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おやすみなさい


※中学生
「お泊まりはじめてー」
別の家の匂いがする、と布団に顔を埋めている朔太郎を見下ろしながら、俺と当也は無言のままに、どっちがベッドでどっちが布団かを争っている。三人いるのに布団を1つしか準備してくれなかったのは、どういうつもりなんだ。順当に考えて、ベッドか布団のどちらかで誰か二人がいっぺんに寝ろってことなんだろうけど。お前と二人は死んでも嫌だ、と当也の顔に書いてあるし、俺だってそれは嫌だ。だったら朔太郎と二人の方がマシだ。小さいし。
「寝ないの?」
「……朔太郎どっち使う?」
「ん?お布団じゃないの?」
「そう……」
「だって、当也のベッドでしょう」
「っしゃ!」
「お前!俺だってこのベッドしょっちゅう使ってんだよ!そういうこと言うと俺とお前が布団で二人になっちゃうだろ!」
「当也がよっしゃって言った」
「よく考えてから喋れよ!」
「ねえ、当也がよっしゃって言った」
「言ってない」
「言ったよ!俺聞いたもん!ねえ、航介も聞いたよね、ねっ?」
「そんなことはどうだっていいんだよ!」
「今この場で一番どうでもよくないよ!」
結局、布団に俺と朔太郎が二人で寝ることになった。いいけどさ。ベッドで一人が良かった。当也が当然だろって顔で見下ろしてくるのも腹立つ。俺が当也の部屋で寝せられる時、要するにこっちの家に預けられてる時は、あまりに頻度が高くなってきた頃やちよがじゃんけん制度を採用してくれたので、半々ぐらいの確率で俺だってベッドを使える。だから、当也の部屋の当也のベッドだから当也が使う、って理論はこの場合通用しないのだ。それをこの眼鏡、眼鏡二人いるじゃんか、ええと、朔太郎じゃない方の眼鏡は知ってるはずなのに、わざと言わなかったんだ。ずるい。
「おやすみ」
「おやすみー」
「電気消すよ」
「えー、真っ暗?」
「朔太郎、真っ暗じゃ駄目なの」
「ううん。平気」
「……ん、うん」
当也の濁しの中には、じゃあなんでえーって言ったんだ、が含まれているはずだ。少なくとも俺だったらそう言う。えー、真っ暗?って言われたら、真っ暗じゃない方がいいのかと思うだろ。どっちだっていいんだけど。
当也はすぐ寝るので、電気が消えてすぐ、部屋の中が無言になる。朔太郎も案外静かで、二人で一つの布団だけどまあ何とかなりそ
「ねえ」
「……………」
「ねえ、航介」
「……なに」
ならなかった。静かだと思ったのは5秒ぐらいだった。ばすん、と勢いよく寝返りを打ってこっちを向いた朔太郎が、暗闇でも分かる目の輝き具合で話しかけてくるので、仕方なしに返事をした。多分黙ってても延々話しかけてくる。しかも多分、クソどうでもいい系の話。
「あの、外人の先生いるじゃん、英語の」
「あー」
「結婚してるんだって。子どももいるんだって言ってた」
「へえ」
「まだ小学生なんだって」
「ふうん」
「それで、実は日本語ペラペラだったから俺、驚いちゃったんだ。びっくりだね」
「……えっ?」
「ん?」
「誰が?」
「英語の先生」
「あの外人の?」
「そう」
「……そうなの?」
「当也起きてたの?」
「……今起きた」
うん、普通に話したよ、と朔太郎はあっけらかんと言ったけれど、俺と当也は口あんぐりなのである。だって、日本語はいっさい通じないって言うから、こっちは必死で使えもしない英語で会話を試みているのに。騙しやがったな。どうでもいい話に見せかけてあんまりどうでもよくなかった。当也がぼそぼそと、英語の先生と何で仲良くなったの、と朔太郎に問いかけた。まあ確かに、その理由も気にはなる。
「俺んちの近所に住んでるから」
「えっ!?」
「そうなの!?」
「え?うん。それは入学した最初から知ってたよ」
「……………」
「……………」
「どうしたの?」
「……なんでもない」
勝手に遠くから来てくれてるもんだと思い込んでいたけど、朔太郎も悪意なく当然の顔をしている。そりゃそうだ。ご近所さんなんだから。
その後も朔太郎の、全然どうでもいい話に見せかけてちょっと興味ある話シリーズは続き、全然寝れなかった。


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