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てをつなごう



「りく、そら、ご飯だよー」
「うみもよー」
「……海は自分で食べてくれ……」
「やだー!うみもたべさしてー!」
最近の悩みの種である。ぶやああああ!と泣き喚く海を足元に転がしながら、死んだ目で陸と空を抱き上げた航介が、はああ、と深く深く溜息をついた。
要するに、ざっくり言って、赤ちゃん返りというやつである。どうも海には、お兄ちゃんだから面倒見てあげる!モードと、こーちゃんとさくちゃんのは海のなの!モードがあるらしく、今は後者のモードらしい。まあ、空と陸が実際に産まれるまで、がっつり入院してた航介とは引き剥がされ、突然お兄ちゃんにされ、今まで独り占めできてた航介は下二人にかかりきりで自分に滅多に構ってくれなくなった、ってんじゃ、泣きわめきたくなるのも分かるけど。ごはんごはんごはん、とじたばたしながら床をローリングしている海の横にしゃがみ込めば、すんすんしながら縋り寄ってきた。
「ゔ、ぅ、こ、ちゃ、こーちゃ、うみっ、うみのこと、ぽいした」
「そんなことないよ」
「さぐ、っちゃ、ゔぅ」
「……………」
航介が死んだ目でこっちを見ている。ストレス過多、って顔に書いてある。全部顔に出るからな、航介は。分かりやすくていいや。海はまだ誤魔化せるけど、航介のフォローの方が、先かもしれない。

けど、とりあえず、海を抱いて外に出てみた。ピクニックだねー、と切り替えの早い海は喜んでる。一応さっき航介に、陸と空のご飯あげるの変わろうか、って提案したんだけど、自分の顔に気づいたらしい航介が、はっとして、「こっちは平気、海の方頼むな」って無理やり笑った。確かに、半分寝てる陸をもらったが最後、ギャン泣きして手がつけられなくなるだろうから、航介の判断は正しい。あの顔の航介を置いて行くのは、ちょっと厳しいけど、信じて任せるとしよう。放り投げるんじゃなくて。
「海」
「んー?」
「海、行こうか」
「うん、ん?」
「釣りするとこ。あそこでご飯食べようか」
「んー!うん!」
にっこにこだ。航介と色々あったあのテトラポットに連れて行くと、海は何故か、なかなかに喜ぶ。血で繋がった何かを感じる。
「あぐ、おににり」
「おいしい?」
「ん」
「お茶もあるよ」
「んむ」
行きがけに買ったおにぎりと、ペットボトルのお茶。デザートにチョコ。全部買ったものだけど、海は文句も言わず食べている。こーちゃんの作ったご飯、って泣かれたらどうしようかと思ったけど。家で冷めて行く航介のご飯を思うと、何も言えなくなる。
「あのねえ、海」
「ん?」
「……さくちゃんねえ、思うんだけどね」
「うん」
「海がこーちゃんといっぱい遊びたい気持ちは分かるよ」
「うん」
「でもね、……うーんと……陸ちゃんと空ちゃんは、まだ赤ちゃんだから……」
「……じゃあ、うみもあかちゃんになればいいの?」
「……そうじゃなくてね。なんて言ったらいいかなあ」
「うみ、こーちゃんと、いついっしょにあそべる?」
「……………」
それは、幼い自分が母に吐いた言葉と、そっくりだった。悪気はないのだ。ただ、心の底からそう思うだけ。知ってる。分かってる。だから尚更、不安そうに眉を下げて、そう問いかける海に、俺から言えることは思いつかなくて。
「こーちゃん、うみと、りくちゃんとそらちゃん、だれがすきかな」
「……みんな好きだよ」
「……うみのこと、もう、すきじゃないかも」
「海」
「りくちゃんとそらちゃん、うみ、すきだよ。でも、こーちゃんとさくちゃんのこともすき」
そう言って、膝を抱えた海が、口をもごもごさせて、さむい、と俺に擦り寄ってきた。海の「さむい」は、「さみしい」だよね。
「よし」
「んん」
「海、今日はこーちゃんがなんて言っても、一緒にお風呂入って、一緒に寝て、明日の朝ごはんも食べて、保育園に行ってらっしゃいするところまで、こーちゃんのこと離さなくていいからな」
「……こーちゃん、りくちゃんとそらちゃんのとこ、いくもん」
「そこはさくちゃんにまかせろ!」

「こーちゃん、おふろはいろ」
「……あ、ああ。ごめん、今日は、」
「りくちゃん、おいで」
「陸がすごく泣くから、……朔太郎と……」
「こーちゃん、おふろ」
「……さく、」
「入っといでよー、りくちゃんもそらちゃんも見てっから」
「でも、」
「二人で入って、海のこと寝かして、それからおいで。ねっ」
航介の手を離れた途端に泣き出した陸を抱いたまま、しっしっ、と航介を足で追いやれば、ものすごく困った顔で、それでも海に引っ張られるがまま、お風呂へ消えていった。空はあんまり泣かないし、とんとんしてやれば泣き止む、基本笑ってる愛想のいい子だけど、陸は違う。アップダウンが激しくて、延々静かに寝てる日もあれば、今日みたいに、どうしようもなく敏感で、ミリ単位の振動で泣き喚く日もある。陸の啜り泣きで耳をいっぱいにされながら、二人と一日一緒にいて、海にまで泣かれたら、そりゃあ目の力もなくなるわな。
楽しそうな海の声がお風呂場から響いてくる。そういえば、お風呂いっしょに入るのですら、久しぶりだもんね。ここ最近は、海が「こーちゃん、おふろ」って言っても、航介は「陸が泣いてるから、さくちゃんと入っといで」「空がおおはしゃぎだから、見てなきゃ。ごめんな」とかって返すことが多いから。
さて。俺にできることは、まだまだある。投げ出さない、任せ切らない、自分でできることをする。それは、海がいる生活の中で、俺が学んだことの一つだ。泣き続ける陸をあやして揺らしながら、携帯を手に取った。


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