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☆すてらびーた☆



かみさまは、言いました。
ばらばらで、自由で、ごちゃごちゃの、あの星たちをまとめあげなさい、と。
貴方にならそれができる、と作られたばかりのじぶんの肩に手を置いてそう言ったかみさまに頷いてみせれば、にっこりと微笑んで。
「じゃ、やりやすいようにいろいろ手伝ってあげるから!いわゆるチートモードってやつな。がんば!めっちゃ応援してる!」
かみさまは、想像していたより五億倍は軽い方でした。

じぶんの名前は、ある。外見年齢が15歳、男の子だ。精神年齢は多分15歳じゃない。こんな15歳、嫌だ。住まう場所も、容姿も、かみさまが作ってくれた。しかし、チートモードの名は伊達ではなく、いろいろ付与されていたけれど。
まず一つ目の特権。じぶんには、かみさまの本棚が覗ける。そこにはなんでもあって、分からないことはなくて、世界の真理からお隣さんの下着の色まで把握済み、というわけだ。これから出会う、じぶんがまとめあげなくちゃならない星々のことも、そこには書いてあった。けれど、相手のことは会ってみてから知ろうと、プロフィールの本を持ち出すのはやめた。じぶんだけ知っているのは、ずるい気がして。そしたらかみさまは、「真面目だなあ!こんなもの、ずるっこするためにあるのに!」とぷんすかしていたけれど。じぶんがその本棚から持ってきたのは、図鑑とか、物語とか、そういうものばかり。だからじぶんの星は、本でいっぱいになった。
二つ目の特権。じぶんは、大人になれる。小さくはなれないけど、大きくはなれる。外見年齢をいじれる、ということだ。しかも自分の任意で。けれど、それも面倒だったので、かみさまにお任せした。かみさまが、良きタイミングでいじってくれるらしい。嫌な予感しかしないけれど、かみさまを信じよう。だって、かみさまなんだから。再三「何してもいいからね」「手段は問わないからね」「奴等をモノにできるならほんと何してもいいんだからね」と念押しされたのが、嫌な予感に拍車をかけている。何をさせられるんだろう。こわい。
他にも特権はあるらしいけれど、あんまり詳しく教えてもらってない。じぶんだけ特別なことを、とやかく知りたいとも思わないし。けど、これから出会う他の星にもそれぞれに、性格や外見年齢や見た目の差異はあるらしくって、仲良くなれたらいいな、とは思う。そのために、上手に特権を使っていけたらいいな。

じぶんの星は、本でいっぱいだ。勿論そこも居心地がよくて、過ごしやすいんだけど、他の星にも訪れられるらしいと聞いたので、行きたくなった。けど、かみさま曰く、今はあんまり星同士の交流がないんだって。だから、じぶんに繋ぎ役をしてほしい、っていうのも少なからずあるみたい。きっとかみさまは、そこまで関与できないのだ。だってかみさまだから。生みの親みたいなもんだから。
どうやって他の星を訪れたらいいかは、教えてもらった。宇宙船で飛んで旅をするわけじゃなくて、かみさまが作ってくれるゲートがあるらしい。行き来は自由、だけど今のところはあまり使われていないのだとか。かみさまはその話をする時、ちょっとだけ悲しげだった。
「頑張って作ったのになあ」
「じぶん、ゲートをたくさんみんなに使ってもらえるように、がんばりますね!」
「うん。一番使ってるのは、というか今までかみさまとみんなの仲介口をしてくれてたのは、コリンカかな。あの子だけは、君にかみさまから紹介するよ。面倒見てあげてね、って」
「はいっ」
「面倒見はいい子だから、大丈夫だよ。あるが星の生活に慣れたら、こっちからコリンカに連絡するね」
そんな話をしたのが、ちょっと前のことだ。読んでも読みきれないほどの本、得られる膨大な知識、自分の記憶と照らし合わせられる高揚、全部掛け替えの無いものだけれど、ちょっと寂しくなってきたのは事実だった。そんな時、じぶんの星のゲートから、柔らかなチャイムが聞こえたのだ。
「ん。きみが、あるクンだね。はじめまして」
「はっ、はじめまして!じぶん、あるといいますっ、よろしくおねがいしまふ!」
「あはは、緊張しすぎ」
「う……」
「私、コリンカ。かみさまから聞いたよ。新しい子が来ること、ずっと楽しみにしてたんだ」
これでもみんなの中では年上なものでね、と胸を張った彼女は、よろしく、と手を差し伸べてくれた。握手をすると、手袋越しにでもしっかりと、暖かかった。
じぶんよりちょっとだけ背の高い彼女。ここは良いところだね、と本まみれのじぶんの星を見回して、笑ってくれた。まず私の星を紹介するよ、と手を引かれて、ゲートをくぐる。そこは自然がいっぱいで、桃色の花弁が風に舞う、暖かな場所だった。さくら、という花らしい。星に帰ったら、本で調べてみよう。木々を縫って歩いて行くと、少し開けた場所があった。木で出来た家が建っていて、その前には小さなテーブルと椅子がある。座って待ってて、とじぶんを案内してくれたコリンカさんは、家の中に引っ込んで、すぐ出てきた。手渡されたカップに入っていたのは、琥珀色の液体。肉体はもらったけど、そういえば飲み食いするのは、はじめてだ。
「どうぞ」
「ありがとう、ございます」
「紅茶っていうんだ。おいしいから、飲んでみて?」
それは、この星と同じように暖かく、ちょっとだけ甘かった。ふわりと良い匂いがして、咲き誇る花々が揺れる。優しいコリンカさんらしい素敵な星だ。
話を聞くに、じぶんとコリンカさん以外にも、星は点々とあるらしい。交流があるのは、中でも数人。一癖二癖ある相手が多くて、と零したコリンカさんは、ちょっと恥ずかしそうに笑いながら頰を掻いた。一番年上だって言っていたし、いろいろみんなの面倒を見てくれていたんだろうな。かみさまとの連絡役もしてたみたいだし。あのかみさま、軽くてざっくりしてるから、コリンカさんはきっと大変に苦労したことだろう。これからは、じぶんがなにかお手伝いできたらいいなあ。
「他の星にも、行ってみたいです」
「うーん、そうだね。顔見せくらいはみんなにしておきたいかも」
「みなさんと、なかよくなりたいです!」
「あはは、元気でよろしい」
私も、あるクンとみんなが仲良くなってくれたら、嬉しい。そうコリンカさんは言って、じぶんの頭を撫でてくれた。
コリンカさんの青い髪と白い服が、暖かな風に靡く。じぶんの星から来たゲートとは違う場所に、別のゲートがもう一つあった。ここから、別の星に行けるらしい。じぶんが行けるようになった星に繋がるゲートは、自動でかみさまが作ってくれるそうだ。だから、じぶんの星には今コリンカさんの星と繋がるゲートがあるってこと。これから行ったことのある星が増えたら、ゲートの数も増えて行くっていうこと。たくさんの星に行ってみたいなあ。
「私は、山羊座のコリンカ。あるクンは、牡牛座だよね」
「はい」
「次に行く星は、乙女座。スピカって子が住んでるよ」
「スピカさん」
「少し人見知りだけど、どんどん仲良くしてあげてね」
ゲートをくぐった先には、たくさんの生き物がいた。図鑑で見た、動物ってやつ。ちちち、と鳥の鳴き声がして空を見上げれば、小さな鳥がじゃれ合いながら飛んで行った。木の上から、栗鼠が二匹こっちを見ている。他にも小さな生き物がたくさん。ゲートからまっすぐ道を進んで行くと、白い屋根の可愛らしい家に着いた。窓が開いていて、レースのカーテンがふわふわ舞っている。軽やかな音がするドアベルを鳴らしたコリンカさんが、扉から一歩離れた。ゆっくりと開いた扉の前の向こう側にいたのは、金髪の女の子だった。
「は、はい……あ、コリンカちゃん……」
「やあ、スピカくん。突然ごめんね」
「いえ、全然、それは、……?」
「あ、気づいた?」
コリンカさんの後ろにいたじぶんに気づいたらしい彼女が、不思議そうな顔をした。コリンカさんが横にずれてくれたおかげで、じぶんとスピカさんは向き合うことになる。ふわふわした金の髪、赤いリボン、裾の広がったスカート。自己紹介くらいしようと口を開きかけた途中、彼女が先に言葉を発した。
「わたしを、愛してくれますか?」
「……あー、スピカくん、あのね」
「愛して、くださいますか?」
「うーん。んー、と、あるクン、行こ。今日のスピカくんは話が通じない日みたい」
はあ、と苦笑いして溜息をついたコリンカさんが、じぶんの手を引く。けど、スピカさんは、こっちをまっすぐ見て待ってくれている。愛するってなんだろう、仲良くするってことかな。少なくとも、じぶんの知っている愛は、相手を嫌うことではない。だったら、答えはイエス一択だ。だって、スピカさんとだって仲良くなりたいし、嫌いじゃなくって好きになりたい。行くよー、と意外に力強いコリンカさんに引き摺られかけながら、不安げに眉を下げて待ってくれているスピカさんに向かって、口を開いた。
「はっ、はい!」
「!」
「あっ!?あるクン!?」
「あい、愛するとか、じぶんにはよく分かんないですけど、スピカさんと、なかよくしたいです!」
ぽやん、とスピカさんの頰が赤くなった。かわいいな、と思うと同時、コリンカさんの手が離れて、たたらを踏む。わあー、もおー、と顔を覆って深く溜息をつかれて、もしかしたらまずいことをしてしまったのかもしれない。それを他所に、嬉しそうに玄関口から走り出てきたスピカさんは、じぶんの手を取って、にっこり笑った。
「わたし、スピカといいます。ずっと、ずうっと、愛してくださいね」
「え、あ、じぶん、あるといいます!あいっ、愛します!」
「結婚式みたいになってるじゃないのよお!」

スピカさんは、嬉しそうにしながら一頻りじぶんの手をぎゅっぎゅ握った後、「ぜひ、おもてなしさせてください。あるさん、コリンカちゃん」とじぶんたちを見て、家の中に案内してくれた。アンティークな家具の並ぶリビングで、ふかふかのソファーに通されて、二人座って待つ。スピカさんは、すぐに戻ってまいりますから!と別の部屋へ消えていった。かたかた、聞こえてくる音から鑑みるに、恐らく台所にいるらしい。コリンカさんが、驚かせて悪かったね、と少し眉を下げてこっちを向いた。なにに謝りたいんだろう。
「説明が足らなかった。私の落ち度だ」
「えっ、いえ、ぜんぜん」
「この星は、スピカくんの星は、愛の星だ。あの子はかみさまに乙女座を与えられていてね、ちょっとぶっ飛んで愛を求めちゃいるけど、基本的には気遣い上手で優しい子なんだよ」
「あいのほし」
「この星の動物たちはみんな番なのさ。でもその中で、スピカくんだけは、運命の番を見つけられない。星の管理者としてはそりゃそうなんだけど、あの子、自分でも言うけど、案外強欲でね。貪欲に自らへの愛を求めて、要は飢えてるわけ」
だから、あの質問が来たら、首肯かずに笑顔のまま星を出るのが適切なんだぞ。コリンカさんに呆れ顔でそう言われて、ごめんなさい、と小さくなる。自分以外の他者との関わりが薄いから、スピカさんは時々ああなるらしい。さみしくてさみしくて仕方がなくて、自分と一緒にいてくれる人を求める。かみさま相手にも怯まず迫るので、ああなってしまうともう誰にも手がつけられないということだ。ちなみにかみさまには「かみさま、個人的な感情とか持てないからさー。スピカのことは愛せないけど、スピカのそういうとこも含めて愛し抜いてくれる相手がいつかきっと現れるんだよ、わはは」と本気なんだか冗談なんだからわからない感じでぼやかされてきたそうで。
「でも、もちろん、何も教えなかった私もいけなかった。スピカくんに会いに行くなら、先にどちらかに説明をしておくべきだったな」
「……ごめんなさい」
「いやいや。なにぶん、新しい子が久しぶりだから、私も慣れなくて。こちらこそ、本当に悪かったよ」
「あの、コリンカちゃん、あるさん、お待たせしました」
「わあ……!」
そんなに待ってない、割には豪勢な食べ物がたくさん出てきた。塔のように重なったお皿に食べ物が乗っていて、ふあー、と溜息を漏らしながら覗いたじぶんに、少し恥ずかしそうなスピカさんが、教えてくれた。上から、サンドイッチ、スコーン、ケーキ。食べる順番は上から、と説明されながら、コリンカさんの星でも見た紅茶を淹れてもらった。いい匂い。
「せっかくコリンカちゃんからいただいた桜の紅茶がありましたので、アフタヌーンティーでも、と思って……お腹いっぱいだったら、ごめんなさい」
「あはは、スピカくん。私たちにお腹いっぱいとかいう概念、ないじゃない」
「これ、みんな、スピカさんが作ったんですか?」
「はい。愛する人、大好きな人に、目一杯喜んでいただけるのが、わたしのなによりの喜びですし、そのためならこのくらい、なんでも……えっと、どうぞ、召し上がってください」
エプロンの裾を恥ずかしそうにいじるスピカさんが、お皿をくれた。サンドイッチ、本では見たことがある。パンにいろんな、野菜とかお肉とか、挟まってるんだっけ。ぱくりと一口。
「おいひい!」
「……ぁ、ありがとう、ございます」
「あるクン、全部が初めてだもんね。スピカくんに胃袋握られたら大変だぞー」
もすもすと口に詰め込んでいると、あっという間にサンドイッチはなくなってしまった。コリンカさんは食べただろうか、とそっちを見たけれど、私のことは気にしなくていいよ、と笑いながら片手を上げられた。スピカさんも、照れ照れしながら嬉しそうだ。愛するって、こういうことだろうか。美味しいご飯を食べて仲良くすることなら、いくらでもやる。
スコーン、というものは、がぶっと齧り付いたらぽろぽろになってしまって、口の中がもさもさになった。こう食べると美味しいんですよ、と、半分に割ったスコーンに、白いふわふわを乗せたスピカさんが、自分にそれを手渡す。口の中の失敗を飲み下して、スピカさんにもらった方を食べると、全然違った。白いふわふわはクロテッドクリームっていうんだって。コリンカさんは、黄色い透明なとろとろを半分のスコーンにかけている。蜂蜜、っていうんだって。本で見ただけじゃわからない知識が、たくさんある。じぶんには朧げで古い記憶があるけれど、それよりも今現在の感覚が鮮やかで、塗り替えられて行く。じぶんにも、コリンカさんやスピカさんのように、じぶんの好きなものを誰かに教えてあげられる日が来るだろうか。かみさまに、教えてあげようかな。
ケーキは三つあって、三人で分けっこした。果物がたくさん乗ったケーキが、おいしかった。スピカさんもにこにこで、コリンカさんが何か心配していたけど、そんな怖いことはなさそうだし。別れ際に、おいしかったです、ありがとう、とお礼を言えば、またぎゅうっと手を握られた。
「また、いらしてくださいますか?」
「はい。あ、よければ今度は、スピカさんがじぶんの星に遊びに来てください。なんにもないところですけど」
「わたしが、あるさんの、ところに……」
またぽややんとほっぺが赤くなったスピカさんに、首をかしげる。なんだろう。とりあえず、また今度、と別れたので、これで最後にはならないだろう。

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