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ハッピーサマータイム


「お弁当ターイム!」
「腹減った」
「待って!馬鹿!まだ食べないで!航介の空気読むの下手男!」
「なんて?」
「それぞれにお弁当持って来てるんだよ!見せ合いっこっていう一大イベントがあるでしょうに!」
辻が江野浦にいわれのない言いがかりをつけている。江野浦は目の前に広がるお弁当をお預けされて食べられないので、ちょっと悲しげだ。だらだらしているうちにどうやら辻の妹と母に置いていかれたらしい弁財天が、俺は弁当なんか持って来てない、なぜなら帰るつもりだったから、とぶつくさ文句を言っている。上手く自分の母を言いくるめて弁財天をこの場に残した張本人の辻は、口笛を吹いてごまかしているけれど。自分の箸入れを落ち着きなくぱこぱこしていた仲有が、ねえ、と弁財天の服を引っ張った。この場に弁財天が残ってくれて誰より嬉しいのは仲有だろうな。
「弁財天、俺のお弁当一緒に食べよう」
「……ありがとう」
「俺たくさん持ってきすぎちゃって、うちのお母さんが気合入れてくれて、だから遠慮しないで、ねっ」
「俺もそんなに食べれない」
仲有の開いたお弁当は、スタンダードに、お弁当!って感じ。ただ、確かに一人前には量が多いかもしれない。大きめのおにぎりがいくつかと、肉系のおかず、野菜炒め、卵焼き。串に刺さってお団子みたいになってるお豆と、さつまいもの煮物。どうやら、さっき食べ尽くされたおにぎりは、本当だったらお弁当の時間にみんなの分として提供する予定だったらしい。食が細そうな二人だから、あれだけあれば十分だろう。
辻が、見せ合いっこ、とか言ったおかげで、じゃあ次はあたしと灯ちゃんで作ったお弁当だよー!と珠子が蓋を開けた。灯は昨日から珠子の家に泊まってたらしいから、一緒に作ったんだろうな。ラップでキャンディー包みになってるおにぎり、お花の型抜きの人参入りの煮物、ちっちゃいオムレツ、などなど。彩りが綺麗だ。ただ、これを二人で作ったと言い切るのは、珠子が傲慢だと思う。絶対灯がほとんど細かい作業をしたはず。珠子にそんな器用なことできるわけない。現に、ねー!灯ちゃん!とか元気すぎるぐらい元気に言い切る珠子と、わざとそっぽを向く灯が、対照的すぎて、どっちがなにをどうしたかは丸分かりである。灯はきっと、都築が来るから頑張ったんだろう。言えばいいのに。そして、食べてみる?とか聞いてみればいいのに。多分あっさり受け入れられるから。
「航介のは?」
「別に普通」
「すげー!茶色い!」
「男の子のお弁当!」
「いつもと同じなんだけど」
江野浦のも覗かれているけれど、珠子の言う通り、男の子のお弁当、がしっくり来る。野菜より肉メイン。ご飯多め。申し訳程度にプチトマトが入っている。女子が食べるにはきついし、多分江野浦にはあれでも足りないんだろうな。ただ、味噌煮込みみたいになってるお肉は美味しそうだと思った。
同じく瀧川のお弁当は、もうそもそもお弁当ですらなかった。コンビニで買ったパンとおにぎりとサラダチキン。炭水化物ばっかり。サラダチキンはサラダチキンのままでがつがつ齧るらしい。本人がそれでいいならいいけれど。
そして都築のお弁当は、お弁当というより詰め合わせだった。男の子なので、野菜少なめの肉系多め。都築の家はご飯屋さんだから、いろんなものは入っているけれど、いろんなものが入りすぎて統一感が全くない。ほら、いつものやつ、と都築はぼやいていた。肉じゃが、きんぴらごぼう、辺りはお弁当としてもスタンダードだろうけど、それの周りに、一口餃子、輪切りのトマト、たこの唐揚げ、フライドポテト、厚揚げ、枝豆、ときて、ご飯は白米じゃなく炒飯が入っている。どこから手をつけていいのか分からなくなるのもご尤もなお弁当だ。
「そして!さちえのからあげだよー!」
「いただきます」
「だから!まだだって言ってんの!」
「いただきます」
「まだ!この節操なし二人組!」
辻が開いた大きめの弁当箱には、ぎっしり美味しそうな唐揚げが入っていて、恐らくは食べたことがあって美味しさを知っているんだろう弁財天と江野浦が真っ先に箸を伸ばして、はたき落とされている。確かに美味しそう。ちなみに辻が膝に乗せている、自分の分らしき一人前の弁当箱には、彩り綺麗な野菜の肉巻きとか、三色の真ん丸おにぎりに顔が付いていたりとか、した。誰もなにも言わないので、私もなにも言えないけれど、普通にまとまっていて、かわいい。特に嬉しそうにも特別そうにもしていないということは、あれが辻家のスタンダードなお弁当なんだろうか。羨ましすぎる。
「真希ちゃんのは?」
「え?」
「真希ちゃんのお弁当は?」
「これだけど」
「……これだけ?」
「そう」
「真希ちゃん!無理なダイエットは体に良くない!」
別にダイエットはしていない。悲鳴をあげた珠子には悪いが、普通より少し少なめなだけだ。サンドイッチが二種類。あと、ちょっとしたサラダ。元々そんなに食べないし、そもそも夏だからなのか最近食欲ないし。あわわ…って効果音が付きそうな辻が、そっと唐揚げを私のお弁当箱に入れた。いや、まあ、それは普通に嬉しいんですけど。
「真希ちゃん、こうかんこしよ」
「あげられるものがないんだけど」
「じゃああたしたちのおかずをあげて、真希ちゃんからは愛を貰う形でいいから」
「なにそれ」
「俺もその交換したい!」
「瀧川くんには与えられるおかずも受け取れる愛もないでしょ!」
「えっ……高井今すごい酷いこと言ったの気づいてる……?俺のことなんだと思ってるんだろう……?」
「これあげるー」
「これもやるよ」
「そんなに食べられない」
都築と江野浦のご好意によって肉系のおかずが集まっていくお弁当箱の蓋を見て零した私の言葉に、弁財天が深く頷いてくれた。分かってくれる人がいて嬉しい。


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