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おはなし



「ただよしっち」
「えっ、なに、こわ……」
「ただよしっち~」
「だからなに!急に!」
「ただよしっち~!」
絶対に呼び方を変えるつもりはないらしい。明らかににやにやしながら近づいて来た朔太郎に、なあに、さくたろっち、と聞き返せば、苦虫を噛み潰した顔をされた。そんな顔するくらい嫌なことを他人にするんじゃないよ!
「すごくムカついた」
「いつも通りがいいよ……」
「新しいキャラ付けを模索したいと思って」
「なんで今やるかなー!」
「そんなお怒りの都築にいいことを教えてあげよう」
「怒らせてるのは朔太郎だからね!」
「今日はアイスが31%オフの日」
「食べに行こう」
「イエー」

「おいしいねー」
「二段重ねなんて贅の極みだねー」
「一口ちょうだい」
「やだね」
「朔太郎のケチ!」
「間接キスになっちゃうからやだ」
「気にしいだなー!」
「ときめいちゃうから駄目」
「えっ……朔太郎が、俺に……?」
「ううん。都築が俺に」
「ときめかねえよ!寄越せ!」
「あーん」
言葉の割に、たいして抵抗はされなかった。朔太郎の選んだアイスの組み合わせは奇抜で、何味だかよく分からない色のやつにかぶりついたら、一応ぶどう的な味がした。おいしい。朔太郎にもお返しに一口あげたら、これはもしやいちごでは!?とキメ顔をされた。そうです、いちごです。分かるでしょ、ピンクなんだから。
「そうそう、都築に見せてあげようと思ったものがあったんだった」
「なに?虫の死骸とか?」
「ううん、いや、ねえ?都築、俺のことなんと思ってるの?」
「ファービー」
「ファービーって虫の死骸を人に見せつけてくるの?」
「おもちゃだからそんなことはしないと思うけど」
「……納得がいかない……」
「なに見せてくれるの、巻頭グラビア?」
「ある意味そうかなー」
「ヒュー」
「じゃじゃん」
朔太郎が取り出したのは、水色の携帯だった。見覚えはあるけど、朔太郎が今使ってるのとは違う。そして少なくともグラビアではない。なあにそれ、と首を傾げると、中学生から高一の最初の頃まで使ってたやつが出てきたの、と説明された。なるほど、だから見覚えはあるけどしっくり来なかったのか。充電が駄目になったから機種変したんだけど大掃除して出てきたから電源つけてみたら復活してたんだよねー、とぽちぽち弄った朔太郎に、画面を向けられる。
「若かりし都築の写真もあるよ。ぴちぴちの高校一年生」
「やめてよー!」
「今と大差ないように見える」
「マジで?あら、ほんとだ」
瀧川と二人で写っている。けど、瀧川はぶれている。残念。データの移動が上手く行かなかったらしく、その水色の携帯に入ってるデータは朔太郎の今の携帯には引き継がれていないようで。懐かしいなー、と独り言ちながらボタンを押している朔太郎の後ろから覗き込む。隠すようなもの入ってないでしょ、どうせ。
「中学生の時の、あー、この辺かな。これはししまる」
「その犬の隣にいるのは当也だよね!そっちを説明してよ!」
「そしてこれは魚」
「その魚を釣り上げてるのは航介だよね!なんでさっきから頑なに友達じゃない方を紹介するのさ!」
「気が乗らなくて」
「わがままちゃんめが!」
やいやい騒いでたら、朔太郎がぷすーって鼻息を吐いた。重ねて肩まで竦めた。だからそのアメリカンな動き腹立つからやめてって。無駄に似合ってるのが更に腹立つんだよ。
「都築は元気いっぱいだなあ」
「そ、そうかな……少なくとも朔太郎にも原因はあるんじゃないかな……」
「ゲームしよ」
「それまだ動くの?」
「うん。メールとか電話は出来ないけど、電波使わないことなら出来るよ」
例えばフォルダの中の写真を見たり、メールボックスを読み返したり、あとは通信しなくても出来るゲームをしたり。知ってる?と見せられた画面は、知ってるやつだった。こう、棒みたいなのを積み上げて消していくやつでしょ。ゲームとかあんまりしなくて疎い俺でも、知ってる。
「延々一人でやるモードならまだ生きてるんだー」
「やらしてよ」
「俺が終わったらね」
「うん」

あれから20分は経った。アイスはとっくに食べ終わった。行き交う人を眺めるのにも飽きちゃった。朔太郎はまだ無言のまま携帯をかちかちしている。なんか話しかけるの躊躇うなあ。もしめっちゃ集中してパズルしてたら、それを途切らせるの可哀想だし、俺のせいにされてもなあ。いやしかし、暇だなあ。
「……………」
「……………」
「……………」
無言で伺ってみたけど、なにも言ってくれなかった。というか、こっちに目を向けもしなかった。気づかれていない。変な顔とかしてみたけど駄目だった。うーん。暇だ。俺がここにいる意味は無いのではなかろうか。ちょっと気分転換にふらっとしてこようかな、一言言っておけば平気だろうし。いざとなったら今普通に使ってる方の携帯で連絡してくれても構わないわけだし。
「朔太郎、本屋さん見てくるね」
「駄目」
「あっはい……」
まさかの、お断りだった。さっきまでの「見て見て」「うわー」みたいなやり取りの方がいくらかマシだった。朔太郎やり込み型だから、熱が再燃してしまったんだろうな。でも俺が待ってること忘れてないかな。ちょっとばっかし本気で暇だなー!
「……………」
「……………」
「……あ?」
「ん?」
「朔太郎」
「ん?」
「なにしてんの?」
「AA作ってる」
「ふっざけんなよお前!」
いけないこととは知りながらも、そおっと後ろから覗き込んだら、どこからどう見てもゲームの画面では無いそれだったので、しらっと返事をした彼から携帯を奪う。あーん、返してー、と棒読みの半笑いで手を伸ばされて、お前ずっと覗いて欲しくてそれやってたな、俺の気遣いを返せ、ひどいやつめ!
「もう喧嘩だー!朔太郎とは喧嘩です!」
「えー、悪かったよ、ごめーん」
「口をきかぬ!少なくとも明日1日は!」
「ごめんて」
「これも没収して航介に渡します!」
「ごめんって!ねえ!」
「うるせー!許して欲しかったら3段重ねのアイスを買ってこい!」

「おいしいねー」
「アイスで買収できる高校三年生……」
「ん?」
「いえ……」



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