールさんともじぶんは仲良くできたらって思ってるんだけど、その思いを伝える術は今は無いのだ。
「ポールさん、泣かないで」
「うん、うぐ、ごめん」
「ポールさんは悪いことしてないです。じぶんだって無傷だったし」
「でも、ぼく、うう……ある、なんでもするから、してほしいこと言って、お願い」
「じゃあ、ポールさんの演奏が聞きたいです」
「そういうんじゃなくてえ!」
「そういうんがいいです」
「あるのばかー!」
「はい」
ユーフォニアムのゆったりとした低い音が、じぶんの星に響き渡った。もっともっと、と強請る度に、トランペットが、バイオリンが、足されて行く。ええん、と泣きながら演奏してくれたポールさんは、終わる頃には笑顔だった。うん。そっちのがいい。
「ふう。で、なんの話だっけ?」
「この前は木を生やす魔法を教えてもらったので、今度は湖が欲しいです。湖の滸で本が読みたくて」
「んー、湖かー。おっけー、がんばろ!」

角が治って、いつも通りの生活に戻った頃。ゲートをくぐるチャイムが聞こえたので、本を閉じてお出迎えに行けば、青い髪と晴れやかな笑顔がそこにいた。
「やっほー、あるクン。コリンカさんだぞ」
「……戻ったんですね」
「戻った?はてさて?私、元から頼れる素敵なお姉さんだけども?」
いつものコリンカさんだった。完全復活とかいうやつですな!とピースされて、つい笑う。そうですね、いつだって頼れる素敵なお姉さんです。
延び延びになってしまっていた、他の星々の人たちを紹介するために、今日は来てくれたらしい。ピスケスさんとレオさん、だっけ。そう確認すれば、よく覚えてました、と頭を撫でられて、でもねえ、と手が止まった。
「円滑なコミュニケーションがとれるかどうかで言えば、多分無理かも」
「そうなんですか?」
「うん。二人は、というか、二人の星には、人間が住んでるんだ。行ってみれば分かると思うけど、両極端な人間がね」
「はあ」
「どっちから行こうかちょっと迷ってたんだけど、レオくんからがいいかなーって私は思う。どう?」
「コリンカさんのお好きな方で」
「じゃ、れっつらごーだ」
コリンカさんの星を経由して、新しいゲートへ向かう。暖かな春の星。桜がひらひら舞って、コリンカさんの後ろ頭に引っ付いた。取ろうとして、タイミングが合わなくて後ろでぴょこぴょこしていたら、不思議そうな顔をされた。振り返られると思ってなかったから微妙に恥ずかしい。もごもごしながらついて行ったので、あんまり話を聞いていなかった。
「、だからあるクン」
「あ、えっ?はい?」
「気をつけてね」
「は、……!?」
ゲートを抜けた先は、極寒だった。吹き荒れる吹雪、視界に延々広がる白銀。寒い、とか感じる前に、痛い。へっくち、とコリンカさんが可愛いくしゃみをして、いつのまにかもこもこの外套を羽織っていた。ずるい!ずるすぎる!じぶんにもそういったものを作ってくれればいいのに!
「自分の分しか作れないよ。私、魔法は苦手なんだ。だからトールくんのこともぶん殴ってたろ」
「そ、そう、ですけど、お」
「肉体言語派なわけ。さむさむ」
「こ、こりんかさん、いたい」
「うんうん。あ、あの辺かな。おーい」
抱っこしてあげるから、と担ぎ上げられて、いきなりトップスピードで走り出したコリンカさんにしがみつくことすらままならなかった。あっちからぎゅってしてもらってなかったら落っこちてる。ぶるぶるが止まらない。目が開けられない。多分睫毛がくっついてる。うーうー唸ってるじぶんを抱いたまま、コリンカさんが話し出すのが聞こえた。
「誰かいる?新しい星の御子を連れて遊びに来たんだけど、凍えてるんだ」
「はい、まあ、御子様……あら、可哀想に。今暖めて差し上げますから、中へ」
「レオくんはいる?」
「獅子王様なら、神殿に。この方は?」
「牡牛座のあるクン」
「暖炉がありますので、こちらへ」
「あるクン、寝たら死んじゃうぞ。起きろー」
ぺしぺしほっぺを叩かれて、無理やり目を開ける。ぺりぺり音がした。急速冷凍されたお魚の気持ちだ。まさにそのまんまなんだけど。
コリンカさん、ともう一人、女の人がいた。星の御子様、はじめまして、と柔らかく微笑まれて、手を取られる。じぶんの手は冷え冷えなはずなのに、彼女はそんなこと気にせず、敬意を払って捧げ持った。
「私はこの星の巫女、星の御子様がいらっしゃる際お持て成しをする門番にございます。いらっしゃいませ、新しい御子様」
「何代目だっけ?」
「そうですね……私で、十五代目になります。先代の時より、山羊座の御子様とは交流させていただいておりましたね」
「は、はじめまして、けふん」
「お。もう声が出るな。さすがはあるクン、規格外の回復力」
「御無理はなさらず。この星の寒さは、他の星の御子様であろうと容赦せず身を刺します。ここで生まれ育った私共は慣れておりますが、牡牛座の御子様、なんといいますか、そんな格好で……」
「君が親切にしてくれることが分かってたから連れて来たんだ」
「先にお声掛けしてくだされば、ご用意がありましたものを……もう。山羊座の御子様、お人が悪い」
「ははは。悪い悪い」
「あ、あの、あなたは人間、ですか」
「ええ。私は人間です。この星の人間は、皆獅子王様に望まれて、お役目を持って生まれて来たのです」
「獅子王様?」
「レオくんのこと。道中説明しようか」
「神殿へ向かわれますか?」
「うん。あったかい着るもの頂戴」
「了解致しました。少々お待ちくださいね」
巫女さんが、ふわふわのもこもこをくれた。ちょっと大きいけど、あったかい。これがあれば凍えなくて済みそうだ。コリンカさんも、私サイズで良ければ、ともふもふの帽子をくれた。角はどうしようもないからまた折るか、と思ってたら、コリンカさんが力づくで帽子を被せてくれた。角の分で穴は開いちゃったけど、吹雪で飛んでかないからいいか。足が出てるから、って巫女さんが足にもあったかいふわふわを履かせてくれて、準備万端。
「お帰りの際、またお立ち寄りくださいね」
「うん。あるクンの星と繋がるゲートも、私のゲートの近くにできるはずだから、ここはまた通るよ」
「そうなんですか?」
「この星の地脈的に、そうなってる。レオくんの星は、魔術回路が埋まってるからね」
「?」
「うーん、どこから説明したもんかなー」
「行ってらっしゃいませ、御子様方」
「行ってきます!」
コリンカさんによる、恒例の説明タイムだ。吹き荒れる大吹雪は止まないけれど、歩けないほどじゃない。というか、防寒具無しの状態でぶっ倒れたじぶんは悪くないと思うのだ。それこそコリンカさんが説明してくれないから、と愚痴れば、話を聞いてないで変な動きをしていたのはあるクンじゃないか、と憤慨された。その通りだった。
この星は、レオさんの星は、信仰と魔術によって成り立っている。特徴としては、星自体に魔力回路が流れていること、それと引き換えに地上は吹雪と零度で全て凍てついてしまっていること、しかしながら人間っていうのは丈夫なもので案外この環境にも適応して暮らしていること、などなど。さっき巫女さんが言っていたように、この星の人間たちは、信仰を持って生きているらしい。獅子王様、と崇められる星の御子、レオさんが信仰対象。祈りと祀り、それと地に走る魔術回路から借り上げた力で使うほんの少しの魔法で、この星の人々は生きている。じぶんたちのことは、星の御子様、と呼んで、崇めるまでは行かなくとも、人間ではない神々の御子として親しくしてくれるらしい。といっても、この星に来たことがあるのはコリンカさんくらいのものなんだけど。人間は生まれてから居なくなるまでが早くて、さっきの巫女さんの代替わりも、コリンカさんは何度も経験して来たんだって。それはちょっとだけ、悲しいことのように思えた。
「でもまあ、流れる時間が違うから、仕方がないことなんだよ。人間たちも、それはわかってる」
「じぶんもあの人たちと仲良くなりたいです」
「なれるさ。この星の人たちは温厚だからね。自分たちが信仰する神様であるところのレオくん、と同じ立場の私たちのことを、邪険に扱う理由もないしね」
「レオさんがいるところまで、ここから遠いんですか?」
「いや?小さな星だし、もうすぐだよ」
「あー!御子様だ!」
「新しい御子様もいるー!」
「角付きだー!」
「お、この星の人たちだよ。あるクン」
「わ、わあ」
「巫女様から伝令が来たんだ、だから待ち伏せしてて、ねー!」
「会えてよかったねー」
「大きな角!御子様、神殿まで一緒に行ってもいい?」
「あっ、は、はい」
「わーい!」
きゃっきゃとはしゃぐ子どもたちが、神殿までの道案内をしてくれることになった。コリンカさんももちろん道を知ってはいるけれど、現地の人たちと関わりたい気持ちもあったので、素直に嬉しい。三人の子どもたちは、じぶんより少し小さいくらいで、たくさんお話をしてくれた。
「御子様、魔法使って!」
「じぶんは、まだ、魔法があんまり得意ではなくて……」
「えー、御子様なのに?」
「ごめんなさい……」
「じゃあ山羊座の御子様!」
「えー。疲れちゃうんだぞ」
「前も見せてくれた、星を降らせる魔法がいいなあ」
「おねがーい!」
「全くもう。断る理由もないのにノーとは言えないよ」
「牡牛座の御子様。わたし、将来巫女様になりたいの。そしたら、また会いに来てくれる?」
「ええ、勿論。楽しみにしています」
「流れ星がいっぱい!」
「見せかけだけどね。優しいお姉さんに感謝しろよー、子どもたち」
「ありがとう!綺麗!」
「ありがとー」
「今度は大きな雪だるま作って!」
「君は注文が多いなー!」
「きゃあー!」
わいわい、がやがや。楽しいな、と素直に思った。純粋で素直な子どもたちの先導について行く途中、たくさんの人間にも会えた。大人は勿論、老人や赤ちゃん。御子様が次にいらっしゃる頃にはこの子はもう走れるようになっているかしら、なんて声を掛けられて、それはすごくすごく楽しみで、素敵なことだと思った。
しばらく行くと、氷と石で出来た神殿が突然目の前に現れた。吹雪で見えないように隠されているんだって。本当に特別で、神聖で、大切な場所なんだ。ご用事がないのに獅子王様には会えないの、と残念そうに言った子どもたちは、まだ遊ぼうと約束して、はしゃぎながら来た道を帰っていった。コリンカさんと二人残されると、音すらも吸い込む真っ白な雪が強調されるようで。
「さて。レオくんとご対面だね」
「仲良くなれますかね」
「そいつはどうだろうなー。私じゃダメでもあるクンなら平気なような気もする。コリンカさんの気の所為は当たるんだぞ」
知ってます。気の所為で生きてるようなもんじゃないですか。とは言えなかった。けど伝わってしまったらしく、そのとーり!と強めに肩を叩かれた。もこもこの防寒具のおかげであんまり痛くないけど、この人いざとなったら地を砕けるんだよな、と思うと今まで普通にばしばし叩かれてたのが全然加減されまくってたんだと振り返るようで、ぞっとしなくもなかったり。じぶんにはそんな力はないから、みんなはすごいんだと思ったり。
「レオくーん。あれ、いないのかな?いるはずなんだけどなー」
「……ひろ」
「ここはレオくんを崇めるための神殿だから、私たちが自分たちで建てるような家とは違うんだよ。そういえばレオくんってどこで睡眠とってるんだろ?」
おーい、と呼びかけるコリンカさんの声が反響する、広い神殿の中。外の猛吹雪からは逃れられるにしても、静寂は変わらない。本当にどこにも誰もいないのかな、と見回した時、ふわりと誰かが通り過ぎたような気がした。
「……、コリンカさん」
「んー?」
「お、お化けがいます……」
「レオくん、お化け扱いが嫌だったら早く出て来た方がいいぞ。あるクンはちょっとばっかし脳味噌がゆるいから」
宙空に向かって呼びかけたコリンカさんに応えるように、神殿の柱の陰からこつこつと歩いてくる音がした。氷のような無表情に、携えた大きな鎌と、獣のような耳。得物に目を取られて一瞬固まったけれど、この人がレオさんで、じぶんはお化け扱いをしてしまったらしい。申し訳ない。今回の個人的な目標は、コリンカさんに紹介される前に自己紹介することなので、あっちが口を開くより前に、声を上げた。
「あの!じぶん、えっと、牡牛座の、あるといいます!レオさんと、その、お友達になりにきました!」
「……………」
「……お友達に!」
「あるクン、聞こえてないわけじゃないから。その直球の告白みたいなの、こっちも恥ずかしくなってくるから」
「告白、はいっ、えーと、すきです!」
「違う、違う違うそうじゃない、スピカくんに感化されてるぞ、あるクン」
敗因、焦りすぎ。仕切り直し。
獅子座のレオさんは、コリンカさんの前評判の「無口」というのがまさに当てはまった。じぶんの自己紹介とコリンカさんが追加でした説明に頷きやお辞儀こそしたものの、ほとんど口を開いてくれなかった。自分の名前を言ったくらい。無表情だけど、無愛想なわけではなくて、喋らない。ここの星の人たちに優しくしてもらって、なんて話をした時だけ、ちょっと目の端を緩ませた。星の人たちのことを心から大切に想っているんだな、っていうのが、伝わってきた。これからも遊びに来てもいいですか、なんてじぶんの言葉にも頷いてくれた。子どもたちともまた遊ぶ約束したし、レオさんとももっと仲良くなりたいし、素直に嬉しい。
「次からはあるクン一人で来てよね、コリンカさん寒いのマジ無理なんだから」
「コリンカさんの星、あったかいですもんね」
「うん。あれが適正。ここは異常」
「じぶん、雪景色って結構好きです!」
「雪景色とかじゃないじゃん、猛吹雪じゃんかさ……」
「それじゃあ、また来ますね」
「私は余程のことがなければ来ない」
「コリンカさん!失礼!」
「……………」
こくん、と頷いてくれたレオさんが、ちょっとだけ笑ってくれたような、気がした。
帰り道。あったかふわふわを貸してくれた巫女さんに外套を返そうとしたら、「またいらっしゃるのなら、その時に使ってくださいね」と言って、少し考えた彼女は「今のは私の個人的な希望でもあります」とちょっと照れて笑った。勿論、と答えたのは言うまでもなく。

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