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おはなし



「はっ……」
「おかえりー」
「あ、唯山くん、お帰りなさい」
「みきー、この家ジュースとかないのー?」
「……あ、えっ、ない……」
「お腹空いたー」
「……、……?」
鍵開けてすぐ、唯山くんが固まっている。玄関口で、寒くないんだろうか。多分、唯山くんの双子のお兄さんの、直くんがいたからだ。多分っていうか、絶対そうなんだけど。しかもくつろいでるしな。
どうして直くんがここにいるかって、唯山くんが一人暮らししてる家に、合鍵を持っている私が到着したところ、玄関の前で煙草を吹かしていたので、中に案内した次第である。不審者じゃないよお、双子です、とあせあせ弁解されたけれど、そんなの顔が一緒だから分かる。確かに会ったことは無かったけれど、名前は知ってたし。
「みきー、お腹空いたんだってばー」
「……直、なんで、いるの?」
「一人暮らしの可愛い弟を心配して見に来たんだよ、幹は俺には絶対に住んでるところ教えてくれないから、お母ちゃんに聞いた」
「……帰って」
「帰りませーん、絶対に」
「……………」
「……えっと、なんか、ごめん、唯山くん」
「……なんで、有馬は、直と一緒にいるの?」
「お家の前にいたから……」
「直」
「何にもしてない」
「直」
「何にもしてないってば!ほんとだよ!ピアス千切れる!可愛い弟って言ってるじゃん!流石に幹が高校生の時から好きだったって言ってた彼女を寝とったりしないよ!」
「そういうのはどうでもいいからちょっと外出て」
「ほんっとに千切れるっつってんじゃん幹てめえ!」
取っ組み合いの喧嘩が始まる一瞬前に、幹くんが直くんを玄関の外へ突き飛ばして、勢いよく扉が閉まった。見ないで!っていう配慮かな。扉越しに怒号と殴り合う音がすごく聞こえてくるけど。お隣さんに怒られちゃうよ。

「お待たせしました」
「びっくりさせてごめんねー、かなたちゃん」
「……え……男の子同士の喧嘩って、そんなんなるの……?」
「いつもはこんなんならないよー、幹がちょっとガチで切れちゃっただけ」
「全然平気」
「平気じゃないでしょ、全然……」
血が出ている。いろんなところから。へらへら帰ってきた直くんと、超仏頂面でまだ直くんを睨んでる唯山くんの対比が怖い。取り敢えず血を拭いた方がいいのかと思って、濡らしたタオルを用意した。
「痛い。幹のせいだ」
「ふん」
「もー、どこが痛いのか分かんないよ。かなたちゃん、手伝って」
「あ、はい」
「はあ!?」
「幹のせいだから、幹の彼女に手伝ってもらうのは道理ですー」
「なに名前で呼んでんだよ!」
そこかいな。直くんのおでこの生え際にある擦り傷を消毒してあげてる間、唯山くんがずっと歯を剥き出しにしていて怖い。ていうか、唯山くんを唯山くんって呼んでて、直くんを直くんって呼んでるのも、バレたら怒りそうだ。でもどうしようかな。さっきまで、直くんと二人だった時に「幹のこと苗字で呼んでるなら俺のことは名前でいいよお」って話をしてたとこだから、急に変えるのも変な話だし。
「かなたちゃん、ありがとー」
「いえいえ」
「名前で呼ぶな!」
「幹は心が狭いなー、だからモテないんだよ」
「もっかいぶつぞ!」
「け、喧嘩しないで、唯山くん」
「う」
「そうだぞー、唯山くん」
「直!」
「お付き合いしてしばらく経つのにいつまでも幹は唯山くんなんだなあ、って思っただけですう」
「ぐぐぐ……」

直くんは帰った。お腹空いた!って最後まで騒いでたけど。こんなボロボロになっちゃった経緯についてはお母ちゃんに報告させてもらいますのでー!とは、捨て台詞である。それは唯山くんが青くなってたので、お母さんは二人にとって怖い人なんだろうなあ。頬っぺたに大きい絆創膏を貼ってあげたら、ぶつくさ言ってた唯山くんが、拗ねながら口を開いた。
「直と仲良くしちゃ駄目」
「そ、そうですか」
「直はパリピだから駄目」
「はい」
「有馬さん」
「はい!」
「……何にもなかった?」
「え、うん……」
「ほんとに?」
「……なにがあったと思ってるの……」
「……直は、昔から俺よりすごい上手くやるから、有馬さんもいろいろ、こう、仲良くなっちゃうんじゃないかなって、こう、不安になり、ました」
「はい」
「……なんにもないですか」
「ないです」
「嘘ついてない?」
「そんなに私信用ない?」
「……有馬のことは信じてるけど、自分に自信がない」
「なんにもなかったよ。本当に」
ぶすっとして、ほっぺたふくらませて、不貞腐れてる唯山くんは、ちょっと可愛かった。

嘘をつきました。遡りましては、唯山くんが帰って来る前。煙草吸ってた直くんを家の中に入れて、お茶くらいなら、と出した後のこと。
「ありまさん」
「はい?」
「いやー、俺も写真でしか見たことなかったんだけど。そっくりだね」
「?」
「あー、うん、お兄さんいるよね?」
「あ、はい」
「俺の先輩。有馬先輩、仲良くさしてもらってたんだー」
お兄ちゃんの知り合いだったのか。そっくりだねえ、とにこにこしているけれど、その顔は酔っ払ってふにゃふにゃしてる時の唯山くんにそっくりだ。双子だと聞いてはいたけど、双子ってこんなに似てるもんなんだ。ほんと、そっくり。
「有馬さん、幹は良い子でしょ」
「え、あ、うん」
「おー、含みがある。もしや良い子ではない」
「えっ!?そうじゃなくて、直くんがそれを言うのかって!」
「だって俺、幹のお兄ちゃんだもん。何分かだけど」
「そ、そうだけど……」
「幹は良い子だよ。俺は良い子じゃないけど、幹が有馬さんみたいな子とお付き合いできて、良かったなーって思う」
「……そうすか」
「照れますなー」
「直くんが言い出したんじゃない……」
「いやあ、これから家族になるわけだから、ご挨拶がわりにね」
「うん……うん?」
「サンタさんがいくつになっても来てくれるような純粋さが幹の良いところだからね、俺には手が出るけど」
「直くん?」
「ん?」
「家族?」
「うん、それは俺の勘だけど。多分そろそろかなって」
「……唯山くん、そんなご予定を立ててるんです?」
「ううん、知らない。俺の勘だってば」
「え……勘でそんなハラハラさせないで……」
「こちとら幹の双子だぞ!」
そんなこんながあったので、なんにもなかったわけではないし、しばらく私は唯山くんの行動にそわそわしなくてはいけなくなる。だから、嘘をついた。
あと、もう一つ。
「そういえば、幹のどこが好きなの?」
「ええ……ええと」
「顔?だったら俺にしない?いえい」
「いや」
「……俺にしない?」
「ポーズを変えても駄目」
「俺に」
「そういうところでお兄ちゃんと仲良くなれるんだと思うよ、直くん」
「有馬さん厳しーい!」
という会話があり、次の日の朝、お兄ちゃんから「かなたの彼氏の顔が分かった」とだけラインが来た。いつもなら変な絵文字がいっぱいついてるバカ丸出しラインなのに、こういう時だけそういうことする。唯山くん、ピンチ。



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