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おはなし



「!!!!」
初めて食べたものを気に入った時の海の顔は、すぐ分かる。丸い目が普段よりさらに開いて、くわっ!きらきらっ!って感じになるのだ。そしてその瞬間から三日ほど続く、おねだり地獄である。
「あーあ……うみ、おなかすいてるなあ……」
「……………」
「……ぱんのうえに、おさとうかけて、たべたりしたら、いいのかもなあ……」
「……………」
「ぱんのうえに!おさとうかけて!」
「聞こえてる」
「こーちゃん!うみ、おなかすいてる!」
「おやつはもう食べたろ」
「やー!おなかすきました!」
ずだんずだん!と地団駄踏みながら抵抗してくる海に、でも今からパンなんか食べたら夜ご飯食べられないだろ、と言い聞かせる。昨日の朝ご飯で食べた、食パンにマーガリンを塗って砂糖をかけてから焼いたやつ、をひどく気に入ったらしい海は、それから数時間おきに「はあーあ……あまいぱんたべたいなあ……」とこっちを見ながら言ってくるのだ。ちなみに朔太郎には言わないそうだ。昨日の晩飯後に同じことを言ってみたら、砂糖?パン?と首を傾げた朔太郎は海の説明の意味が分からなかったらしく、食パンの袋を持って固まっていた。それを見た海は、もういい……とあからさまにしょぼくれていた。
「こーちゃん!あまいぱん!」
「明日の朝な」
「やだ!わあー!」
「わあじゃない」
「ぎゃあー!」
「ぎゃあじゃない」
「……うがあー!」
「叫び声を変えればいいわけじゃない」
「こーちゃんのいじわる!」
「いじわるくない」
「えーん!うえーん!」
「下手くそな泣き真似はやめなさい」
「うらー!」
「殴らない」
「……ぷん!」
「拗ねてもやらないからな」
「こーたん、うふん」
「甘えてもだめ」
「じゃあどうしたらいいのー!」
どうしてもだめだ。どうしたらいいのー!が朔太郎にそっくりでちょっと面白かった。
砂糖かけた食パンは、よくうちで出ていたおやつだ。しかしながら、やちよのところやみわこのところならいざ知らず、基本仕事してたせいで父母ともに不在なうちでおやつを食べられるのは実の息子の俺くらいなもんで、だから朔太郎は意味が分からなかったのだろう。確かに言われてみれば訳分からんおやつだしな。
その日の夜ご飯を無事食べきった海が、うみがさくちゃんにおねがいする、と牛乳のヒゲをつけながら、ちょいちょいと袖を引っ張った。明日の朝ご飯の時間は、もう俺家出てるからな。
「さくちゃん、あしたのあさごぱんはあまいぱん」
「あさごぱん」
「混ざってる……」
「ちゃんとこーちゃんにあまいぱんおしえてもらってね」
「あまいぱん?」
「砂糖パン」
作り方、と言っても、ほんと簡単なんだけど。海が壁から半分顔を出して見守る中、朔太郎に一応作り方を伝えると、デブの食いもんだ……と引かれた。うるせえな。

朝は早く出てしまったので、朝ご飯をどうしたのかは俺は知らない。保育園のお迎えに行って二人で帰る途中、繋いだ手を引っ張った海が、こっちを見上げた。
「あのね、こーちゃん」
「うん?」
「さくちゃんがね、あまいぱんつくってくれたのね」
「うん」
「でも、こーちゃんのあまいぱんとちがう」
「……そうか?」
「うみ、こーちゃんのあまいぱんがいい」
「……そうか」
悪い気はしない。何が違うのかはさっぱりだけれど。次に続くのは、だからきょうのおやつはこーちゃんがつくったあまいぱんね……?だったので、それには頷かなかった。あまえんぼうするんじゃない。
夜ご飯からのお風呂に続けて海就寝、後。会議資料らしきものに難しい顔でかりかりと書き込んでいる朔太郎の意識を持っていくのは申し訳なかったが、とりあえず、聞いてみることにした。
「朔太郎」
「ん?」
「朝何作ったんだ?」
「あまいぱん」
「……海が違ったってごねてたぞ」
「ちゃんとしたよ。昨日の通りに」
「じゃあ何が違ったんだかな……」
「愛情じゃない?」
「大差ないだろ」
「そういうこと、さらって言うー」
へらりと笑った朔太郎が手からペンを離した。席を立って台所へ向かうのでついていけば、こうでしょう?とパンを取り出した。まあ、腹いっぱいでもないし、ちょっとくらいいいか。
食パン一枚、マーガリン、砂糖。昨日見せた通りに、少し厚めにマーガリンを塗って、砂糖を振りかけていく。トースターに入れて、焼き目がつくのをしばらく待つ。俺のと同じだ、と思いながら見ていると、こんがり焼けた砂糖パンをトースターから取り出した朔太郎が、再びバターナイフを手に取った。
「え?いやいや、待て待て待て」
「ん?」
「……2度塗り?」
「昨日こうしてなかった?」
「してなかった」
「あら。マーガリンめっちゃ塗ってた覚えしかなくて」
「だからか……多分、海には濃かったんだろうな……」
「でもうまいよ」
「俺らはな」
「はい、半分」
「ん」
そりゃ、たっぷりのマーガリンに、蕩けて固まった砂糖で、うまいんだけどさ。コーヒーが欲しい、とぼんやり思っていると、考えることは同じらしく、朔太郎がマグカップを出した。だよな。

「!!!!」
「……………」
その顔。今日の朝飯は、食パンにケチャップを薄く塗ってチーズを乗せた、なんちゃってピザパンである。これも我が家のおやつだったものだ。海の顔でもう分かった。砂糖パンの次はピザパンブームが来る。
「こーちゃん!」
「はい」


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