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☆すてらびーた☆



「スピカさん、ごめんなさい……」
「……………」
「じぶんでも、じぶんがどうして突然大きくなったのか、分からなくて……多分かみさまが、その……」
「……………」
「……驚かせて、本当にごめんなさい……」
じぶんの身体が、成長していた。今までの肉体年齢より、プラス3歳くらいだろうか。背が伸びていたのに視界で気がつかなかったのは、本の山以外この星にはないせいだ。スピカさんを見下ろしてはじめて、距離感の狂いに気がつけた。そのせいで、彼女を怯えさせてしまったけど。
なにを言っても言い訳だ。俯いて膝を抱えて固まってしまったスピカさんに、ごめんなさい、ともう一度謝って、項垂れる。せっかく仲良くなれたのに。なにが、良きところでタイミングを見計らって成長の特権は使うよ!だ、かみさまの嘘つき。コリンカさんならここまでびっくりしなかったかもしれない。ポールさんだったら「かっこいい!すごいじゃないか!」とか言ってくれそうだ。けど、ここにいるのはスピカさんで、怖がらせて驚かせたのは事実で、取り返しはつかなくて。愛してください、っていうのは、大切にしてください、って意味もきっとあったんだろうな。じぶんは、その約束を破ってしまった。
「……あるさん」
「は、はいっ」
「あるさん、かみさまに、わたし、聞いていたんです。昨晩、お告げがあったんです」
貴方のために作って持っていってほしい料理があること、貴方のためにわたしがやらなければならないこと、二つを教えてもらったんです。そう零して、ゆっくりと顔を上げたスピカさんは、怖がってもいなければ、怒ってもいなかった。ぽややん、と頬を染めて、ちょっと嬉しそうだった。あれ、どうして。さっきあんなに悲鳴上げてたのに。
「あ、あれは、いくら聞かされていても、驚いたというか」
「そう、ですか?」
「……あるさんが、かっこよかったから……」
「え?」
「なんでもないです!」
スピカさんは、やらなければならないこと、と言った。しかも、じぶんのために。思い当たる節がなくて首を傾げると、右手を取られた。手の甲を撫でられて、ぼんやりとそこが暖かくなる。浮かび上がったのは、難しそうな紋章だった。なにかの魔術式だろうか。
「わたしの、刻印です」
「スピカさんの?」
「……かみさまは、わたしに言いました。あるさんが、わたしの料理を食べて増大した魔力を持て余して、成長してしまった、と」
「え、いや……えっ?そうなんですか?」
「……はい。わたしの力は、増強の力。もとある力を、増やし強める力。番を作り生物が繁殖するのも、その一環なのです」
「スピカさんの星の、動物たちが……」
「わたしが作ったものは、相手を癒し、強くします。その力を何倍にも、何十倍にも、何百倍にも。……あるさんは、わたしを愛してくださると言ってくれました。だから、その、わたしからも、こう、こもった想いが、予想外に強すぎて……」
いや、でも、スピカさんのせいじゃなくて、かみさまのせいですよ。あのかみさまが変な暴走特権をじぶんにつけたせいで、こんなことになってるんですよ。この刻印だって、多分かみさまが後乗せサクサクで体良くちゃっかり付けただけですよ。もじもじしているスピカさんに、そう言うことは許されなかった。いそいそと持ってきた包みを解いたスピカさんが、有無を言わさず、じぶんの口になにかを突っ込んだ。あまい。
「一口サイズのクッキーです。わたし、わざと力を込めて焼きました。愛情いっぱいに、焼きました。あるさんの力を放出するお手伝いをするために、今日はきました!」
「へ?あ、っ待っ、なにしてるんですか!?」
「服を脱がせています!」
「ひえっ、や、やめてください!スピカさん!スピカさーん!」
「ごめんなさい!ごめんなさい!でもわたし、魔力放出のやり方なんて知らなくて!自分がしたことあるやり方しか、知らなくって!」
「いやああああ!?」
思いっきり脱がされた。力強い、スピカさん、ものすごい力強い。声も大きい。はああ、と恍惚のため息を漏らされて、きゅう、と喉が鳴ったのが静かなじぶんの星に響いた。
「あの、痛くしませんから、楽にしてくださいね……?」

なにをしたかはご想像にお任せするが、ご想像の通りであることは明言しておこう。
結論。スピカさんが普段やってる魔力放出のやり方では、当然ながらじぶんは元には戻らなかった。そりゃそうだ、魔力暴走というより、単純な肉体の変質なのだから。悲しみに打ちひしがれているスピカさんに、いっそ一周回って冷めた頭で、とりあえず手とか綺麗にしてくれると居た堪れない感じが薄まって嬉しいんですけど、と弱々しく告げた。くすんくすんしているので聞こえていないらしい。やめて、その手で顔を拭わないで。涙を拭くならせめてじぶんの服を使ってください。
「あの、スピカさん。多分、かみさまに騙されてますよ」
「いいえ!」
「ひえっ……また大きい声……」
「もう一つ、方法はあるのです!わたしも、わたっ、やっ、やったことは、な、ないのですけれど、ぅう……」
「……スピカさん?」
「……あるさんのためなら、わたし、なんでも……」
「スピカさん?あの、一人でなにかの決意を固めないでくださいね?」
突然動揺しだして、唐突にぐっと拳を握ったスピカさんが、涙目でこっちを振り向いた。ここまできたらなんでもしてやる、に近い気概を感じる。今はじぶんの方が背が高いはずなのに、気圧されっぱなしなのはどうしてだろう。じりじりと追い詰められながら、スピカさん、正気に戻って、スピカさん、と語りかけ続けるが無視された。片手に構えるクッキーが怖すぎる。愛情いっぱいっていうか、変なもん入ってんだろ、それ。かみさまはどんなレシピを教えたんだ、優しいスピカさんを返してくれ。
「なにするつもりですか!」
「我が星でもよくあることです、雄と雌が」
「あー!いいです!やめてください!」
「わたしだって、したことなんかないです、けどっ、一人でするより二人でした方が放出量が多いって、聞いたことがあるんです!」
「そんなことをスピカさんに教えたのは誰だー!」
「コリンカちゃんです!」
「くそー!とんでもない伏兵だー!」
さあ!と口を開けさせられて、じたばた抵抗する。なんか引っかかるけど、スピカさんの手の力が強すぎて深く考えられない。なんか、スピカさんの言ったことでなにか、雄と雌だとか、自分でしたことある方法しか知らないとか、
ん?
「スピカさん!」
「はい!」
「ごめんなさい!」
「は、っきゃああああ!?」
スピカさんのスカーフをひったくって、シャツの胸元をこじ開けた。15歳のじぶんじゃこんな力技には出られなかっただろうから、このために成長させたくれたんだとしたらかみさまに感謝するより他ないが、絶対そうじゃない。弾け飛ばしたボタンは後で拾うとして、スピカさんにも五発くらいぶん殴ってもらうとして。
思った通り、女の人にあるはずの膨らみはそこにはなかった。簡単な穴埋めだったのだ。女の子にしては強い力とか、「自分がやったことある方法」と一人でする魔力放出のやり方を知ってたこととか、さっきから決して自分は一枚たりとも脱ごうとしないこととか。どうやって雄と雌のあれやそれやを雄同士で行おうとしていたのかは不明だけれど、それこそ魔術行使でなんとか上手く乗り切るつもりだったんだろう。スピカさんは、ばっと前を隠して、真っ赤になった。上に乗られているのでよくわかる。ぶるぶるしている。震えるほど怒っている。怖い。とりあえず手を離してそっとホールドアップすると、スピカさんが、ぎゅうっと唇をひき結んだ。
「……ご、ごめんなさい……」
「……………」
「でも、落ち着いてくれたかなって、ねっ」
「……………」
「女の子でも男の子でも、スピカさんはスピカさんですし、大好きなことに変わりはありませんし、その、だから」
「……………」
「……………」
「……………」
「……本当にごめんなさい……許さなくていいです……嫌いになっていいです……」
触ることすら許されないだろうと、スピカさんを上に乗せたまま、謝り続ける。本当ならこんなことをしたじぶんの近くにいることですら嫌だろうけど、じぶんに触られて退かされるのも嫌だろうから、スピカさんが自分で正気を取り戻して退いてくれるのを待つしかない。そしてその後でじぶんをどうぞ罰してくれ。焦っていたとはいえ、流石にやりすぎた。
「……が、……ぃ、です」
「……え?」
「……わたしが、あるさんを、愛した人を嫌うなんて、出来ないです」
「でも、じぶん」
「わたしが貴方を嫌うことがあるとしたら、それは貴方がわたしを憎んだ時。愛が反転した時です。貴方がわたしを嫌ったくらいでは、わたしの愛は潰えることはありませんから」
「……スピカさん」
「……あるさん。こんな、わたしでも、まだ、愛してくださいますか……?」
ぽろり、とスピカさんの目尻から涙が零れ落ちた。それを拭おうとして、やめる。まだ触れていいような気はしなくて。だって、酷いことをした。きっとスピカさんは、自分が男の子だってことを、隠していたのに。無理やり暴き立てて、傷つけたのは、紛れもなくじぶんだ。それでもスピカさんは、じぶんのことをまだ嫌いにはなれないと言う。それどころか、じぶんに問いかけている。問いかけられたなら、答えなければ。愛しているかと、聞かれたのならば。
「勿論。スピカさんが、じぶんを嫌いになっていなければ」
「……愛しています、愛しているんです、あるさん……うう……」
「ごめんなさい、泣かないで。スピカさん」
「……愛しているから、愛させてください……どうか、こんなわたしでも、お役に立たせてください……」
「……スピカさん?あの、スピカさん?」
「はい」
「……服を脱がさないでください」
「……………」
「無視しないでください!」
「あるさん」
「はい」
「せっかくはじめてなら、本だらけのここじゃなくて、ベッドルームがいいです」
「……………」
切り替えが早いとか言うか、なんというか。情緒不安定にも程がある。

「戻れて、よかったですね」
「……はい」
「わたしのしたことに、意味があったかどうかは、分かりませんけれど。それでも、意味がなかったとわかるまでは、あるさんが大きくなって困ってしまうたびに、わたし、貴方と体を重ねます」
「……ええと、じぶんに選択権は……」
「……わたしでは、力不足と……」
「あっ、んん、違うんですけど……」
「ふふ」
コリンカさんが言っていた、話が通じない、の意味が少しわかった気がする。スピカさんは、優しくて、じぶんのことをとても大切に思ってくれて、愛の元にじぶんに尽くしてくれるけれど、こちらの話をあまり聞いていない。特に拒否。じぶんのために、と動いてくれているのはよく分かるんだけれど。
スピカさんの言う通り、事が終わったら、戻れた。けど、それは多分、二人でしたことが原因ではないような気がする。かみさまがいうところの「タイミングよく」ってやつだろう。スピカさんの要望通りに、現在地はベッドルームである。じぶんの星にはないので、スピカさんの星に移動した。少し渇いた声で、あるさん、と甘く名前を呼ばれて、手を握られる。
「わたし、かわいくありたかったんです。かわいくあれば、愛してもらえると思って。かわいくもなんともない男の子じゃ、愛してもらえないかなって」
「……そんなこと、ありませんよ」
「あるさんは、特別です。わたしだって、最初から女の子の格好をしていたわけじゃないんですよ?」
コリンカさんと出会うより前、スピカさんにも仲良しのお友達がいたらしい。そのお友達は、スピカさんのことを愛してくれた。けれど、その人は、スピカさんのことを愛していたというよりは、乙女座として信仰されて天に祀られた女神を愛していた。神話の記憶が残っているじぶんにも、覚えがある。その女神は、アストライアー様のことだろう。だから、スピカさんにも女神が求められた。美しく、愛らしく、見るものを魅了する女神。女の子に近づくことで、お友達は喜んでくれたそうだ。そして、そのお友達はある日突然消えた。その後、コリンカさんと出会って、そのお友達の最期を知ったらしい。
「あの人、神話の記憶を自分で掘り起こしたんですって。それで、力を得て、暴走して、神獣と化して、たくさんのものを滅ぼして。もうどうしようもなくて、コリンカちゃんと、双子座の方で、かみさまの力を借りて、わたしのお友達を殲滅したって、聞きました」
「……そ……れは」
「ええ。わたしが、女の子のふりをして、女神様に近づこうとして、お友達に夢を見せてしまったから。そんなことをしなければ、あの人は記憶を掘り起こそうなんて思わなかったかも知れないのに」
それでも、スピカさんは、女の子のふりがやめられなかった。男の子のままでいた時より、愛してもらえた記憶が、深く根付いてしまったから。このまま女神の写し身であれば、また誰かが自分を愛してくれるかもしれないから。そんな夢を、諦めきれなかった。
「……でも、あるさんは、どんなわたしでもいいのだと、言ってくれましたね」
「だって、スピカさんは、スピカさんです」
「そうですね。そうでした。……そんなことも、忘れてしまっていたなんて」
「じぶんの知ってるスピカさんは、優しくて、ほっぺが赤くなるとかわいくて、美味しいものを食べさせてくれて、他人のことばかり考えているような、そんなひとです。男の子でも女の子でも、それは変わらないと思うんです」
そう、言葉に詰まりながら告げれば、柔らかく笑ってくれた。溢れそうな涙は、見て見ぬ振りをした。スピカさんは、強い。じぶんには、そんな彼の涙を拭えるような権利はない。恐らくは、スピカさんのお友達が起こした一連の事件が、ポールさんとコリンカさんがちょっとだけ話していた、神話クラスの魔力行使が云々、ってやつなのだろう。けれど、詳しく知ろうとは思わない。スピカさんの古傷を、わざわざ抉ることはないからだ。
ふかふかの布団に埋もれながら、スピカさんが笑った。あるさん、と呼ばれて瞬く。
「……いつか、昔の自分に戻る勇気が出たら。その時は、一番に、あるさんがわたしを見てくださいね」
「はい!」
「約束ですよ」
ふふ、とからからの喉で笑ったスピカさんが、白い小指を差し出した。ゆびきりげんまん、っていう、おまじないだって。指先を絡めて歌うそれは、ちょっと嬉しくて、どこかくすぐったくて、特別な気分になった。
「スピカさん」
「はい」
「……服を、着ませんか」
「あるさんがボタンを壊してしまったので、着る服がありません」
「……そうだった……」
「嘘です。替えの服があります」
うふふー、とスピカさんが嬉しそうに笑った。

わたしのことはお気になさらず、とベッドから出てこられないスピカさんが言うので、せめて出来ることはないのかとお茶を淹れようとしたら、零したし、カップを壊しかけたので、やめた。ここにいてくださるだけで充分嬉しいのです、とスピカさんは笑ってくれたけれど、じぶんがここにいると、スピカさんはじぶんのお世話をしてくれちゃおうとするので、結局休む時間を奪ってしまう。一人放って行くのも嫌だけど、じぶんのせいでスピカさんがゆっくりできないのも嫌だ。天秤にかけて、スピカさんにも「わたしは平気ですから、ね?」と背中を押されて、自分の星に帰ることになった。また明日になったら来よう。ついでに、家の作り方、というか、組み立てるための魔法陣も教えてもらった。
「……おお……」
できた。すぐできた。簡易版ログハウス、って感じ。スピカさんの家よりかはかなり狭いけれど、一人だし、寝るところがふかふかしてたらそれでいいか。と思ってたら、ベッド的なものが無かった。ああ、家の建て方は教わったけど、そういう細々したものの作り方は、教わらなかった。伽藍堂の家だけがあってもあんまり意味はないんだけどなあ。
次の日。コリンカさんが来た。そして、身体をばきばきさせているじぶんを見て、経緯を知って、大笑いされた。
「あっははははは」
「……そんなに笑わなくても……」
「ははは、せっかく家を作ったのに、家の中で硬い床に寝たのかい、あるクンってやつは、はははは」
「コリンカさん!」
「はははは。あー、笑った」
どうしてコリンカさんが来たのかって、深い理由はないよ、様子見、らしかった。レオさんとピスケスさん、に会わせてくれるのかと思ったけど、にっこり躱された。
「あるクン、スピカくんと色々あったって?」
「ぶーっ」
「はははは」
「なんっ、どっ、な、っどうして知ってるんですか!」
「言ってなかったっけ?私、スピカくんとはパス繋いでるから。パスっていうのは、こう、念みたいな?通信みたいな?そういうやつね。それで昨日の遅くに、スピカくんからすごいテンションの通信が来てさ」
「ポールさんは!?」
「ポールくんとスピカくんはお互いの顔すら知らないよ。ていうか、あるクン、きみ、大人になれたんだな」
「そんなことはどうだっていいんです!」
「良かないだろう」
「きゃああ!」
「あるクンのテンパり方おもしろいなー、スピカくんに似てる。あ、寝ると似るの?」
閑話休題。しっかり者のお姉さんなのかと思ってたら、しっかり者でいろんな方面に卓越しすぎてるお姉さんだったコリンカさんに、お願いだからスピカさんとじぶんのことはもう他言しないでください、と頼み込んだ。
「まあまあ。スピカくんのいつ崩れるか分からない不安定感は、私にはどうしようもなかったけれど、あるクンのおかげでようやく彼女の基盤は確立したんだ。愛し愛される、信頼の関係だね」
「……コリンカさんは、どうしてスピカさんと仲良しなのに、じぶんみたいにはなれなかったんですか」
「んー。愛するって、危ないことだからね。私には、スピカくんを愛することはできなかったよ」
「……?」
「ま、私には私なりの理由と事情があるってことでね」
かみさまが言っていた、コリンカさんの秘密。秘密と理由と事情は、繋がっているんだろうけれど、じぶんにはそれは聞けない。スピカさんにはスピカさんの秘密があった。それを無理やり暴き立てるのはいけないことだと、じぶんは知っている。だから、コリンカさんにもそうしたくないのだ。
「さーてと。顔見に来ただけだから、今日は帰ろっと」
「えっ」
「コリンカさんにはコリンカさんの予定がありまーす。じゃあね、あるクン」
「あ、はい、それじゃ……」

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