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☆すてらびーた☆



「次は双子座だよ」
「二人いるんですか?」
「ううん。一人」
「ふうん?」
「スピカくんに美味しいものを教えてもらっただろう?今度は、素敵な音楽を知る番だ」
「おんがく」
「まあ、なんでもいいんだけど。生きることは楽しいんだよ、ってこと」
一旦コリンカさんの星に帰って、新しいゲートをくぐる。ということは、双子座の誰かとスピカさんの間に、繋がりはないということだ。ほんとうに、コリンカさんが一人でみんなを繋いでいたんだ。そう言えば、顔を知ってる程度で仲良しこよしした覚えはないよ、とにっこりされた。顔を知ってたら仲良くなれるんじゃないのかな。スピカさんを愛するみたいに。コリンカさんがじぶんに良くしてくれるみたいに。
「さて、ついた」
「……星ごとに、ばらばらなんですね」
「そうだね。今日は、トールくんかな、ポールくんかな。どこにいるんだろう」
どちらかというと、コリンカさんの星に似ている。暖かくて、空が高い。空気がきらきらしていて、遠くまで広がる花畑。双子座の誰かを探す間、コリンカさんが教えてくれた。この星に季節はないけれど、コリンカさんの星は「春」っていう季節があるんだって。季節があるってことは、雨が降ったり風が吹いたりもするけれど、この星にはそれはない、と。その代わり、枯れることない花畑と、居るものの体を癒す澄んだ空気と、緩く流れる時間がここにはある、ようで。聞きかじりだから、じぶんには難しいところもあるけれど、なんとなく理解できた。じぶんにも与えられている特権のようなものだろう。
しばらく歩くと、といっても、どのくらい歩いたかは分からない。この星では時間の感覚が緩くなる、っていう意味がわかった。コリンカさんと紅茶を飲んだ時や、スピカさんのお菓子を食べた時とは、違う。あの間は、確かにそれを経験した時間の経過が体に残ったけれど、ここにいると、それが曖昧になる。確か、そんな本があった。その場所の名前は、りゅーぐーじょー?だったかな。帰ったら確認してみよう。
大きな木の向こう側に誰かがいるのが見えた。金色の髪が木の幹越しにふわふわと揺れて、コリンカさんが、今日はこっちか、と片手をあげる。
「おーい。ポールくん」
「うん?ああ、コリンカ!どうかした?ピスケスとまた喧嘩?」
「違う違う。新入りくんを紹介に来たんだ」
「ふうん。そりゃまた、久しぶりなことだね」
「こ、こんにちわっ」
「こんにちは。ぼくはポール、双子座さ。君の名前は?」
「じぶんはっ、あるっていいます。よろしくお願いします!」
「うんうん、よろしく!ある!」
「ポールくん、お祝いになんか見せてよ」
「コリンカはいつもそうだ……そのせいでぼくがどんな目にあったか……」
「まあまあ。まあまあまあ」
じゃあ待っててね、と少し不貞腐れたように言い置いて、ポールさんは走っていった。コリンカさん曰く、ポールさんとは割と付き合いが長いらしく、さっき話に出たピスケスさんって人と初対面だった時に一曲演奏してもらったら、まあちょっといろいろあったらしい。「まあちょっといろいろあってね」って言われた。ピスケスさんと会うハードルがただただ上がっている。ポールさんは良い人そうだけど、他にもいるみんなは、どんな人なんだろう。
「お待たせー」
「あー。トランペットだ」
「ユーフォニアム!コリンカは楽器を見る目がないなあ!」
「覚えらんないよ、そんなの」
「ふんだ、ねえ、あるは覚えてくれるよね?」
「はっ、はいっ、がんばります!」
「じゃあ、聞いてください」
You raise me up、っていう曲らしい。素晴らしい感想を言えるほどの力は無いけれど、この時間があっという間に終わってしまうことが名残惜しくなるような、演奏だった。ぱちぱちぱち、と拍手をしたコリンカさんに跳ね上がる。終わったことに気がつかなかった。引き込まれて、聴き入って、世界に入り込んでしまった。
「ポールさん!」
「はいはい。ほんとは多重演奏もできるんだけど、準備に時間がかかるから、ソロバージョンでお送りしたよ」
「すごいですっ、じぶん、あの、ポールさん!すごいです!」
「ははは、あるクンは何を見せても良い反応をしてくれる」
「えー。そこまで喜ばれると、もっとやりたくなっちゃうなあ!そーれ!」
「……わあ……!」
きらきらと光り輝いた辺りから、たくさんの楽器が浮かび上がる。ぼんやりと人のようなものがそれを持っていて、とことん、と太鼓の音が鳴った。天使とか、妖精とか、精霊とか、そういう類のものなんだろう。ポールさんに与えられた特権は、一人でオーケストラを演奏できるだけの召喚式をノータイムで展開できる、ということか。すごい。じぶんより、もっとずっとすごい。
「さあ!聞いていってよ、がんばっちゃうんだから!」
後から全ての楽器の名前を教えてもらった。バイオリン、チェロ、コントラバス、ホルン、クラリネット、コーラングレ、ティンパニ、その他諸々。じぶんじゃ覚えきれないけど、ポールさんは全部知ってて、全部演奏できるそうだ。やってみる?と渡されたけど、吹く楽器は変な音しか出なかった。叩く楽器はちょっとできたけど。
「ある、今度はこれなんかどう?」
「ねー。ねえー、ポールくん、あるクンを返してくれよー」
「コリンカは先に帰ってていいよ!」
「良くないよー、あるクンをきちんと家に送り届けないと、ポールくんのところで永遠を過ごすんじゃないかって心配になっちゃうじゃないかー」
飽きたのか、花畑に埋もれてごろごろしているコリンカさんが、間延びした声で呼びかけてくる。確かに、他の人にも会いに行かなくちゃいけないし。でも、ポールさんに楽器を教えてもらうのは楽しいし。うーん。
「……また来ますね」
「うん!待ってるよ!他の奴らは、音楽なんか聞いてくれやしなかった。あるが来てくれて、ほんとうに嬉しい!」
「ふああ」
「ほら見て、コリンカなんか欠伸しやがって」
「あはは……」
「んー、もう終わった?」
「もう!」
ポールさんが怒っている。コリンカさんは眠そうだ。ここにいると眠たくなる気持ちはちょっと分かるけれど。
会えるのは、後二人。さっき話に出たピスケスさんと、もう一人はレオさんというらしい。どちらの星も、今まで見てきた星々とは違い、住まう人間がいて、国家として成立しているんだとか。しかしながら、スピカくんやポールくんのように仲良くできるかといったら、あの二人とそれは無理だね、と肩をすくめられた。そうだねえ、とポールさんも当たり前のように頷いている。そうなのかな。
「どっちから行きたい?というか、他に行きたいところがあればそこでもいいけど」
「行きたいところ……」
「あるクンが本で見た中で、行ける場所とかあるかもしれないしね」
「うーん……あ、行きたいというか、会いたいというか」
「ふむ?」
「エウローペー様は、いらっしゃらないんでしょうか。あと、プレアデスの姉妹にも、挨拶がしたくて……」
「……ん?んん、誰だろう。かみさまから教えてもらった人?」
「いいえ、じぶんの知り合いです。本には神話時代の話だと書いてあったので、お会いできたりするのかなあ、と」
「……待って、あるクン。君、神話時代の記憶があるの?」
「え、あ、はい。朧げですが、すこしだけ」
「……………」
「……………」
「……ええと……」
コリンカさんとポールさんが、顔を見合わせている。会いたいと思うのは、いけないことだっただろうか。それとも、今はもういないのだろうか。じぶんが空にいられるようになる前の話だし、確かにもう何処かへ行ってしまっていても、おかしくはない。黙る二人につられて黙っていると、ポールさんが手を挙げた。
「はい。ある」
「あ、えっと、はい」
「ぼくの知る限り、あるの会いたい人はもういない。コリンカも知らないよね?」
「ああ。知らないね」
「そう、ですか……」
「……ある、それは、ほんとうにあるの思い出なの?自分が経験した記憶?天に祀られる牡牛となる前の?」
「はい、そうです。あ、でも、プレアデスの姉妹は、信仰を受けて空に上がった後、アルテミス様から言われて、仲良くしていたから」
「星座になった後、ってことか」
「どっちにしろ、有り得ない記憶ではあるけれどね」
「あり、ありえない?」
「うん。ぼくらは、かみさまに星座を貰ってはいるけれど、星座そのものじゃない。写し身として、ほんのちょっとだけ力を借りられるだけだ」
「あるクン、神話の記憶を持っているのは君だけだよ。ということは、君が行使できる力は、借り物じゃない。本物の、神代クラスの魔力供給が君には出来るってことだろう」
「え、えと、ええと、はい、そうです、いや、違います……?」
「……ま、あるクンにはキャパオーバーみたいだけどね」
「かみさまも、また、とんでもない子を作ったもんだなあ……」
あるがどうこうっていうより、かみさまがあるに背負わせた荷物が多すぎるんだよ。そうポールさんはじぶんの肩を叩いた。コリンカさんも難しい顔をして、ちょっと直接かみさまに話を聞かないといけないな、と眉を顰めている。じぶんのせいだ。あんなこと、言わなければよかった。でも、じぶんにだけしか星座時代の思い出がないなんて、思わなくて。
「……ご、ごめんなさ」
「わー!ある!泣かないで!ごめん、ぼくらも悪かった!きみは悪くない!」
「じ、じぶんは、どっ、どうしたら、いい、っんですか」
「……私たちに神話の思い出がない理由は、星そのものになってしまうと、使える力が莫大になりすぎるからなんだ。けれど、あるクンにはそれが許されてる。自分の思う通りに扱い切れないかもしれない力が、かみさまの身勝手で与えられてしまっているんだよ」
「……扱い切れない、ちから」
「それは危ない。きっと、傷つくのはあるだ。あるは優しいから、星の力がもし暴走したら、誰より悲しんで悔いて辛くなるのは、あるだろう?」
「でも、じぶん、なにもできません。思い出があるっていうだけで、ほかのことは、なにも知らないし、知識だって本のものばかりで……」
「……あるには思い出が残されてるっていうだけで、力は使えないように、かみさまが鎖をかけているのかな」
「ポールくんのいう通りかもしれないね。紅茶もケーキも桜も音楽も知らなかったんだ。私たちには生まれた時点でそれなりの基礎知識が与えられるはずなのに、あるクンにはそれすらなかったってことは、それが力の封印の代償なのかもしれない」
「コリンカ、かみさまと連絡をとりなよ。あるのことをどうするつもりなのか、聞くんだ」
「おーおー、ポールくんが熱くなるなんてね」
「コリンカ!」
「怒るなって、私も同意見だよ。かみさまと直接パスが繋がってるのは私だし、その役目は私がやるべきことだ」
「ある、ぼくと一緒にいよう。不安にさせてごめん、けど、きっと大丈夫だから」
「あの、え、っと……」
「君のことが大事だ。ぼくは、君に喜んでもらえて嬉しかった。だから、あるが悲しむところなんて見たくないんだ」
「……はい」
「……うーん。もしかしてだけど、スピカくんといい、あるクンは愛されキャラってやつなんだな?」
じゃあ行ってくる、ピスケスくんとレオくんはまた今度にしよう、ばいばーい、と軽く手を振って行ってしまったコリンカさんに、とりあえず手を振り返す。じぶんは、どうなるんだろう。かみさまがじぶんに与えた特権は、やっぱりじぶんには手に余りすぎるものだったんじゃないか。だって、じぶんは、なにも知らない。なにも知らなすぎる。無知は罪だ。その上じぶんは、無知であることを自覚すらしていなかった。ポールさんが、ぎゅっと手を握っていてくれたのが、ちょっと安心した。

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