12月10日〜1月3日
「さくちゃん」
「んー?」
「なにしてんの」
「お洗濯」
「うみもやる」
「手伝ってくれるの?ありがとう」
「こーちゃん」
「ん」
「なにしてんの?」
「……お掃除」
「うみも」
「ありがとう」
「最近よく手伝いしてくれるよな」
「え?俺?」
「海だよ。なんで自分だと思ったんだ」
「最近よく頑張ってる、さくちゃん」
「海のが頑張ってる」
「ぺっ!すぐそうやって!」
「やめろ」
「航介は俺のことは褒めない!海ばっかり!」
「幼児退行するな」
「うえーん!」
「海、さくちゃんが泣いてる」
「あっやめて、めんどくさくなる」
「えー!さくちゃん、あかちゃんー!」
「ぐう……!」
「ぷっぷぷー!」
「めっちゃ笑ってくる……!」
≫12月10日
海がいやにお手伝いしたがるようになって、数日。前からお手伝いは好きだったけれど、そういうあれとは違う気がする。なんていうか、海の目に、打算が含まれている気がする。海は確かにあんまり頭はよろしくないが、騙し誤魔化しを上手く使おうとするだけ成長しているのは事実だ。それを鑑みて、海の態度を踏まえて、なにかのためにお手伝いをしてポイント稼ぎをしているな、というのが透けて見えるわけで。
そして、直近のイベントは、12月25日。クリスマスである。海が寝た後、ちみちみお茶を啜っていた朔太郎に相談してみることにした。
「そうね、海は分かりやすくていいよね」
「……サンタさんがバレてるのか?」
「いやあ、良い子のところにサンタさんは来るから、良い子にしたいんでしょ。海の中の良い子像は、俺たちのお手伝いをたくさんするってことなんじゃない?」
「そうかな」
「海に聞いてみればいいじゃん」
≫12月11日
「うみー」
「なあに」
「お手伝い好きなの?」
「うん、うみいいこ」
「ほらね」
「……………」
「はっ、うみいいこするから、さんたさんにおてがみとどけて」
「お手紙書いたの?」
「そお、うみ、ほしいのおえかきした」
「見せて」
「や!」
あけちゃだめなの!とぷんすか頭から湯気を立てながら、テープでぺたぺた封がしてあるお手紙を朔太郎に渡した海が、うみいいこだからさんたさんくるね!と断言していた。自分の納得のためのお手伝いだったのか。いやに積極的だと思った。
「よおし、おやつたべよっか」
「夜ご飯の後におやつなんか食べたことないだろ」
「でもうみいいこだよ」
「……良い子か……?」
「いいこだからおやつたべよね」
「良い子は夜ご飯の後におやつ食べようって言うかな?」
「いいこだからね」
「ゴリ押しだ……話聞きやしない……」
「何が書いてあったんだ?」
「見る?はい」
「……?」
「なんだろうね、これ。俺全然分かんないんだわ」
「うん……」
海は絵があまり上手くはないということを忘れていた。恐らくこれは海、これが欲しいものではないのか、と当たりをつけて二人で頭を付き合わせたけれど、よく分からないままだった。届けてね、と言われてしまった手前、聞くわけにもいかないしな。なんとか解読するしかなさそうだ。
≫12月15日
「買ってきた?」
「買ってきた」
「どこにある?」
「トランク」
「海もう車に乗せれないじゃん」
「盲点だわ」
≫12月18日
「もーおいーつくねーるーとー、おーそーうがーつーう」
「海ー、寝ようよー」
「うみ、ねないの」
「なんで」
「ねむたくないれんしゅうする」
こいつ、サンタを出迎えるために一週間前からアップを始めやがった。自分の目を自分でこじ開けながらお経のような歌を歌って気を紛らわしている海に、朔太郎が絡み始めた。じゃましないで!とか言われてるけど。
「こーちゃんとねる!」
「さくちゃんと寝ようよー、とんとんしてあげるから」
「とんとんしない!うみおにいさん!」
「もーういーくつねーるーとー、さくちゃんのおたんじょーうびー」
「さくちゃんのおたんじょうびない!わああ」
「ありますー。ねえ海、俺何歳になるか知ってる?」
「にさい!わああ!あー!」
「ぶー。ぴっちぴちの18歳。うっそー」
クソどうでも良い話で飽かせて寝かしつけたらしい。散々付き合わされて疲れたのか、白目剥いて寝てた。どういうことだよ。
「ねえ。さっき自分で歌ってて思い出したんだけど」
「ん?」
「もうすぐ俺誕生日だね」
「はあ」
「ね」
「……?」
「マジで訳分かんないって顔しないでほしいよね」
「何か欲しいのか」
「航介から誕プレもらった思い出なんてそんなないからいいです」
≫12月24日
「こーちゃん!」
「おかえり」
「ただーま!」
お迎えに行ったら、年の瀬だからか、いつもより子どもが少なかった。いつも海が遊んでる子はいない。お休みか早帰り、どっちかかな。先生に元気よく手を振った海が、靴のマジックテープをもちゃもちゃ変なふうに引っ付けて、はけない!と足を投げ出した。じゃあ仕方ない、帰れないな。
「やだの!」
「ケーキ受け取って帰ろう」
「けえき」
「サンタさんが乗っかってるやつ」
「さんたさん、うみたべる」
「食べれるかな……」
ケーキを受け取って、チキンを買って、ポテトも買って、何故か海が握りしめていたお花の形のマカロニも買った。レジに並ぶ時には持ってなかったのに、いつのまにか握りしめてた。何故。海が、茹でてない固いマカロニをマカロニと認識できてるのかどうかすら不明だ。おもちゃか何かだと思ってるかもしれない。マカロニだけは自分で持ちたがったので、ちっちゃい袋をもう一つ貰って、海の右手にぶら下げた。ただいま、と家の鍵を開けて、手を洗って、買ってきたおかず類を温めて。
「じんぐるべー!じんぐるべー!いただきまーす!」
「さくちゃんもうすぐ帰ってくるぞ」
「おにくたべよ!」
「だからもうすぐ帰ってくるって」
「おなかぺこぺこなのー!」
「わがままだ」
「ちがう!うみいいこ!」
「遊んでていいから待ってようよ」
「……いっかいぱくんする」
「しない」
「さくちゃんわかんないくらい」
「トマトなら一つだけ食べてもいいけど」
「や、きらい」
「ただいまー」
「さくちゃんかえってきた!」
「あっ」
かじった。いただきますの前に。リビングに入ってきた朔太郎も、肉を一口頬張ってソファーの陰に逃げ込んだ海を見て、ぽかーんだった。そんなお腹空いてたのか。後から連絡ノートを見たら、おやつが苦手なサラダサンドイッチだったから、二口食べてぺっぺしたらしかった。そりゃお腹も空くわ。
「けーき、ふーする」
「誕生日じゃないよ」
「やればいいじゃん」
「じゃあ俺もやる、もうすぐ誕生日だから」
「うみがやる」
「さくちゃんもやるー」
「うみが!」
「二人でやればいいだろ」
「やー!」
「じゃあ二回火つけてやるから」
同じ顔で喧嘩しないでくれ。海が吹き消したら「ふー」っていうより「ぶー」だったけど、まあいいか。ちなみに、サンタさんは作り物だったので食べられなかった。チョコのプレートで海は満足してくれたようだけれど。
今日までの盛り上がりようだと寝なさそうだったので、ゆっくりめにお風呂入れてたら、髪の毛乾かしてる間にぐらんぐらんしはじめた。ねない、ねない、とぶつぶつ言う海に半ば無理やり歯磨きさせて、十分後。
「……起きそうにない……」
「ものすごい勢いで寝たね」
「うん……ん?」
「じゃーん。サンタさんです」
「……その帽子と髭どうしたんだよ」
「買った」
「はあ」
「サンタさんですよ」
赤い帽子に白い髭、なので何になりたいかは分かる。よく用意したな、海だって見ないのに、と思いながら、リボンのかかった箱を海の枕元にセッティングして一人うんうん頷いている朔太郎サンタを見る。いやに似合うな。着ぐるみ業のおかげで仮装が板についたのか。俺もそろそろ寝ようかとリビングの電気を消しに行く途中、朔太郎に背中を引っ張られた。
「はい」
「うわ、なに」
「サンタさんから良い子にプレゼント」
「海のとこに置いて来ただろ」
「よく見ろ、シャンパンだよ」
「あ?」
「江野浦家と弁財天家は常に上の空で俺の話聞くよね」
「飲むの?」
「うん。付き合ってよ」
「俺へのプレゼントじゃないの?」
「素直じゃないんだから」
パーティーの残り物を肴に、サンタさんと二人で、乾杯した。なんで急にシャンパンなんて、って聞いたら、そんなに中身のない言い訳が返ってきた。曰く、「今やってるドラマで、内容は航介が絶対に見なさそうな純愛感動モノなんだけど、まあとにかくそれの中でクリスマス回をこないだやったらしくて、二人でケーキ食べながらシャンパン飲むシーンがあって、職場の後輩に辻さんは奥さんとこういうことしないんですか?って聞かれて、そういえばしたことないなーと思ったらちょうどよくスーパーでシャンパン安くなってたから買った」そうで。「安かったから買った」だけで説明が足りる気もする。まあいいか。
「明日の朝、海びっくりするかな」
「するんじゃないか」
「欲しかったやつじゃないって怒られたらどうしようね」
「適当に言い訳しとけよ」
「丸投げか……」
≫12月25日
俺の方が朝早いので、海がプレゼントを発見した瞬間は実際見られなかったが、朔太郎が機転を利かせて動画で撮っておいてくれた。かわいらしい「わあ〜」みたいなのを想像、は流石に実の息子なのでしていなかったが、獣のように包装を八つ裂きにして、中から出てきた電車のおもちゃとそれを走らせられる線路に大喜びで跳ね回ってどたばたしている様子は、若干引いた。まあ、側から見ていたから面白かったけれど、目の前でこれやられたら俺だったら「もうちょっと静かにしろ」って言う。流石の朔太郎にも、撮ったけど本当に見たい?ってすごい念押しされたしな。
「いいでしょー、うみの」
「かっこいいね」
「うん、さんたさんくれた」
海へのクリスマスプレゼントは、サンタさんからだけでなく、友梨音たちからも送られた。かわいい包装の中から出てきたのは動物のアイシングクッキーで、しばらく嬉しそうに眺めてから食べ始めた海は、齧るのがもったいなかったのかぺろぺろ舐めはじめたので、若干ばっちいことになった。べたべただよ。お届け役だったらしい友梨音に散々プレゼントを見せびらかして、手を振って別れた海が、大事そうに電車を握りしめて離さなかったのは、ちょっとかわいかった。そんなに喜んでもらえると、嬉しい。
「みて、うみのぷぜれんと」
「海、それ欲しかったの?」
「んーん、うみ、べるとおねがいした」
「ベルト」
「へんしーん!するやつ」
電車と変身ベルト、全然違うじゃねえか。後からプレゼント用意係の朔太郎の弁明を聞いたところ、だってここに電車らしきものがある、とサンタさんへの手紙だった絵を見せられた。確かに電車らしきものはあったけれど、海からの話と、今やってる戦隊モノの内容を合わせて考えると、どうやら恐らくそれは変身ロボの一部っぽかった。海も電車喜んでるし、朔太郎が悪いわけじゃないんだけど。
「こーちゃんにも、かしたげる」
「ありがとう」
「うみのとがったい」
「はい」
「さくちゃんもやりたーい」
「かしたげる」
「ありがと」
「うみのとがったいね」
「うん」
「……こーちゃんのでんしゃは?」
「海のとくっつけたろ」
「さくちゃんのは?」
「海のとくっつけたよ」
「あ!うみのがながい!」
「そうな」
「なんでー?」
「海ちゃんはゆるゆるでかんわいいなー!」
「ぶええ」
≫12月27日
「うみおねつない」
「ある」
「ない」
「ある」
「ない!」
「あるって……」
微熱だけど。
本当の仕事納めは年末最終日だけれど、うちは運の良いことに家族経営だからというかなんというか、海のことを考えて、今日をもって俺の仕事はおしまいになった。おじいちゃんおばあちゃんからのちょっと早いお年玉だよお、と父はふにゃふにゃしていたが、後ろで母がガンを飛ばしていたので、頭を下げることしかできなかった。年末が忙しくなることは知ってるわけだし。そして、仕事が終わって、お迎えに行ったら、海のおでこに冷えピタがあった。
「ごめんなさい、気づかずに。30分くらい前に測ったら、ちょっとだけお熱があって」
「ああ、大丈夫です」
「うみおねつないの!」
「あるって先生言ってるだろ」
「なーいー!おねつあったらおやつない!」
「帰るぞ」
「あー!せんせーい!」
「あ、明日はお休みします。次は来年です」
「お荷物忘れないでくださいね」
「はい。今年もありがとうございました」
「ありがとうございました。また来年ね、海ちゃん」
ぎー!と唸る海が冷えピタを剥がそうとするのを止めながら抱え上げて、帰路を辿る。ちょっとしか熱はないんだから休めば治ること、おやつを食べれないほど体調悪くないこと、などなどを話しながら保育園を出る頃には、海はにぱにぱしていた。あいすたべたいねえ、おねつあるからねえ、だそうで。
「じゃあおやつはアイスにしよう」
「やったね!おねつさいこー!」
「……………」
「海熱あんの」
「ある。すーっごいおねつ」
「そんなにない。もう下がってる」
「ある!おねつ!あいす!」
「インフルエンザとかやめてよねー」
「あ″いす!」
「すげえ声出てる」
「インフルエンザではないだろうけど。微熱だけだし、すぐ下がったから」
「そっかあ。明日からこーちゃんとお休みでよかったね、海」
「うああああああいす!」
「喉枯れるぞ」