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ハッピーサマータイム


「おーい、朔太郎ー」
「ん?あ、いた」
ぷらぷらと遠ざかろうとしていた背中に声をかければ、どうも俺たちには全く気づいていなかったらしく、振り向いてこっちに走り寄って来た。そして、いたよー、と別の方向に向かって誰かを呼ぶので、首を伸ばす。
「お」
「……どうも」
「当也じゃん。朔太郎、当也連れてくるから遅れてくるんだったの」
「ううん。当也はただのおまけ」
「……友梨音ちゃんに頼まれなかったら海なんか来ない」
「ゆりねちゃん?」
「さちえー、こっちだって」
「あら、全然違う方探しちゃったわ」
「当也お兄ちゃん、置いてった」
「置いてってない。様子見てくるって言った」
「……たしかに……」
「……どちらさん?」
「妹。母。当也」
「俺は紹介しなくても良くない?」
まさか家族連れで来るとは。しかもさも当たり前みたいな顔して当也が混ざってるとは。驚きで思考停止した俺は悪くないだろう。
母、確かに朔太郎にちょっと似てる。雰囲気っていうか、おっとり~って感じのところとか。まあ朔太郎はおっとりではないんだけど、見た目だけならそうというか、なんかもう!言い表しづらいな!分かれよ!そもそも誰に説明しているんだ俺は!
妹、あんまり似てない。ていうか、結構歳離れてるんだな。話に聞いたことしかない、というか朔太郎が溺愛っていうのは割と有名な話だから知ってはいたけど、思っていたよりも小さかった。人見知りするタイプなのか、俺を見て礼儀正しくぺこりと頭を下げて、当也の服の裾を握っている。その場から秒でいなくなるはっちゃんよりマシだ。このくらいなら可愛いもん。「なんで家族連れ?」
「友梨音に、海でどう遊ぶかを見せてやりたくて」
「どうって。普通に遊ぶんだよ」
「ほらね、普通に遊べるんだよ」
「……ん」
「そして当也から離れて兄ちゃんのところに来なさいよ」
「……………」
静かに首を横に振られている。当也はなにも気にしていないらしく、首を痒がっている。ちょっとは気にしなさいよ。朔太郎を送るついでに少し寄っただけだから、すぐに私たちは帰りますから、と朔太郎母に申し訳なさそうな顔をされて、別にそんな気を使われるようなもんでもないとぶんぶん手を振った。あっちで遊んでる組からも意義は出ないと思うし。でも、朔太郎母の意志は固いらしく、お兄ちゃんの邪魔しないのよ、と娘に言って含めている。実のお兄ちゃんではなくお兄ちゃんの友達に引っ付いている妹は、こくこく頷いている。だからなんで当也にそんな懐いてんの。
「そうだ、お弁当作って来たから、よかったらみんなで食べてね」
「お弁当」
「さちえのからあげは美味しいんだぞ」
「たくさんあるから、もし食べきれなかったら朔太郎に持たせて返してくれたらいいからね」
「いやいや!」
からあげなんて食べるに決まってる。お弁当をそれぞれ用意はしてくれてるみたいだけど、それに追加があったところで余るわけがない。なんてったって、俺たち高校生なわけで、食べ盛りなわけで。はい、と朔太郎母が、朔太郎妹、ゆりねちゃんに袋を渡した。それを受け取ったゆりねちゃんは、少し逡巡して、当也を見上げて、気づかれず無視されて、朔太郎には意図的に目を逸らされて、あせあせしながら俺に袋を渡してきた。小動物みたいでかわいい。少し嬉しそうに顔を綻ばせた朔太郎母が、じゃあ、とゆりねちゃんの手を取った。片手に当也、片手に母。当也の立ち位置がマジで分からん。
「ぶらっとしたら帰りましょう」
「え、一緒に遊べばいいじゃないですか」
「そうだよ。お昼前ぐらいに帰れば、ピアノにだって間に合うしさ」
「駄目よ、ご迷惑でしょう」
「ん、いいよ、ゆり帰るよ」
「俺は早く帰りたい」
「当也はここまで来たんだからいなさいよ!なんで!」
「そもそも呼ばれてない」
「事前に呼ばれてないから当日連れてこられてるんだろ!分かれよ!」
「そういうことわからない」
消極的な当也と対照的に、ゆりねちゃんは迷っているっぽい。帰るよ、と言いながらも、浜辺でビーチバレーらしきことをしている高井さんたちの方に目が向いている。遊びたいんだろうなあ。遊べばいいのに。ていうか、遊ばせてあげたらいいんじゃない?
「行こ!ほら、朔太郎も!」
「よーし!行こう!」
「あ、えっ、え、と、当也お兄ちゃん」
「いってら」
当也の服の裾を持っていた手を奪い取れば、朔太郎が反対側の手を取ってくれた。さすが、分かってる。当也はひらひらと手を振っている。あいつマジでそれ以上砂浜には来ないつもりだな。小さな手を握って、入れてー!と高井さんたちに声をかければ、いーよー、と呆気なく受け入れられた。サンダルを砂に取られて、ふわふわと歩くゆりねちゃんを、ビーチバレーの真っ只中に放り込む。遊びたいなら、遊べばいいんだよ。朔太郎の妹なら尚更、仲間はずれになんかしないからさ。

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