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ハッピーサマータイム


「おはよう!」
「……声でけえ……」
「女子と海!イエーイ!」
「おはよ、航介」
「……朔太郎は?」
「後から来るって」
「なにそれ」
「分かんないけど。高井さんはなんでか知ってるみたいだから、いいかなって」
「あっそう」
「イエーイ!」
「やかましい!」
「ひっ、すいません」
「とっとと行け!」
俺の見送りに出てきたはずの母に叱り飛ばされた瀧川が、怯えながら運転席に乗り込んだ。うける。都築がどこから持ってきたか分からない十字架を握り締めてるのもおかしい。なにに祈ってるんだ。
「事故りませんように、無事に高井さんたちに会えますように」
「平気だって!俺、教官にも丁寧な運転って褒められたから!」
「だってよ」
「なんで航介は平気な顔してるの!瀧川だよ!怖いでしょ!」
「事故っても危ないのは運転席かなって思ってる」
「それもそうか……」
何故納得した。都築がぶつぶつ言ってる間に、瀧川はとっとと発進している。俺も免許早く取らないとなあ。この辺りじゃあ、車がないと、何するにも不便だし。
順調に走る車の中でうとうとしていると、同じく半分寝ていたらしい都築がはっと目を覚ました。隣でびくってなられると否が応でも目が覚めるじゃないか、やめてくれ。
「そろそろ事故る?」
「お前だけ巻き込む方法があるなら事故るわ」
「えー、困るー」
「瀧川、飲み物買いたい」
「用意してこいさ、そんなもん」
でも止まってくれた。親切。都築はいつの間にかまた寝てた。あんだけぶーぶー言っといて、酷いやつだ。
海に着いたら、もう高井と仲有と本橋と羽柴がいた。荷物を抱えて肩から浮き輪を下げているのが、話に聞いてた高井兄だろうか。でかい。仲有が余計に小さく見える。まあ、びくびくして縮こまってるってのもあるけど。おまたせしましたー、と間延びした挨拶の都築に、おはようとか、こっちも今着いたとことか、ばらばらと返ってくる。眠いので、あまり話に参加できない。仲有が怯えながらおはようって言ってきたから端的に「おう」ぐらいで返したら更に縮こまってしまったので、それに続いて羽柴におはようを言われた時にはちゃんとおはようって返した。眠い時の航介は怖い、って朔太郎に言われたことあるのをなんとなく思い出して。その朔太郎が後から来るから、シートは分かりやすいところに敷いた方がいいかね、なんて話しながら、ぞろぞろと歩き出す。薄着の女子に瀧川が興奮してうるさい。都築が何を勘違いしたのか高井に何やら言って、うん、と高井が首を引っ張って肩をはだけた。
「中に着てきたよー」
「ほんとだ。女の子はそういう風にできるからいいね」
「俺も履いてきた」
「瀧川くんのそれ水着だったの……」
「ぅぐ……ううう……」
どうやら、水着を着てきたアピールだったらしい。全然関係ない仲有へのダメージが激しい。瀧川の方がオープンな分、良いんだか悪いんだか。
「暑くなってきたね」
「腹減ってきた」
「あ、えっと、俺、おにぎり作ってきたんだけど」
「おにぎり」
「おにぎりだと」
「遊んだらお腹空くかなって思っ、えっ、あの待って、ひええ」
仲有が差し出したおにぎりは、空腹の瀧川と都築にほとんど持っていかれた。俺も貰った。おかかだった。女子勢も早起きでお腹は空いていたらしく、半分ことかしながら何だかんだ食べてるし。仲有が高井兄に、怯えを通り越していっそ恭しくおにぎりを差し出していた。どんな関係だ、あそこは。ちなみに俺は今のところ高井兄の声をまだ聞いていない。妹と違って無口らしい。日差しが強くなってきたなあ、と思った拍子、ぱたぱたと服の首元から風を送った羽柴が、ぼそりと呟いた。
「暑い……」
「脱いできちゃおっか」
「そうね」
「お兄ちゃん、車の鍵」
「……………」
「待っててねー」
無言のまま車の鍵を渡した高井兄を置いて、女子三人は着替えに行ってしまった。俺たちも今のうちに着替えた方がいいのかな、とわらわらしていると、高井兄がついに口を開いた。
「……誰の車?」
「え?俺」
「へえ」
「の、親」
「……だよな」
「高井さんのお兄ちゃん」
「高井翼」
「都築忠義です」
「……江野浦航介」
「瀧川時満っす」
「な、仲有」
「お前は知ってる」
「そうですよね……ごめんなさい……」
「……………」
仲有のことが嫌いなんだろうか。不安だ。俺も年上の男はあんまり得意でないので、違和感しかない。しかし高井兄もそもそも人好きするタイプではないらしく、自己紹介が終わるととっとと口を閉じてしまった。今の会話で分かったの、車好きなのか?ってことと、名前ぐらいのもんだぞ。
高井たちが帰ってくると、鍵を受け取った高井兄は車へ戻ってしまった。寝てる、だそうで。仲有が心底ほっとしてる。それと反対に、どちらかというと人懐っこい都築と誰でも見境なしに仲良くなる瀧川は、残念そうだ。
「俺たちも着替えてこようかな」
「仲有はこっちで着替えでいいのか?」
「うん、翼さんの邪魔なんて、恐れ多い」
「そんな怖えの?」
「えー?お兄ちゃん怖くないよ、ぜーんぜん」
お荷物見てるから着替えてきてねー、と手を振られて、瀧川の車に逆戻りする。瀧川は着替えてきたから戻らなくてもいいんだけど、財布を車に忘れたらしい。馬鹿だ。


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