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おはなし



付き合ってます/大学卒業後



有馬が、風邪を引いた。
「ゔしっ」
「……ちゃんと寝ててね」
「らいひょ、ぶしっ」
「……………」
変なくしゃみ、止まらない鼻水、ぐずぐずの涙目、昨晩から少しずつ上がり続けている熱。最近蒸し暑かったのが急に寒くなって、俺はもともと寒がりだから勝手にお布団多めにかけたりしてたけど、有馬は寒いと感じるのが下手くそだから、着込む俺を笑って、普通にタオルケット一枚で転がってた。なんならお腹も出てた。布団をかけ直してやってもすぐはいじゃうからって、諦めたのが悪かった。昨日仕事から帰って来たら、妙に鼻声で涙目でぶるぶるしてたから、おかしいと思って熱を測ったら、既に37度ちょっとあった。頭痛い?とか、寒い?とか聞いたら、全部大当たりのビンゴ。でもこの馬鹿は馬鹿なので、「でも昨日夜更かししちゃったから、そのせいだ」とか訳の分からない理由をつけていた。風邪薬を飲ませて早寝させたけれど、今朝測ったら38度を超えていた。起きれない、疲れた、だるい、とぐったりしてるもんだから、少し寝たら病院に行くんだよ、と言い含めて、言い含めたっきり、俺は仕事に行かなければならない。有馬は病人ご本人様だから、有給使った。連絡を取った上司にも、だって昨日からお前おかしかったもの…と呆れられたらしい。元気が取り柄みたいな節、あるからな。
家の鍵を閉めて、駅に向かう道すがら、何度も振り返った。大丈夫だよね。いい大人だし。お昼ご飯も、食べられるか分かんないけど、一応お鍋に作って来たし。
今日は早めに帰ろう。

「ゔぐしょい!」
「……ああ……」
「ごべん!」
「……ううん……」
結局、病院には行っていなかった。というか、寝てる間に夕方になってしまったらしい。だから昼ご飯も手付かずだったし、なんなら布団がちょっととっ散らかって乱れてた以外、俺が家を出た時と何一つ変わってなかった。しかしながら、ずっと寝こけてたら熱はだいぶ引いたらしく、36度台になっていた。汗をたくさんかいたようで、寝間着は湿っていた。
熱は引いてもくしゃみと鼻水はどうしようもないようで、俺が帰ってきて、目を覚ました有馬の第一声は「おかぇっしょい!」だった。喋るかくしゃみかどっちかにしてほしい。作り置いておいたのはスープで、うどんを入れてあっためれば食べれるようにしてあったのだけれど、食べなかったみたいだから雑炊にしてみた。あーんして、とうるさいので無視していたら、一人で食べ始めて、食べ始めたらすぐくしゃみをして、手元が狂ってレンゲの中身がテーブルに溢れた。子どもか。
「ひぶしっ」
「もう寝てて」
「眠くない!」
「我儘言わないで」
「なーあー」
「移る」
「もっと優しくして!病人だぞ!」
病人には見えないから優しくしたくないのだけれど。なあってば!と飛びかかってきた有馬を避けると、背後でまた変なくしゃみが聞こえた。っぶしん!だって。確か昔、小野寺が、俺有馬のくしゃみの真似できるんだよ!って言ってた。変なくしゃみだと思ったことはなかったけど、今回のこれを見ている限りでは、有馬はくしゃみが下手だ。もしかしたら、あんまり風邪とか引かないから、くしゃみを他人よりも時々しかしないわけで、だから下手くそなのかもしれないな。ぼんやりそんなことを思いながら、ぐじゅぐじゅの鼻水をかんでいる有馬を見る。
「……早く寝な」
「眠くないんだってば!」
「俺は寝る」
「つめてー!」
眠くないからテンションが高いんだろうか。取り敢えず俺は寝よう。移っても嫌だし。有馬は本当に眠くないらしく、しばらく俺に話しかけていたけれど、お風呂を沸かしたあたりで諦めた。すごい不貞腐れてたけど。

「……………」
「弁当、顔赤くね」
「……赤くない」
「鼻水出てね」
「出てない」
「嘘こけ!病院行け!」
「薬飲むから平気」
「仕事休め!」
「休みたくない」
「俺には速攻で休ませたくせしてー!」

寒い。頭が痛い。ぐわんぐわんする。頭が朦朧とする。有馬のせいだ。絶対、有馬のせいだ。鼻水も止まらないし、くしゃみも酷い。あの後熱を測ってみたら、有馬が黙って首を横に振った。そして、静かに俺の携帯を弄って、職場の電話番号を表示して差し出してきたので、昨日俺がやったのと全く一緒だ…と思いながら、電話をかけた。だって、ここまで一緒だったら、この後汗だくになって熱が下がるところまで、読めてるじゃんか。運の良いことに、職場に連絡したら、一週間くらい前に他の人の病欠の穴埋めで振休返上して出勤した分、今日は休みでも構わないってことだった。そういえば、よく考えたら、最近毎日仕事してたな。
「……………」
寒い。布団に包まってるのに、寒い。体温計は使いたくない。何故ってそんなの、絶対熱があるからだ。
有馬は料理がどちらかというと苦手なので、作り置きはできない!ごめん!だくしょい!と捨て台詞とくしゃみを残して、仕事に行った。ぐずぐずの鼻をかみながら、眠れないかと目を閉じたけれど、息が出来ないので無駄だった。有馬は昨日よく眠れたもんだとすら思う。死んじゃうよ、息出来なくて。
一人で真昼間から寝てるなんて今まであった試しがないので、そわそわする。一人暮らししてた頃も、風邪ひいて熱出したりしたことがなかったわけじゃないけど、眠くなったら寝るし、眠くない時は起き上がって好きなことしてた。だから、眠気が無いのに横になってるって状況は無かったのだ。でも、こう、有馬は1日寝てたら回復したわけだし。前例があるだけに、うろうろしても大丈夫とは思えないんだよな。テレビでも見てようかな。ゲームしてたら流石に有馬が怒る気がする。

「元気になった?」
「……あんまり」
「でも熱は下がったなー」
「鼻水が止まらない」
「それ俺も!」
ばたばたと忙しなく帰ってきた有馬は、スーパーの中で目に付いた限りの「看病に使えそうなグッズ」を買い込んできたらしい。レトルトのおかゆは、一人しか食べないのに数種類味が用意されているし、氷枕と冷えピタとマスクも、何故か二種類ずつ取り揃えられている。ありがたいけど。でも、おくすりのめたね!みたいな服薬用ゼリーは必要なかった。お薬飲めるからね。
ぐずず、と鼻を啜った有馬が、共倒れだな!と言いつつ、いやに嬉しそうだった。付き合い始めて、まだ俺が一人暮らしで、喉が痛くってけんけん鳴る変な咳が出た時、有馬は俺のことを自分の実家に連れ帰ろうとした。一人で苦しんでいるのが見てられなかったらしい。苦しんでいる、というほど苦しくもなかったし、その時は病院にもきちんと行ったから、俺は全然平気だったんだけど、側から見た症状と自分の体感には差があるということだ。
「無理すんなよ」
「しない」
「また熱出るからな!弁当は病弱だから!」
「……俺、みんなに言われるほど体弱くないんだけど」
「弱そうに見えんだよ」
「……そうか……」
とりあえず、その日は二人でレトルトのおかゆを食べた。自分で作るのより、美味しかった。



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